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8 天恵とは?



「……っ!」



 忍刀であわやその凶弾を弾き返す。

 くるくると回りさも踊るかのような挙動をする剣は、弾いた方向ではなく、まったく逆のアレンの手元へと宙を飛び不自然に戻っていった。

 普通ではあり得ない現象。


 ということは、



「それが天恵?」


「そうだ。『英雄の剣(ガルトムント)』。手に馴染んだ武器を操る能力だ。こういうことができる。来いっ! ガルトムント!!」



 アレンが叫ぶと音も無く空中から追加参戦してきたのは、仲間の女の子に持たせていたもう一本の剣だった。

 それはまるで騎士のごとく儀礼するかのように、剣の腹をこちらに面してアレンの横に(たたず)む。

 主の敵となるなら切っ先を向け容赦はしないぞ、と物語っているかのようだ。



「基本的に武器なら何でも操作できるが、一番慣れているのが剣だ。そして俺が天恵を使っているときは昔の英雄が使っていたという魔剣の名前で呼ぶことにしている。『ガルトムント』は人でも魔物でもいくら斬っても壊れずずっと英雄の傍らにあったとされている俺の好きな魔剣の名前だ」



 うんちく講座と浮遊する不可思議な剣の参加に、村人たちからは熱の入った歓声が上がる。

 他人事だと思ってくれちゃって。でも分かりやすく格好良いもんね。

 私も『剣の乱舞(ソードダンス)』とか言って百本ぐらいの剣を一糸乱れぬ動きで従え攻め立ててみたい。


 でもさ、



「たった一本じゃ物足りなくない?」



 安い挑発。

 実際本当に百本も用意されたらたまったものじゃない。

 でも一本だけってのはちょっと拍子抜けしちゃうんだよねぇ。



「おいおい、そんなこと言っていいのか? 実際やってみると相当やりづらいんだぜ? 単純に一対二になるだけじゃない」


「そうだろうね」


「はっ! これを目の当たりにしたらどんなやつも腰を抜かすっていうのに、なんとかできる自信があるっていうのか。やってもらおうじゃねぇか。――飛べっ! ガルトムント!」



 浮かんだ剣が傾き、アレンがその柄頭を押し出すと、一直線に矢のように飛んできた。

 助走などはなく、初速から最高スピードだ。


 半身だけ退こうとしたら、嫌な唸りを感じて、紙一重ではなく間を取って横に逃げる。

 その勘は当たった。微かに軌道修正をしてきたのだ。


 ――面倒な!


 心の中だけで文句を吐く。


 修正された分も加味してやや大仰に跳び回避した。やっぱり避けられない速度ではない。

 ただし私がいた後を通過すると、ジェットコースターの宙返りのように円運動を描きながら戻ってくる。

 そのまま地上すれすれを水平に飛行し、お次は柄を重心にしてまるで草刈機のように回っての攻撃らしい。



「遊んでんの?」


「ギャラリーは満足してるぜ?」



 最初は頑張れだとか負けるなとか、声援や野次のようなものがあった気もするけど、今では私と彼以外の人間は固唾を呑んでこの戦いを注視していた。

 

