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21 お爺ちゃんの本気

『さぁて、そろそろ時間だがぁ? 出て来ないかぁ? まぁ俺様はどっちでもいいがよ。虫を踏み潰すように割ってやるだけだ』



 広場のど真ん中にいる霙太夫の元には氷像になった景保さんが鎮座していた。

 意識があるのか無いのかは知らないが、苦しそうな表情で固まっている。

 

 私たちをただ待つだけじゃなくてモンスターたちを放って捜索もしているらしく、意外と配下の数は少ない。それでも半分以上は揃っていた。

 彼らは仰々しく広場を囲むように端に寄っており、道や建物の上から私たちがやって来るのを監視しながら手ぐすね引いて準備している。

 蟻一匹の侵入すらもさせないと言った感じの包囲網。突破するだけで骨が折れそうだった。



『残念だなぁ、お仲間が助けに来なくて。本当ならお前のような潤沢な力を持つやつは生かしてやってもいいんだが、代わりはまだいるし、数だけならごまんといる。一匹一匹は屑みたいなのばかりだがこれだけいれば塵も積もればってやつだな。くっくっく』



 霙太夫は景保さんに語りかけながらゆらりゆらりと焦らすように遊ぶように剣を振り回し、後ろ首にピタリと付ける。

 それはまるで絞首台に罪人を立たせギロチンで手に掛ける死刑執行人のように見えた。



『さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。本日の見世物は人間の首切り切断でござい。見れば末代までの語り草、お代は見てのお帰りだ。見事、この小汚い首が一発で落ちましたら拍手喝采でご祝福下さい』


『『ウォォォォォォォォォ!!!』』



 その驚くほど流暢な口上にモンスターたちは一斉に湧く。

 牙を鳴らし、足を叩き、胸をドラミングし、飛び跳ねる。

 喝采だ。さながら熱烈なファンがいるアイドルか芸能人のようだった。いや雪と獣の女王というのが適切か。


 霙太夫は周囲をぐるっと見回し機嫌良さそうに両手を横に大きく挙げる。 



『さぁてお客様方はお待ちかねだ。とくと御覧じろってな。いくぜっ!』


 

 腕が振りかぶられる。その瞬間に私は手を離した。

 急速落下による風と引かれる重力を一身に受け霙太夫の頭上から突撃する。


 私がいたのは空だった。

 巨大な人一人を運べる『凧』を使って上から近付くことに成功していたのだ。

 この世界へ飛ばされる前に天守閣からショートカットで帰ろうとしたのもこれを使うつもりだった。

 あの時は大量の待ち伏せた侍たちの壁で外には出られなかったけども。


 モンスターたちは私たちが地上から来るものと思い込んでいるようで、空には目を向けておらず近付けた。 

 操作は簡単。でもこの強風では調整が難しく滞空するだけで精一杯で、ちょうど真上なんて無理だと思っていたけれど意外と何とかなった。

 

 頭から突っ込み空気抵抗を極力まで無くし、即座にトップスピードに達した最高速でぶつかる。

 重力加速度を取り入れた垂直落下だ。

 しかしもう少しというところで目があってしまう。



『はっ! ようやく出てきたかよ、ど汚いドブ鼠がよ!』



 甲高い激突音。

 奇襲はやはり効かない。けっこうな衝撃があったはずなのに二振りの剣で止められた。

 


「景保さんを、みんなを返してもらう!」


『やなこった!』



 着地してすぐ睨み合い言葉のやり取りの代わりとばかりに剣戟の応酬が始まる。

 私が言うことじゃないけど、この細身の体にどれほどの膂力が隠されているのだろうか。

 一撃をまともに受けると足が雪に埋もれていくほどに激しく重い。

 

 ニ剣と一刀がどか雪の上、曇天の下で煌めき舞う。

 斜めからの振り下ろしを半身引いて横から弾き、足を振り上げ顔面を狙う。

 首を横にズラされ私の足は空を切る。

 霙太夫は怒りの反撃を試み、合わされた剣が私の首を刈り取ろうと迫った。



「ふんぬっ!」



 対抗するのをやめた。

 背中から倒れ鼻先を氷の切っ先が通るのを感じ自由落下のまま、憎き霙太夫の横面にオーバーヘッドキック!



『羽虫がぁ!』


 

 よろける彼女は整った顔を憤怒の険相に変え反撃をしてくる。

 内蔵を掻っ捌かれる勢いで繰り出される剣を慌てて雪の上を滑り回避した。

 ただその状態じゃ分が悪い。なおも追い打ちを掛けてくる霙太夫と私の間を阻もうと矢が突き立つ。



『ちっ!』



 それ以上踏み込むと手痛いしっぺ返しを食らうと思ったのだろう。

 舌打ちをして彼女は後退した。

 おかげで景保さんと少し距離が離れてくれた。


 

「まったく、いきなり飛び出すから焦ったぜ」


「悠長なことしている場合じゃなかったからね」



 矢を放ってくれたのはジロウさんだけど、斜め後ろに並ぶブリッツが代弁する。

 こっちに取り囲むモンスターたちの意識が集中した隙に突破して来てくれたようだ。

 ジロウさんはさらに外側からこちらに狙いを付けている。

 


『ほお、揃ったか。いや、一人女童(めわらべ)が足りないようだがどこへ隠した?』


「教えてやるもんか!」



 美歌ちゃんには一人で宮殿へと向かってもらっている。

 今はピンと来なくても、その場に行けば何が必要だったのか分かるかもしれないというもっともらしい理由を付けて。

 

 これはジロウさんの提案だ。

 けれど何かを見つけられる可能性というのはものすごく低いだろう。そして仮に何かを発見したところでそれが役立つものなのか、それも怪しい。

 だからどちらかと言うと、美歌ちゃんをこの戦場から遠ざける意味があったんだと思う。

 好きにしろと言いながら、もし私たちが全滅したら彼女も意地を張らずきっと帰還する道を選ぶはずだと。

 たぶん美歌ちゃんは気付いていなかった。大人の汚い計算だ。彼女が賢明に景保さんの示した『何か』を探そうと真摯にひたむきに向かう気持ちを利用した。

 でも私だってそれを指摘しなかった。同罪だし、それでいいと思っている。

 修羅道に彼女を付き合わせる必要はないのだから。 



『粋がるなよ小娘? 俺様の号令一つでお前らはぐちゃぐちゃに潰されることを忘れたのか?』



 周囲の獣たちは低く唸り、やや前傾姿勢になって臨戦態勢だった。

 未だ襲い掛かって来ないのは待機命令を受けているからだろう。

 

