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18 人類VS②

村重 秀斗(むらしげしゅうと)、二十六歳。プレイヤー名「彼方」。


彼の職業は警察官である。

動機は子供の頃に誘拐された経験を持ち、それを刑事たちに助けられたからだ。

一般的に富豪と呼ばれる家に育ち、家庭教師を付けられ運動神経も悪くなかった彼は友達と遊ぶ時間が少ないことを除けば順風満帆だったと言える。

しかし父の会社をリストラされた社員の恨みの犯行により十二歳の時に誘拐されてしまう。


それまで自分と同じ歳の子供の中では頭一つ抜けていたし、親や担任などからは褒められることばかりで苦しさや挫折などを知らなかった。

なぜこんな問題も分からない? なぜこんな簡単な逆上がりすら出来ない?

どちらかというと周りを上から見下しやすい性格が作られていったのも無理からぬことでもあった。

だがその誘拐事件が彼の凝り固まった世界観が全てを壊した。


気を遣ってくれるどころか助けてくれるものはいない。

下手なことを言えば犯人を刺激して殺されてしまうかもしれない。

そうした恐怖と緊張の中で彼は犯人のアパートに監禁され戦々恐々と三日間を過ごすことになる。

もはや世界に絶望を感じ精神が壊れてもおかしくなかった。


三日目の夕方、配達員がインターホンを鳴らし犯人がのこのこと玄関に出て行って頼んでいないと押し問答になり、それと同時にどこに隠れていたのか数人の刑事たちが犯人を取り押さえ強引に部屋に突入してきた。

荒々しく見方によっては犯人よりも狂暴であった刑事たちだったが、彼方を見つけるとすぐに縄を解き優しい言葉を掛け続けてくれた。

その時、萎れていた感情が爆発しこれでもかというほど彼方は泣きじゃくり彼らに感謝した。

中には事件解決後もたまに顔を見せてくれて「もう大丈夫だ。私たちがいるから安心しなさい」と励まされ、そのかいもあってかトラウマにはならず彼方はその事件を克服することに成功したのだった。

ただそれがキッカケで少しだけ感情を出すことが下手になってしまったが。


彼方にとって彼らはヒーローに見えた。

憧れ、そしてこうした事件の被害に遭う被害者たちを救済してあげたいと願うようになった。

だからこそ警察官という道を選んだ。


『大和伝』を始めたのは体感型VRで戦闘をしてみたいと思ったからだ。

仕事柄、柔道や剣道などを嗜むことはあるが竹刀を持ったり柔道着を着て犯人と正々堂々と立ち向かうというケースなどあるはずもなく、臨機応変に敵と対処する術が生まれないかという思いがあってPvPもある大和伝を選んだ。