 ふっと小さく苦笑する。

 仕方無い一度だけ付き合うか。



「お楽しみ頂けているようで何より……ねっ!」



 低い軌道でやってくるそれを前方宙返りで翻り避けて見送る。

 無意味な動きだけど、村人たちからは、おお、と安堵の声が合唱された。



「ちゃんと避けたな。じゃあ次はこうだ」



 飛剣のお次のパターンは横回転をやめ、ドリルのように貫く回転運動に変化して、三度目の牙を剥いてくる。


 それに上手く刀で弾いて対応し、すれ違うように前方に走る。


 これ以上、足を止めて攻撃を受け続けるショーの的はうんざりだった。

 現にアレンは天恵とやらを使用してから余裕の表情を(たた)えたまま一歩も動いていない。

 それよりも私の勝利という形でギャラリーを湧かせようじゃないの。


 再接近し、彼の握っている剣を弾こうと右手だけに持ち替えた忍刀で振り結ぶが、やはり力が足りず防がれてしまう。

 でもそれはフェイントで、私の空いた左手は時間差でアレンが剣の柄を握る手を狙っていた。

 左からフックをするように鋭く拳を打ち込む。

 ほとんど力は要らない。なぜならこれの意図することは、私の拳の骨の出っ張った部分で彼の指を潰すことだからだ。

 刀身は鍔迫りをしている途中で放すことも引くこともできない。

 やった、と思った。


 ――そこに、真上から影が差した。


 さっき弾いた飛剣だ。もう追いついてきた。

 アレンの指を砕くのにあと数センチのところで攻撃を中断し、ほとんど本能的に体を捻って避ける。

 どすん、と私の残像がまだ残る場所に剣は地面へと土を(えぐ)り突き立った。


 息が詰まる。

 回避したのは僥倖(ぎょうこう)だけど、そのあとが大変だ。

 無茶苦茶なタイミングだったのであわや地面とキスしそうになるが、左手一本だけで支え回転しながら難を逃れる。

 あまりにも無理やりで腕を痛めるかと思ったんだけど意外にもまったく平気だった。

 思い起こすと指一本で逆立ちしてしまえる体だ。納得できる。


 それにしても、なるほど確かに厄介だ。前後左右だけからではなく、頭上やそれこそ足元も注意しなければならない。

 普通、相手が人型にしろ異形の形のモンスターにしろ、その見かけである程度どこからどうやって攻撃されるかの予測が立てられる。その予測線を意識すれば反応しやすいのだ。

 けれどもこの天恵というやつはそれが役に立たない。

 単純に一対二になるわけじゃない、と言ったのも頷ける。


 さらにアレンの攻撃は止まない。

 一時的に敵を視界から外してしまう緊急回避をしたところに、好機とばかりに押し迫ってくる。

 

 右から左、下から上、彼のラッシュは続き、それを受け止める。鉄と鉄が打ち合う音が小気味良く響く。

 反撃の機会を探る暇もなく、その上そこに飛剣が加わる。



『あーちゃん!』



 豆太郎の心配そうな声が響いた。

 


「にゃろっ!」」 


 

 唇をかみ締め全神経を集中する。


 アレン本人の隙を埋めるように飛剣は可動する。

 しかも不可解な軌道で読みづらい。

 後退しながら捌くにも限界があった。


 冷や汗が垂れる。


 だが、しばらく膠着(こうちゃく)が続くと、私と飛剣の間にアレンが挟まれるようになったときだった。

 明らかにどちらの動きも鈍る。

 

 啓示を得たように閃き、攻略の糸口が見えた。


 まともに取り合っては難しく、私は可能な限り彼を盾にするように切り替えて立ち回った。

 折にふれてはフェイント入り混ぜて先回りしながら、かく乱する。

 完全に動きの指針ができた私の行動に、アレンの表情には徐々に鬱屈が溜まっていき苦悩が入り混じるようになった。


 やはりこの彼の天恵は、操る剣を視界に入れていないと上手く動かないようだ。

 条件がそうなのか、ただ単に未熟なのかは今は分からないが、自分一人で動かしているくせに、目を外すと途端、連携は拙いものになる。

 おそらくは二本の両手の他に、三本目の手を操るような意識が必要になるんじゃないかと思う。

 

 今のままならこうした同時攻撃よりも、不意を突くようにされた方がよっぽど手ごわかった。


 精彩に欠ける飛剣の柄を草鞋型ブーツを履いた足で空に打ち上げると、仕切り直したくて距離を取った。



「さっきの頭上からの攻撃、殺す気じゃなかった?」


「いや腕のところを薄皮一枚斬るぐらいさ。これでも考慮している。でもそれが当たらなかったのは正直あり得ねぇと思ってるし、こんなに早く弱点がバレるとは思わなかった。そもそも打ち合えてる時点でおかしいんだけど。お前冒険者ランクいくつだ? 最低でも3、いや4以上はないとおかしい」