 この脅しは牽制だ。

 おかげで問答無用に攻めることが出来なくなってしまった。



「くっ、だったらどうだっていうのよ?」



 ただしこちらとしても会話での時間稼ぎはありがたい。

 景保さんを信じるならば美歌ちゃんに少しでも捜索の時間を与えてあげられるから。

 だからあえて会話に乗る。



『ふん、そうして阿呆面を提げて突っ立っていればいい。ところでよ――ここはどこなんだ?』


「は? どういうこと?」



 霙太夫の口から出た質問は予想外のものだった。

 こいつらが自分からやって来ているんじゃないとは何となく思っていたけれど、そういう情報すらも持っていないとは思っていなかった。



『大和の国ではないことは分かっている。ただ国がどうとかいう問題じゃねぇ。世界そのものが変わっちまってる。そのくせ定められている条理、(ことわり)、概念、世界の構成が同じじゃないが似ている。だからこそ俺様やお前らも術を使えているんだが、なおさら訳が分からねぇ』


「? 一体何の話?」



 異世界だから世界が変わっているというのは納得ができる。

 しかし条理だとか構成だとかそれについては意味不明だ。



『ちっ、お前みたいな無知そうなやつに訊いたのがまずかったか』



 小憎たらしいが、本当に分からないから言い返すこともできやしない。



「あんたこそ何よ、訳も分からないまま別の世界に放り出されたってこと? それもよっぽど無様じゃない?」


『んなこと言われても気付いたら急に別世界だ。どうしもこうもねぇ。それを言うならお前らもどうやってここに来たんだ? まさか行き帰りの方法を知ってるってことはねぇよなぁ?』


 

 目線だけブリッツと合ってしまった。そしてそのリアクションでこちらに情報があることを悟られた。

 すぐに後悔する。どうしてこう私は顔に出やすいんだろう。

 まぁ今回は私だけが悪いんじゃないか。


 心当たりは『ポーション』。

 往復は無理でもあれなら片道チケットにはなり得る。

 もちろん渡す気はない。すぐに帰ってくれるならいいけど、そんな殊勝なやつじゃないだろう。

 おそらくこの世界を気が済むまで蹂躙し尽くすはずだ。


 しかしそこで連想されるのはドロップについてだ。

 ここで死んだ経験が無いからなんとも言えないけど、私たちが死亡した場合、持っていたアイテムとかはどうなるんだろうか?

 全部が元のゲームの世界に運ばれるのか? それともモンスター相手でもPKに遭ったみたいに盗られてしまうのか?

 これだけ鮮烈に、生々しく鼓動するこいつらを見ていると、どうしても単なるNPCには見えなくなってきてプレイヤーと同等の存在に思っている自分がいる。

 もしやられてアイテムを盗られたとしたらまずい。 



『ほう、何かしらは知ってるようだなぁ。教えろよ屑共』


「そんな言われようで教える馬鹿がいるはずないでしょ。お願いするならそれなりの態度ってやつを見せなさいよ」


『態度なぁ……こういうことか?』


「ちぃっ!」



 霙太夫がしそうなことを察知してブリッツが走る。

 何気ない仕草から放たれるのは私のくないと似たような氷柱(つらら)だった。

 それが太い前腕に突き立つ。

 動かぬ景保さんに当たる前にブリッツが自分の腕を盾にして庇うことに成功したのだ。

 対した傷じゃないようで無理やり引き抜いた。

 特に振りかぶった訳でもなく、氷柱自体も小さくて彼の高耐久力からしたら怪我はほとんどないんだろう。



「やってくれるぜ霙太夫さんよ。すまないがこういう人質を狙うのは無しにしてくれないか? ただでさえ勝ち目の薄い戦いなんだ。それぐらいのハンデをもらってもいいと思うんだがどうだ?」


『なぜ俺様がお前らごときに譲歩しないといけない? しかも男の頼み事でだと? 虫唾が走るぜ! 雪を喉に詰まらせて死んじまいな!』



 駄目だこれ。設定通りなら男を恨んでいるという理屈も分かるけど、その憎悪は半端ない濃さで交渉になってない。



「プライドとかそういうのは無いわけ?」


『はぁ? お前らは害獣や害虫退治にわざわざ情けをやるのかよ? 可哀想だから素手で潰してやるよってよ。くっくっく、無ぇなぁ』



 こいつの中では私たちはそういう扱いか。

 


「話し合う余地は無いってわけね?」


『端からそんなものは存在しねぇんだよ。お前らは俺様たちの餌。掠奪され略奪され、搾取されるだけの存在だよ。この世界で雪女の仲間がいるかもしれねぇ。そいつらを探すための養分となってもらう。さぁそろそろ始めようか。安心しろ、出来る限り氷漬けにして殺しはしねぇ。猿どもの一部は女童を探して連れてこい! やれ!』



 その言葉を皮切りに獣の軍団が動き出した。

 鳥系は離れたところにいるジロウさんへ。地面にいるやつらは私たちへと怒涛の勢いだ。


 ブリッツと目を合わせて頷き合う。

 まずは雑魚からだ。仮に復活されるにしろ多少は間引かないと霙太夫との遣り合いを邪魔された場合、致命的なミスに繋がりかねないし。



「死にたいやつから掛かって来い!」



 刀を振りかざし片足を踏み込み気勢を上げ、見得を切る。

 襲い掛かってくる重圧な壁に自分から挑んだ。

 

 掛けながらまずは一閃。

 飛び上がって牙を剥き出しにする真っ白な毛並みの狼を両断する。

 靭やかに伸びる雪豹の鼻っ柱を蹴り上げ返す刀で柔らかなお腹に切り込みを入れた。

 粉雪がぱぱっと散ち頬に少量が掛かる。血だったら血飛沫だと思うとぞっとするけどそんなことを考えている余裕もない。


 足を止めるな。このまま駆け回るんだ。

 


