23 決死の突撃
『さぁてじゃあまずは銀花が作ったこれ、改良してみましょうか』
霙太夫が両刃の長大な剣を空に放り投げると、瞬きの間に手品のように五つに増えた。
なんでもない芸当のようにそんなことをされるもんだから嫌な汗が流れる。
そしてそれらは予感通り操られてるようで、自由曲線を描きこちらに向かってきた。
「気を付けろ!」
ブリッツの警戒する声が飛ぶ。
やっていることはアレンの飛剣とそう変わらない。
ただ五本に数が増えたのと剣が大きくなって重さも速度も段違いというだけ。
もはやそれは別物と言っていい。
それらは一本ずつ別れ私たちに襲い掛かってきた。
「くっ!」
たぶんこういうのはまともに受けちゃいけない。
猛スピードでやってくる剣身を刀を使ってギリギリで避けて反らす。
後ろにやっただけなのにビリビリとかなりのインパクトが伝わってきた。
私だと正面から止めるのはなかなか難儀なことになるだろう。
だけどこれぐらい何ともない。
他のメンバーも、手甲で捌いたり、術を使って防いだり逃げたり、矢で弾いたりと自分たちの個性を活かして対応している。
『いいわいいわ。踊りのお稽古の時間ね。じゃあ難易度を上げるわね!』
ぎょっとする。
五本の剣が更に倍の十本になったのだ。
今度は一人二本ずつ!
瞬時に迫る飛剣。迷いなしの一直線だ。
「にゃろう!」
まださっきの合成術の炎の余波で蒸す空気を切り裂き、そのスピードは豪風を唸らせるほど。
その飛んで来るニ剣に対し私は自分から突っ込み、即座に手の届く間合いへと入った。
鼻先まで迫る切っ先を前に剣腹を盾にし、上半身を思いっきり反り足を浮かした。
アレンと散々やった模擬戦で大体分かる。
こういうのは小回りが利かないっていうので相場が決まってる。しかも本数がこれほどになると余計にだ。
すれ違いざまにオーバーヘッドキックを叩き込む。
重く、大理石の柱でも蹴っているような感触がした。
『へぇ。これじゃあ足りないのね。じゃあさらに増やしましょう』
目を細め値踏みするかのように言って剣の数は五十本、一人計算で十本が相手になった。
一気に空気が冷める。付け上がらせないためあえてネガティブな感情は表には出さないが、さすがにこれはまずそうだった。
まさかこのままのペースでどんどん増えていくんじゃないでしょうね……。
そう考えると後退りしたくなる。
それらは編隊飛行を組み、空に舞い上がってこっちへ突撃してきた。
しかし、だからってなんだっていうんだ!
もうそんなものに怯える時間は終わってんのよ!
弱気になりそうな心に喝を入れる。
「―【土遁】土畳返し―」
土がせり上がり私の前に強固な壁となり剣を阻む。
どすどすどす、と嫌な音がしつつもそれら全てを止めてくれた。
躊躇せずに壁の前に回って動かない氷の剣を横から砕くと、きぃん、という澄んだ音がして剣は粉々になった。
他のみんなも各々、術は使わされたけど凌いでいる。
やっぱり数が増えた分だけ動きが単調になっていたのが災いしたのだろう。
『あらあら、こんなのじゃあ駄目ってことね。じゃあ次はもっと増やして――』
「させないわ!」
これ以上、増やされては堪らない。そうそう向こうの思い通りにならしてたまるもんですかって!
この中で最速の私が切り込み隊長だ。
つま先に力を込めて一気に瞬発し、地を這う動きで霙太夫の足を刀で狙う。
だが寸でのところで避けられた。
しかも前方宙返りだ。
機敏ではあったけど、こんな奇抜で身軽なことするやつじゃなかったはずなのに。
主人格というだけはあるのか。
『あははは、楽しいわ! もっと色んなことしてみせてね』
「ぬわっと!」
一回転したと同時に剣で弾き飛ばされる。
けれど代わりに矢が飛ぶ。
ジロウさんと美歌ちゃんの矢だ。綺麗に両肩を射抜く軌跡。
だというのにまた自動操縦の氷の盾が邪魔をする。しかも二枚だ。
『そんなに驚かなくても、当然、銀花にできることは私もできるわよ! というか、そもそもが私の術よ』
一枚でも鉄壁と言っていいほどの術だったのに二枚は無茶苦茶でしょ!
目の前の相手が運営ならそう抗議しているところだ。
ただ飛び道具が効かなくても、私たちの二の矢はすでに発動している。
「―【天空符】砂塵束縛―」
「―【仏気術】土天の脚絆―」
天空の術により足元の土や砂が手の形に変化し霙太夫の足首を掴み取る。
動けなくなった彼女にブリッツの蹴りがヒットした。
『きゃっ!』
衝撃を受け後退する霙太夫に私が追いつく。
いい連携だ。このまま途切れささないでいこう!
「もらったぁ!」
逆手に持った刀を前にし突っ込む。
『もう本当に面倒くさいわね』
瞬く間に霙太夫が回転した。
そこから繰り出されるのは苛烈な回し蹴り。
追い打ちをするつもりが逆にダメージをもらってしまった。
「一息は入れさせん! ―【弓術】土砂降り―」
ジロウさんの上に射った一本の矢が空に伸びると、降ってきたのはどう考えてもおかしい量のどしゃぶりの矢の雨。
質より量を選んだのか。
二枚の氷盾が霙太夫の前方を守る動きをするも、全てを覆いきれておらず、足に数本が刺さった。
てか、効果範囲ギリギリだよあっぶないなぁ!
