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20 唐突な離脱

『遅れてすまない。ようやく追いついた』



 通信主は久々に会う景保さんだった。



『景保さん!?』


『景保兄ちゃん、遅いって!!』


 

 モニターに映る景保さんの背景からおそらく近場にいることが分かった。

 それと横にいる美歌ちゃんが反応したことからこれが私だけへの通信ではなくグループチャットなのも。



『ごめんね、急いだんだけどこれじゃあ間に合ったのか間に合わなかったのか分からないや』



 申し訳なさそうに景保さんは苦笑いをする。 



『それはいい。もちろん単独行動をした分の成果はあるんだろうな?』



 しばらく旅をして私より景保さんと付き合いが濃くなっているジロウさんが問いかける。

 すると景保さんは表情を真顔に戻した。



『簡単にこれまでの経緯を説明するよ。僕は北の森でブリッツさんと再会して君たちにメールを送りステファニーさんと別れたあと、神都リィムに向かった』


『え?』



 驚いた。まさか一人でそんな敵の拠点とも言うべき拠点に潜り込んでいたなんて。

 


『ブリッツさんのことが信じられなくてね。むしろ戦力がほとんど外に出払っているのなら教会本部こそが手薄になっているんじゃないかと思ったんだ。予想は当たった。僕はそこでブリッツさんに天恵で事情を説明したお爺さんたちと出会ったんだ』


 

 理屈じゃそりゃ人数が減って無防備になっているのかもしれないけどよくそこまで行ったわね。

 普段は引き気味だけどこういう時はこの人の行動力はすごい。

 景保さんは説明を続ける。



『大体の事情はもう彼方さんたちに聞いて知っているね? 僕もそこで概要を知ってそして考えた』


『考えた?』


『そう、この世界と僕らの世界の関係性。そして追加された新しいスキルや仕様についてをね』



 景保さんは私が相槌を打つと小さく頷いた。



『もちろん推測でしかない。けれどたぶんそうじゃないかと思う。まずこの世界に僕らを送ったのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()


『え? えええ?』


『ゲームをしていた僕らを他の世界に送ってしかもゲームの性能のままの肉体とシステムを与えた。そんなことが出来るのは神様みたいな力がある者だけ。それは予想していたんだ。最初はこの世界にいる神様――つまりリムのことかと思っていたけど彼方さんたちがやっていることはむしろ彼の邪魔にしかなっていない。そんな僕らをわざわざ喚び出す意味がないよね。なら残るはリィムしかいない』



 道理では確かにそうなるか。

 他に神様みたいなのがいるっていうのなら別だけど、今分かっているのはリムとリィム様だけ。 

 リムじゃないのならリィム様。理屈は分かる。



『そ、それはそうなのかもしれませんけど……。じゃあリィム様ってのは私たちにリムを止めさせるためにワープさせたってことですか?』


『結果的にはそうなるだろうね。この超人的な体を活かすのは戦闘しかないし、この力が必要となるならばリムとの対決ぐらいだと思う』


『うーん』


 

 そこはちょっとあやふやな感じがする。

 でもモンスターを駆逐するとかそんなことのために異世界から喚び出すなんてこともおかしいはずだ。

 この力が必要になる存在は確かにリムぐらいだろうか。ただあれに勝てるとは思わないけど。



『そしてもう一つの方、僕らの新しいスキルや八大災厄の新しいスキル、それに合戦などの仕様変更などについてだ。こっちは確信がある』



 新しいスキルとは魔石を奉納して得られた景保さんの二重召喚(ダブルサモン)や美歌ちゃんのアペフチのことだろう。

 それに加えて八大災厄のスキルや合戦の仕様変更も?



