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13 闇の中の真相

 ひょっとしたらこれで止まらないかもしれないと覚悟はしていたが、村人たちの挙動は一斉に止まった。

 と言っても私たちが暴れ過ぎたせいでもはや立っている人の方が少ないんだけどね。やっぱりこの村長がリーダ格か。



「だったら動ける人はそっちに固まって。ほら急いで」



 パンパンと手を叩いて移動を促す。

 気絶している村人以外全員を宿屋とは距離を取らせた場所に誘導した。

 一番厄介なのはバラバラになられて私たちの死角でいらないことされたり逃げられることだからね。こうして集まってもらうとやりやすい。


 美歌ちゃんたちもクールダウンして私の横に付き、彼らの移動が完了したのを見計らってから集団に訊いてみる。



「さて、そろそろ何でこんなことしたのか白状してもらえるかしら?」


「……」



 移動には素直に従ったのに私の問いにはみんな顔を見合わせるだけで答えようとしない。

 口を堅く閉ざしたままだ。

 


「けっこうなことよこれ。表沙汰になったら相当やばいんじゃないの? こっちだって理由もなく襲われたんなら出るとこ出るからね?」



 さっと全員の顔色が悪くなる。

 少しだけ緊張感が走ったようだ。

 


「や、やめろ。お、俺が話す……」



 と、ようやくまともにコミュニケーションを取ろうとしてくれたのは足元で倒れている村長だった。

 痺れが取れたのかゆっくりと体を起き上がらせる。それでもふらふらとしていて辛そうだ。まぁ攻撃用ではないにしても雷遁をまともに食らったからね。

 ただどうにも口調や立ち居振る舞いから村長という仮面は剥がれているように思えた。 



「はぁ……。まさかこれだけの人数で掛かって二人と動物二匹すら倒せないとは……」


「それよそれ、目的はなんなの?」


「そ、それは……言えない」


「あんた舐めてんの?」



 思わず拳を握って振りかぶる。

 今話すって言ったくせに前言撤回が速過ぎでしょ。



「ま、待ってくれ。くそ……どっちに転んでも終わりかよ……嫌になってくるぜ……」


「なにをごちゃごちゃと。こっちは何にも悪いことしてないのに襲われた被害者よ。いい加減、暗殺ギルド壊滅させないとおちおち寝てもいられなくなってきたわ」


「暗殺ギルド? なんだそれは?」



 村長は目をパチクリとした反応をする。

 あれ? 違った?



「ん? 王子狙ってきたんじゃないの?」


「王子? なんのことだ?」



 まったく話が噛み合わない。

 これってひょっとして暗殺ギルドと関係なし? 誤魔化しているだけじゃなくて?



「なんでもいいから襲ってきた事情をキリキリ話しなさいって言ってんの。電圧が足りなかったんならもっときついのお見舞いするけど?」


「わ、悪かった。話すから! はぁ……」



 ため息を吐いた後、村長はようやく決心を固めたようだ。

 周りにいる仲間を確認してから僅かに頷き口を開く。



「俺たちがお前らを襲ったのは疑われたからだ。何の疑問も持たずに普通にこの村を出て行ってくれるならこんなことはしなかった」


「疑われた? えーと、どういうこと? それだけじゃ全然分からないんですけど」



 暗殺ギルドとかと関係がある線も考えてたんだけど、何やら雲行きがおかしい。



「俺らはこの村の住人じゃない。いや正確には数か月前から住人になった、と言うべきか。ただの一般人相手ならまだしも貴族様に出しゃばられた挙句にそれがバレたらまずいんだよ」



 全然さっぱり分からない。

 試しに美歌ちゃんとテンに目を向ける。



「うちもさっぱりや」


『こんな説明で理解できる方がおかしいやろ。エスパーやあるまいし』



 ですよねー。

 このままじ話が進まないわ。



「あのさ、もうちょっと順序立てて話してくれる? なんかこの期に及んでまだ隠そうとしてるから訳分からなくなるのよ」


「あぁ分かった。慣れない村長なんて役をさせられて疲れた。全て話す」



 村長という役? どういうことだろ。

 一筋縄じゃいかない事情がありそうだ。



「俺らは全員、()()()()()()()()()()()んだ。犯罪者奴隷もいるがたいていは借金奴隷だな。で、突然連れて来られて恩赦があったからここで暮らせと言われた。俺たちだって意味が分からなかったよ。ただ家や畑なんかは揃ってるし、軌道に乗るまで生活支援もしてくれるって今も支援されている。炭鉱で働いたり、いけ好かない貴族の召使いになるよりは普通の生活して暮らしていいってんならここで村人になる方を選ぶよな」


「ん? この村に誰もいなかったの?」


「そうだ。奇妙なことに住人は誰もいなかった。そしてもっと奇妙だったのは幾つかの家が新築同然だったんだ」



 まだこんがらがって思考が停止しそうだった。

 理解が進まない。どうなってんの?

