31.はじまり
ミヒャエルの震えるその手には鈍く光を放つ剣が握られ、狂気に満ちたその瞳が真っ直ぐにジークマイヤを捉える。
「どうしてだ…… どうしてこうなった? 何故俺が負ける? マルティコは…… あいつは一体何なんだ!」
一歩、ふらつくその足でミヒャエルはゆっくりと己の体を前に進める。その剣先はジークマイヤに向けられたまま、隣に佇むシックスの姿などまるで目に映ってはいないかのようで。
「なあ、親父…… 教えて……」
そうやってミヒャエルが次の言葉を紡ごうとした瞬間だった。
「未熟者ぉ!」
咆哮と共に駆け出したジークマイヤの剣が一閃、きらりと煌めいたかと思うとミヒャエルの胸から鮮血が溢れた。
カランッ、とミヒャエルの剣が地に音を立て、彼自信もやがてそれに覆い被さるように地面に伏す。
「息子よ、許せ。せめて…… せめて儂の手で、ミヒャエル、お前を送ってやる」
そうしてジークマイヤが大きく天に掲げたその剣を、しかしシックスは寸でのところで制止した。
「止めろ! ちょっと待て!」
「何故止める! こやつはもう助からん。ならばせめてこれ以上苦しまぬよう、息の根を止めてやらねばならぬ」
シックスはその言葉に同意するように頷きを返し、懐から黒く光る拳銃を取り出した。
「ああ、そうだ。だがそれはあんたの役目じゃない。この件はこれで」
お仕舞いだ。
そう言ってシックスは引き金を引いた。
乾いた破裂音にミヒャエルの体がびくりと跳ねる。そして再び地面に大の字を描いたそれは以降僅かも動く事は無かった。
「そ、それは? いや、そんな事よりどうして其方が……」
反乱を起こした息子に引導を渡す、それは自分の役目、ジークマイヤはそう言おうとしたのだろう。その言葉をシックスは遮った。
「あんたは家族を殺しちゃならねえ。ミヒャエルを殺ったのは俺だ。伯爵、あんたでも無ければマルティコでも無え。だからあんたにとってマルティコは息子の仇じゃねえし、マルティコにとってあんたは兄の仇じゃねえ。恨むんなら俺を恨め」
その時、開け放たれた扉の向こうから足音が響いた。息を切らしたマルティコが二人の前に姿をみせたのだ。
「父上! ……ああ、兄様!」
横たわるミヒャエルに駆け寄った彼女にシックスが声を掛ける。
「マルコ、そいつは俺が殺った。助けてやれずにすまなかったな」
マルティコが振り返る。その目は涙に濡れて。
「ううん、ありがとうシックス。父上を守ってくれて。ありがとう…… でもごめん、今はこれ以上話せそうに無いや」
シックスが俯く彼女の背中に触れる。
「ああ、話は後だ。厳しい事を言うがお前は大将だ。先ずはこの戦いを終わらせろ。屋敷にはまだ囚われている者も多い。早く行け」
うん、と頷きを返しマルティコが部屋を出ていく。
その彼女の後ろ姿をジークマイヤは驚きと共に見送った。娘の強さに、その成長に、胸に込み上げるものを感じながら。
そして同時に先のシックスの行動がマルティコの心を僅かでも軽くする為の儀式だったのではないか、と。
「見ろ、マルティコの奴はあんたより余程理解が早い。あいつの目を見ただろう? あれが勇者の目ってやつだ。それであんた、これからどうするつもりだ?」
ふむ、と考え込んだジークマイヤがやがて決心したように顔を上げる。
「シックス殿との勝負、死ぬなと言われたその約束は守る。だがそれとは別に今回の一件の責任は取らねばならぬ。儂はこれから王国騎士団の本部に赴き事態の結末を報告する。そして師団長の席を退く」
「そうか、まあそれもいいだろう」
そしてシックスはふと思い出した様に言葉を続けた。
「ジークマイヤ・レコンキスタ伯爵、さっきの勝負、勝ちの報酬はもう頂いちまったからこれはお願いって事になる。あんた、この件の収まりがついたら、俺と、いや俺達と一緒に来い。俺が師団長を退いたあんたに取って置きの席を用意してやる」
どういう事だ? と伯爵。
「魔王の復活、あんたも知ってんだろう? マルティコはそれが近い事を多分肌で感じてやがる」
「うむ、それがいつかはわからぬがいずれ訪れる事は間違いない。そしてそれは遠く無い、と儂も感じる」
「はん、勇者の勘ってやつか。まあ、いい。そんで魔王が復活すればそれを討つ、それが勇者マルティコの戦いだ。俺はそのマルティコに、その勝利に賭けた」
俺があいつにベットするのは俺の全て、とシックス。
「これは長丁場の大勝負になる。勿論最後は俺達が勝つ、それは譲れない。だがな、大勝負故に全ての戦闘で勝ち続けるのは不可能だ。負ける戦い、負けなきゃならねえ戦いもきっとある」
言いながら遠くを見つめるシックスに、永く戦に身を置いてきたジークマイヤは自らの経験を省みたのか、深く頷きを返す。