『確信? それってなんですか?』


『バージョンアップさ』


『あっ……』


 

 言われてなぜか自然と腑に落ちてしまった。

 なぜこれに気付かなかったんだろうか。



『バージョンアップ? でもそんなん告知あったっけ? 確かに最近新しいのはあったけどそれに【巫女】にアペフチが追加されたとかは書いてなかったはずやで?』


 

 美歌ちゃんが首を捻って景保さんに尋ねる。

 私がこの世界に来た直前にやっていたクエストも新しいバージョンアップによって追加されたクエストだった。

 そういうのはある程度告知されていたけど、確かに新しいスキルや合戦の仕様変更などはなかったはずだ。



『実装前に事前にデータ自体を先にダウンロードさせるというのはよくある手法だよ。よくよく考えてみるとね、ボスモンスターに新しいスキルを追加するなんてすごくゲーム的じゃないかな。例えば霙大夫の既存の状態異常で回復しなかった凍らせてくる術があったよね? それに対抗できるアペフチなんて分かりやすい。もっと分かりやすい例で言うなら彼方さんのレベル上限の解放だ』


『となると合戦も?』


『うん、今までは5対5しか出来なかった仕様を次のバージョンアップで50対50でも出来るようにするつもりだったんじゃないかと考えている。リムは僕らの体の中に入っていたそのデータを餌に利用して魔石を集めさせたんだ。多少こちらが強くなったところであのキャラが使えるなら問題なかったんだろうね』


『あのキャラって、あれが何なのか分かるんですか?』


『おそらくあれは新しく追加される予定だった最大50人で構成される大討伐級(レイドボス)だ』


『なっ……マジですか……』



 絶望が足から這い上がってくる気がした。

 だって大討伐級(レイドボス)ってレベル100のプレイヤーが50人で挑むのが適正なのにここにプレイヤーは全員合わせても7人しかない。鈴鹿御前を合せたところで八人だ。

 無理も無理。勝機は八大災厄の土蜘蛛姫を奇跡的に撃退した時よりもさらに低い。あれだって倒した訳じゃないんだよ。



『で、実際のところどうなんだ? 勝つ見込みが本当にないのか?』



 ジロウさんが景保さんに尋ねた。



『ぶっちゃけるとまともな方法はありません。ポーションを使うにしたってリムが用意したものですから使っても無意味でしょう』


『まともでないのは?』


『女神様に祈るぐらいですかね』


『お前なぁ……』


 

 景保さんに期待してたジロウさんがその返答を聞いて呆れ声を出す。

 私もちょっと落胆している。景保さんならなにか案があるかもって思ったのに出て来たのは匙を投げるしかないってことだもの。



『誤解をさせるような言い方になってしまいましたね。あれに勝とうとするならリィム様の手を借りないと無理ってことです』


『リィム? どこにいるんだ?』


『分かりません』


『おいおい……』


『ですが彼方さんが言っていた『僕らの中に偽物がいる』って発言を覚えていませんか? 偽物ってなんだろうって考えていたんですけど教会で聞いたところによると僕らの誰かがリィムが化けているらしいです』


『はい?』


『僕も全く信じられない話なんですけど、リムが言うにはそうらしいです』



 思わず眉根が寄ってしまった。

 景保さんが何を言っているのか訳が分からなかったからだ。

 私たちの中にリィムがいる? どういうこと?



『それを裏付けるのが現状です。リムは僕たちの中にリィム様がいると知っているから今まで直接手を出せなかった。けれど彼方さんたちがリムに明らかに背く行為をした。そうなるときっと彼の中で敬愛するリィム様がそんなことさせるはずがないと考えてリィム様候補から外し攻撃している。その船に攻撃しないのはまだ反抗していない君たちがいるから。そんなところだと思います』


 

 納得はいかないもののある程度の筋も通っている気がした。

 


『じゃ、じゃあ私たちがするのは犯人捜し……じゃなくって誰がリィム様と関係しているのか当てるってことですか?』


『そうなる。っていうかそれしかない。自分でも無茶苦茶言ってる自覚はあるけどあれに戦闘で勝てる未来が見えないから』



 モニターに目を移すとリムはさらに攻撃を続けていた。

 


『異世界の超人たちを仲間にして己の分を見誤ったか? お前たちが相手をしているのは仮にも神の代行者なのだ』


「あぁ……私たちが浅はかだったのでしょうか。まさかこんな……これほどの差があったなんて……リィム様お許し下さい……」



 神とか言っているがあれはもはや魔王だ。辛うじて抗えるのは私たちプレイヤーのみだろう。

 あれを目の前にして立ち塞がれる資格の無いセラさんら騎士団員たちは戦意すら保てないでいた。



「セラさんやみなさんは後退して下さい! ここからはレベルが違う! 犬死にするだけです!」



 必死に気を引き彼方さんやあブリッツたちが体を張ってセラさんたちの殿を務めようとする。

 