『ゴアァッ!』



 二メートルを越える白熊の強烈なのしかかりをジャンプして避け、横っ面をキックしてその反動で移動し、同じ白熊の首を掻っ切った。

 着地と同時にブリッツの声がする。



「―【仏気術】土天の怒り―」



 彼が雪の上から地面を力強く叩くとその衝撃で地面が割れていった。

 人一人を飲み込む大穴が作られ小型のモンスターたちはそこへ落ち、大型も足を滑らせる。

 すぐに大穴は閉じ、足をもっていかれたやつにブリッツがとどめを刺して回った。


 ブリッツはそこから疾走する。

 獲物を探して。


 迎撃に十匹を超えるムササビが急襲した。

 長い前足と後足との間に飛膜が刃になっていてすれ違うだけで切れるスピードのある厄介なやつらだ。 

 自由に飛ぶ角度を変えられる意志のある飛び道具部隊と思っていい。


 それらをブリッツは捕食した。

 いや、正確にはカウンター気味の打撃で全て撃ち落としたのだ。

 刃の部分がどうこうとかじゃない。手甲でただ近付いてくる獲物を順に粉砕し宙に散らした。

 己の肉体を武器とし、手で穿ち、足で跳ね上げるだけ。

 ただ握った拳や足先だけが刃ではない。遠心力として威力が最も乗るというだけで、【僧兵】は全身が凶器となる。


 そいつらが片付いたら今度は自ら圧倒されるほどのモンスターの波に足を踏み入れそれでも前に出た。

 下半身をしっかりと地面に固定し自慢の拳を狼の口へと滑らせ体内から砕き、自分より上背のある熊にはボディブローを叩き込み頭が下がったところに空中回し蹴りで撃ち抜く。


 そこに二本の足で立つ狐の亜人が口から烈風の氷雪を食らわせる。けれどブリッツは即座に真正面から突っ込んだ。

 怯まず止まらない敵に狐の頬が痙攣し、膝がその顔面を凶暴に潰す。



「来いよもっと来い! 段々と暖まってきたぜ!!」

 


 凶悪な面構えで手で煽り、盛大に白い息を吐く彼はもはや野獣だ。

 野に放たれたこちらの獣。もしくは悪鬼羅刹。さて彼に敵うのが一体どれだけいるか。

 

 ほとんどのモンスターなんて鎧袖一触だ。

 私たちが動くごとに蹴散らし数は加速度的に減っていく。

 空から俯瞰で眺めたら、ぽつんと小さな黒点二つが真っ白い軍勢を飲み込み食い散らかしていくのはブラックホールにすら見えるかもしれない。


 シュッ、弓の弦が弾かれ矢が飛び出る音が聞こえた。

 その危険音に私は機敏に反応し、やって来る氷の矢を刀を盾にして防ぐ。パキリと割れて矢は粉々になった。

 攻撃してきたのは大きな頭蓋骨を頭に被った鹿の弓兵。


 ここから一癖ある中級モンスターたちが相手だ。

 数が減ったおかげで射線が通りやすくなって狙われたらしい。



「―【火遁】爆砕符―【解】」


『ギャァ!』



 お返しに爆発をプレゼント。

 あっさりと爆散する。



『ブルルル!!』



 お次は背中にトゲトゲの甲殻の氷晶が飛び出し、どでかい一本角をこちらに向け雪上を振動させ重圧な雪猪部隊が突撃してきた。

 一体が大人一人でも乗れるサイズだ。横一列に連なりそれが全部で三体。

 正面からの撃破は難しい。

 

 鳥肌が立つほどの豪快な突進はダンプカーの如く押し寄せる。

 そこに真っ向から向かい、ギリギリで避け上に跳ぶ。

 すれ違いざまに刀を斬り付けるが、 



「硬いっ!」



 飛び出た氷の結晶が鎧の代わりをして刃が通らなかった。

 どすんどすんと地響きを鳴らし雪猪たちはUターンをして戻ってくる。

 こいつらの攻略法は当然知っている。前からぶつかるのは下策だってことぐらいはね、


 猛然と迫る肉弾戦車たち。それをどう攻略しようかと頭を巡らせる。

 もちろん忍術を使えば楽に倒せるんだけど、出来るだけ節約しながら戦いたかった。

 ただしそんなに時間はない。たった数秒が宝のように思える。



「どりゃああ!!」



 そこへブリッツが横槍を入れてきた。

 ありがたい。そもそも本当は一人で相手するものじゃなくてチームでやるものだからね。



『ブルゥ!!』



 メガトンキックを横っ腹に受けてもんどり打って巨猪が倒れ、そこに私が肉薄した。

 ゲームのモンスターっていうのはちゃんと長所もあれば短所もあるように設定されている。

 こういうのはたいていお腹が弱点だと相場は決まっているもんだ。


 刺し入れた刃は毛が薄い腹部を容易く侵す。

 豆腐で包丁を切るように力を入れずとも、むしろ吸い込まれていく。



「とりやぁっ!」



 雪飛沫が散り一体が消滅する。

 間髪入れずに残りの一体がブリッツへ、もう一体が私へ目掛けてきた。


 足元を見るともう完全に街を見渡す目線が違っていて人の腰ほどに雪は積もっている。

 踏み固められていないから特別な装備が無い限り底なし沼のようなものだろう。

 モンスターたちは元が雪で出来ているおかげなのか、もしくは霙太夫の霊力から生まれた雪だからか沈まないらしい。



「葵!」


「ええ!」



 そこを私とブリッツは駆ける。邪魔をするモンスターを瞬殺して。

 次第に距離が近くなり交差し、そして同時に跳ぶ。

 背後ではどすん、と巨体がぶつかるとんでもない音がした。


 まぁ簡単な話、小回りの利かない猪たちを頭からごっつんこさせただけ。

 打ち合わせ無しのアイコンタクトだけでいけたことに自分でも驚いている。

 すぐにお互いとどめを刺すと、私とブリッツの間から地面の揺れを感じ即座に飛び退いた。


 飛び出してきたのはやはり私の腕を噛んでくれた雪鮫。

 獰猛な性格と足元からの攻撃方法が厄介なやつだ。

 鳥系も注意を上に逸らされることになるが、こいつがいるせいで下にも気を配らないといけなくなってしまう。

 だから雪の下に返す訳にはいかない。 



「―【刀術】土砂斬り―」


「―【仏気術】土天の脚絆―」



 ブリッツも私と同じことを考えたらしい。

 SPを消費して私の刀技と彼の蹴り技が一緒に炸裂した。

 オーバーキルで雪鮫が爆散する。

 