最初はそういうつもりだったがゲーム自体の面白さに惹かれていって当初の目的を忘れている面も多大にしてある。

実践では調達が難しそうな長物の刀を選んでいるあたりがそれだろう。


そうして十か月ほどプレイしているとある時、上司から変な頼まれごとをされる。

曰く「娘の幼馴染の男の子が学校でトラブルになって引きこもってゲームばかりしている。上手いこと近付いて社会復帰するよう働きかけてくれないか?」というものだった。

もちろんそのゲームとは『大和伝』のことである。

そういうこともあるのかと彼方は了承した。

もちろん本気というよりは半分ダメ元ぐらいの気持ちだ。それでも世話になった上司の頼みだし、それで救えるのならと思いチャレンジしてみることにした。


相手は中二の多感で敏感な年頃の男の子。

しかも予備知識では心に傷を負い相当に捻くれているらしい。

一度失敗すればアウトなので細心の注意を払いながらの接近だった。

最初は彼が出している露天からアイテムを買うところから。そこから彼の生産系スキルを使ってもらい装備の製作など。

彼方も仕事が忙しいし、あまり積極的過ぎないよう一週間ほど日をあけあくまで単なる第三者の位置を築いた。

パーティーを組んでの素材集めに誘うまで実に二か月を掛け、実際の捜査並みだなと彼方は自嘲するほどだった。


そこからしばらくたまにパーティーを組む程度のフレンド仲間となり、そろそろ私生活など突っ込んでみるかと思っていた矢先――この世界に飛ばされた。

何人かプレイヤーが来ていることは把握していたが彼方の思考はこの無常で奇妙な世界での活動に切り替わる。


そこで接触してきたのはこの世界で国にすら干渉する最大派閥の教会とその黒幕であるリム。

聞かされた両者の思惑に彼方は大いに悩んだ。

教会とて清廉潔白な組織ではない。そこに属することはたとえ彼方自身が人殺しをしていなくても同じ人間と見なされることになるからだ。

それは例えるならば高潔な目的意識があるテロ組織に加担するようなもので、これが元の世界であれば決して手を貸そうとしなかっただろう。

だが今の彼にはそれを成し遂げるだけの力があり、実際にモンスターという驚異に晒され怯える人々を見てしまった。今までの常識や環境、立場が一変したのだ。

ならば『リム討伐』に身を捧げモンスターという驚異を根絶することが自分の信念に基づくものではないのか? 彼方の思考はそう考えていった。


対してリムの思惑は不可解なものだった。

彼からのメッセージは一方的なものであまり長く話したことはないが、リムの目的は自分たちプレイヤーの中に偽物がいて、それを探し当てたいというものだった。

なぜか彼自身はプレイヤーに直接的な手出しが出来ないようで追い詰めて正体を露わにさせて欲しいという願いらしい。

そんなことに何の意味があるのか分からなかったが彼方は従う振りをした。


□ ■ □


「ふぅ。ようやく全て話せた。人を騙し続けるのってずっと心苦しかったので胸がすく思いですね」



 地上に転送された彼方が一つ仕事を終えたようにため息を吐いた。

 その顔は少しだけ晴れやかさが垣間見える。

 彼らがいる位置は教会騎士団たちが陣を張っている場所より百メートルほど後方であった。

 


「よく言うぜ。腹黒そうな顔してるくせに」


「それよく言われるんですが単にポーカーフェイスが上手いだけですって。これでも人並みに正義感はあるんですよ」



 ブリッツに横から言われて彼方は僅かに苦笑して眼鏡に指を当てる。

 勘違いされやすいのは本当らしく、今までに似たようなことを揶揄されていたのを思い出したかのようだった。



「そういやお前、あれについて言わなかったな? わざとか?」


「あれって、()()()()()()()()()()()()()ですか? この状況で正体を現さないならどうしようもないでしょう。自分から名乗ってくれるぐらいじゃないと見破れる方法はないんですから」


「本当にいるのか?」


「リムが言うには間違いないらしいですね。この世界にプレイヤーが召喚された時に感知したのは12人。なのに()()()()()()()()()()()1()3()()いたらしいです。しかもリィム様の力の波動? みたいなのも一緒に感じたとかで。そこまで分かっていながらそれが誰かまでは特定出来ないみたいですが」


「あのポーションも実はプレイヤーの中からリィムを見つけるためのものだったとか意味分かんねぇんだが」



 八大災厄を出現させる呼び水として使われた恐るべき効果のポーション。

 それがただボスを召喚するだけでなく、人探しに使われたと聞かされればあのような地獄の体験をしたブリッツからすればぞっとしない話だった。



「残りは僕たちの誰か。だからひょっとしたらブリッツさんかもしれないですよ?」


「俺は違ぇよ。自分の記憶も意思もある。っていうか未だにそんなやつが俺たちの中に紛れ込んでるなんて信じられねぇ」


「演技とかそういうレベルじゃないことは確かでしょうね。おそらく人格を一から作ったとかコピーしたとかそんな話なんでしょう、腐っても神様なんですし。まぁ気にしても始まりません。そのリムとは袂を分かちましたし今はゴーレムたちを狙う雑魚殲滅です」



 すでに遠距離での攻防は始まっている。

 騎士の中で魔法が使える者や自動人形たちの手から雷を出す技などだ。

 数秒に数十体程度は数を減らしていっているようだが全く減っているようにも見えず足止めにもなっていない。

 それでも着弾の爆音などが断続的に続いている。



『ホンマにやるん? 負ける気はせぇへんけど相当しんどいでこれ……』


「やる気出して下さい。でないと……」


『な、なんやまた暴力でわえを脅すんか! この陰険眼鏡!』



 彼方にとってはここからが本番なのに横でやる気の温度差がある鈴鹿御前に対して彼は少し言葉の間を空けた。

 それが鈴鹿御前にとってはやぶ蛇だと感じたのか身構える。



「……いえ、そういうつもりじゃなくこれが最後です。これが終わったらあなたは無罪放免。それでどうですか?」


『ホ、ホンマか? 後で『嘘でしたー!』なんて通用せぇへんで?』


「えぇ口約束にはなりますがちゃんと守ります。あぁでもあなたがどこかで悪さをしたら別ですけどね」


『ええやろ。別に追剥ぎなんて路銀稼ぎぐらいにしか思ってへんかったからな。そうと決まれば行くで! 大通連(だいとうれん)小通連(しょうとうれん)、思う存分切り刻んだり!』