「なんでもいいから早くしてくれ!! こんなもんアイテム使いまくっても十分も保たねぇぞ!!」



 ブリッツの吐く言葉には全く余裕がない。全力を振り絞って苦々しく見上げるほどの強大な敵を睨んでいた。

 ステファニーさんのバフをもらっても直撃すれば即死級の攻撃ばかり。近付くことも出来ず必死さが伝わってくる。

 ただ唯一、彼方さんだけが肉薄していた。



「【刀術】―疾風一閃―」



 大上段からのもはやビルの倒壊とすら言えるリムの曲刀の一撃を目にも止まらない速さで躱し、彼方さんがリムの足元を駆け抜ける。

 さっきまで彼方さんがいた場所は十数メートルの陥没地帯となった。ただの通常攻撃でこれだ。

 交差する瞬間に彼方さんは愛用の長刀を振り抜いた。



「刀が通り切らない!!」



 ダメージエフェクトが出て傷は確かに付けている。けれどすぐに回復された。

 というかあの三百メートル級のサイズに二メートルにも満たない刀傷なんてあってないようなものだ。

 痛がる素振りも見せずにリムは執拗に彼方さんを狙う。



「ちぃ、―【仏気術】水天の母神竜―」



 援護すべくブリッツがお得意の術を出す。

 直径十メートルほどの水の龍はそのままリムにぶち当たる。



『慌てなくてもリィム様の名に懸けてすぐに全員送り返してやろう』



 結果は物理アタッカーである【僧兵】の大技ですら意識を少しズラすのが精一杯。

 ただしその隙を見逃さず彼方さんは瞬発していた。 



「体が無理なら首か脳を潰せば!!」



 彼方さんは跳躍し、その超巨大な怪物の山を背中から上手く足場を探しながら駆け上がっていく。

 まだ試したことはないけど確かに首か脳を仕留めれば即死かあるいは大ダメージを与えられる可能性はある。



「行けぇ!」



 思わずモニター超しに声が出てしまった。

 それほどまでにこれは千載一遇のチャンスなんだ。まともな勝負じゃ絶対に敵わない。

 裏を返せば私たちの中で一番レベルが高い彼が負けるようなことがあればそこで未来は潰える。


 彼方さんは私に負けない速度であの巨体の首筋まで踏破した。

 まだ相手は振り返り切っていない。いける!!



「これで終わらせます! ―【刀術奥義】次元斬り―」



 あらゆるものを切り裂く【侍】の奥義が炸裂した――



『―【八大地獄】鉄腐(てつぐされ)ノ刃―』



 瞬間、リムの開いている左手におどろおどろしい紫色の曲刀が現れ彼方さんの斬撃を防いだ。

 土蜘蛛姫の装備を腐食させてくる剣を顕現する術だ。

 