 どっちか片方だけで良かった気もするけど、まぁ仕方ない。

 

 残っているモンスターたちの頭にガトリングみたいに矢が貫通し、一気に数が減る。

 振り返ると近くの建物の屋根にジロウさんがいた。



「遅くなった。こっちにきたやつは全部片付けた」



 よし、ここまでは順調だ。



「でも大体は片付いたと思ったけど……」


「まだまだ本命は残ってんだよなぁ」



 雑魚はほとんどいなくなった。残りは霙太夫と雪猿約十数体。

 雪猿が動いていないのは単に同士討ちを恐れたのと、いい気になって嬲っているつもりだからだろう。

 その気になればこいつらだけですぐに私たちを圧殺できる戦力だ。



『気は済んだか? お前たちは狩りの獲物だ。足掻けば足掻くほど俺様は愉快になっていく』


「悪いけど私たちは勝つつもりだよ」


『くっくっく、滑稽だ。よくそこまで吠えられるぜ。それとも気が触れたか?』


「至って大真面目。どっかの蜘蛛女もそうやって油断して足元すくわれたのよ。あんたも絶対に退治してやる!」


『お前ぐらいの歳の小娘は目の前の現実から目を背けて、妄想の世界に逃げ込みたがるものだよな。ならお前たち、現実ってやつを教えてやれ!!』



 霙太夫のその言葉で、今まで静観していた雪猿たちが戦いの口火を切った。

 一体ですら手こずるやつが十体以上。それだけでも無理ゲーなのに、さらに霙太夫までいる。

 こいつら相手にどこまでやれるか、試してやるっきゃない!



「っしゃあ!」



 鞘から刀を抜き走る。

 ただし横にだ。押し寄せる軍団に正攻法で勝てるとは思っていない。

 すぐに建物の壁にたどり着いた。


 こっちに誘われて来るのは雪猿八体。おおよそ半分だ。

 一対八ぐらいなら大和伝では普通にある。しかしそれらが全て準決闘級(シングルボス)となるとさすがに経験にも記憶にも無かった。

 なら私がやれることは無謀に突撃することじゃなく、もがいてでもあがいてでも見えないほど遠くにある勝利へ一歩一歩積み重ねることのみ。


 壁歩きで垂直に駆け昇り、建物の上を次から次へと移っていく。

 そこへわらわらと続いてくる雪猿たち。両手を挙げ一心不乱に追い掛けてくる。

 餌に群がる動物そのままだ。って私はバナナか!



「お店の人に悪いけど、後で修理してもらってね!」



 走っている時に刀で切れ込みを入れておいた。

 


「―【火遁】爆砕符―【解】×3」



 爆破により亀裂が一気に広がり、二階建ての壁が崩れ雪猿たちに降り注ぐ。

 埋もれるほどの質量は無いが足は止まったはずだ。

 そこへ上空から大岩が落下してくる。

 ジロウさんの『―【猟術】巨岩落とし―』だ。


 どんどんと落ちてくる大岩は雪猿たちを押し潰し雪に埋もれさせていく。



「これで決まればいいけど……」



 しかし希望的観測は即座に打ち破られる。

 今度は岩が吹き飛び、雪猿たちが起き上がってきた。

 一匹にならまだしも、やはり数匹掛かりだと大した重りにもならないようだ。

 


『猪口才だよ、お前ら!』


「ぬおっ!」



 霙太夫から飛ばされる氷の遠距離攻撃でジロウさんの使っていた投石機が破壊される。

 彼はとばっちりを食らう前に退いていた。

 この手はこれ以上使えないか。



「―【仏気術】土天の鎧―」



 ブリッツは全身に岩石の鎧をプロテクターのように身に纏い、十字槍を用いて雪猿たちに挑んでいた。

 ただやはりその槍で間合いを取りつつ逃げながらだ。たとえ防御力を上げ、元々耐久値が高い【僧兵】であろうとも複数からタコ殴りに合えば耐えられるものではない。

 引き裂こうとする爪を弾き腕に傷を付け、できるだけ敵を正面に集め後ろを取らせないように立ち回っている。


 巨体というのはそれだけで脅威だが、それが大勢いるからと言ってそのまま足し算や掛け算で増えていくものではない。

 体格が邪魔をして全員が攻撃できるものではないからだ。

 槍の長さを活かしリーチの上では五分に持ち込んでいた。



『頑張るねぇ。さぁてそろそろ俺様も出張ってやるかね』



 まずい。ここで霙太夫に入られると一気に均衡が崩れる。



「まぁそう言わずに、そこで休憩をオススメするぞ」


『はっ! 小僧が偉そうに! 後ろから矢を射ってるだけの腰抜けが俺様の前に出てくるかよ!』



 彼女の前に立ちはだかるのはジロウさん。

 彼は無言で走り出し持っている弓を撚って真ん中から分解し始めた。

 するとしなりがあった弓の弦が真っ直ぐになり、弦の端から刃が飛び出る。

 短槍よりさらに短い、私のニ刀流の刀に匹敵するほどの短いニ槍が出来上がった。


 その片方を霙太夫の間合いギリギリで足を止め放り投げた。

 あまりにも短い距離。

 何とか霙太夫は反応したが、反らすのがやっとで刃が生白い腕に刺さった。

 血の代わりに細雪が流れ出る。


 ジロウさんは残ったもう片方の槍を突き出し彼女の首を狙う。

 だがそう簡単にはいかない。霙太夫の二振りの牙は凶刃を防ごうと動き出していた。

 キン、と乾いた音がして彼女の頬が切り裂かれ、代わりにジロウさんは腕が伸び切り致命的な隙が生まれる。



『しょせんは大道芸だな!』

 