「ランク? なにそれ」


「いやいやここにきて別に隠すもんじゃねぇだろ?」


「本当に知らないし。そもそも冒険者ってのに登録してないよ私」


「おい、マジで言ってんのか!?」



 如実に動揺を隠せないアレン。

   


「俺が今3で最高は7だ。これでも『クロリア』の町では過去最速って言われてんだぜ。4も苦労せずに上がれるってさ。本当に知らないのか?」


「ええ」


「マジか……」


 

 彼にとって自負を支える要因でもあったのか、ランクを知らないと答えると、地味に精神的ダメージはあったようだった。

 そういうリアクションはちょっと可愛い。


 さてさて、それはともかくここまでやっちゃったし、そろそろ決着は着けないとなぁ。

 でもこのままだとジリ貧だ。

 彼がある程度やれることは分かったし、対人の動きも体が慣れてきた。

 だから、



「じゃあ少しだけ本気出すよ」


「なに?」



 さすがに私の今の言葉はムっときたのか眉根が寄っていく。

 そんなことはお構い無しに、とん、とん、と何度も軽くジャンプしながらシステムを弄り位階制限(レベルキャップ)を五十に設定し直す。

 


「行くよ。気を抜かないように」


「ふ――」



 彼の返事を聞く前に地を蹴り飛び出した。

 次の刹那には浮いている剣をぶん盗ってもう背後に回っていた。

 アレンには風だけが通り過ぎたように見えただろうか。


 二秒ほどアレンが驚愕に彩られた顔をこちらに向けるのを待ってから、持っている剣に同士討ちするよう強引に打った。

 ぎぃぃん、と鉄の擦れる不快な鈍い音がする。

 こっちは片手、向こうは両手。

 それでもレベルを上げたおかげで、今度は拮抗する瞬間は毛ほどもなく一文字に振り抜けた。

 

 予想通り、今の私の力はアレンの膂力を軽く超えたらしい。

 鳩が豆鉄砲食らったような顔をして硬直するアレンは、剣を落とさなかったのが奇跡のようだ。

 


「しっかり持って」



 私の言葉にはっとして正眼に構え直す。

 そこにコマのように一回転して遠心力を付け、手首を返しながらもう一度剣を激突させる。

 この衝撃に耐え切れず、ぴしり、とアレンが持つ鉄の剣が悲鳴を訴えるかの如くひびが入った。

 私が持つ方は同じ剣なのに無傷だ。


 続いて連撃。

 けれど次は逆回転から。

 剣と剣がしのぎを削り、耐久力を超えたぶつかり合いに裂け目が反対側にも生じた。


 さらにもう一度、さらにもう一度、さらにもう一度、さらにさらにさらにさらに――



「ちょ、ちょっ!?」



 眼前で起こる暴風のような私の奇行にたじろぐしかない。

 やがて両サイドからの亀裂が繋がりアレンの持つ方の剣はあっけなく割れ、先が吹っ飛んだ。

 短くなった刀身にもはや何度目かの仰天顔を浮かべるアレン。



「せーのっ!!」


 

 私はとどめとばかりに、ぶん盗った剣を地面に突き刺すとそのまま力任せに押し込む。

 普通なら半ばほどで止まるのに、異常な力で埋め込まれると、ついには柄が土に付くまで潜り込んだ。


 これを抜いたら勇者認定されそうな、封印された聖剣みたいになっちゃった。

 その(つば)に足を置く。



「まだ続ける?」



 声を失ったかのようなアレンはしばらくしてから、



「……俺の負けだ」



 と、うな垂れ、同時にわっと村人たちの喝采が広場を包んだ。

  