 彼方から解放されるのがよほど嬉しかったのか話半分に鈴鹿御前は獰猛な笑みを浮かべその姿が消える。

 大量のモンスター群へと一人で突っ込みに行ったのだ。

 遠距離砲撃でもはや味方の誤射すらあり得るぐちゃぐちゃな戦場だが彼女は物ともせずに突貫した。

 美歌を苦しめた鬼姫だがレベル百のプレイヤーを上回る強さと膨大なHPを持つ彼女が味方になるというのはこと戦闘においてすさまじいほどに頼りになる。

 だから抜け駆けの単騎突撃について誰も焦らなかった。



「で、ガルトさん。あなたはどうします? というか動けるんですか?」


「あぁ!? うっせぇーよ! 問題ないって言いたいところだが……ちっ。長時間動くのは厳しいな。俺はあいつら(セラたち)の護衛に回る。文句ねぇだろう? ふんっ」


 

 彼方はずっと無視していたガルトの腹の傷を一瞥する。

 ガルトは話を逸らそうとするかのようにそう言って歩き出そうとしたがそこに彼方が声を掛ける。



「口調が変わったぐらい別にどうでもいいしあなたが何かを企んでいるのも今は見逃します。しかし私たちに内緒でいけない考えに走ったらその時はお忘れなく」


「ちっ、勝手にしろ!」



 ガルトは自分の寄生(パラサイト)の能力は彼方たちには隠していたつもりだったが、その言葉には言外に釘を刺すような思惑が含まれているように感じドキリとした。

 それを隠すかのようにそれ以上何も言わず去って行く。+



「何のことデス?」


「こっちの話ですよ。さぁおしゃべりもここまで。やりますよ」


「分かりまシタ」


「張り切っていくぜ!」



 あまり教会と関わっていないステファニーにはそのやり取りがよく分かっていなかったが、彼方はなんでもないというふうに誤魔化した。

 そして彼女は愛用のギターを取り出し、ブリッツは自分の拳を打ち合い、メニュー操作しお供を召喚する。



『不器用ねブリッツ。でもあなたにしては上々よ。後でいっぱい私の毛づくろいしていいかしら』


「それ俺にとってメリットあるのか?」


『馬鹿を言わないで。私が綺麗になったらあなたが嬉しいでしょ』


『へいへい。十分させてもらいますよ』



 表情は取り繕っているが毛づくろいのことを想像して尻尾がブンブンと左右に振っている黒猫のブラストと、



『うっ……ううっ……良かったわねステファニーちゃん。ちゃんとあなたを受け入れてくれて……』


「はイ! トモエさんには苦労を掛けまシタ」


『わ、私はあなたが無理してでもずっと笑顔を作っているのを知っているから……本当に良かった……ぐすん……』


「もう大丈夫デス! 今の私のテンションゲージはMAXデース!」


『強いわね……。精一杯頑張りましょう!』



 涙ながらにステファニーのことを想う木曽馬のトモエだ。

 ステファニーは彼女の首をそっと抱いてポーズを決める。


 さらに彼方も絶影を出し、三人と三匹はそれぞれの方向に散り鈴鹿御前と同じく魔法や雷による砲撃や射撃を顧みず、人一人など簡単に飲み込まれそうなモンスターたちへと食らいついた。



「【刀術】―かまいたち斬り―」



 まだモンスターと数十メートルの間合いがある位置まで韋駄天の勢いで彼方が駆け、そこで急停止し一気に鞘から長刀を盛大に抜き放つ。

 侍職は近接に強い分、中・長距離の攻撃手段に乏しくまた範囲攻撃もそんなに広くない。

 その中でも割と射程があって使い勝手の良い真空波の攻撃だ。

 不可視の斬撃がモンスターの尖兵たちの前に風の速度で襲い掛かると、まるで豆腐でも潰すかのように貫通し一振りで数十もの命を刈り取った。

 

 モンスターと言えど生存本能はある。圧倒的強者を前にすれば一目散に逃げるはずだ。だというのに進軍は止まらない。



「まるでセラさんの【凶化】(バーサーク)ですね。リムがモンスターを操れるという時点でそこまで考えるべきでしたか」



 だからといって怯むことはない。

 独り言を呟く間にスピードが速い鳥系モンスターたちがその攻撃を切り抜けて彼方に迫り、それらに相対すべく長刀を構える。



『ギョエエェェェ!!』



 種類にもよるがツバメや鳩ですらその飛行速度はいずれも百キロを超える。

 そのスピードでかぎ爪を使って何十と飛来してくるというのはどれだけ恐ろしいことか。しかも質量はその比ではない。

 どれか一つと衝突しただけでも常人なら即死レベル。

 だが、彼方の刀が届く間合いに触れた瞬間、まるでピアノ線で切れたごとくスライスされていき、彼の剣戟はそれらの侵入を一切許さなかった。 

 