 ジロウさんに刃が迫った。

 けれど彼は絶体絶命に瀕しても不敵に笑い、攻撃をしている側の霙太夫の表情が訝しげに変わる。

 ただのハッタリではないと思いつつも彼女は剣を止めない。

 そのつかの間、霙太夫の体がいきなり半回転した。

 


『ぐっ』



 埒外の方向からの急加重に霙太夫の無様な悲鳴が漏れる。

 原因は腕に刺さっていた槍だ。

 それらには弓の弦が柄尻のところから二本の槍に繋がっていて、それを引っ張りジロウさんは彼女の体勢を崩した。


 攻守逆転、絶好のチャンスとばかりにジロウさんの槍が深々と彼女の腹にめり込んだ。

 私ではこうはいかなかっただろう。

 完全に後衛職で見た目が子供だと侮られ油断を誘えたおかげだ。



「誰が接近戦できないって言った? 舐めてもらっちゃあ困るぜお嬢さん!」


『調子に乗るなっ!!』


「もうちょっとばかり付き合ってもらおうか!」



 怒りの籠もった振り下ろしにジロウさんが距離を取り、再び組打ちを始めた。

 どちらも集中し、しのぎを削り合う。


 よし、だいぶ注意を引けている。

 実は私たちがこうして表立って戦っているのにはもう一つ目的があった。



『んしょ、んしょ、んしょ』


『早くしなさいよ。ブリッツの頼みだから仕方なくやってあげているけど、バレたらあなたを置いて逃げてやるんだから!』


『それはこまります!』


『だったら早く!』



 戦場の端をモンスターや霙太夫の目を盗んで景保さんを運ぶ小さな影が二つ。

 それは豆太郎とブリッツのお供である黒猫のブラストちゃん。


 彼らは景保さんの頭と足を小さな手足で懸命に支え、不慣れな二足歩行をして移動させていた。

 普段、そんなことをしたことがなく、さらに足元が雪という悪条件のせいでけっこうフラついている。

 こんな状況じゃなければ可愛いわんにゃん共同作業として和やかに眺めていたいぐらいなんだけど、見つかったらやばくて胸をドキドキと鼓動させながら視界の端に収めていた。

 


『ゴアァ!』



 ブゥン! と風を切るどころか根こそぎ奪おうとしてくるような雪猿の横薙ぎの一手が私に迫り、忙しなく後ろに躱す。

 それが一つや二つじゃないからもう荒れ狂う暴風だ。

 あまり他に構っている余裕はない。逃げてばっかりでほとんどダメージを与えられていないのがその証拠だった。


 私たちにとって幸運だったのはこいつらの知能が猿並なくせに律儀だったこと。

 こいつらに号令を与えるボスの霙太夫はジロウさんがきっちり相手してくれていること。

 だからまだなんとかなっている。



『は!? おい、そいつら何だ!? 泥棒猫と泥棒犬だと!?』



 しまった、ついに見つかってしまった。



『ほら、あんたがとろいからよ!』


『まーはいつでも、いっしょうけんめいです!』



 二人が血相を変えて慌てる。

 可愛いんだけどそんなこと言ってる場合じゃない。



『おい、お前ら一匹でいいからそいつらを止めろ!』



 霙太夫の指示に一体の雪猿が豆太郎たちに近付こうとする。



『きゃー! どうすんのよ! 早く早く!』


『いまがんばってます!』



 本当はレベルも五十しかないこの子たちを戦闘に参加させるのは乗り気ではなかった。

 でも猫の手と犬の手を借りないといけないほどに私たちは追い詰められていた。

 だからって絶対にこの子たちをやらせるもんか!


 視界いっぱいに広がる醜悪な猿たちの群れを追い抜き、豆太郎に危害を加えようとするとやつの顔面に蹴りを入れた。

 倒れるそいつを尻目に声を掛ける。



「行って!」


『あーちゃん! だいすき!』


「私もよ!」



 熱烈なラブコールのおかげでなんだかピンチが楽しくなってきてしまった。

 私のテンションゲージは今MAXだ!



『はっ! 二度も俺様が逃がすと思ってるのかよ! ―【八寒地獄】茨氷(いばらこおり)の檻―』



 霙太夫が剣を雪に刺し、手で印字を描くと途端に地面から氷で出来た茨が生まれ、広場を塞いでいく。

 隙間はあるにはあるけど、豆太郎でもたぶん無理だ。ネズミくらいの小ささじゃないと。

 あるいは猫ならこの小さな隙間も通れるかもしれない。でも刺々しい針が邪魔をしてきっと無理やり抜けようとするとズタズタになるだろう。

 それは反り返りドーム状になってこの大通りを取り囲む結界となった。



『ちょっとやそっとじゃそれは壊せねぇぜ。今のうちにやれ!』


『ゴァァァ!』



 猛獣たちが勢いづいて襲ってくる。



「ちぃ! ―【仏気術】地天(じてん)脚絆(きゃはん)― うわっと! あぶねぇ!」



 ブリッツが手近な茨を攻撃した。

 けれどビクともせず、むしろ足を跳ね返される結果に終わる。

 しかもそっちに意識がいったもんだから後続の雪猿たちに群がられる寸前だった。


 予想通り、その檻は力技じゃ破れそうにない。

 このまま密閉空間にいればいつか捕まるのも時間の問題。

 一転、窮地に立たされた。



「ふぅん、しかしよ、それってお前さんがその格好をずっとしとかなきゃならんのじゃないか?」



 しかしジロウさんだけは冷静に術の解析をする。

 確かに霙太夫は剣を置いたまま、印字を合わせる姿勢のままだった。



『なら試してみろよ』


「そうさせてもらう!」


 

 再び両者が接近戦に入る。

 茨の結界は僅かに放つ冷気が弱まった気がした。

 これならいけるか?