 ここが川下りを楽しむ村ってことでやって来たんだから、ここにいる彼らが一から作ったものじゃないよね。だったら元にいた住民はどこに? それは彼らには分からないことらしいが謎が深まるばかりだ。



「ええと、村で生活を始めたのは分かったわ。それが大々的に外に知られたら困るから襲ったのというのも無茶苦茶だけど、一定の理解はできる。じゃああんたたちをここに連れてきたやつは誰なの? 目的はなに?」



 そこが重要なポイントになるだろう。

 今のところ目的が不明過ぎる。



「――教会だ」


「は?」


「もちろん自分からそう名乗ったんじゃないが、あいつは教会の人間だ。俺は元々魔術が使える山賊としてそこそこ有名だったんだがよ教会騎士(ジルボワ)に捕まって鉱山送りにされていたんだが、ここに連れてきた男はその時にいたやつだった。向こうは俺の顔なんて覚えちゃいないようだったがこっちは忘れるかっての」

 


 後半は屈辱的な過去を思い出し吐き捨てるようにもらす。

 しかしここで教会が出てくるのか。黒いわね~。いやでも奴隷を開放して支援しているなら白いのかしら?



「つまり教会の人間に連れて来られて村人生活を謳歌しているところに私たちがやって来て怪しんだから夜襲をした。ってこと?」


「……そうだ。あいつが俺たちをここに集めて生活させている理由も分からない。たまにやって来ては金や足りない道具を渡して俺に村長としての役目を教え込むぐらいだ。俺は腕が立って文字が読めるから村長にさせられてるだけだけどな。まぁ徴税官なんてまだ会ったこともないから簡単にバレちまったがよ」


「いくらなんでもお粗末すぎじゃない?」


「今の生活を守りたかったんだ! それにこの姿が消える布は教会のやつからもらった。もし疑って騒ぎ立てようとするやつがいるならこれを使って消せってな」


 

 雷遁によってボロボロになっている布。

 焦げ目が付いてもう使えそうには見えなかった。でも私これどっかで見たことあるんだよね。

 どこだっけ? 消える布……消える布……。

 


「あっ!」


「どうしたん? 葵姉ちゃん?」



 急に考え込んであっと声を上げた私に気になったのか美歌ちゃんが眉をひそめる。



「思い出した。これカッシーラの吸血鬼が使ってたマントよ。素材感もそうだけど、消えるなんて能力あれしかないもの!」


「あぁ……そう言われるとそうかも。でもうちが最後に見たのはもう数か月前の夜中に一瞬だけやからなぁ。自信は無いけど消える布がそうそこら中にあるわけないもんな」



 一応、美歌ちゃんも見てはいたらしい。

 私もなんだかんだあいつと直接会ったのって追いかけっこしてバータルさんと共闘した時だけだしね。



「この布ってなんなの?」


「さぁ? 俺はもらって使い方を教わっただけで分からん」



 確かカッシーラを騒がせた吸血鬼のドール? ロボット? は誰かに持って行かれたって話だった。

 そいつが使ってたやつだろうか。

 でもこうなってくると、その攫ったやつが教会関係者って線は濃厚だ。今から思い出すとあの町には教会騎士(ジルボワ)もいたものね。私が会ったことがないやつがいてアレンを襲ったとしてもおかしくない。



「あのよ、俺が言えることじゃないんだが、一つお願いがあるんだがよ」


「ん? なに?」



 村長が伏し目がちにこっちを見てくる。



「今晩のこと、知ったことも含めて内緒にしてくれないか。虫の良い話だとは分かっているんだが、もし外部に知れたことが分かると俺たちはきっと元いた場所に戻される。最悪殺されるかもしれねぇ。頼む!」