「くっ!?」



 しかもかち合ったと同時に溶岩のように何もかもを溶かし腐食させる毒の液が飛び散り彼方さんを焼いた。

 飛沫が当たったところは装備や皮膚に限らず煙が出てダメージを与えられ堪らず彼方さんは数百メートルを真っ逆さまに落下する。



『まずはお前からだ。リィム様の偉大さを噛み締めながら我が世界から消えていなくなれ!』



 そこにリムのもう片方の曲刀が襲った。

 駄目だ。彼方さんはまだやられて動けずさらに空中で逃げ場がない。

 終わった。そう確信した刹那、黒い影が飛来し彼方さんをかっさらった。


 ――彼のお供の絶影だ。



「絶……影……助かりました……」



 背中に彼方さんを乗せた絶影は上空をそのまま上昇し距離を取ろうとする。

 彼方さんもなんとかそのおかげで起き上がってくれた。

 しかしながらリムの追撃は終わらなかった。



『余計に苦しみが増えるだけだと知れ。―【八大地獄】鳴神七矢(なるかみななや)―』



 リムから解き放たれるのは七つの自動追尾する雷撃の矢。

 一本一本がトラクター一つ分ぐらいはありそれが超高速で彼方さんと絶影を追う。

 絶影は目いっぱい翼をはためかせ振り切ろうとするが速度はあっちの方が速くしかも高性能な追尾機能を備えている。

 八大災厄の雷童子の術であれば雷耐性の装備を予め用意したてタンクが受け持ったり矢で迎撃したり対処法があった。

 でもこれは速度も規模もけた違いで、今までの経験がまるで役に立たず空の絶望的なカーチェイスが始まる。



『……!』



 必死に絶影は空を飛ぶ。その速度はジェット機に迫るんじゃないかと思うほど。しかも曲芸染みたアクロバット飛行を展開する。

 機械ならまだしも生身での急旋回は体に相当な負担がいくはずだ。しかし絶影は相棒を守ろうと歯を食いしばって逃げ切ろうとする。

 ジグザクに方向を変えたり急旋回したり。それでも振り切れない。

 無情な雷矢は憐れな獲物を追いむしろその距離は縮まるばかり。



「絶影……もういい……!」


『……』



 スピーカーから小さな彼方さんの声が漏れてくる。

 でも絶影は彼の意見を聞かずに前しか向かない。

 雲を切り空を切り黒い影はひたすら逃げ回る。


 でもその絶望的な逃避行もついに――



『ァァァァァ!!!』



 群がる虫のように特大の雷が七本突き刺さり絶叫が空に木霊する。

 そしてその威力に力を失くして絶影は空から真っ逆さまへと落下した。

 そのすぐ近くに人影がある。彼方さんだ。

 直撃の瞬間、絶影は彼を背中から無理やり落としたらしい。そのおかげで無傷だけど代わりに雷ダメージを忠烏が一身に背負うことになった。

 一人と一羽は大地へと重力に引かれていく。



「もう見てらんない! ハイディさん私をあそこへ転送して!!」



 私は我慢出来ずに叫んだ。

 自分が攻撃対象にならないからって見て見ぬふりなんて出来ない。



『やめるんだ! 君が行っても変わらない! それよりはここでリィムを見つける方がまだ芽がある』


『じゃあどうやって見つけるんですか!? あてはあるんですか!?』


『それは……』



 景保さんが私を止めようとするが目線を逸らしてしまう。

 やっぱり具体的な案なんてないんだ。



『大丈夫。素早さだけはあります。私が時間を稼ぐから。じゃないと全滅です』


『でも……』



 それでも景保さんは納得いかずに言葉に詰まる。



「私はいいけどぉ死ぬかもしれないのよぉ?」



 口調は間延びしているがハイディさんが心配そうに声を掛けてきた。

 この人にも騙されてた訳だけど、もうなんかそんなのいちいち覚えてたら訳分かんなくなりそうだからそういうのは一旦保留。



「死にません。それにこんなピンチは何度も潜ってきました。何とかなるなんて言わないけど自分に今できることをしないでいるなんて出来ないです!」


「分かったわぁ。……こんなことを頼むのも虫がいい話だけどみんなを助けてあげて」



 ハイディさんは深く頭を下げ、そしてガイドAIに目線を向ける。

 AIもこのやり取りの会話で察したのか準備に取り掛かり私の足元に転送の光が生まれた。



「待て! 儂も行く! お前らだけ戦わせて一番の年長者が命可愛さに後ろにいるなんてやってられるかよ!」


「ジロウさん!」


「景保、お前の言うことは分かる。おそらく勝率0パーセントが1パーセントになるかもしれないというのがお前の考えだ。だが、だからと言って指をくわえて見ているなんてこと恥ずかしくて出来ん!」


『しかし!』


『お前はお前の信じることをやれ。勘違いするなよ、死にに行くんじゃない。お前の1パーセントが少しでも高くなるために行くんだ』



 見た目は子供なジロウさんが恰好良く啖呵を切る。

 けれど彼だって何が出来るということもないだろう。いや誰であってもあのリムには勝てやしない。

 