「ブリッツ!」


「おう!!」



 主語は言わなくても分かる。なぜなら考えていることは同じ。ここから二人を脱出させることのみだから。

 


「―【土遁】岩手裏剣― いけぇぇぇ!!」


「―【仏気術】土天の怒突(どとつ)― ぶっ壊れろぉぉぉ!!」



 メニューから出した巻物が直径二メートルほどある大きな岩の手裏剣に変わる。

 刃の部分に穴が開いていて、そこに手を引っ掛け遠心力をフルに使って茨に投げ付けた。

 

 ブリッツの方は腕に土が巻き付いていく。

 それはプロテクターというよりは巨大な、自分の体よりも大きなハンマーとなった。

 威力は高いが当てるのが難しい術だが、相手は動かないただの障害物なら問題ない。


 二つの土術が炸裂し、ピキピキと割れていく音がしてついには氷の茨は粉砕され、ちょうど人が一人通れそうなほどの隙間が出来上がる。



「よし、行って!」


『あいさー!』


『すたこらさっさなのよ!』



 豆太郎たちが空いた穴を通って外に出て行った。

 


「俺らも行くぞ!」



 次にブリッツが潜っていく。

 

 この閉鎖空間内であえて戦う必要はない。

 一旦、景保さんをどこかに隠して仕切り直しだ。

 しかし一人足りない。

 


「ジロウさん!」



 彼は未だこちらに向かってきておらず、まだ霙太夫と一騎打ちをしていた。

 一体何をしてんのよ。逃げる場面でしょ! まさか戦いに集中し過ぎてこっちに気付いてないのだろうか?



「いいから行け! どの道、こいつを野放しにしておくとすぐに入り口は閉まるだろう! 儂は後から追い掛ける!」


「そんな無茶な!」

 


 確かに霙太夫がフリーになれば檻は閉まるだろう。

 けれど今にも雪猿たちが殺到してきていて、あと数秒でこの穴から逃げることすら難しくなってしまう。

 


「そのでかぶつ共が通るためには解除するしかない! その時に逃げさせてもらう!」



 そんなこと許すはずがない。

 するとしたら、あいつらはまずは逃げられないジロウさんを物量で押し潰し、それから解除するだろう。



「そんなことできるはずが――っ!?」



 私の叫びは中断される。

 ジロウさんの軽く上げた片足が氷漬けになっていたことに気付いたからだ。

 いつの間に!?



「儂はもう助からん。お前らだけで行けっ!」



 背中で語る彼はもう動く気はないようだった。

 それでも、だからって置いていけるわけがない!


 ぐい、と突然後ろ首の襟を掴まれ引き寄せられ檻の外に出される。

 首を上に傾けるとそれをしたのはブリッツだった。

 その表情は固く厳しい。



「男が格好付けたがってるんだ。やらせてやれ」


「冗談じゃない。二度目よ! 二度もそんなことっ――!?」


『グルルルルルルゥゥ!!』



 抗議の途中で人が通れるほどの穴に雪猿たちが一斉に詰め掛けて来た。

 鼻や剥き出しの歯がそこから垣間見え、思わず恐怖で息を呑んでしまう。

 穴がもしもっと大きかったら相当にやばいことになっていたに違いない。

 

 それでも今にも押し破って来そうな勢いだった。

 まるで檻の外にある餌を目掛けて一心不乱に食いつこうとしている肉食獣のようで、この指一つにでも引っ掛けられたら死に繋がる予感がある。

 そしてこいつらのせいでジロウさんの姿を目で捉えることが出来なくなってしまった。


 短時間で二度目の仲間を置いての逃走。

 むざむざとそんな自分たちの不甲斐なさを目の前で見せつけられた。



「ほら行くぞ! このままじゃせっかく救出した景保すらも奪われちまう!」


「そ、そんな……これじゃあ失敗じゃない! 景保さん助けたところでジロウさんがいなくなるんなら!」


「あぁそうだ失敗だよ! 最初から分の悪い賭けだろ! 漫画の主人公みたいにそうそう都合良く賭けに勝てるかよ! 奇跡の逆転? そんなものは作り話の幻想だ」



 そんなことは言われなくても分かってる。

 でも……くそ……頭が悔しくてぼーっとして上手く思考できない。

 

 そうして私たちはジロウさんを置いて去ることを選んでしまった。



□ ■ □



『おいおい、いいのかよ? お仲間はお前を見捨ててとっとと逃げていったぞ?』


「構わんよ。儂の本意だ」


『はっ! たまーに人間の中にはそうやって自分を犠牲にして他を助けるやつがいるがよ。そんなのはただの自己満足に酔っているだけだ。結局人間なんてやつは自分の身が可愛い醜い生き物だろうがよ。粋がんじゃねぇよ』