「次は俺の番――」
『調子に乗らないでくれる?』
ブリッツがさらに連撃を強めようと踏み込もうとした刹那、霙太夫を中心地として氷の竜巻が巻き起こる。
厚い風に氷塊が混じり近づけない。
「こりゃあ無理だな」
ブリッツが足を止め呟く。
大技を使えばなんとかなるかもだけど、竜巻にだいぶ威力が削られるだろう。
無駄なSPは使ってらんない。
『お姉ちゃんたち思ったよりやるわねぇ! じゃあちょっとだけ本気出しちゃおうかな! ―【八寒地獄】氷結人形―』
霙太夫の足元からぬっと氷が盛り上がる。
それはどんどんと出現していき、四メートルほどのゴーレムになった。
彼女はその両方に足を絡ませ額に後ろから張り付いた。おんぶのような形だ。
これも初見。見た感じは雪猿と同程度の大きさ。強さはどうだろうか。
『やっぱりどれぐらい強いか気になるよね? 銀花は無駄~に拡散させちゃったけど、それを一点に集めたって言えば分かるかな?』
見上げる霙太夫は無邪気に笑う。
さっきまで苦しめられたあの雪猿たち全てと同等の強さ……。
考えれば考えるだけ嫌な予感しかしない。
氷のゴーレムはしかも三メートルほどもある大剣まで備えている。
こいつからすればただのロングソードなんだろうけど、こっちからしたら私の身長の倍ぐらいあってやばい武器にしか見えない。
そしてゴーレムが動く。
振りかぶりはゆっくりに見えた。
だが、瞬きした瞬間にすでに地面に叩きつけていた。
どぉん、という轟音がして地面が陥没し、振動で足元が揺れる。
私たちもそれを黙って眺めていたわけじゃない。
すでに後衛の手は流れるように矢を番えている。
「やることは変わらん! むしろ的がでかくなっただけだ!」
「でかいからなんぼやねん! こっちはもっとごっついの倒したことあるんやで!」
弾丸のような矢が二人から斉射される。
ダダダダ、と突き立つが半分ぐらいは弾かれ落ちた。
刺さっているのも先がほんのちょっとだけって感じ。相当に固いよこれ。
私も踏み出している。奇しくも天空との同時攻撃。
忍刀を一閃。
まるでコンクリートでも削っているかのような手応えだった。
事実、数センチも削れていない。
『はいお終ーい。次はこっちの番だからね!』
放たれる大薙ぎの横振り。
瞬発し跳んで避けたが、ただの空振りで風が吹き荒れる。
「―【猟術】巨岩落とし―」
時間差でジロウさんの出した投石機から大岩がゴーレムに降りかかる。
『邪魔よ』
ゴーレムと同じぐらいの大きさの岩は何でもないというふうに真っ二つに斬り捨てられた。
雪猿ですら数体で持ち上げるのがやっとだったというのに。
これはまともに食らったら私たちもあぁなるってことだね。
「だからって怖気づいてられねぇ! いくぞ!」
ブリッツが吠え、突進した。
しかしながら歓迎の挨拶は手荒い。
豪剣が空気を切り裂く。空間すら割断しそうな勢いだ。
「おあっ!」
刀身が咄嗟にガードした彼の手甲にカスり、ブリッツが引っ掛けられて飛んだ。
力勝負はするまでもなくこっちの負け。受ければその時点で致命傷。どんな無理ゲーだよ。
それでも勝つために分析をする。
半径三メートルが向こうの間合い。
逆に言えばそれが私たちの死地であり、掻い潜らないといけない短くて遠い距離だ。
『そらそら行くわよ!』
氷の巨体が躍動した。
鈍重に見えてもやはり速い。それに歩幅が違うから一歩で一気に詰めてくる。
もうそれだけで脅威だ。
「んなろっ!」
やってくる大剣のあまりの長さにステップしたが目測を誤り、刀でガードするはめになった。
身を捻り回転して勢いを殺すも、ガリガリと刀の耐久値が削られていくのに悪寒が走る。
「やらせるかって!」
美歌ちゃんの矢が私の上を通過した。
狙う先はゴーレムではなく、頭の上で胡座をかいている霙太夫そのもの。
『狙いはいいけど、届かないわよ』
ゴーレムを操っていても矢避けの氷盾は健在だった。
無残に矢は撃ち落とされる。
「それでもいい! 撃て!」
ジロウさんの言葉に美歌ちゃんの矢を射る動作は止まらない。
そう、あれは完全防御ではない。だから幾度も放てば通るものもあるはずなんだ。
『鬱陶しいわね! 轢き殺してあげて!』
それを察知してか霙太夫はゴーレムを走らせた。
剣を構えるのをやめさせ、ただの暴走タックルを敢行してくる。
どっ、どっ、どっ、と地響きがするそのランニングに青ざめた。
この質量の体当たりはそうそう避けられるものではなく、みんな逃げようとしても無理やり巻き込まれて飛ばされる。
車に轢かれたような衝撃を受け、地面の上に転がっていく。
なんという原始的で厄介な攻撃だろうか。
「こ、―【降神術】少彦名命 薬泉の霧―」
美歌ちゃんの回復術により全員のHPが全回復した。
でも今のはやばかった。
霙太夫は一瞬、顔をしかめたが自分の絶対的優位を信じて疑わないのか笑顔に戻った。
本当に楽しそうだ。あいつにとってはこれは遊びでしかないんだろう。それが癪に障る。
『あーら、そういうのって卑怯よね。まぁでもいいわ。何度蘇ってきたってそのたびに倒してあげるから!』
言って彼女が手を振りかざし、そこから生まれるのは涼やかな氷柱の数々。
別の表現をするなら、巨人ですら心臓に打ち込めば一撃で絶命させそうな巨大な杭だ。
ご機嫌な霙太夫の真っ白な肌がほんのりと上気しているようにも見える。
そしておよそ人に対して使うものではないそれが私たちに向かって放たれた。
身構える。
あんなもの当たったら即座に死に直結するからだ。
「遠距離もありなん!?」
電信柱が飛んでくるという感覚が近いだろうか。
それが美歌ちゃんをすり潰すが如く、無慈悲に、残忍に押し寄せた。
まずい、回復役が狙われている。
「―【土遁】土畳返し―」
間に割って入って壁を作った。
属性上では優位であるはずの私の術がドコドコドコと削られていき、すぐに亀裂が入る。
のんびりする猶予など無く、それを尻目に美歌ちゃんを抱いて攫う。
「ひゃあ!」
いきなり視界が変わったことに驚く彼女を掴んだまま駆ける。
ジタバタと暴れて手が滑りそうになるのを抑え、全然肉の付いていない脇の感触を確かめながら後ろを振り返ると、私の土壁を破壊した凶弾はなおもこちらを標的として向かってきた。
本気のダッシュ回避。跳んで逃げて無我夢中で走る。私のすぐ後ろに氷柱が地面を連続して抉っていく。当たるわけにはいかない。もし一秒でも足を止めるか緩めたら串刺しだ。
マジの地獄の追いかけっこに冷や汗すら出て来ない。
「任せろ!」
ジロウさんの助勢。
弦を引いて彼が放つ矢はまるで速射砲。嵐のように飛ぶ氷柱に向かう。
あろうことか高速のそれに矢が突き立ち、相殺していく。
弾を弾で潰すとかなんという芸当だ。
『へぇ、やるじゃない。じゃあ私もちょっとやりにくくなるけど、動きながらならどう?』
霙太夫の乗るゴーレムが巨体を揺らしまたやって来る。
それに合わせて氷柱というぞっとするようなお供まで付いてきた。
どっどっど、焦燥感を駆り立てられる地響きがして迫る。
ただの氷ではない。岩以上に固められた四メートルの鉄の塊と、それに匹敵し自由に飛ぶ杭が幾つも襲って来ると考えるべき案件。
それどこのガ○ダムだよ!