「その時に、その負け戦の際に、マルティコに代わって」
……死ぬ奴が必要だ。
そう言ってシックスは目を細めた。
「儂に、マルティコに代わって死ね、と」
ジークマイヤがにやりと頬を上げる。
「ああ、そうだ。娘の危機に娘を逃がし娘を守って死ぬ。最高じゃねえか。それまでは特等席で娘の活躍を拝ませてやる。どうだ?」
「生きろと言った傍から儂に死ねと言うか。ふはは、いいぞ、いいだろう。シックス殿、儂に死に場所を用意してくれた事、感謝する。最後で最高の役目を与えてくれた事…… 感謝する!」
拳を強く握り締め、恍惚に身を震わせたジークマイヤの瞳に、一条の涙が光った。
「そうだ、最後に一つ、一件が落ち着いたらマルティコとアルバート、この二人とちゃんと話をしろよ。当主としてじゃなく、親父としてな」
そしてその言葉を最後にシックスは部屋を後にしたのだった。
その後、反乱はミヒャエルを失った黒薔薇騎士団の全面降伏を以て終息する。
囚われていた使用人等はマルティコの母親モニカを含め皆その無事が確認されたが、ジークマイヤの現在の妻でミヒャエルの母親エリザビュートの姿はだけは既に何処にも無かった。
この騒動の後、ジークマイヤ・レコンキスタはその責任を取り王国騎士団第二師団長の席を退くとともに騎士団を引退する。
王都に反乱による被害は無く、また早期に鎮圧を果たした事から責任を追及する声も上がらなかったが、ジークマイヤがその自らの決断を覆す事は無かった。
また同第二師団の副団長、マルティコの兄のアルバートも、父親の後釜に座る事無く、その座に留まった。彼もまた自ら団長就任の打診を退けたのだ。
一方、レコンキスタ家における黒薔薇騎士団は解散となり、残兵はそのまま青薔薇騎士団に加わる形となる。
そしてその青薔薇騎士団は……
「凄いねえ、盛観だねえ」
レコンキスタ家の敷地に並ぶ総勢五千の兵士、それを団長のマルティコは屋敷の二階、青薔薇騎士団会議室の窓から眺めた。
マルティコの代わりに軍師クトリラトリ、そしてマリン、パプリカ、カテリーナ、ガルフの四人の将軍がそれぞれ千人からなる大隊の先頭に立つ。
ミヒャエルの反乱に於いてその緻密な作戦で勝利をもたらした軍師クトリラトリ、そして最終局面に於いて狂暴極まる破壊力を見せつけた将軍ガルフ、この二人の亜人の名は現場に居合わせた兵士達の口を伝って今や王都中に広まっている。
「お前マルコ、その大将のお前がこんなところに居ていいのかよ」
シックスが笑いながら肩を竦める。
「いいの、いいの。僕も一度観てみたかったんだ。こうやって青薔薇騎士団の雄姿をさ。シックスが視ているその景色を、さ」
ふん、とシックス。
勇者マルティコを始め王都に名を馳せた青薔薇騎士団。しかし人々の記憶の中にシックスの名前は無い。
「それは、お前が思い描いていた景色だったか?」
それ以上だよ、とマルティコ。その彼女の振り返る横顔を西日が朱に染める。
存在する筈の無い青い薔薇、それが芽を吹き蕾み、そして今ここに一輪の大華を咲かせた。
ふと、シックスの口から彼が好きだった歌の旋律が零れた。それはかつてシックスが勝負の前に好んで口ずさんでいたメロディで。
「それは何の歌?」
少女らしい微笑みを湛えてマルティコが問う。
「ああ、これな…… そうだな、これは俺の歌、かな」
力強くも暖かいその旋律が風に乗って流れてゆく。
「うん、いい歌だね」
マルティコはそして熱の籠った眼差しでシックスを見詰めた。
……僕とシックスのはじまりの唄だ。
奇しくもその同じ日、北の大地では魔王が復活を遂げた。
了。
異世界で魔王に挑むおっさんギャンブラーと女勇者。俺達の戦いはこれからだ! ご愛読ありがとうございました、浅田千恋の次回作にご期待下さい!
……はい、これ一度やってみたかったんです(笑) 魔王登場、大陸全土を巻き込んだ戦い、そう物語はまだまだ続きます。タイトルからもわかる通り、本作はエピソードゼロ。これから本編に突入するみたいな事を考えています。
但しその本編というやつは今のところ私の頭の中にしかありません。多分書くとは思いますがそれがいつになるかもわかりません。連載中の作品もありますし、他の新作を新たに書き始めるかもしれません。反応や状況をみて、といったところでご容赦頂ければと思います。
続きを書く際は、同シリーズ(異世界ギャンブラーシリーズ)という枠組みで進めていくつもりでおりますので、その折はまた一緒に物語を楽しんで頂ければ幸いです。
それでは改めまして、最後までご愛読頂き誠にありがとうございました。
loooko