「【猟師】じゃきつくないですか?」


「引き気味に撃つ。ダメ―ジが無くてもヘイトぐらいは溜めてやるよ嬢ちゃん。彼方を回収してすぐに引くんだぞ?」


「分かりました」



 ジロウさんの足元も光り始めた。



「葵姉ちゃん!」


「美歌ちゃんはここで景保さんの手助けをしてあげて」


「ごめん……ごめんな……」



 美歌ちゃんの手も足も震えていた。

 それはあえて言うまい。ここで彼女にやれることがあるのかどうかは分からないが恐怖に駆られた美歌ちゃんを無理に連れて行く気はしない。



『転送準備完了。転送開始します。三……二……一……』



□ ■ □



 ふらっとした浮遊感にも似たブラックアウトの後、私は地上にいた。

 横にはジロウさんもいて二人で見合わせる。

 少し離れた場所でドンと音がした。

 ちょうど彼方さんたちが地上に墜落したところだった。



「いいか、もう一度言う。無理はするな。彼方を連れて逃げろ!」


「はい!」



 頷いてさっさと駆け出した。

 目的は彼方さんの救出。

 全力で荒れた荒野を走り抜けると同時にジロウさんの援護射撃も始まった。

 一つ一つがただの矢の領分を超えた砲撃の速射。それが流れるように射出されていく。 



『さらに抵抗するか愚か者共め。あの船で大人しくしてればいいものを』



 リムは面倒そうにジロウさんに顔だけ振り返る。

 速射に重きを入れているせいか直撃しても痛そうなそぶりすらない。

 せめてジロウさんが制限を突破していて彼方さんと同じぐらいのレベルだったら……。

 いや今はそんなことより走ることだけを考えるべきだ。

 


「彼方さん!」



 ジロウさんのおかげで彼方さんの元へはすぐに辿り着けた。

 彼自体にダメージは無さそうだったが、うずくまり光の粒子が発生し消え行く絶影を庇うように抱いていた。

 これと似たことを見たことがある。景保さんの玄武が土蜘蛛姫に殺された時だ。

 


「絶影! こんなことになってすまない!」



 戦闘の最中だというのに彼方さんの意識は絶影にしか向いていない。

 今ここを襲われたら終わりだ。



「彼方さん早く逃げないと!」


「分かっています! 分かっているつもりです! でも私のせいで……」



 いつものポーカーフェイスは消え去り、普通の人のように取り乱す彼方さん。

 気持ちは分かる。私も豆太郎がこんなことになったら動揺するしかないもの。

 だからといって彼方さんの悲しみが癒えるのを待つ時間はない。



『……彼方……君は……正しいことを……している……正義は君に……ある……。……世界を……救え……』



 初めて聞く絶影の声。

 やや幼いながらもインテリジェンスを感じる少年のような声音だ。

 こんな展開じゃなければ豆太郎やタマちゃんと仲良くなったかもしれない。ひょっとしたらブラストや蛇吾郎と気があったかもしれない。

 けれど無口な大烏は無情にもその存在が完全に世界から消失した。



「彼方さん……」


「分かっています。消滅した訳じゃなくおそらく記憶を失うだけで済むとブリッツさんに聞いています。それでも感じた死の痛みは本物なはずです。絶影の死は私の責任……」



 彼方さんはもういなくなった絶影がいた地面を見ながらすっと立ち上がる。



「弔い合戦です!」


「無理ですって! 後退しましょう!」


「あなた方は逃げて下さい。敵うとすればレベル制限を外れた私だけでしょう。それに明確に反抗の意思が知れてしまった今、逃げても意味がありません!」


「あ、ちょっと!」



 彼方さんは私の話を聞かずに一人で特攻した。

 あぁもうなんでこうなるのよ! 分からず屋!



『おい嬢ちゃん。彼方が一人で突っ込んでいくように見えてるぞ』


『実際そうです! 相方が倒されて頭に血が上っちゃったみたいです』


『馬鹿もんが! 早く連れ戻せ!』


 

 ジロウさんからビデオチャットが入る。

 マイクが割れそうなほどの切迫した声で相当にお冠。

 私に言わないでよ! 私だって怒りたいんだって!