「……かもしれんな。年長者として責任があるからと格好付けたかっただけかもしれん」



 死を前にして恐れを感じさせないジロウに対して霙太夫は訝しがる。

 ただの死ではない。氷漬けで何十年、何百年と魂枯れるまで囚われ搾り取られる奴隷となるのだ。

 むしろ殺してくれと懇願するかとも思ったのに、目の前の少年はひどく落ち着いていたから。


 ただそういう輩も極僅かにいることも彼女は知っていた。自分の命よりも他人を優先するような稀有な存在を。



『そうかいそうかい。観念したか。まぁどうでもいい。ほらお前ら、あいつらを追え。次逃したら承知しねぇぞ!!』



 霙太夫の目にはジロウが現実から逃げ、抵抗することを断念したように見えた。

 だから最初こそは雪猿たちに嬲り殺しにさせようと画策していたのを止め、茨の檻を解除して全てを葵たちへの追撃に回した。

 仮にジロウが逃げようとしたり抵抗したりしても、足が現在進行系で凍っている者なぞに遅れを取ることはないという計算と矜持も働いている。


 雪猿たちが駆けていくのを背中で見送りながらジロウは棒立ちのままだった。



「一つ教えてくれないか? この氷の解除方法はあるのか? アイテムや術でだ」


『はぁ? 知るかよ。俺様が自ら解くか、もしくは倒れるぐらいしかねぇんじゃねぇの? そんなことは億が一にも無いがよ』


「そうか。どうしようもないな」


『だろ? じゃあさっさと死んじまいな!』


「……だ」


『あん?』



 あとは放っておいても時間で氷像になる未来しかないジロウだが、小さく何事かを呟く。

 何を言ったのか聞き取れず霙太夫の眉間に皺が寄る。



「遺言だよ。……だ」


『は? 聞こえねぇよ』



 ここから仮に抵抗されたところで負ける要素は雪粒一片たりとも望めない状況。それに霙太夫は油断をしていた。

 あまりにも達観している少年の遺言とやらにほんの少しだけ興味を惹かれ、彼女は近寄ってしまう。

 手を伸ばせば頬に触れるような距離にまで近付いた時――


 シュッ、と冷え切った空気を切り裂き霙太夫へ矢が迫った。

 ただしそれは彼女の背後から飛んできたもの。

 完全に気が緩んでおり、さらに死角から放たれたこともあり矢避けの氷盾を発動するのも忘れていたため、あっさりと腕に刺さる。


 これは【猟術】だ。集合する前にジロウが屋根の上に自動で射る仕掛けを準備していたものを今、切り札として発動した。



「死ぬのはお前だ、だよ!」


『手前ぇ!!』



 この極善な機会を逃すまいとジロウがニ槍を使い一気に攻め立てる。

 槍は線ではなく点の動きだ。故に一度攻勢に回られると防ぐのが難しい。だからここが分水嶺だと一気呵成に猛突する。


 霙太夫は後ろへ下がりながらも、氷盾を再び出し猛攻を辛うじて捌いていた。

 目まぐるしく動く様子に、扇状的な胸元やふとももが露わになる。男性ならば思わず目がいってしまう魅力的なプロポーションだったが、ジロウはそんなものには目もくれなかった。


 けれどしょせんは後衛職。

 トリッキーな武器を使い出鼻を挫いても、慣れられれば旗色が悪くなる。

 対応されてきていることに焦りを感じつつもジロウは攻撃の手を緩めない。 



「ふっ!」



 ジロウの頬に細い切り傷が生まれる。

 ついに霙太夫の方が優勢になり始めてしまった。


 そこにまた背後から矢が飛んで来る。

 しかし氷の盾により弾かれてしまう。



『効かねぇよ!』



 霙太夫と【猟師】の相性は悪い。

 まだパーティー戦でゲームであればゴリ押しも可能だったが、弓矢がメインのダメージソースを誇る【猟師】に自動防御の『矢避けの氷盾』を備える霙太夫とのタイマンなんて誰もが敵うはずがないと言い切るだろう。

 この状況で単純に飛び道具対策を持たれているというのはとてつもなく厄介だった。

 だからこそ不利な接近戦を挑んでいるわけでもある。 



「だったら数撃ちゃ当たるか?」


『は?』



 今度、別の方向から飛んできた矢の数は一本ではなかった。

 ほぼノータイムでガトリングのように、一秒間に数発以上の弾丸となった矢が霙太夫を襲う。

 さしもの矢避けの氷盾もこの幾多の矢の前には効果を十全に発揮できなかった。


 ダダダダダ、と半分ぐらいはそれでも霙太夫の氷盾に阻まれるが、足や肩など体の外側には的確にヒットしていく。



『―【八寒地獄】大氷壁―』



 堪らず彼女は地面から氷の壁を生成した。

 厚み五十センチはありそうな分厚い壁に、彼女を傷付けた嵐のような矢もさすがに止められてしまう。


 その圧倒的な斉射をした機械に霙太夫は勃然と睨み付ける。

 機械だけではない、下手人がそこにいたからだ。



『まったく、こんな寒いところ私の肌が霜焼けになっちゃうわ!』


「悪いな。こんな戦いに付き合わせて」


『あら、私とジロウさんの仲じゃない。野暮ってもんでしょ』



 雪と同化するほどに真っ白い体をした蛇。ジロウのお供の『蛇五郎』だった。

 彼が手動でしか動かせないその絡繰り機械を操って霙太夫に攻撃を仕掛けていた。

 ジロウが用意していた二つ目の【猟術】。しかしシステム上、この二つ目で限界でこれ以上は無い。


 二人はまるで長年の連れ添い夫婦のような短い掛け合いをする。

 お供であっても氷漬けになれば凍結は免れない。負け戦に駆り出してしまい、相応の危険な目に遭わせてしまっている謝罪と、それに対する静かな信頼と覚悟が込められていた。



『犬だ猫だのの次は蛇だと? 笑わせてくれるぜ。蒲焼きにして食ってやろうか!』


『あらお生憎様、私を食べていいのはジロウさんとピリちゃんだけよ。こう見えて身持ちは固いんだから!』



 さすがにこれを放っておくはずもなく、霙太夫は氷の礫を放ってガトリング砲を潰し、咄嗟に蛇五郎は雪に身を隠す。

 建物の上でさらに雪と同化すれば下から追えるものではない。

 跳んでもそこにジロウが間髪入れずに槍を繰り出すことは予想されたので、霙太夫はあえて放置した。



『なら主人の方から先に食い千切ってやるぜ』


「美人に迫られるのは悪い気はしないが、無言で睨み付けてくる嫉妬深い妻がいるんでな。バレた時のことを考えるとぞっとする。お引取り願おう」


『砂利が生意気なことをほざくなっ!』



 槍というのは攻撃時において強みを発揮する武器で、防御には向かない。

 せめて長ければ牽制し間合いの取りようもあったのだろうが、彼の短槍ではそれは難しかった。

 すでに対応され始めている身も凍る剣舞に劣勢はもう覆らない。

 それでも彼は相対する。



「―【猟術】天狗の隠れ蓑―」



 瞬間、ジロウが忽然とその場から消え、突然のことに霙太夫が目を見開き固まってしまう。

 だが彼女の聴覚にほんの僅かに異音が入った。

 後ろだ。



『くっ、ちぃ、そこか!』



 けれど間に合わない。

 急所は守ったが槍の切っ先が霙太夫の首筋を傷付けた。

 それには構わず、姿が見えたジロウに対して彼女は剣で両断したが、手応えは無し。空を切る結果となり、また目に映らなくなった。


 当然、この透明になる術はジロウの仕業だ。

 これは最大十秒まで消えられる術で、任意で途中で解除したり、また残り時間分まで姿を消せる仕様。

 十秒間を使い切った場合は五分のクールタイムが必要となる。

 探知系のスキルを持つ敵には効かないが、後衛を狩りに来るモンスターがいた場合、この術を使って消えて逃げたり、戸惑っているところに近距離からの弓でヘッドショットして射殺すというのは【猟師】の鉄板のパターンでもあった。