質量があまりに違い過ぎる。
大人と子供並と言っても過言じゃない。
そこに厄介な無限に撃てる氷の弾丸が加われば、やばさしか感じない。
「ぐわっ!」
ブリッツが横槍を入れようとしてまた飛ばされた。
相手の一撃一撃がこっちのSPを使った術や体術に相当する。
その上、ジロウさんが潰していってくれているけど、飛来する氷柱まで追加され一向に近付けやしない。
【忍者】の素早さでなんとか逃げ切っているけどそう長くも続かないだろう。
ブリッツや天空が私と美歌ちゃんを守ろうと無理やり止めに入るも、簡単に振り払われる結果しか出ていない。
それどころか無茶苦茶な攻撃に傷付き倒れ回復しての繰り返しがしばし続く。
「天空! 青龍のようにSPを全部使ってもいい。なんとか出来ないか! 足止めだけでもいい!」
『……自分は術士ではないのですが、お頭の頼みとあれば!』
景保さんの願いにより天空が切り札を切った。
おそらく、土蜘蛛姫戦で見せたSPを使い切るやつをやるつもりだ。
ただあれは強力な反面、かなり消耗が激しい。そこの加減はちゃんとしてくれると思うけど……。
天空が印字を切る。それと同時に景保さんのSPも一気に減少していく。
その様は私よりも忍者っぽい。
「不動たる大地に眠る死霊の鼓動よ。悠久の眠りから今一度目覚め、我らの眼前の敵にその御力を示せ。その封縛から逃れる術なし―【天空符】砂塵束縛・砂魔神の腕―」
それはさっきも使った相手の足を砂で絡め取る術だ。
普通はちょっとした移動阻害のクリップルでしかない。
しかし姿を現したのは氷のゴーレムよりさらに一回り巨大砂の怪物そのもの。頭と手だけだが、この術の全容ってこうなっていたのかと目を見開いて見入ってしまった。
それがゴーレムの足をがっしりと掴み、動きが止まる。
『ちょっと何よこれ!』
『ぐ、保って数秒が限界……。お急ぎを……!』
肌寒いと言って申し分ない気温に天空の額には汗が流れる。
まだ術が発動してほとんど時間が経っていないのにそれほどとは、どれほどの負担が掛かっているんだろう。
「今だ! さっきの合成技を! 僕はSP切れているのでブリッツさんから!」
全員で視線を合わせる。
この合成術は威力こそ大きいが、速度はそれほどでもなく、動きが止まらないと当てられる保証が無かった。
だから景保さんが作ってくれたこのチャンスを逃してはいけない。
胸が熱くなり拳を握る。
「「「「―【仏気術】水天の母神竜―、―【弓術】千年樹の矢―、―【火遁】紅梅―、―【降神術】大山咋神―」」」」
さっきと同じ――正確には景保さんの金属性が欠けているけど、合成術の龍が霙太夫たちに急襲を掛けた。
考えられる内で最高の一撃だ。これが決まるかどうかが戦いの行く末がわかる試金石となる。
霙太夫は足を拘束されているせいで真っ向からそれに対峙させられた。
さすがに余裕の表情は崩れる。
『くっ、こんなのぉ!!』
瞬間、龍がゴーレムを霙太夫ごと飲み込んだ。
その衝突によりこっちにまで届いてくる熱波が肌をヒリヒリと撫でる。
どういう科学反応をしたのか、それからぶつかった衝撃で濃い霧のような蒸し暑い蒸気が辺りを包み込む。
雪で寒くなったり術で熱くなったりもうここの気候は無茶苦茶だ。
蒸気が晴れていき、その様子を固唾を呑んで見守る。
「まだだ! まだやつは健在だ!」
ジロウさんの叫び声が届く。
それと同時に見えたのはしっかりと二本の足で立ち、大きな盾を構える氷のゴーレムと霙太夫。
そびえ立つ脅威に肌が粟立ち身震いする。
こっちは景保さんの分が抜けていて完全ではなかったとは言え、あの合成術の威力を耐え切られたなどと信じたくもなかった。
誰もが動けない。気圧され、思考が固まり次の手が思い付かないのだ。
『はぁ……はぁ……ちょっと驚いちゃったわ……』
ゴーレムが持つ剣を咄嗟に盾に変えたらしい。凌ぎ切った霙太夫が息苦しそうに呼吸する。
そうか、そういうことも出来るのか。氷で作ったものなら剣を盾に変幻自在で変えるぐらいお手の物ってことか。
直撃すれば吹っ飛ばすことは可能だったかもしれないけど、それはもう望めない。
ただ私の目は誤魔化されない。ゴーレムのそこかしこに細かい傷が付いているし、関節の動きもどことなくぎこちない。
それに霙太夫自身も着物がほんの少し焦げている。
「効いてる! 効いてるわ! 決してノーダメージなんかじゃない!」
私の言葉に、空気が、決して見に見えないはずの奮起するみんなの熱を帯びた気持ちが伝わってくる。
「よおし、もう一息だ。辛い時こそ前に踏み出せ! 手を抜けば後で絶対に後悔するぞ! 全部出し切るまで死力を尽くせ!」
ブリッツの体育会系の号令が、まるでバフが掛かったかのように手に力が入り足を踏み出させた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
足を交互に入れ替え姿勢を低くして疾風の勢いで迫る。
ゴーレムは即座に反応し、斬り込まれる剣から寒波が押し寄せる。
凍てつく風は回避不可能な攻撃だけど、美歌ちゃんのアペフチが効いているおかげで最小限のダメージに抑えられそのまま突っ込んだ。
動きは……やはりさっきより遅い。
両断しようとする頭上からの一刀を最小限で躱し、足の付け根に刀を滑り込ませるとガリガリと表面が崩れた。
やはり防御力も低下している。
初見のモンスターではあるけど、これが大和伝の延長線上にいる敵であるのならばさっきの合成術で部位破壊が有効になり、脆くなったということだ。
『ちょっと、何してんのよぉ!』
上から聞こえる間の抜けた抗議を無視し、今度は膝裏を抉る、
面白いように氷の肌に傷が付けられた。
「俺にもやらせろ!」
足に斬撃が加えられ、意識がこっちに向けられているところにブリッツも乱入。
左右からの止めどない超速ブロウで力任せに砕いていく。無酸素状態からの超々連続攻撃だ。
私よりも重い打撃がゴーレムの胸を打ち据え、盛大に装甲が剥がれていった。
さらに執拗な攻めで足元がグラついたことにより、ようやく矢が通る。
さっきまでは弾かれるほどの硬度だったのに、確実に鏃が穿たれた。
衝撃が破砕を呼び、装甲が破片を散らして飛沫となった。
「ようやく通ったか。弓手泣かせのボスだ」
ほっとするジロウさんの声が聞こえてくる。
「いける! このまま倒すわ! ―【土遁】岩手裏剣―」
私たちが攻撃するたびにボロボロと無残にも氷が剥がれて質量が薄くなっていき、比例するようにゴーレムの動きが悪くなっていった。
ヒビも目立ちここがトドメだと直感する。
自分の体よりも大きい手裏剣を何度もグルグルと回って遠心力を付けて放り投げた。
氷のゴーレムの胸元に刃が炸裂すると、半ばまで刺さり亀裂が生まれていく。
絶対神話の崩壊と言ってもいい。おそらく合成術がなければ私たちは抗う術無く倒れていただろうから。
やがてその文字通り、ゴーレムはバラバラに粉砕した。
ようやく。ようやくだ。相当に手こずらせてくれた。
しかし、
『躍起になって喜んでいるところに水を差すようで悪いんだけど、だからなに? たかが駒を一つ潰しただけでしょう? また喚び出せばいいだけって思わないの?』
そう、それをされればたまったもんじゃない。
これだけやってようやく馬を潰したに過ぎないんだ。
遠い勝利への道が嫌になってくる。
「いや、それは無いね」
霙太夫の言葉を真っ向から否定したのは景保さんだった。
一体どういうこと?
