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5.異世界

「何じゃあ、こりゃあ!」


 仰向けに目を覚ました鉄人が雄叫びを上げる。その途端、口の中にはじゃりじゃりと砂を噛む音が響いた。

 ぺっ、と口の中の物を吐き出す。


「ちっ、口の中が切れてやがる」


 僅かに血の混じったそれから目を逸らし、鉄人は天を仰いだ。空は一面の青、照り付ける太陽の光が眩しい。


「ここは? 一体どうなってやがんだ」


 それもその筈、鉄人は先程まで船の中に居たのだ。それも陽の光が僅かも届かぬ部屋に。それが気付けば見渡す限り一面の砂、そう思った瞬間、熱気の籠った風がひゅうと鉄人の頬を撫でた。


「砂漠? いや砂丘ってのか? あの後俺は結局奴等に捕まったのか? そんでここに捨てられた…… いや、奴等がそんな面倒な事する筈もねえ。太平洋のど真ん中、始末するなら海に捨ててお仕舞い、どう考えたってそうなる」


 そうだ、と鉄人はその時の様子を思い出す。


「扉だ。俺は確かにその扉を潜った。だが、いくら何でも潜った先がこんな場所なわけねえよな。だとしたら、俺は…… やっぱり死んだのか。ここが天国? いやどう見たって地獄だよな、ここは」


 もう一度辺りをぐるりと見渡し、大きく溜息を吐く。


「そういえばあの嬢ちゃんは…… ここに居ねえって事は嬢ちゃんは天国か。くそっ、あいつ俺の部屋に入って良からぬ事を企んでやがったんだぜ、俺だけこっちたぁ、割に合わねえじゃねえか」


 鉄人は愚痴を零しながらも自然な手つきで煙草を咥え火を着けた。砂の味がまだ残るその口の中に、燻した様な上質の香りが広がる。


「ふむ、これが喫えるとは気が利くじゃねえか。ああ拳銃もある、それにこの暑苦しい服もそのまま……」


 そして鉄人が大きく煙を吐き出し、深く思考を巡らそうとしたその時だった。最初は風の揺らめき程度に思っていた目の前の砂地が突如大きく盛り上がったのだ。

 やがて、ざざあと音を立てて姿を現したのは、牛一頭を遥かに超える大きさの蠍の化物だった。


「何じゃあ、こりゃあ!」


 鉄人の口から二度目の何じゃこりゃが漏れる。


「ふざけんじゃねえ、俺が何したってんだよ、死んだなら死んだで構わねえがよ、それならせめてゆっくりとさせてくれよ。あ、そうか、今更夢落ちってやつか? ふざけんじゃねえ! こんな覚めねえ夢があるか! どうすんだ、これ」


 そうしている内にも蠍の化物はかさかさと嫌な音を立てながら近付いてくる。


「ああ落ち着け俺、落ち着け俺。見た目はアレだが多分奴は蠍だ。ちょっと大きくなり過ぎた蠍だ」


 そう自分に言い聞かせた鉄人は胸元から抜いた拳銃を構え、躊躇する事なくその引き金を引いた。


 パァンッ!


 乾いた破裂音が一面に木霊する。


「当たった……」


 そう、それは確かに当たった。これだけの大きな的、どこかには当たる。だがそれが何だと言うのだ。弾は蠍の見た目にも硬そうな殻に当たり、カキンと心地よい音を響かせながら遥か彼方へとはじかれていった。


「どうしろってんだ!」


 おそらく化物にダメージは無い。しかしその破裂音に驚いたのか、蠍は長い尾を天高く、大蛇の如くもたげさせた。


「とにかく! あの尻尾、その先にある尖った針は拙い。毒? そんなもん有っても無くてもあの針は駄目だ。逃げるか? いや、逃げたところで、だ」


 早口で捲し立てながらも、今や鉄人の頭は冷静にその解答を探っていた。そして辿り着いた答え。鉄人は自らその化物に向かって勢い良く走り出していた。


 びゅん、と振り降ろされた尻尾の一撃を寸での所で身を縮め躱す。そして再び戻って来たその尾に飛び付きしがみついた。


「これで針は問題にならねえ。後は……」


 蠍の尾は身体同様硬い殻で覆われている。そして複数の関節でくねくねと自在に動いていた。鉄人の見たところ、その一つの可動域は大きく見積もっても三十度といったところ、であればこうやって組み付いてしまえば先端の針は自分に届くことは無い。


「ぐっ、やっぱり巻き付いてきやがった。だが絞め殺される程でも無えな。あれ? もう死んでんだっけか」


 それは勝利を半ば確信した鉄人の余裕の表れでもあった。


 尻尾に巻かれ、その万力の様な圧に耐えながら空中をふらふらと漂う。やがて目の前には蠍の顔が近づいた。無機質なガラスの様なその目に鉄人の姿が映る。そして化物はその鋭い牙を無数に生やした大きな口を開いた。


「けっ、エイリアンかって。蠍にそんな狂暴な口ねえよ。やっぱりこいつは化物か。まあいい、これで」


 お仕舞いだ! 