 闘技場での戦いでこれを使わなかったのは、実は彼が迷っていて本気ではなかったことの証左でもある。

 


『どこだ? どこに隠れてやがる。必ず引きずり出してやる……』



 霙太夫はぎょろぎょろと目をあちこちにやり、耳を澄まして迎撃の態勢を整える。

 カウンター狙いだ。

 

 ジロウの方は本当ならもっと焦らしたかったが、残り時間がもう無かった。

 だから動く。


 瞬きするほどの時間を挟み、ガキィ、と音を立ててニ剣とニ槍が鍔迫り合った。

 透明になった上での側面からの奇襲を防がれたことにジロウは驚きを隠せない。


 力比べでもやはり霙太夫の方が上。

 ぐっと押される形になり、次第に膝が折れジロウが背中から雪に倒れた。

 なんとか体を捻って抜け出そうとするも、馬乗りにされ、顔の横に剣を突き立てられる。

 もはや絶体絶命。身じろぎすら許されない。



「な、なぜ分かった?」


『はっ! 間抜けが! 僅かに足音はしていたし、何より足跡が丸見えだったんだよ。手こずらせてくれたなぁ砂利が! お前を食ってやるよ!』



 天狗の隠れ蓑を使う際、それは対人戦ではマップが雪原や沼地などでは気を付けなければならない要素の一つだ。

 しかしながら、ジロウに対人戦の経験はほぼ無く、さらにAIで動くモンスターはそこまでの判断はしてこなかった。

 もっと余裕があれば気付けたかもしれないが、凶悪な敵と生死を懸けた戦いでの緊張でそこまで頭が回っていなかった。



『ジロウさん!』

 


 そこに主人のピンチを救おうと蛇五郎が飛び出してきた。

 


『邪魔だ!!』


『ぎゃっ!』



 ただの手刀。何気ない一振りで彼の白い体が裂かれ、血が飛び出る。

 レベル五十と八大災厄という最強のボスの間ではこれほどまでに差があった。だからあの土蜘蛛姫戦でも、執拗に葵と景保は豆太郎とタマを戦わせないようにしたのだ。


 その深手を確認し満足気に霙太夫が股下のジロウに振り返ると、彼は上体を起こしニ槍を弓に戻していた。

 僅かに空いた空間で無理やり肘を曲げ指で弦を引く。

 


「そんなに食いたければ食えよ!」


『糞餓鬼がぁ!』



 超超至近距離からの発射。

 霙太夫もヒヤっとして顔が強張り動きが止まってしまった。


 ほぼ数十センチしかない距離。外しようがない。

 だというのに自動防御の氷盾が間に合ってしまう。

 カン、と澄んだ衝突音がして矢は上空へと流れた。



『はっ! 残念だったなぁ! 今のは肝が冷えたがそれがお前の最後の足掻きだ。さぁ永遠に俺様の糧となれ。心配するな、次第に痛みが気持ち良くなってくるだろうさ』


「悲しい女だな。従わないやつは全て敵で食い物、信じられるのは動物のみとは。まぁ生い立ちには同情するがよ」


『っ!! 知ったような口を聞くな!!!』



 ここにきて霙太夫の怒りのバロメーターが沸騰した。

 それは彼女にとっての逆鱗のようなものであったのだろう。

 もしくは思い出したくない過去のトラウマか。


 だから激発する感情を拳に乗せ霙太夫はジロウの顔にぶつける。

 まともに食らい雪と剣の間に彼は押し戻された。



「ぐっ!」



 鼻がつん、とし顔面の痺れを感じる。

 雪がクッションになって後頭部にダメージは無いが、文字通り鼻っ柱を折られた形だ。

 ジロウは五体投地のまま動かなくなる。

 いやそもそも氷がすでに片足を飲み込もうとしていて逃げようもなくなっていた。



『俺様はお前らが、お前ら大和の人間が大嫌いだ! 見て見ぬ振りして平気で人を見世物にし傷つける。あれがどれほどの地獄だったか! 子供だろうが関係ない。お前たちのような反吐が出る生き物は絶滅しろ!』



 想いのまま霙太夫はジロウを殴り続ける。

 

 鼻血は氷点下の気温で氷付きすぐ冷えて固まった。体の内側は熱いがもはや痛みの感覚が無い。

 口から大量の蒸気が漏れていくが、それは彼の命のエネルギーみたいに見え、HPバーも残り四分の一を切った。



「はっはは……。怒ったかよ。だが……予定通りだ」



 腫れて片目が開けられないジロウは下から見上げ苦笑いをする。

 ヒュン、とその視線の先には、矢が天から落ちてくるところだった。

 それは先程弾かれた矢だ。さらに先端がバチバチと火花を散らしていた。


 ジロウを殴ることに注意を割かれ平静でいられなかった霙太夫はそれに気付けない。

 

 刹那、霙太夫の背中で特大の爆発が生じる。

 葵の『火遁紅梅』に匹敵するほどの火力だ。

 もし前面から霙太夫の顔面に当てた場合、これほどに近接していれば自らの自爆は必然となる。

 だから彼はあえて一拍撃つのを遅くして、わざと反射させて霙太夫の背中を狙ったのだった。

 普通は不可能。少しズレれば即死を招く危なっかしい行動だ。それほどの難度だが、弓術の専門職には矢の飛ぶ予測ラインが常に見えている。だからこそできた曲芸染みた技だった。

 挑発して怒らせ殴られたのも時間稼ぎに過ぎない。



『がはっ!』



 思惑通り、霙太夫の体が盾となりほとんど爆炎は来なかった。

 爆破の反動で霙太夫が数メートル先までふっとばされるのを見ながら、ジロウは転がっていた弓を持って立ち上がる。



「全く勝算が無いということもない。三人で猿共込みで戦うよりは、タイマンの方がまだ分があると思ったんだよ。悪いが若いやつらからモテたくなってな。ここから逆転したら格好良いだろう?」



 ジロウは矢を番え戦闘を続行した。


ここからラストまでいつもの倍の文量になっていきます。

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