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8.王都

 カテルナ王国王都、カルナバルナという名を持つその都は四方を荘厳な城壁に囲まれた、所謂城塞都市である。

 壁の外からもそれとわかる中央の王城はカルナバルナで一番の高さと、そして美しさを誇った。


 陽は既に落ち、丸い月が薄っすらとその姿を主張し始めた頃、鉄人を含む一行はその城壁に設けられた巨大な門を潜る。


「変な服のにいちゃん、お疲れだったな。儂らはこれから商人ギルドに顔を出すが、にいちゃんはどうするね」


「ああ、世話になったな。俺は街の様子を見たいからよ、ここまでで結構だ、ありがとな」


 街に入った鉄人はそう言って商隊の一行と別れた。ここに着くまでいくつかの街を通ったが、なるほどここは王都というだけあって、その何処よりも発展している事が一目で窺える。


 まず、道が広い。その綺麗に調えられた石畳は馬車が余裕ですれ違える程だ。

 そしてその往来をゆく人の数も他の街とは段違いだった。


「この世界の交通手段は馬車に駱駝、多分馬もいるな、それ以外は徒歩。そりゃ移動に時間もかかるって訳だ。しかし……」


 途中でいくつかの街に寄ったりと多少の休憩は挟んだものの、朝から半日、鉄人は歩き通しである。にもかかわらず疲れはそれほど感じていない。

 勿論ギャンブラーというのは荒事も多く、常日頃から身体は鍛えている。それにしてもこの世界に来てからの鉄人の身体能力は自らも驚く程だった。


「こりゃ間違いねえ。俺の身体、どうにかなってやがる。異世界補正ってやつか? とにかく一度把握し直す必要があるか」


 自身の能力を正確に見極め、出来る事出来ない事を確認する。そうしなければいざという時に判断を誤る事となる。


「たがこの時間だ。まずは宿を探すか」


 鉄人が商隊と別れたその場所は広場の様になっており、そこから三方に道が延びている。鉄人は真っ直ぐ、王城を目印に歩みを進めた。


 明かりの灯る民家が建ち並んだ一画を抜けると、食事処や飲み屋といった店がちらほらと見えてくる。人通りも多い。所謂繁華街というやつだろう。


 やがて鉄人は一軒の宿屋らしい建物の前で足を止めた。


「宿屋ソレイユ、ここでいいか。……ん?」


 中からは何やら騒がしい声が聞こえる。だが鉄人がその扉越しに様子を窺うとそれは楽しそうに談笑するような声では無く、何か言い争うような雰囲気を醸していた。


「ま、他を探すのも面倒だしな」


 このような店の中で物騒な事もあるまいと、鉄人はドアを押して中に入る。と、途端に怒声が響いた。


「嬢ちゃん、約束は守って貰おうか! なあに、今夜一晩俺達に付き合ってくれりゃいいだけだからよ」


「止めて下さい! 約束なんて、あなたが後から勝手に言い出したんでしょう!」


「賭けは賭けだろうがよ!」


 賭け? 確かに聞こえたその言葉に、鉄人はぴたりと足を止める。賭け、それは正しく鉄人のフィールド。


「おい、あんた、まあそんなに怒鳴る事も無えだろ。ちょっと事情を聞かせろよ」


 鉄人は怒声を上げる男に詰め寄った。見るからに目付きが悪く大柄なその男は、言い争う女性の腕を掴んだまま、その視線を鉄人に向ける。


「ああ? 何だてめえ。関係無え野郎は引っ込んでろ!」


「お客様、助けて下さい!」


 一方の女性はどうやらこの店の従業員らしい。となると騒ぎが収まるまでは宿泊の手続きも儘ならない。


「嫌がってるじゃねえか、離してやれよ、みっとも無え」


「お前には関係無えって言ってんだろ! コインの表か裏かを賭けて俺が勝ったんだ。部外者は黙ってろ!」


 コイントス、それは最もシンプルなギャンブル。投げられたコインの表裏を当てるゲームだ。

 鉄人が女性に視線を向ける。


「嬢ちゃん、それは本当か? ギャンブルの負けはどうにもならねえぜ。事が本当なら俺は手出し出来無えが」


「表か裏か、ゲームはしました。でも何を賭けるかなんて聞いてません。勝った後で、その方が一晩付き合えって言って迫ってきたんです」


 ふうん、なるほど、と鉄人は大きく頷く。やはり言い掛かりに近い話だったか。


「おい、お客人よ、この嬢ちゃんはああ言ってるぜ。まあお前さんの話もわからんでも無いが、ここは一つ収めてくれねえかな。その代わり、俺とそのコイントスで一勝負しようや。お前が勝てば俺の着ている服から何から全部くれてやる。俺が勝ったらお前さん、大人しく帰れや」