「そっちは殺そうとしてきたくせに随分と都合の良いこと言ってくれるわね?」


「もちろん承知の上だ! ただよ、底辺を知ってからここでの平穏な暮らしに数か月でも慣れちまったらもう戻りたくないんだよ! な! この通りだ! お前らも頭下げろ!」



 呆れたことに村人たちも腰を深々と折って自分勝手な理屈を述べてくる。

 さてどうしたものかしら。とりあえずここはクレアさんの意向も訊くべきかしらね。


 そんなことを考えていると宿からアレンとオリビアさんとミーシャの三人組が飛び出してきた。

 何やら血相を変えてあわあわと口を震わせている。

 なんだろ、嫌な予感しかしないけど。



「アオイ、やべぇぞ。王子様がいなくなってる!」


 

 はいぃ!? どういうことよ!?

 私、宿にこいつらを入れた記憶ないんですけど? ちゃんとそういうのは確認しながら戦ってた。

 それとも私たちが出たタイミングですでに侵入されてて入れ違ってた?

 あぁもう考えても分からない。行った方が手っ取り早いね。



「ここお願い。私は様子を見に行くわ」



 美歌ちゃんにここの番は任せて宿の二階へひた走る。

 一番端の部屋がサミュ王子の寝ている部屋だったはずだ。

 階段上がってすぐのところにはテーブルとか椅子でバリケードを築こうとした痕跡もいくつかあってそれを押し退けて進む。

 部屋の前には呆然とした騎士たちがいてそれも無視して中を覗くと、土気色の顔をして目の焦点が合っていないクレアさんがいた。

 


「く、クレアさん!?」


「あ、アオイ殿……。サミュ様が、サミュ様がおられないのだ……」



 ベッドには確かに誰もいなかった。

 ぐるっと部屋の中を見回しても隠れる場所も無い。ここにいないのは確からしい。

 


「どういうこと? 見張りもいたんですよね? まさか窓から連れて行かれた?」



 部屋の前には二人ずつ交代で騎士たちが見張りをしていたはずだ。

 その目を盗んで誘拐というのならば窓ぐらいしか逃走経路は無い。

 普通はあり得ないけど考えられるのはそれぐらいだ。


 

「それが……」



 中でも一層血の気を失っている騎士が二人いる。

 話を訊くと差し入れされた飲み物を飲んだ後に強烈な睡魔に襲われたんだとか。

 それで起こされた時にはもう村人が強襲してくる状態だったと。



「え、じゃあ堂々と玄関から連れ去られた? だったら今村人たちを制圧してるんであいつらにどこに攫ったのか話訊いてきますよ」


「いや、違うんだ。おそらくそうじゃないんだ」



 クレアさんが何かを言い始める。非常に険しい顔だ。

 なんだろ? 何が違うっていうの?



「そこにいる彼らに差し入れした人物は村人じゃない」


「え? 誰ですか?」



 それ以外考えられないんだけど。

 他にいる? だって村人じゃない人って他にいないでしょ。まさか暗殺者のやつらからもらって飲んだってことじゃないよね?



