霞
朝、テレビの電源が自動的に点きニュース番組のアナウンサーの声で私は目を覚ます。
アナウンサーは若者達がとりつかれたように行っている死のゲームにより、昨日だけで300人以上の死者が出た事を話していた。
ベッドから降りカーテンを開く、カーテンを開いても青空が見えるわけでもなく何時ものように視界2~300メートルの霞がかかった街並みが見えるだけ。
顔を洗いビスケット3枚をブラックコーヒーで腹に流し込み朝食を済ませる。
ビジネスバッグを右手に持ち洗濯物が詰まったショルダーバッグを左肩に下げ部屋を出てエレベーターに乗る。
満員のエレベーターの中で顔見知りの女性と出合い挨拶するが世間話をする間もなく1階に到着。
1階に用事がある私を含めた数人の男女が降り、それ以外の人たちは地下の通路や地下鉄の駅に行くためエレベーターに乗ったままである。
コインランドリーに向かい空いている洗濯機に洗濯物を放り込む。
洗濯物の取り込みを頼むため受付に向けて歩いていたら前を歩いていたカップルの片割れが窓の外を指差して声を上げた。
「おい見ろ! 死のゲームをやっている奴等がいるぞ」
それを聞き私も3重のエアロックの脇にある窓の外を見る。
窓の外の道路上を防護マスクと全身を覆う防護服姿で十数人の男女が走っていた。
このゲームは決められた目的地まで呼吸用ボンベを背負わずに緊急避難所を経由しながら走りきるゲームである。
道路上を走っていた1人がマンション脇の1人用緊急避難所に入ろうとしたとき、後ろから来た他のゲーム参加者に突き飛ばされた。
後から来た奴が先に避難所に入ろうとして突き飛ばした奴と揉み合いになり互いの防護マスクを掴み取る。
防護マスクを顔からもぎ取られた2人は視界を2~300メートルにしている原因花粉に接触し吸い込む。
剥き出しになった顔の表面が火傷を負ったように爛れていき、吸い込んだ花粉により気管や肺も同じように爛れて目、鼻、耳、口から出血してのたうち回りながら息絶える。
昔、21世紀半ばまでは花粉による死者はアナフラキシーショックにより運が悪い者が死ぬ程度だったらしいが、今は花粉に接触し吸い込んだ者は100パーセント死ぬ。
放射能汚染や化学物質汚染にさらされた植物達はある日突然すべての植物が突然変異を起こして雌雄同体になり、二酸化炭素と共に植物内に取り込まれた放射能や化学物質を花粉として排出するようになったのが原因である。
このため21世紀半ばまでは春から夏の間だけだった花粉の放出が1年中になり、宇宙から地球を見ると全球が黄色い霞に包まれているように見えた。
地球統一政府もこのことを憂慮して火星に全人類移住計画を立てているが、一般人が火星に移住できるのは最低でもあと100年はかかる見通しである。
今を生きる私達は火星移住計画推進のために何の見返りも貰えず、ただ収入の三分の二以上の税金を取られるだけだ。
若者達が何の希望もなく明るい展望を描くこともできず死のゲームに熱中するのも分かるが、火星に移住できるようになったとき若者は残っているのだろうか?