『地に埋もれて眠れ』


「生憎、土葬は趣味じゃないんですよ!」



 彼方さんの職業は【侍】だ。

 遠距離攻撃出来るスキルは少なく、近接特化。だから間合いは数メートルまで近付かないと入らない。自然と肉薄せざるを得なくなり特攻の形となった。

 リムはまだ距離が詰まっていない彼に掬うように曲刀で地面を下から持ち上げ放り投げる。

 それだけで家一軒分はありそうな岩盤が大量に空から雨のように降って来た。 

 ただの砂掛けが奥義にすら迫る威力だ。

 当たればぺしゃんこになるそれらが地面にぶつかり彼方さんを押し潰そうと飛来するが、彼は逆に岩群へとジャンプした。

 


「ええええ、そういう避け方ありなの!?」



 物が打ち上げられた後に重力に引かれて落下し始め脅威となるまでのほんの一秒かそこらの時間。

 その停滞する隙間を縫って彼方さんは岩を足場に突破した。



「【刀術】―かまいたち斬り―」


『無駄な足掻きはやめよ。もうお前たちに用はない。消えよ』



 そして彼方さんは空中で風の刃を発生させ撃ち出す。

 おそらくジロウさんの遠距離からの通常攻撃よりは強いダメージが期待出来るその攻撃。

 けれどリムは曲刀を振り回してその剣風だけでかまいたちの刃を消した。

 さらにそれだけに留まらず、今度は二百メートル級の毒の刃が空中にいる彼方さんに迫る。



「くっ!」


「―【仏気術】水天の母神竜―」



 その直前、リムの手の甲に水の竜が激突しその角度をズラした。

 


「ブリッツさん!?」


「なに勝手やってんだよ、俺らは一応パーティー組んでるんだろうが。一人で突っ走んじゃねぇ。そういうのをトロール行為って言うんだぜ」



 ブリッツがいつの間にか距離を詰めてきていたらしい。

 危なかった。今の横やりがなかったらおそらく一発で終わってたはずだ。グッジョブだね。



「私もいマース! こんなおいしい場面に置いてけぼりなんて冗談きついデスヨ」



 ステファニーさんも来た。

 これで今地上にいるプレイヤーは四人。

 景保さんの予想通りなら五十人いないと倒せない相手だけど、さてどうする……。



『だから退けって言ってんだろーが!!』



 遠くの位置にいるジロウさんからお叱りがビデオチャット経由で届く。

 危ない危ない、なんか特攻する気になりかけてた。



『まだ抵抗するか? それが絶望と知れ。―【八大地獄】石磨崩落(せきまほうらく)―』



 リムから特大の地割れが伸びていくる。

 蛇のようにジグザグに蛇行して、けれどそれは私たちに食らいつこうとやってきた。



「ちょ! 危ない!」



 大きく横に跳んで回避する。

 地割れの穴は対岸まで数十メートルはあり、ジャンプしても届くかどうか分からないほど。

 そしてこっちは私とブリッツとステファニーさん、向こう岸は彼方さんと分断されてしまった。



『―【八大地獄】千鬼夜行―』



 彼方さんの逃げる方向の地面が真っ黒に塗り替わっていく。まるでコールタールの湖だ。

 辺り一面、何も見えない漆黒が広がり全てを覆い尽くした。

 そして変化が出る。

 その暗闇から大勢の闇色をした形あるものたちがせり出してきたのだ。


 鬼、ろくろ首、唐傘、火車車、ぬりかべ、天狗、牛頭馬頭、等々……それらは全て『大和伝』の地獄マップにいたモンスターたちだ。

 これは八大災厄が一人『千鬼夜行』の術でその全てが万鬼夜行の一部でもあり、総勢千体の妖怪モンスターたちとのバトルとなる術だった。

 つまりここに一千の敵がさらに出現したことになる。



「こ、これは……千鬼夜行の術……」


 

 これにはさすがの彼方さんも足を止めざるを得なくなってしまう。



「おいおい、あれだけでもきっついのにさらに雑魚とは言え追加かよ……」


「勇気と無謀は違いマース。撤回を希望しマース!」



 数十秒前に格好良く登場したはずの二人まで弱腰になってしまった。

 気持ちは分かる。雑魚と言ってもさっきのモンスター軍団よりもさらに平均レベルは上のはずだ。一筋縄や片手間でやっていいやつらじゃない。

 問題は前門の千鬼、後門のリムで逃げられるのかどうかだ。



「……みなさんすみません、先に逃げて下さい。私は私で何とかします」


「馬鹿野郎! いくらお前が強いからって一人で千体とあいつ(リム)を相手なんてやれるかよ!」



 対岸の向こうの彼方さんに向かってブリッツが唾を飛ばす。

 ここにきて置いて行くなんて出来る訳がない。

 だけどさらに絶望が追加される。



『―【八大地獄】一鬼当千―』

 