「――オーバーンだ。やつが手荷物と一緒に姿も消えている!」



 クレアさんの悔しそうな声と共にあの気に食わないやつの顔が一気に脳裏に蘇った。



□ ■ □



 時刻はオーバーンがサミュの部屋に侵入した時に遡る。

 彼は自分の行動が上手くいっていることに愉悦を感じながらサミュの胸元を揺すった。



「う、ううん……あ? なんだオーバーンか」


「はい、そうでございます。サミュ様」



 寝ぼけ眼を擦りながら自分を起こした男をサミュが視認する。

 辺りは暗くまだ朝になっていないことはすぐに知れ、だからサミュは眉間に皺を寄せ不快感を露わにした。



「まだ夜更けであろう。こんな時刻に余を起こして無礼であるぞ……いやまさか何かあったのか!?」


「いえ、今は何もございません。ただこれから無いとは言い切れません。ですのでご無礼を承知で御身を想いこうして参上(つかまつ)った次第であります」


「? どういうことだ?」



 要領が掴めない。特に寝起きで頭もそう回ってもおらず、どんよりとサミュの頭の中をモヤのような覆い思考が覚束ない。



「実は食料の補給などをしている最中にこの村の連中が夜襲を掛ける相談をしている場面に出くわしました」


「は? なんだそれは? ……いや、確かに村長は怪しくはあったか。では急ぎクレアたちに知らせろ。防備を固める」


「お待ちくださいサミュ様。私が愚考しますのは御身の安泰。懸念すべき案件もあり、そこで一計がございます」



 ベッドからサミュが飛び起きようとするのをオーバーンが止める。

 上半身だけ起き上がった状態でサミュはその話を訊いてみることにした。



「……申してみよ」


「はい。まずここの村人連中など我ら騎士たちが相手すれば負けるはずがありません。すでに仲間にもそれは知らせてありますので問題はないかと。それで考えるのは今後のことです。私は先手を打ちたいと思っております」


「ふむ」 


「こうして訪れる先々で襲われていては身が持ちません。ここは我ら二人だけでこっそりと身を隠して帝都に戻るというのはいかがでしょうか?」



 明らかな独断専行。

 わざわざ人数を減らして二人だけで行動するなぞ奇策、もしくは愚策に類するものだ。



「あり得ん。上手くいけば良いがデメリットやリスクの方がはるかに高過ぎる」



 故にサミュも一蹴した。



「かもしれません。ですがこのままですといずれ御命(おいのち)に関わることになります」


「どういうことだ? オーバーン。貴公、えらく断定した物言いだが」


「はい。我らの中に()()()()がおります。であればこのまま集団で行動するのは危険かと具申致します」



 その言葉にサミュは劇的に反応する。

 部族連合に付いてきた家臣たちだが、表向きは敬う態度を示していても自分のことを心から忠誠を誓っていないのは彼も薄々理解していた。

 むしろ南の地に飛ばされたのはサミュのせいで貧乏くじを引かされたと内心では恨んでいるのもいる。それは子供ながらに――いや子供だったからこそ敏感に感じていた。

 だからこそ自分を大きく見せようと大人っぽい口調や態度を心掛けるよう戒めてきたし、本当はしたくもない稽古事や、会ったこともない貴族の名前や力関係を真面目に無理やりにでも勉強してきたのだ。

 そうして怠けず遊ばず、王子らしくしていれば彼らの留飲も少しは下がるのだと信じて。サミュなりの意地と努力の結果が今のサミュ王子という人物像だった。



「そ、そいつは誰だ?」



 声が上擦っていた。

 反感を持たれていたとしても、それでも騎士たちは数年間同じ場所で暮らした数少ない仲間だ。

 頭の中に彼らの顔を思い浮かべるが、それでも命を狙うほどの裏切りなど信じたくもなかった。

 聞きたいような聞きたくないような葛藤がサミュを苛める。



「――クレアです」


「ふざけるなっ!」



 それは最も大逆とは縁遠い人物の名だった。

 それも物心付いた時からいる一番心を許している騎士の名。

 サミュは歯を剥き出しにしてオーバーンの首元の襟を掴んで激怒した。

 まるで自分が侮辱されたかのような気分になったのだ。



「さ、サミュ様、お静かに! 今気付かれてはまずいことになります!」


「落ち着けだと!? 貴公は今自分が何を口にしているのか分かっているのだろうな! 今綱渡りをしていると心得よ。少しでもおかしなことを言って足を踏み外せば即刻騎士を解任するぞ!」


「困惑されるのも無理からぬこと。しかし本当です! サミュ様はご存じありませんか? あの女がたまに知らない人物と密会をして連絡を取り合っているのを」



 サミュの激高が虚を突かれ穴を塞がれたかのようにふいに止まった。

 心当たりがあったのだ。



「確かに……そんな噂話は聞いたことがある。クレアが誰かと連絡を取っているとな。それに余も部族連合にいる折、悪戯でクレアの部屋に入った時に誰宛てとも分からぬ報告書のようなものを見掛けたことがあった。しかし……」


「信じられぬのも無理はありません。しかしそもそも部族連合を立たれてから襲われるまでに早過ぎるとは思いませんか? それは内通者がいたからこそでございます。さらにここまで騎士たちの数は減り、身元もよく分からない冒険者を雇って仲違いを起こさせ混乱しております。この間の巨大蜂(ジャイアント・ビー)の件も含めて全てあいつらの仕業でしょう。これもひとえにクレアの差し金でございます」