『ギィィ――!?』



 集団の後方にいたグリフォン数体がそれではいけないとストップを掛け大きく口を開けて炎弾を吐こうとする。

 が、その炎が発射される前に刀の軌跡が走り真っ二つに下ろされた。



「私をただの人間だと思わない方がいいですよ」



 彼方が決め台詞を吐くと同時に彼の後ろから突風が吹き、他にもいた鳥系モンスターたちが次々と弾かれて落下していく。

 それは頭の上を彼のお供である絶影が凄まじい速度で通過したことによって巻き起こったものだった。



『……』


「空は頼みます」



 無口な絶影は一瞬だけ彼方とアイコンタクトをし制空権を取り戻すべく大空を駆け抜けた。


、そして、ドンッ! と数百メートル離れた地点で爆発が起こる。

 彼がそちらを振り返るとブリッツが跳び上がりサイクロプスの顔面を殴っているところだった。



「このところ、気分の悪いバトルばっかだったからな! うっぷん晴らしさせてもらうぜ!」



 重戦車とでもいうのだろうか彼方と違って間合いは広くないが、その拳が足が動くたびにモンスターたちが倒れ屍を築き上げていく。



『――!!』



 そのブリッツの前に今度は全身が岩で出来た四メートルほどのゴーレムが現れその巨大なパンチを繰り出した。



「おっ!? ぐおおおおお!」



 不意を突かれ避けることが出来なかったブリッツは自分の体の半分はある拳を受け止め切れずに地面を滑って後退していく。

 その先は背中にトゲがあるアルマジロみたいなモンスターだった。

 あわや串刺し――となる瞬間、黒い影が走る。



『世話が掛かるわね!』



 ゴーレムの頭を黒の弾丸の如くブラストが弾いた。

 そのおかげでぐらっとゴーレムが揺れブリッツは間一髪その場から抜け出し、空から術を放つ。



「―【仏気術】風天の風玉(かざだま)―」


『ギィィィィィ!!』



 風の玉がアルマジロの固い背中の棘ごと貫いた。

 すぐさまブリッツは着地して肩にブラストがぴょこんと飛び乗る。



「ありがとよ!」


『あなたは私のものなの。こんなのにやられないでよね!』



 今どき珍しいツンデレを見せつけられブリッツは楽しそうに笑う。



「こんな大勢の敵、ギルドイベントの『海魔の襲来』以来じゃないか?」


『あぁあのMASAとサーモン丼が急接近した時のことね』


「は? マジか? なんだそれ、俺は知らなかったぞ?」



 MASAとサーモン丼とはブリッツと同じギルドでゲーム内で知り合い結婚するまでに至った二人の名前だ。

 だがブリッツの知らないところで勝手にラブイベントが勃発していたことに驚いていた。



『ちなみにサーモン丼のことは漆黒の蛙も狙っていたのよ?』


「ぶっ! マジかよ!? おいおい、初耳の話ばっかなんだが……。なんでギルマスの俺が知らないのにお前が知ってるんだよ?」


『あなたに男女の機微を察知するなんてこと期待してないかしら。だから何も考えず二十四時間私を愛でたらいいのよ。ただしウザくなったら勝手に察知しなさい』


「無茶言うな! お前の取扱説明書をくれ!」


『ふふっ、可哀そうだから私がずっと相手してあげるわ。良かったわね』


「あぁ本当によ、お前がパートナーで良かったぜ。退屈は絶対にしないからよ」


『あらあら、ようやく分かったのかしら? もっと褒めていいのよブリッツ。あなたこそ私の最高の相棒なのだから』



 美歌とテンに負けない漫才を繰り広げ黒猫はその小さな体を活かして次の獲物に食らいつき、ブリッツも戦闘を再開した。

 

 そして場面は少し引いて教会騎士団(ジルボワ)たちの集団へと移る。

 彼らは巨大ゴーレムをを守るようにぐるっと陣を敷き、最前線は大楯を構えていた。

 比較的足が速い四足歩行などのモンスターたちの猛攻を体を張って一歩も通さず粘り、隙間から槍を通して着実に数を減らしている。

 


「弓隊、一班から五班斉射!!」


 

