21.軍師
「ティアマトよ、つまりこういう事か? この兎耳、クトリ某が騎士団の参謀、いや軍師といってもいい。それに適任だということだな」
「クトリラトリなのじゃ!」
再びそう叫ぶ彼女を無視してシックスは続ける。
「戦争に必要なもの、先ずは兵力。戦いは数だ。数を揃えなきゃ話になんねえ。次に食糧、それに伴う輸送だ。飢えた軍が勝てる道理が無え」
そうだね、とティアマト。
「この二つは俺が揃えると約束した。その為の亜人組織、万華鏡た。だが兵士と食糧が揃ってもそれを上手く使いこなせる奴がいねえと駄目だ。それをこのクトリにやらせようってんだな?」
「クトリラトリなのじゃ!」
「うん、そうだねえ。様々な有象無象の情報から最適解を導き出す、それは戦争する上で必要な能力だと思うんだあよね。大きな画はシックスくうんが描くとしてもね。少なくともお、クトリはあんな列に並ばせとくような存在じゃあないよ」
戦略家と戦術家は別、という事だ。
勿論シックスとしても勝負の場での状況判断には自信があったし、常に最適解で勝ちを重ねてきたつもりだ。だから最悪の場合、自らが戦術面も支えるか、若しくはマリンにその術を徹底的に叩き込むか、そのいずれかだと考えていた。
それにシックスとしては戦場で自ら勇者と並んで立つ事にやはり抵抗があった。
「わかった。お前さんを軍師として採用するようマルコに伝えよう。それにお前さん嫌がってたようだがティアマトは青薔薇騎士団の一員じゃ無い。だから安心してその手腕を発揮してくれ。な、宜しく頼むぜ、クトリ」
「うっうっ、我はクトリラトリなのじゃ、皆して酷いのじゃ」
そう言って涙目になりながらも、兎耳の少女はシックスが差し出した手をゆっくりと握り返した。
「すまん、クトリ、そのやり取りはもう前にやったんだ。二度目は無え」
はたしてシックスのその吐息のような呟きは、流石の兎族の耳にも届かなかった。
しばらくの間クトリラトリと雑談を交わしていたシックスがふと顔を上げると、彼女を引っ張ってきたティアマトはいつの間にかその場から消えていた。それは音もなく気配もなく。
「相変わらず掴めねえ奴だ。おい、クトリ、奴はお前さんの事を友達と言ってやがったが本当か? 奴は何者なんだ?」
ティアマトがどうやってシックスの居場所を突き止めたのかもわからない。それにシックスでさえこの屋敷を自由に闊歩できる訳は無く、マリンの案内無しにはこの会議室に入る事も難しい。
だがそこへティアマトは一人でやってきたのだ。これだけの屋敷、当然警護に就く人間も多い。彼等は一体何をしていたというのか、まさか寝ていたわけではあるまい。
ティアマトは地上でパプリカが思わず剣を抜こうとした程の不法侵入者なのである。
「友達などでは無いのじゃ。我の住処で二、三度見かけた程度、まあ父上とは親しくしていたようじゃったが…… 我は奴に会う度、意地悪をされたのじゃ。むきぃ!」
どうやらクトリラトリもそれほど知った仲というわけでは無いようだ。ティアマトが一方的に構っている、という事か。
シックスが憐れみの籠った目を彼女に向ける。
「それは災難だったな、のじゃ公。まあ、あいつにはお互い気を付けておこうや。全くもって目的が読めねえからな。それよりちょっとお前さんの実力を見ていきたいんだが」
そう言ってシックスは部屋の隅に置かれたゲーム盤に目をやる。それは縦八横八に区切られた六十四のマス目に数種類の立体的な駒が置かれた、そうシックスの言うところのチェス。
トランプに麻雀、それらに続いて今度は紛れもなくチェス。駒の意匠もシックスの知るそれと全く同じとくれば、ルールもおそらく同じに違いない。
全くの異世界で突如現れる共通項、その不気味な違和感をそっと胸に仕舞いながら、シックスはチェス盤をクトリラトリの前に置いた。
「のじゃ公、ルールは知ってるか。これで俺と一局勝負しろ」
「やった事は無いがルールは知っておるのじゃ。じゃがその前に、のじゃ公は止めい!」
クトリラトリがむきぃ、とその声を上げる。
「俺に勝ったら止めてやる。そんでお前さんが負けてもペナルティは何も無いから安心して掛かってこい」
そうやってクトリラトリの先行で始まったチェス対決、お互いが五回程駒を動かしたところでそれは意外な結末を迎えた。
「ま、待つのじゃ。も、もう一回最初からやり直すのじゃ」
掌を前に突き出し、待ったのポーズをとるクトリラトリ。その様子にシックスは目を細めて深く頷いた。
「もういい、実力は十分にわかった」
この勝負にあたってシックスがクトリラトリに仕掛けたのは所謂嵌め技で、それは定石を知らぬ者には非常に有効な戦法である。
しかしその効果が盤面に現れるのは終盤戦に於いてであり、初心者であるが故に最後までその罠に気付かないというのが常だ。
それをこの目の前に座る少女はたった数手で見破った。見破った時には既に手遅れだったとはいえ、その何十手先までの敗北しか無い道筋を彼女は完璧に読み切ったのだ。これにはシックスも驚かざるを得なかった。
「ずるいのじゃ! いやずるくは無いが…… やっぱりずるいのじゃ。もう一回やるのじゃ」
「のじゃ公、勝負にもう一回は無え。くっくっく、悔しかったら精進しやがれ」
そう言ってチェス盤を片付け始めたシックスに、クトリラトリはむぐぐ、と唇を噛んだ。
間もなくして、青薔薇騎士団最初の編成を終え、部隊を解散させたマルティコ達が会議室に戻ってくると、シックスはクトリラトリを軍師として紹介した。
この小さな少女が謎の男によって突如訓練場から連れ去られた事、そして彼女が希少とされる兎族の女性であることに五人は驚いたが、そのマスコット的可愛らしさも相まって直ぐに輪の中で打ち解けた様子を示した。
「そうか、シックスが言うなら間違い無いだろう。僕はマルティコ・レコンキスタ。宜しく頼むよ、クトリラトリ」
マルティコがクトリラトリの手をとる。
「うわああん、そうなのじゃ、我はクトリラトリなのじゃああ」
そうして初めてその名前をちゃんと呼んでもらえたクトリラトリは、嬉しさを爆発た様にマルティコに抱きついたのだった。
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