彼はそのまま続ける。
「氷の中で意識があったから吸収されるSPとかをじっくり観察できたけど、吸収率自体は決して高くない。それに魔術を操作出来るほどの魔力を持つ人間はこの世界ではそんなに多くない。以上のことからこの短時間でそれほど膨大な力は持てていないはずなんだ。大体、無尽蔵にあるのならもっと理不尽な攻撃をしてきているよね?」
『ふぅん。なら今からまた吸収すればいいだけじゃない?』
「無理だね。よく耳を澄ましてごらん。僅かに人の気配を感じるはずだ。美歌ちゃんのアペフチで僕らだけじゃなく、街の人たちの状態異常も解除された。吹雪を解いたのだって集中力がどうこう言ってたけど、本当はもう一度凍らすのに時間が掛かるからやめただけでしょ?」
『……』
沈黙は肯定なり。
真顔になる霙太夫の態度が如実に景保さんの推測が当たっていることを証明していた。
「さらに言うよ。ここまでの度重なる攻撃、ジロウさんとの一対一で受けた傷、天空のクリティカル、さっきの合成術、それらにより君のHPはもうそんなに残っていないと僕は見ている。だからこそ被弾が少なくなるよう今のようにゴーレムや剣を遠隔操作するという方法を取ったんだ」
この八大災厄たちは私たちの知らない術を多様してくる。
でもその反面、能力値はおそらくそこまで変わっていない。もちろん、技術や術などで補っていてゲームの時よりも断然手強くはなってはいるけれど、そこはどうやら信じていいはずだ。
そして何よりラッキーなのはHPを回復する術が向こうにはないことだった。もしあったら本当の本当に絶望しかなかった。
景保さんの鋭い指摘に霙太夫は張り付いた笑顔を一変させ、急に真顔になる。
『……ふぅ。お兄さんの言うことは間違ってはいないわ。確かにそう何度もお人形さんを作り出せるほどまだ貯め込んじゃいないし、銀花のせいで意外とやられちゃってるわ。でももう一度言うわ。『だからなに?』』
言い終わった瞬間、彼女の周りに氷混じりの風が舞い、血が凍るほどの圧力が増していく。
闘気というやつだろうか。この場にいるだけで寒々しくなってくる。
『さぁ遊びは終わりよ。いえ、むしろここからが本当の遊びになっちゃうかしら? ―【八寒地獄】逆さ氷柱の刑―』
だん、と霙太夫が歌舞伎の見得を切るように足を踏み鳴らすと、途端に足元から氷の道が出来上がり、そこから円錐状の氷の氷柱が無数に突き上げ生成されていく。
この術は一度見たことがある。
しかし規模が違った。別人格では畳一畳分ほどだったのが五倍ほどに大きく膨れ上がっていた。
当然、そこから刺し貫こうとする棘はもっと肥大化していて、対人用としてはあまりそぐわないものの、危険度はアップしている。
「散れ!」
強烈な氷列がどんどんと押し迫りあわや回避する。
「うっ!」
「きゃっ!」
でも私たちの中で敏捷が最も低い景保さんと美歌ちゃんが腕と背中に傷を受けてしまった。
大きいというだけで当たりやすく脅威だ。このレベルの攻撃を息を吐くようにされては堪ったもんじゃない。
パリン、と小気味良い音と共に用が終わった氷が分解されるが、霙太夫はその道をまるで絨毯かのようにこちらに駆け抜けてくる。
見るとさっきまで纏っていた風が彼女の後ろに噴射し、推進剤となっていた。
速い! 今までどちらかというと受け身だった彼女が自ら肉弾戦を仕掛けてくるのは意外だった。
『さぁ楽しく踊りましょう! 先に疲れて休んだら駄目よ?』
寸陰の間に一気に間合いを詰められ、その手に持つ二刀の氷の小刀が鋭い軌跡を生む。
刀身は細くすぐに折れそうで実用的ではないように見える。
ただそれはおそらく見た目だけだろう。武器破壊が出来るとは思ってはいけない。
私も刀で応戦。
瞬時に凄まじい速度の斬り合いが発生した。
この霙太夫の太刀筋の印象は熾烈で自由。捉えどころがない。
普通、剣術というのは相手に一太刀浴びせるためへの全てが布石となる。
にも関わらず、無駄が多い。変則的と言ってもいいだろう。そのせいで予想を立てづらくなりやりづらくなっていた。
こっちが息をするのを忘れるぐらい集中しないと対応が間に合わない。
さらには軽い二刀には特段の力がこもっている様子が無いのに、鞭の如くしなって唸り、気を抜くと瞬きした瞬間に首を跳ねられそうな冷淡さも合わせ持っている。
「俺を無視するんじゃねぇ!」
ブリッツが加勢してくれた。
二人で霙太夫を挟み一気に攻勢に出る。
だというのに全く押せていなかった。
煌めく刀が私の顔や服を切り裂き、細くすらりとした脚線美がブリッツの太い腕と交差しカウンター気味に鳩尾に入った。
『あら足が勝手に。ごめんねぇ!』
「ぐあっ!」
彼女は二刀と軽業師のような体術で私たちを翻弄する。
普通は一対一で五分のところにもう一人加われば優勢になるのはこっちだというのに、霙太夫の余力は二人掛かりですら巧みに凌がれていた。
いや、こっちの連携が拙いせいもあるか。だから単純に一足す一が二になっていない。
実際、共闘はこれが初めてだから仕方ない面もある。けどそれにしたって強すぎでしょ!