□ ■ □




 大盛況の内に模擬戦は終了となった。

 興奮した村人たちの私を見る視線は、今までの冷たいものや恐ろしげなものから、熱を帯びたものになっていた。

 現金なもんだよね。


 特にテレサさんが「あっちにあのお嬢ちゃんが倒したゴブリンの死体が山ほど積んである。解体の手伝いをしたいものは来るように」と伝えるとかなりの人数の村人たちが熱狂のまま向かっていった。

 これには舌を巻いた。


 人数次第では完了は明日になるかも、という話だったけどあの人数なら大丈夫そうだ。

 あのおばあちゃん人の使い方がうまい。


 戦いが終わるとすぐに駆け寄ってきたのは豆太郎とリズで、二人の体当たりを一気に食らうことになった。

 これが一番効いたって言ったらアレンは怒るかな。

 まぁ威力というか心配させてしまったっていう申し訳なさの方が強いんだけど。



「お姉ちゃんすごい!」


『あーちゃん、すごいよー!』



 と屈託なく賞賛されると照れてしまう。

 豆太郎もそのサイズに似合わず、ぴょこんと蛙のように胸まで跳んできたので抱き上げると、しきりに顔を擦り付けてくる。


 その後、リズはほくほく顔のお母さんとスコットさんと手を繋いで「すごいのが見れるらしいぞ、行ってみよう」とゴブリンの解体所の方へ連れ立っていった。

 見世物じゃないんですけど!


 昇天したように放心しているアレンは仲間たちに介護されていた。

 怪我はしていないので精神的なケアっぽい。

 オリビアさんに何か耳元で囁かれると魂が戻ったようで、よろよろと立ち上がり近寄ってきた。



「その……まずは手合わせありがとう。手も足も出なかった。それと、ごめん」



 負けたショックか生意気な態度はすっかりなりを潜めていた。



「オリビアに今注意されて気付いたんだけど、その犬について悪口を言ったわけじゃないんだ。ただ本当にそんな小さな犬がいることが信じられなかっただけで……」

 


 あれ? そうなの?

 いや待ってよ。思い返すとそんな気がしてきた。え? マジ?

 アレンからすると希望が叶ったんで結果オーライなのかもしれないけどさ、これは私も恥ずかしいやつだ。



『いーよー。ぜ~んぜんきにしてないからー』



 私の腕の中にいる豆太郎は前足を上げてポーズする。

 小さいのに寛容の心は大きいなぁ。



「それはこっちこそごめんなさい。しかも悪ノリして剣を壊しちゃった。あっ――」


「あ?」


「ナンデモナイデスヨ、アレンサン」


「急にどうした? あとアレンでいい。歳もそう変わらないだろうし」


「ハイ、アリガトウゴザイマス……」



 まずいまずいまずい。もし壊した剣の代金を請求されたらやばいよ。お金ないよ。ぜったい金貨数枚で買えないでしょ。

 だらだらと汗が溢れ指摘されるのが怖くて目を合わせられない。



「剣は――」



 そらきた!



「気にしなくていい」


「良かったぁぁぁぁ」



 あからさまにほっとする私に目を点にしてくる。

 おっと、これじゃ勝者の威厳が保てない。

 ピンと背筋を立て直した。



「それでだ、負けた俺が言うのも格好悪いんだけど、俺たちのパーティーに入らないか?」


「え?」


「アレン! その悪い癖をやめてよ!」



 割り込んできたのは赤毛のミーシャだ。

 その声音には不満がありありと混じっている。



「悪い癖って……。強い人をスカウトするのはそんなに悪いことか? 今まで男性ばっかりだから嫌がってたんだと思ったけど、同じ女性が増えるんならいいんじゃないのか?」


「そういうことじゃないの!」


「あー、あの、ごめんだけど、喧嘩はよそでやって。私は特に入る気もないし」


「冒険者ギルドに登録してないんだろ? こんな才能を埋もれさせておくなんでもったいない。俺たちと組めばランク5だって夢じゃないんだぜ?」


「ギルドってのには縁が無かっただけで興味はあるよ。だからその後のことはそのときに決めるつもり。誘ってくれるのは嬉しいし頭の片隅に入れておくからさ、今はそれで許してよ」