 グレイの掛け声に百を超える矢が戦場を飛んだ。

 この日のために特別にあしらえた強弓。一般人では弦を引くことすら難しいそれらをレベルアップの恩恵によって鍛え上げられた騎士たちが巧みに扱った。

 そして弓矢というよりは小さなバリスタと言っていいほどの牙がモンスターの群れに直撃していく。

 狙う必要はなかった。どこに射っても的である。

 小型のモンスターはそれだけで絶命し、中型も戦闘能力が著しく落ちていく。



「続いて六班から十班斉射!!」


 

 次の矢を番えるまでの隙を無くすために二交代制を選んだ。

 一度に射る数は減るが間断なく打ち込む方が常に矢に晒される歩兵としてはやり辛いからというのが理由である。

 しかしそれはあくまで対人の話であって、明らかに何かに操られている命知らずのモンスターたちにはあまり有効ではなかった。



『コケー!!』



 壁となる騎士たちを乗り越え上空からコカトリスが飛来する。

 ダチョウより一回り大きいサイズが空を飛び、口から石化のブレスを吐いてきた。



「ああああ、鎧ごと固まっていく! 誰か脱がしてくれぇ!」


「て、手がー!!」



 気化状のブレスというのは避けにくく、しかも大勢の仲間がひしめく軍の中は逃げ場がない。

 あえなく一息で数名が石像の刑を受ける。


 さらに――



「ん、何か揺れてないか?」


「そりゃそうだろ。これだけの数が走ってきているんだから当たり前だ」


「いや、そうじゃなく――うわぁぁ!!」



 地面の中から食い破るように現われたのはサンドサーペント(大砂蛇)

 シャンカラの闘技場で暴れた砂の蛇だ。

 その人くらい軽く飲み込む巨体で騎士を鎧ごと丸飲みしての出現だった。



『キシャァァァァ!!!』



 今度はその質量を活かしてのヘッドプレス。

 さながら地面から垂直に立てられたダンプカーが倒れてくるのと同じぐらいの衝撃が騎士たちを襲った。

 当たらなかったとして地面がひび割れその風圧と振動は凄まじい。

 周辺の騎士たちが一気に手も意識も止まるぐらいの効果をもたらした。



「くっ、そろそろ限界です。私の【天恵】を使わないと!」


「いえ、まだです。今使うと乱戦になりもう元には戻せません!」



 やや離れた位置にいるセラが焦りから能力を使おうとするがそれをグレーが止める。

 もちろんここでセラの【狂化】(バーサーク)を使用すれば一時的に盛り返すことは可能だった。

 しかしながら【狂化】(バーサーク)とは文字通り思考を停止しバーサーカーとなるもので細かい指示は出来ない。

 一度行使してしまえばただの大乱戦に突入し軍としての行動は不可能となる。

 現場の指揮系統を任されたグレーはしっかりとそのことは弁えていた。



「何を呆けている! 抜剣せよ!」


「は、はいっ!!」



 グレイの怒鳴り声にはっとなって我に返った騎士たちは恐怖を押し殺して向かっていく。

 だが剣で傷を付けられても浅い。

 原因は彼らの身体能力は上がっていても武器などはいつもと変わらないせいだ。

 元々、サンドサーペント(大砂蛇)はそれ専用の罠などを用意して数十人掛かりで狩るもので、場当たり的な対処を迫られるというのはいかな彼らでもやや厳しい相手だった。


 しかも――



『シャアアア!!』



 さらに三体のサンドサーペント(大砂蛇)が地面から顔を出して現れた。

 見上げるほどの高さに鎌首を持ち上げ四体のそれらが禍々しく舌なめずりをして眼下の獲物たちに狙いを定める。



「なっ!? サンドサーペント(大砂蛇)が四体だと!?」


 

 グレイが思わず呻く。

 それもそのはず、一体だけならまだしも複数体のサンドサーペントを討伐した例などこの世界にはない。

 無理やりのレベルアップによって渡り合えるようにはなっているが本当はそれぐらいの強敵だった。


 前方は永遠に湧いてくるとさえ思うほどのモンスターたちの大群。

 いくら陣形を敷いて耐え、彼方たちがヘイトを買って活躍しようとも空からも地面からも次々と抜けてはやって来る。

 さらにこちらの戦力は増えることなく刻一刻と削られていくだけ。

 あまり明るくない戦局を感じ取りグレイは冷や汗を垂らし始めた。


ちなみにこれをヒントと言うと怒られるかもですが、この辺までで誰が偽物か絞れるヒントは入れてあります。

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