吐きたくなる弱音を喉元で押し戻し、応酬の手は緩めない。
後衛のメンバーは的が小さくて素早いため、私たちへの同士討ちを警戒して援護が止まっていた。
せっかくの人数差の利が活かせられないのは痛い。
霙太夫はブリッツの激烈な回し蹴りを軽く小刀でいなす。
『いいわ。体を動かすのって気持ち良いわね!』
「お前のままごとに付き合ってる暇はねぇんだよ! こっちは借りは必ず返してやるだけだ! うちのプライドの高いお姫様の受けた屈辱も利子付けて万倍返しだってんだよ!」
お姫様というのはブラストちゃんのことだろう。
ブリッツも別人格とは言えさっきのことは水に流すことなど到底不可能なようで、相当に腹に据えかねているのが気迫から伝わってくる。
振るわれる拳は霙太夫の氷のプロテクターに守られていない急所を撃ち抜こうと奮闘しているが、どうしても届かない。
『そんな筋肉ばっかりだから体が重いのよ。もう少し痩せる努力でもしてみたら?』
「ならまずはその細っちい刀を折ってやるよ!」
ブリッツは武器破壊に切り替えたようで、彼女の持つ刀に狙いを定める。
手甲が衝突して甲高い音を出し、破壊の連打を送った。
霙太夫はそれらを捌くも、どうやら嫌らしく笑みが消える。
「いやね、そんなに熱くならないでよ」
ふいに霙太夫がしゃがみこみ、私の刀とブリッツの拳が正面衝突しそうになる。
その隙を突いて差し込まれるのは氷の刃。
切っ先が着ている装備を貫通して私の腕とブリッツのふとももに刺さる。
「ぐあっ!」
「ああっ!」
熱く冷たい。
謎の感覚だ。刺し込まれる瞬間は確かに皮膚を貫かれる痛みで熱かったはずなのに、すぐにその熱が奪われた。
「―【降神術】少彦名命 薬泉の霧―」
即座に後ろから美歌ちゃんの回復術が飛んでくる。
ありがたい。これでまだまだ戦える。
『だからそういうのって卑怯なの――よっ!』
その間隙を突いて霙太夫が殺人的な横蹴りを放ってきた。
咄嗟に刀の横腹を盾にしたものの、踏ん張りが効かずそのまま数メートル後方に滑る。
弱るどころか力が増している。いや、これが本来の彼女の強さなのか。
そこで突然、がくんと力が抜ける。
なんだこれは……ん……。まさか……。
『へぇ。なんだか知らないけど、加護が切れたみたいね。ってことは――』
言われる通り、アペフチのバフが切れていた。
もう十分も経ったのか。ゴーレムを倒して地面に引きずり下ろすまでに時間を掛けすぎた。
しかし最も今恐ろしいのはそれが敵に知られてしまったことだ。
霙太夫が私たちに脇目も振らずに後衛である美歌ちゃんに突撃した。
「ま、待て!」
すぐさまそれを追い掛けるが、速度はなんとこの中で最速であるはずの私より向こうの方が速い。
差が縮まらず、嫌な予感が大音量で頭の中をうるさく鳴る。
「こ、―【降神術】宇比地邇神・須比智邇神の泥土―」
咄嗟に美歌ちゃんが自身の目の前を複数の雪猿たちですら脱出するのに時間を掛けた泥に変える。
だというのに霙太夫は超人的な反応スピードでそれをひとっ飛びで越えた。
『あはっ! ひとーつ!』
「きゃあっ!」
前衛職である私やブリッツが二人掛かりで抑えるのがやっとだった相手だ。美歌ちゃんは抵抗する術なく爪で引っかかれてしまう。
そしてそこから氷の状態異常が生まれた。
やられた! アペフチの加護が無くなった瞬間に回復役から狙われたんだ!
『さぁお次は誰にしようかしら……』
霙太夫の目が景保さんを見定め舌なめずりをする。
「て、天空っ!!」
『委細承知!! ―【天空符】陽炎―』
景保さんを守るように天空が分身し壁となった。
質量が無いので盾というよりは目くらまし目的だろう。
「―【闇遁】別身分身の術―」
それをさらに強化するべく、私も分身の術を使った。
天空四体、私も四体、そして本物込みで計十体の集団が出来上がる。
そしてただ突っ立っているだけでは意味がない。全員で霙太夫を全方位から襲わせた。
右も左も上も、隙間がほとんど無い同時攻撃で本物はどれかなんて分かるはずがない。これでどうだ!
『面白いわ! でもね、どれが本物か分からないならこうすればいいのよ! ―【八寒地獄】逆さ氷柱の刑―』
刹那、霙太夫の周囲の地面から氷柱が現れ、それらは彼女を守る鉄壁の防御陣となった。
いや、ただの防御ではない。鋭い切っ先に分身たちが串刺しとなって瞬時に全てを潰された。
分身は消え私と天空も腕と横腹に軽傷を負う。
「このっ! 無茶苦茶女め!」
「お頭っ!!」
そして景保さんと霙太夫には障害となるものは存在しなくなってしまった。
突風のような速度で抜かれる。
『はい、ふたーつ!』
「ぐあっ!」
無防備な景保さんが仰け反り、二人目の被害者が出てしまう。
くそ、こいつ強過ぎる! まともにやって勝てる相手じゃない!
『じゃあ次は――あなたかしら!』
「っ!!」
目が合ったジロウさんが狼狽え、その獲物に食らいつこうとする霙太夫。
次こそは止めさせようと足を踏み出した時、腕を持って引っ張られた。
振り返ると私を止めたのは景保さんだ。
「このままじゃ駄目だ。僕が隙を作る。そこを狙ってくれ! ブリッツさんも!」
再び氷の状態異常に見舞われ痛みと冷たさに顔を歪め余裕の無い表情だが、その瞳はまだ諦めていなかった。
むしろ凛々と輝いているように見える。この人のこういう時は頼りになることを知っていた。
SPが枯渇している彼に何が出来るのか私には想像も付かない。
けれど信じることは容易かった。
ここまでどれだけこの人に助けてもらっただろう。その機転に、体を張った行動に、どれを見ても信頼に値する人だ。
だからすぐに首を縦に振った。
遅れてやってきたブリッツもその決意を聞いて頷く。
「信じるぜ、景保。頼んだ」
「お願いします!」
「よし、じゃあ行くよ!」
そのやり取りをしている間に、ジロウさんが短槍を使って迎え撃ったものの、やはりやられてしまっていた。
霙太夫は一旦距離を取って一息つく。
『てんで弱いじゃない。話にならないわ。警戒して損しちゃった。まぁでも栄養としてこれから役立ってくれるかしら?』
まるで拍子抜けしたと言わんばかりに刀の峰を肩に乗せ、新しい玩具に飽きた子供みたく上の空を見始めた。
ここまで彼女の好きなように蹂躙されている。
ゴーレムを倒せば、と思っていたのはなんだったんだろうか。
彼女の言う通り、あと数十秒か数分かで私たちは氷像となる運命だろう。
正面からでは能力に違いがあり過ぎて拮抗するのがやっと。きっとあと一押しで倒せるはずなのにその決め手が無かった。
景保さんは無手でそんな強大な霙太夫に向かって走り出す。
特にアイテムを用意するとかそういう様子はない。
どういうことだろう。まさか、やけになって肉弾戦を仕掛ける気?