 そうまで言われるとアレンは押し黙った。

 悪い人じゃないとは思うんだけど、どうにも空回ってる感じがするね。



「不快にさせてごめんなさい。二人には私からも言い含めておくから。あとこれが始める前にアレンが約束していたお金ね」



 取り持つようにオリビアさんが懐から金貨を出し渡してくる。

 武器まで壊してお金もらうとか、自分を省みるとかなりひどくて、さすがにちょっと気が引ける。

 でも彼女の翡翠の瞳からは全部含めての迷惑料だよ、と言っている気がした。

 だから躊躇(ちゅうちょ)しながらも返すことはしなかった。



「ありがとう。こっちもごめんなさい」


「ううん、アレンは最近天恵に振り回され気味だったからとても良い経験になったと思うわ。年下でランクも下の人に負けたっていうのがアレンにとってきっと良い経験になるから」


 

 オリビアさんはアレンパーティーの一番の人格者のようだ。

 私が男だったら惚れてしまいそうだね。



「じゃあそろそろ行きます」


「ええ、また良かったら会いましょう」



 解体が終わるまで特に行くあても無かったんだけど、公開模擬戦のおかげで好感度MAXになったらしく次々と声を掛けられてしまい逆の意味で居心地が悪くなった村にいるのも大変だったので、時間を潰すように外に散策に向った。


「ねぇちょっと駆けっこしてみようか?」


『いいよー!』


「あそこの岩までね。いくよー? よーいドン! うわぁ!」



 ちょっとレベル五十での本気の走りを試してみようとしたら、馬が全力で走るようなスピードが出たのには驚いた。

 風を切るという表現が本当にそのまま相応しい疾走っぷり。

 横目で見ると、不思議とその小さな足で驚異的な速度に付いて来れる豆太郎がいたが、細かいことは気にしたら負けだと思うことにした。


 さらにレベル百の全開モードでそこらにあった大岩を強めのゲンコツでちょっと強めに叩いてみたら、まるで豆腐のように見事に腕の付け根までめり込んだ。感触が小気味良くて面白かったのでガンガン殴ったら亀裂が無数に走りパイルバンカーでも打ち込んだみたいになって粉々に割れていく。数十秒でここに岩があったなんて誰も信じないような有様になっていた。

 やばやば。これレベル百は加減がかなり難しそうだわ。自重するか、手加減のトレーニングをしていかないと。


 その後、思う存分広い場所を走って豆太郎がとっても喜んでくれたのは嬉しいことかな。

  

 ぐるっと一周するように見回ったけど、ゴブリンのような一目で魔物と分かるようなモンスターはいなかった。

 もしいたら追加でお金稼ぎをしたかったんだけどね、そう上手くはいかないみたい。

 

 いつの間にか太陽が少し赤く染まり、本当に単なる散歩で終わってしまった。

 そのままの足であのお婆さんの道具屋に向かう。

 中はいつも通り彼女一人だけだった。珍しく居眠りはしていない。



「こんにちは。解体作業どうなりました?」


「できとるよ。全部でゴブリンが五十六体。ゴブリンリーダーが一体じゃな」


「あ、そうだ。ゴブリンの魔石一つだけ売らずに手元に残したいんですけど」


 

 メールにあった『魔石を供える』というのを試してみたい。 



「あぁ、となると計算が変わっちまうね。ちょっと待ちな……」


「そういえば賭けは儲かりましたか?」



 少し色を付けてもらおうと、けん制するように話し掛ける。

 勝手に賭け試合にしたんだから分け前ぐらいもらわないとね。


 お婆さんの片方の眉だけ吊り上がった。 



「あんなもんいくらの儲けにもなりゃしないよ。ほとんどが銅貨や銀貨しか出さないし、まぁ息抜き程度だね。もうちょっと早めに言ってくれればあっちの坊主の情報を出して印象操作できたんだけどねぇ。イッヒッヒ」