 鉄人はそう言って、その気味の悪い口の中目掛けて拳銃の引き金を引いた。


 二度目の破裂音、そして蠍の動きがぴたりと止まる。流石の化物も口の中は無防備だったらしく、やがてその開いたままの口から緑色の液体を流し、どさりと地面に崩れた。


「ちっ、気持ち悪い、汚れちまったじゃねえか」


 尾の縛りから解放された鉄人は崩れ落ちた蠍の化物の亡骸を見下ろし、大きく息を吐く。


「何なんだ、この化物はよ。そして何処なんだ、ここ……は……」


 そして、その言葉が終わらぬ内に、鉄人もまたどさりと地面に膝を着いた。



 ……う、うう。


 再び鉄人が目を覚ましたのは、ぎしぎしと軋む硬いベッドの上だった。


「あ、良かった! 目が覚めたようですね」


 ぼやけた視界の中に少女の微笑む顔が浮かぶ。


「あ? ああ、ここは……あ、痛てて」


「まだ動かないで下さい。マカラ蠍の毒はなかなか抜けませんよ」


 そうだ、蠍、と鉄人。あの緑色の気持ち悪い体液はどうやら毒だったらしい。


「尤も毒が身体に付いた程度で良かったですけど。蠍の死骸から殻でも獲ろうしたんですか?」


 そう言って少女はくすくすと笑いながら、頭の上に二つ並んだ小さな耳をぴくぴくと動かした。


 ……耳?


「いや、マカラ蠍ってのか? あれが急に現れて襲い掛かって来たもんだからよ。危なく退治はしたが、奴の口から出た緑色の毒を浴びちまった。毒とは知らなかったんだよ」


「え? またまた。マカラ蠍を倒す? ご冗談を。群れてなかったとはいえ、一人で倒すなんて。おじさん仲間でもいたんですか? でもそれならあんな所に放っておかれるはずは無いし……」


 少女は瞳をぱちくりとさせながら、やはりぴこぴこと獣の耳らしきそれを頻りに動かせてみせた。


「まあ、あんな化物だから疑うのは無理無えが。それより気になってたんだが、その耳、良く出来てんなあ」


 先程動くなと言われたその言葉を無視して、鉄人は少女の耳をちょんと摘まむ。途端。


「ひゃあっ! ちょ、何するんですか! 止めて下さい。私こう見えてもそこそこレディなんですから!」


「すまねえ、が、そんなに怒ることはねえだろ。まさか本物とか言わねえだろ、それ」


 しかしそう言いながらも鉄人は、それが確かに体の一部であるかのような感触を覚えていた。


「怒りますよ! 何ですか、もう。本物も偽物もありません、これは私の耳です、み、み!」


 その少女の剣幕に圧されて鉄人は素直に頭を下げる。


「悪かった。本当にすまねえ。悪かったから、ちょっと教えてくれ。ここは何処なんだ? それでお前は、その、何者だ?」


 考えてみればちょっと前に蠍の化物と戦ったばかりなのだ。ここにある種のファンタジーの如く、獣の耳を生やした少女がいても不思議では無い。いや、不思議ではあるが。


「おじさん、この村は初めてですか? ここはマカラ高原の南、コルポ村です」


「ああ、すまんがおじさんは止してくれ。俺は陸……いや俺の事はシックスと呼んでくれ」


 名乗ろうとした鉄人は不意にカジノでシックスと呼ばれた事を思い出した。そしてその名が今、自然と口をついて出たのだった。


「シックスさんですか、わかりました。それで私が何者かと仰られても、私は村人の一人でミンクです」


「その、非常に聞きにくいのだが、その耳は?」


 ミンクと名乗った少女は困った様に小首を傾げる。


「耳は? と言われましても、これは耳です。あ、おじさん、じゃなかったシックスさん、亜人を見るのは初めてですか? もしかして王国の人? いやここも一応王国の一部ですけど」


「わかった。いや何もわかって無いが、そう、俺は実は記憶をちょっと無くしちまってな。それで、その亜人ってのはお前さんみたいに皆耳を生やしてるのか? それとここには亜人しかいないのか? それから……」


「ちょっと、すとっぷ、待って下さい。そんなに一度に言われても困ります。ええと、記憶が無い、なるほど、では最初からいきますよ。まず亜人にも種族が色々ありますから皆が私のような耳有りとはいえません」


 亜人、その種族は主に六つに別れる。猫族、兎族、獅子族、狼族、鳥族、竜族。ミンクはその中で猫族にあたるらしい。


「ちょっといいか? 俺を見て何も思わないって事はよ、人族もいるって事だよな」


「ええ、勿論です。寧ろここカテルナ王国の殆んどは人族です。でも亜人には含まれませんから」


「ああそうか、そうだよな。悪い、続けてくれ」


「はい。それでこの村は猫族の村ですから村人は皆私と同じです。それと……」


 そう言ってミンクは恥ずかしそうに鉄人から目を逸らした。


「記憶が無いようですから教えてあげますけど、亜人の耳は不用意に触っちゃ駄目ですからね、特に女性の耳は絶対に触らないように気を付けて下さい」


 何だかわからないが、郷に入っては郷に従え、鉄人は素直に頷く。


「わかった。その、さっきは悪かったな。それで、その耳を見るのは構わないのか?」


 鉄人としては要らぬトラブルは避けたいところだ。亜人にとって耳が特別というのは解ったが、出来るだけ詳しく事情を把握しておきたい。


「見るのは……構いません。でもあまりじろじろと見られると恥ずかしいです」


 そう言ってミンクは顔を赤らめたのだった。

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