私とブリッツはその景保さんの背中を追いながら彼のする一挙手一投足を見守ることしかできないでいる。
「はあぁぁぁぁぁぁ!!」
『はぁ……無謀な特攻? つまらないわね!』
霙太夫は小刀を面倒くさそうに彼の胴体へ袈裟斬りに切り裂こうとした。
接近戦の能力では後衛職であり、しかも式神と一緒に戦うことで他の職業と並ぶ【陰陽師】ではどうしたって敵うはずがない。
私の目にも単なる捨て身にしか見えなかった。
直後に鮮血が舞う。私の視界に彼の血が飛び込んできた。
「景保!」
横にいたブリッツが叫ぶ。
しかし景保さんは切られても歩みを止めない。
「っ!!! があああああああっ!!」
『ちょ、ちょっと!?』
本当に破れかぶれの決死の突撃だった。
景保さんは自分を肉の壁とし、霙太夫の腕に手を回し抱き着いてその動きを封じる。
ただ非力な彼ではそんなのは数秒も保たない。すぐに振り払われた。
「こ、凍らせるのが目的なら……こ、殺されはしないと……思った……よ……あとは任せた……」
地面に弾き飛ばされた彼の傷は左肩から右の脇腹まで抜けていて、確かに即死ではないけれど重傷に違いなく、顔色は見ていられないほどに一層悪い。現におびただしい出血が溢れ出ていた。
それほどの怪我をわざと食らい、口から吐血しもんどりうって倒れながらも霙太夫を睨み付ける。
勝つための執着はなお健在。この人の勝利への執念には感服するばかりだ。
本当なら今すぐにでも介抱してあげたい。こんな危険な行為をさせてすみませんと侘びたい。
しかしながら私が今することはそんなことじゃないんだ。
景保さんの決死の覚悟のおかげでもはや攻撃の間合いにまで距離は詰めている。あとはこの熱い気持ちを繋ぐだけ。
「やあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
奇声を上げて刀をしっかりと握る。
狙うは首。氷の鎧で部分部分が守られていても、ここだけは守られておらず急所が丸出しだった。
そして肉薄したこのタイミングならもう外しようもない。
加速した意識の中、刃の先が霙太夫にスローモーションみたいに迫り、彼女の刀は間に合わない。
長かった。ここまで追い詰めるのにどれだけの労苦を費やしたのか。
一度は瓦解寸前までいった。それでも美歌ちゃんのファインプレーに助けられ、持ち直してようやくこの瞬間をもぎ取った。
何か一つ間違っているだけで全滅だったかもしれない。
みんなで築いたチャンスに、万感の想いが籠もった刀はゆっくりと吸い込まれていく。
その刹那、私の耳は拾わなくていいものを拾ってしまう。
『――お姉ちゃん、助けて!』
その悲鳴が聞こえたのは霙太夫の口からだった。
瞳孔が開き、馬鹿なと彼女の顔を凝視する。
そこにあるのは幼い少女の悲痛な願い。命乞い。助けと庇護を求める目。
その姿が網膜に映り、どくん、と心臓が跳ねる。
分かってる。彼女は許してはいけない存在なんだ。ここで討伐しないと私たちも、街の人たちも全てが凍り付く。
絶対に相容れない存在だというのも豆太郎たちのピンチでさっき理解したばかりだ。
でもほんの一欠片……あれをやったのは違う人格で、この本当の雪花という主人格だったら話し合いは通じるんじゃないか。殺さなくて済むのならその方がいいんじゃないか……と思考が過ぎってしまう。
彼女の可哀想な背景に共感したこともあった。あんなことを経験すればねじ曲がってしまうのも無理からぬことなんじゃないか。
危険な考えだ。戦いの最中に相手のことなど慮るのは自分を殺す行為。
考えたらもうぐちゃぐちゃだった。そしてよく思案して結論を出すような時間なんて無かった。
刀の柄を掴む指が緩み、首筋でピタリと止まってしまった。
くそっ、ここまできてどうして私は手を止めた! 微かな希望を信じたいとでも言うのか!
霙太夫は今の今まで殺し合いをしたとは思えないような自然な動きで私の手首を優しく握り、体を密着させてくる。
耳に、ふっと彼女の涼やかな息遣いが届いた。
『――あははっ! 馬ぁー鹿!!』
寸秒後、グラっと体が揺れ視界が反転する。
目に入ってくる景色は結界で閉じられた空だ。厚い雲みたいに太陽を遮り熱を通さない。
その光景が瞳に焼付き、頭から地面に倒れた。
ただし今、私が転ばされた原因は霙太夫ではない。
横から急激に押されたからだ。私を押した人物は――腹部を鋭いものが貫いていた。
「ぐあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
耐え難い苦痛に――ブリッツが肉体を蝕むそれを掴む。
ポタポタと血が漏れている。
それは刀だ。霙太夫の氷の小刀がブリッツの装備を貫通し筋肉の鎧など豆腐のごとくめり込み腹を割き、背中から飛び出していた。
彼が私を庇って代わりに攻撃を受けたんだ。
『お姉さんが甘い人で良かったわぁ! 子供は殺せない人? どうしようもない役立たずねぇ』
やはり嘘だった。やっぱりこいつらの言うことを真に受けてはいけなかった。
後悔が濁流のように押し寄せる。
「ご、ごめん! 私!」
「言うな! お、俺のプレイスタイルは仲間を守る前衛なんだ。こ、こんなのよくあることだ……気にすんな!」
脂汗を浮かせながらブリッツは片目を瞑り、虚勢を張る。
しかし切り裂かれた臓器から逆流した血液が口から漏れ出ている。これは間違いなく致命傷。ブリッツのHPゲージはみるみると急速に減少していく。
HPが残っているうちならまだ術で助けようもある。でもゼロになってからでは遅い。
すぐに回復して欲しい。けれど彼のお腹からはまだ刃が抜かれておらず、盾となって動きようがなくなっていた。
「離せ! この卑怯者!」
『あはははは! どうしようかしら! あなたの提案に乗ってもどうせ私が勝つだろうけど、もっと面白い趣向を考えたいわねぇ! お猿さんたちを呼んで死ぬギリギリまで嬲ってあげようかしら? そうだ! あなたたちなら腕や足の一本切り落としたところで生きてそうだし、それで特製の雪だるまでも作ってあげるわ! あぁ考えただけで楽しそうでゾクゾクしてきちゃうわぁ!』
霙太夫はことここにきて勝ち誇る。
その顔はとても少女とは思えず、醜悪な悪女に見えた。
こんな、こんなやつに騙されたのか私は! どうしてこう失敗してしまうんだろう。
今すぐ過去の私をぶん殴ってやりたい。
『永遠にその甘さを呪っていくがいいわ!』
「――お前がな!」
突然、霙太夫の背後に人が現れる。
小さくて短く銀の髪がある少年――ジロウさんだ!