「そうですか」


「悪いね。ちょっとでも還元してやりたいのさ」



 魔女みたいな笑いをされる。

 うーん、どうやらおばあさんの方がやっぱり一枚も二枚も上手だね。交渉はすげなく避けられ上手くいかなかった。



「それで、いくらになります?」



 緊張の瞬間。

 これで今後の方針が決まると言っても過言ではない。

 さぁハウマッチ!?

 


「ゴブリンの魔石が銀貨一枚ずつ、ゴブリンリーダーの魔石が金貨一枚。どちらも解体の手数料を一割引いて、合計は金貨五枚と銀貨八枚、銅貨四枚じゃ」


 

 カウンターに並べられる硬貨は魅了するような輝きを放っていた。

 昨日は金貨一枚しか持っていなかったのにその約六倍が手に入るというのはくらっとする。


 一応確認しないと。ええと、これ計算が分かりにくいなぁ。

 金貨が一万円、銀貨が千円、銅貨が百円だとすると、一体分を売らずに手元に残すから、売り上げはゴブリンが55×1,000=55,000円で、リーダーの10,000円を足すと合計65,000円。

 そこから全部の一割の解体手数料が6,600円で、それを引くと58,400円。金貨五枚と銀貨八枚、銅貨四枚になる。

 うん合ってる。


 

「じゃあそれでOKです」



 私が硬貨を取ろうと手を出すと、はぁと嘆息される。

 何か変なことしたかな?



「お前さん、腕は立つのに常識がなさ過ぎて怖いわ。数匹ぐらいならまだしも、あんな数があるなら普通、数を誤魔化されないように証書ぐらい作るべきじゃろ? こっちが数を少なく言ったらどうするつもりだったのかね」 



 あぁ、そりゃそうなのかも。



「それに加えて、あの大量の数をどうやって運んだ? スコットのやつにも訊いたが、誰も手伝っていないと言っていたぞ?」


「こんな感じですが」



 お金をウィンドウにしまう動作をすると、どっさりと手の平の上にあった十七枚の硬貨が途端に消える。

 それの現象にお婆さんは皺がれた瞼を大きく開いた。



「驚いた。何かしらあるとは思ってはいたが、天恵か?」


「違うんですけど、似たようなものかも」


「……まぁあえて詳細は訊かんが、あんまりそれを人に見せるべきじゃないぞ。それを知られれば厄介なことに巻き込まれるかもしれん」


「そうですか?」


「そんな便利な力があれば例えば盗難があった場合、真っ先に疑われるのはお前さんじゃし、暗殺だって思いのままじゃ。利用しようとする者、排除しようとする者、こと人間は欲に忠実で災いを呼ぶに決まっておる。そんなこと簡単に想像がつくじゃろ?」


「……そうですね」



 語るお婆さんの声音には実感が伴ったような重さがあった。

 ちょっと考えなしだったかぁ。



「もしどうしても使うなら制限があると嘘を吐くべきじゃな。一日一回だけとか十分以上触らないと効果が発揮しないとかな。それに後ろ盾も見つけるべきじゃ」


「……面倒くさそうですね」


「そう思うなら迂闊なことはしなさんな」


「はい」


「それで、じゃ、お前さん今手ぶらなんじゃろ?」


「ええ、まぁ……」


 

 私の返答に急に口元がニヤ付き瞳がギラついたかと思ったら、足元をごそごそとしだす。

 そして、だん、と大きなリュックサックがカウンターの上を埋める。



「その天恵がバレんための擬装用リュック、金貨二枚じゃが買うか?」 

 

 

 うわやられた、商売上手だ、この人。

 結局、せっかく手に入れた金貨を減らすことになってしまった。

 



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