 その瞬間、男の目がきらりと光り口許が僅かに緩んだのを鉄人は見逃さなかった。あれは勝つ事を確信した人間のそれだ。


「しょうがねえ、いいだろう。今度こそ約束は守ってもらうぜ」


 そう言って男は女性を掴んだその手を放す。そして鉄人に向けて一枚の金色に輝くコインを翳した。


「ルールは簡単だ。俺がこのコインを投げる。表が出れば俺の勝ち、裏が出ればお前の勝ち。わかったか」


 鉄人は無言で頷く。通常コイントスの場合、一方がコインを投げ、もう一方がコインの表裏を当てる。それで条件は五分だ。しかし男はコインの表裏まで自分で決めてしまった。つまり男はコインの表が出るとわかっているのだ。


 これにはいくつかやり方がある。一つは投げ方で表裏を自在に出せるという方法。訓練された一流のディーラーならばこれ位の芸当は容易い。しかし鉄人にはこの男がそれ程器用な手練れには見えなかった。ならば方法はもう一つ……


「いくぜ」


 鉄人が考えを巡らす間にも、コインは男の手を離れくるくると回転しながら中を舞う。そしてそれはチリンと音を立てて床に落ちた。と、その瞬間。


「動くな!」


 腰に巻いた鞘からするりと短剣を抜き出し、哲人がそれを男の咽元に突き付ける。


「嬢ちゃん、悪いがそのコインを見てくれ。表か裏か」


 ぽつりと大粒の冷や汗を垂らす男を横目に見ながら、女性が床に落ちたコインを覗き込む。


「あ、ええと、……すみません、表です」


 鉄人の負けを悟り申し訳なさそうに顔を向ける女に、しかし鉄人は笑みを返した。


「ああ、それでいいんだ。そのコインを裏返してみてくれ」


「え? あ、はい。これでいいでしょうか、裏返しまし…… あ!」


 訳もわからず裏返されたコイン、そこに描かれた模様は表のそれと全く同じものだった。コインの両面が表、つまりイカサマである。


「で、お前さん、何か言いたい事はあるか? 無ければそのままお引き取り願おうか? 出口はあっちだ」


 鉄人はそう言って短剣を突き付けたまま男を睨みつけた。


 ぐっ、と息を漏らし男は走り去る。そして後には唖然とした表情で鉄人を見つめる女性と、床に落ちた一枚のコインだけが残った。


「これでまあ、一件落着、と。おっと嬢ちゃん、あんたもちょっとはいけねえんだぜ。今後は騙されない様に気を付けな」


 騙される方が悪い、これは鉄人の生きてきた世界では常識である。


「あ、ありがとうございました。おかげで助かりました。ええ、私も不注意でした、これからは気を付けます」


 言いながら女性は床に落ちたコインを拾う。それは薄く削った二枚のコインを丁寧に貼り合わせ、継ぎ目をわからなくした物だった。


「ところでここは宿屋で間違いないな? 部屋が空いてたら泊まりたいんだが」


 鉄人は金の粒を取り出し女性に示す。


「これで何日か泊まれるかな?」


「はい! 部屋は空いてます。でも助けてもらったし、お客様からお代なんて頂けません。あ、そうだ、このコイン、これをお代として私に頂けませんか? 食事は別料金になりますけど、部屋はいつまで使ってもらっても構いませんから」


「良いのかい? 勝手に決めちまって」


「良いんですよ、私、この宿屋ソレイユの看板娘ですから!あ、名前はシャルルです」


 そう言って女はにころころと眩しい笑顔を鉄人に向けた。自分で看板娘と言うあたり図々しいというか、何というか。

 彼女は自身の愛嬌ある可愛らしさを十分に自覚しているようであった。

毎日更新中

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