ふてぶてしく言い放つ彼は手には槍を携えすでに攻撃モーションに入っていた。
おそらく天狗の隠れ蓑という術で潜んでいたのだろう。
『なっ!?』
「お前のアドバイス通り、足音には気を付けさせてもらった! チェックメイトだ! ―【槍術】一点突破―」
腰溜めに構え、短槍を後ろに大きく振りかぶる。
溜めが大きいため決め所でしか通用しないが、その分シンプルで威力が高い槍術。
息巻いて右足を踏み込み同時に槍を持つ手を思いっきり前に突いた。
システムの力が乗った強靭な穂先が霙太夫の心臓を後ろから狙う。
『あああぁぁっ!!!』
咄嗟に刀を引き抜き彼女は身を捩って回避しようとした。
しかしながらそんなもの間に合わない。
鮮やかで雄渾な突きは真っ直ぐに命脈を絶とうと目指す。
けれどけれどけれど、遠距離にのみ自動反応する浮かぶ二枚の氷盾が間に入って邪魔をした。
遠距離武器には鉄壁を誇る特性の盾は近距離攻撃には弱い。脆く粉砕される。
その代わり、槍の軌道を変えることには成功されてしまう。
おかげでジロウさんの槍は心臓ではなく、右の肋骨部分を抉るだけに留まる。
しかしそれでも大ダメージだ。一気に雪が漏れ出ていった。
「ちっ、まだ浅いか!」
『痛いぃぃぃ! こんな! こんな! 私がこんなやつらにぃぃぃぃ!!』
反撃するかとも思ったんだけど、もはや体裁を繕う余裕すらもなく、全てをかなぐり捨てて霙太夫は逃走を開始する。
その足取りはまだ軽い。HP的にはかなり死にかけのくせにまだそこまで動けるのか。
「逃がさへんで! ―【弓術】光陰の矢―」
左腕のほとんどが氷に侵食された美歌ちゃんが、光の矢を放つ。
『―【八寒地獄】大氷壁―』
だが、それは分厚い氷壁に阻まれ、さらに大きくて次弾の射線が通らない。
屋根に登っている間に距離は離れていってしまい次は当てるのすら難しくなるかもしれない。
ここにきてもまだそれだけの力を残しているのか。
なんたる足掻き! 憎らしいほどの執念で歯ぎしりをする。
『いひひひひ! このままあなたちが氷漬けになるまで隠れていればいいだけの話よ! もしまた変な術で解いたとしても今度はもう容赦せず、氷のお人形さんを十体でも百体でも作ってあなたたちにぶつけてあげるわ! 彫像にした後は悠久に私と過ごしましょう! きひひひひひ!』
汚く私たちを嘲笑う女。もう少女とは思わない。
私は刀を強く握り締めそれを追った。
あいつを止められるのは私しかいない!
ただあいつのスピードは私よりも上。障害物レースなら勝てないこともないだろうけど、あの風を使われると直線ではどうしても負ける。
どうにか巻かれずに接触し、息の根を止めないといけなかった。
その術は根性論ぐらいしか思い付かない。
「受け取れぇ! ―【仏気術】風天の風玉―!!」
ふいにブリッツの声が背後からする。
後ろを振り向くと、出血する脇腹を無理やり抑えながら術を放ちその無理をした反動からよろめき、命の力を失くして倒れる姿があった。
そしてちょうど彼のHPバーはその時点でゼロになったのを見てしまう。
瞬時にブリッツがやりたいことを理解する。
めちゃくちゃだ。そんなこと普通はやれるはずがない。でも、やりきってみせるわよ!
だって馬鹿なんだもん。この成功するかどうかも分からない援護をするためだけに彼は命を振り絞った。
黙って立っていたら美歌ちゃんか景保さんの術が間に合ったかもしれないのに、残っていた体力すら使い果たしてあいつは私に賭けてくれた。
それに応えないでどうする! 絶対に無駄にするもんか!
悲しみはあった。すぐに戻ってあげたかった。
でもそれはブリッツの願いと想いを無下にする行為だ。
後ろを振り向くのもしてはならない。今はただ込み上げるものを抱いて前だけを見ろ。駆けろ!
すぐに私の背中に衝撃がくる。
風の玉が背骨をグリグリと削り、奥歯を噛み締めた。
普通に攻撃術だ。私のHPも減少している。
「ぐぎぎぎぎぎぎ!!」
挽回する機会はここしかないんだ! 痛みなど耐えろ! 世界を縮めろ! 一振りの武器と化せ!
追いつく。必ず追いついてみせる!
ブースターを得た私の脚力はこの瞬間だけ、霙太夫をも凌駕した。
足をこれでもかと動かし疾走。瞼から漏れる涙が後ろに煌めいて流れていき、代わりにぐんぐんと白装束が迫る。
『な、何よ何よ何よぉぉ!?』
私たちのやっていることはどう見ても狂気の沙汰だ。
もう一回やれと言われてやれるものでもない。極限に増した集中力が奇跡を生んでいる。
それを目に収めて霙太夫が青白い顔をさらに青く染め驚愕する。
「逃ぃ・がぁ・すぅ・かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ジェットコースターでモロに前から風圧を受けたみたいにしゃべる速度や意識まで緩慢になった。
だがやることだけは零さずきちんと胸に秘めている。
宿敵を倒す。それだけだ。もう何が起きてもそれは譲れない。
『はんっ、来なさいよ。返り討ちにしてあげるわ! あなたさえいなければもう私に追い着ける人間はいない!』
私の顔を見てもう泣き落としは通用しないと思ったのだろう。
霙太夫は足を止めて私を迎撃する態勢を即座に整えた。
ありがたい。もう風玉は消えていたから。
向こうは氷の小刀を横に平行にして私を輪切りで掻っ捌くつもりらしい。
そこに多少の減衰はあれど、とんでもないスピードで稲妻のごとく超加速したまま突入する。
「やあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
拮抗は心臓が一拍するほどの間のみ。
二刀に上段から切り結んだ。銀の刃先と薄透明の刃先が、お互いに己の切れ味がどちらが上か競い合う。
勝ったのは私の鬼土竜の短刀。パリンと小さな音と共に氷が砕かれた。
元々、水や氷属性に強い武器な上、さっきブリッツがしこたま武器破壊しようと殴っていたのを真横で見ていて知っている。
だからあえて霙太夫自身ではなく、勢いを利用し獲物を狙った。正解だったようだ。
悪いけど、こっちは一人じゃなくチームでやっている。だからみんなが積み上げたものが成果となるんだ!