 今度は私たちの目の前に黒い液体が広がる。

 そこからさっきのモンスターたちのように一体の人影が生まれ出てきた。

 やられた。まさかこの術も使えるか。



『ゲヒ、ゲヒ、ゲヒヒ』


「激やば展開デスネ……」



 さしものステファニーさんすら空元気が収まって真顔になる。

 私たちの眼前には彼方さんと全く同じ衣装と長刀を持つ真っ黒な人間が出現したのだ。

 ちょうど見た目はサミュ王子の天恵のようなもの。

 しかしあれと違うのはこの術がプレイヤーと()()()()()()()()()()()であること。

 千鬼夜行は戦いの最中にランダムでプレイヤーのコピーを作ってけしかけてくるのだ。

 それをリムはやってきた。



『ゲヒヒヒ!』



 偽彼方は口をいやらしく開き下卑た笑いをして長刀を抜き放ってくる。

 速い! 瞬きしている間にすでに間合いに入られた。



「ぐおっ!」


「きゃっ!?」



 迎撃しようとしたブリッツとステファニーさんが弾かれる。

 やばい。私と船で一騎打ちしていたのと動きのキレが違う。これが彼方さんのコピーだというのならやっぱり彼方さんは今まで手加減をしていたんだ。

 これは彼方さん以外に止められない。もしくはプレイヤー数人が必要だ。



「すぐにそっちに向かい――くっ!?」



 こっちに跳ぼうとする彼方さんを四方八方から真っ黒な妖怪たちが襲う。

 彼方さんは即座に反応し長刀を一閃してその振り抜きで数体の首と胴体を切り裂く。

 だが前方はそれで対処出来ても後ろはがら空き。無理やり体を捻りつつ空いた前に一歩踏み出し、返す刀で後ろにいた妖怪も三枚におろした。

 一体一体は彼方さんの敵じゃないけれどあまりにも数が多く、間断ない攻勢に対応するのが精一杯。彼の助けを期待するのは難しそうだ。



『ケハァァ!!』



 自分より圧倒的に力のある斬撃の嵐を引っ提げて迫りくる本気のレベル124に防戦を強いられる。

 あまりに速く鋭過ぎて仲間の援護も期待出来やしない。

 目の前の偽彼方に集中しているとふいに足元の影が大きくなったことに気付いた。



「葵! 上だ! 避けろ!」



 ブリッツの声が横からしてとにかく確認もせずに無理やり後ろに跳んだ。

 一秒遅れて私がいた位置に着弾したのは毒液だった。

 振り返るとリムがその毒の刃から飛ばしたらしい。

 納得はした、でもその隙はあまりにも致命的なミスだった。



「あ……痛い……」


『ケヒャヒャヒャヒャ!!』



 気付くと私の胸には偽彼方の黒刀が突き刺さっていた。

 あまりの致命傷っぷりに最初痛みは感じなかった。だけど徐々に焼きゴテを入れられたような激痛へと塗り替わっていく。

 それと同時に全身から血の気が失せて力が入らなくなった。

 どうしてだろう? 頭ではダメだと分かっているのに手の握力が抜け忍刀がするりと地面に落ち膝を突く。



「葵!」

 

「葵サン!」



 ブリッツとステファニーさんのこちらを見る真剣な顔を見ると申し訳ないやら何やらで謝りたいのにもはや上手く言葉も出ない。



「あ……あ……ごめ……みん……な……」



 私の全身が光の粒子になって体が急激に薄くなってきた。

 なんとなく分かる。これはもうこの世界にはいられなくなる予兆だ。



「あいつは俺が死んでも抑える! ステファニー早く回復術を! 早く……ろ!」


「わ、私のは一気に回復するものジャ……それにあれはモウ……めん……い」



 二人の会話すら聞こえにくくなっていく。



「…………」



 無念だ。まだ中途半端も中途半端。ただでさえ劣勢なのに私がいなくなったらさらにどうしようもなくなる。

 そんな大事な場面でドロップアウトさせられてしまう。

 なのにもはや抗う術も時間も残されてはいなかった。

 一気に意識もブラックアウトし、ついに私という肉体も意識もこの世界からいなくなる。

 あっけない、それは実にあっけない私の幕切れだった。 

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