 普段であれば鼻で笑うような理屈も少量の猜疑心が科学反応し、耳に入るこの言葉が毒となりサミュの中に注ぎ込まれていく。

 突然、頼る寄る辺を失い闇へと力が抜けていくかのようだった。

 


「いや待て。クレアなはずがない。大体、余の命を狙うならあやつが犯人ならいくらでもチャンスはあったではないか」 


「おそらく殺害が第三者の手によるものだと印象付けたいのでありましょう。直接は最終手段なのではないかと。しかしこのまま都が近付けば追い詰められてもっと大胆な方法を取るやもしれません。今が裏を掛けるチャンスなのです!」



 オーバーンは真面目にここを抜け出すのが最善だと語る。

 サミュの意識もぐらつき始めてきた。



「だ、だからと言って二人でなど……」


「幸いここの川下りは私も経験がございます。そして下りきってしまえば都とはもう目と鼻の先。何も恐れることはございません。それにミカ殿のこともございます」


「ミカがなんだというのだ?」



 今のサミュを支える精神的な屋台骨はクレアと美歌だった。

 そのうちの一つにヒビが入り、もう一つにまで何かあると言われれば動揺は隠せない。


 オーバーンという男はこれはこれで取り入り方が上手かった。

 彼という人物は伯爵家の四男である。しかしいくら伯爵家とは言えども四男にまで遊ばせておく余裕はなく成人して間もなく騎士団入りをした。

 世間体的に多少剣が使えるならば騎士になるというのが一般的な身の振り方だったし、彼もそこに不満を感じつつも他にすることもないので家の言うことに従った。

 数年後、家の後押しと持ち前の取り入りの良さもあって近衛の、さらには王子付きの護衛にと抜擢され喜んでもいた。

 仮にだが自分が従っている王子が王になればそれこそ今度は王を守る親衛隊として働くことになり誰もが羨む大出世になるからだ。

 そうすればとっくに自分を見限った父親や、ぬくぬくと未だ家で生活している兄たちも見返せる。

 確率は低いとは言え望みがあるというだけで光が差したかに思え、期待に胸膨らむ近衛生活の始まりだった。 


 ――しかしそれは叶わない。

 まさかの守るべき王子が遠く離れた部族連合へと送られるという話が持ち上がってしまったのだ。

 これでは絶対に王になどなれやしない。しかも行きたくもない地で一体何年過ごせばいいのかも分からない。

 クレアという自分より年下の女が上司というのも歯がゆいものがあったのだろう。メイドに手を付けても鬱憤は晴らせず、人並みの忠誠心ぐらいはあった彼だがだんだんと腹に鬱屈としたものが溜まっていってしまう。

 そしてこのチャンスに行動を起こした。



「このまま一緒にいてはミカ殿も危険ではありませんか? 確かに戦闘能力の高さは認めます。しかし相手は海千山千の手練れたち。そして内部に内通者もいる。もし私が敵ならあの手ごわい冒険者たちを真っ先に暗殺します」



 オーバーンのこの口車はサミュの純粋な恋心を巧みに利用している。

 恋は盲目と言うが、好きな女の子が危険に晒されると引き合いに出されれば冷静でいられなくなる。それにサミュはまだ子供だ。そういう経験が皆無で常に俯瞰して物事を判断せよと習った教えは頭から抜け落ちてしまっていた。



「貴公が言うようにもし……仮にだ、クレアがそうだったとして、余がいなくなったからといってミカの安全は守られる保証があるのか?」


「暗殺者と言っても金で雇われたものです。サミュ様が無事に城に戻られたらもう無駄なことはしますまい。それに次王になられる確率が最も高いサミュ様のご不興を買うような真似は彼らにとってもマイナスでしかありません。ですのですぐに出立されるのが賢明な判断と言えるでしょう。御身が帝都に早く着けば着くほど彼女らの危険は減ります。逆にこのままクレアたちと行動を共にすれば私どもも守り切れるかどうかは分かりかねます」



 サミュはしばし俯いて熟考する。

 自分の使命と生命、渦巻く誰を信じていいのか分からない不審に満ちた環境、そしてミカのことを。

 やがて決心をした。



「……分かった。すぐに支度をする」



 オーバーンに唆された彼はそのまま宿を出て行ってしまったのだった。




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