『あ……』
武器が砕け散ったせいで、霙太夫から間の抜けた声が漏れた。
そこに下に振り切った刀を手首のスナップを切り返し、斜めから掬い上げると彼女の胴に綺麗に切っ先が入り左肩から抜ける。
パッと視界不良になるほどの雪飛沫が大量に舞い散った。
しかしその濃い白霧から伸ばされた爪が強襲する。
もはや勝負は決まった。だというのに悪あがきか?
顔を振って躱すも、頬が切り裂かれ灼ける小さな痛みがする。
その代わり私は霙太夫に密着して、刀を鍔先にまでずぶりと柔らかいお腹に突き入れた。
完全にこれがとどめの一撃。
『さ、寂しいよぉ……悲しいよぉ……し、幸せになりたかっただけ……なのに……誰か……わ、私を抱きしめて……!!』
そうか今のは攻撃じゃなくて……。
もう憎しみなどは吹っ飛んでいた。あるのは疲労と達成感と物悲しさだけ。
「どんな理由でも、他人を踏み付けにして得られる幸福なんてないのよ。安らかにあっちの世界にお還り」
本当に死ねば向こうの世界に戻れるのかは分からない。
それにプレイヤーでない霙太夫にそのルールが適用されるのかも不明だ。
でもそう信じたい。そうしてあげて欲しい。
『あ……あ……母っちゃ……』
霙太夫は本当の姿を取り戻したかのように呟き、まるでそこに最初から何もいなかったかのように光の燐光となっていく。
朧げに虚空へと伸ばされるその手を掴むと、少しだけひんやりとした感触があってすぐに空気に消えた。
今はただこの孤独な荒ぶる魂が、仲間どころか知り合いすらいないこの世界にいるよりも、せめて故郷の国がある世界へと還れることを静かに願う。
同時に街を覆っていた天蓋が解除され、抜けるような青い空から眩しい太陽光が待っていましたと言わんばかりに降り注ぐ。
長く短かった冬が明ける。訪れるのは平穏だ。私は、私たちは、この空を守るために戦い、そして報われた瞬間だった。
暖かい熱と光がじんわりと傷付いた街と人々を癒そうとしているようだった。
雪はどうやら霙太夫の討伐と一緒に消えないらしいが、この分なら明日には溶けて無くなるに違いない。
霙太夫討伐のログも流れた。
未だ半分信じられない思いもあるけど、間違いなく脅威は去ったんだ。
――ん? これは……。いや後でいいか。
刀を振って鞘に納め、自然と両手が合唱の形を取る。
鎮魂だ。
霙太夫だけじゃない。確認したわけじゃないけれど、この街を襲った雪の大災害で怪我人や死亡者がゼロとは思えない。
全てのそうした人たちへと祈りたくなった。
自分ではこれがベストだった。これ以上、どうやったら早く倒せたかなんて今は考えられない。
そもそも勝てたこと自体が奇跡に近い大勝利だと思う。
だから後悔は無い。でも思う所がないわけでもない。
そうした想いを黙祷に捧げる。
少しそうしていると、後ろから複数の気配が近付いて来るのが分かった。
きっとみんなだろう……そうだ忘れていた。ブリッツだ。彼がどうなったのか。
あの分では回復が間に合わなかったはずだ。私を送り出すために無理をした彼の安否が気になった。おそらくは……もう遺体もないだろうけど……。
そう思うととても胸が張り裂けそうなぐらい悲しくなった。出会いは悪かったけど、決して悪いやつじゃなかった。
最後は庇ってくれて、死ぬことになっても私に力添えしてくれた。知り合って数日でも、まさしく彼はかけがいのない仲間だったんだ。その存在の大きさをいなくなって初めて自覚する。
もしここで振り返っていなくなったブリッツを確認してしまうのが怖かった。
でも今みんなに泣きそうな顔を見せるのは駄目だ。せっかく勝利したばかりなんだもの。悼むのは後にしよう。
怯えてみんなに顔向けできない弱気な心をぐっと拳を握り締め、気合を入れ直し目を開け首を振る。
近付いてくるのは、美歌ちゃん、ジロウさん、景保さんと天空に、そして元気な姿の――ブリッツだった。
目が飛び出るほどびっくりして二度見しまくった。
「あれ? 死んだんじゃなかったの!? お化け?」
「勝手に殺すな! ……お前なんか忘れてないか?」
「え? なに? どういうこと?」
ジト目で睨まれる。
少し考えてみるも何にも浮かばない。
首を捻ったらそれを見てブリッツが額に手を当てこれみよがしに大きくため息を吐いた。
「かー。やっぱり忘れてたか。自動復活の『―【仏気術】―焔摩天の輪廻転生』がまだあと一回分残ってたんだよ。まぁお前が合戦で最後に巻物奪取に切り替えてくれたおかげだけどな」
「えー! そんなのすっかり忘れてるわよ! っていうか、今、心の中でした私の長いモノローグが無駄になったの返しなさいよ!」
「知るか! お前の頭の中まで面倒見きれるかよ! まぁでもよくやったよ」
色々言い合ってはいるけど、私も向こうも気恥ずかしいのと戦いの興奮で舞い上がってるだけだ。
他のみんなも私たちのやり取りを見てリラックスして笑っていた。
服はもうボロボロで血糊や雪の水分を吸い込んでびちゃびちゃだし、泥も汚いし散々。けれどとても和やかで気持ちが一つになっているのを感じた。
「あー、悲しんで損した!」
二度目の八大災厄を戦い抜いた私の仲間たち。
脅威が去ったことに顔を緩ませ綻んでいる姿を見れて、それだけで幸せな気持ちで溢れてきた。
そのにこやかなムードを遮り――大きな影が私たちの頭上を覆った。
次がエピローグです。




