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12 お供のプライド

 葵が『ペルセウス』の内部で目を覚ましたのとやや遅れて他の場所でも少女が暗転から覚醒をする。

 黒い髪と幼い顔立ちが特徴的な美歌だ。彼女も突然転送させられた奇異なその体験と環境に混乱していた。

 


「あー、気持ち悪い……なんなんもう。ほんでここどこ? 外? うち外に飛ばされたん?」



 顔を振って確認するも誰もおらず返って来るのは真直ぐとどこまでも伸びる地平線と波の音のみ。

 そう、彼女が今いるのは砂浜だった。

 青空からは肌が焼けるような暑い日差しが照り付け、足元は柔らかく細かい白い砂、そして打ち寄せるのは波である。完全無欠にどこからどう見ても海である。

 

 宇宙船ペルセウスの中には乗務員たちが長期間の宇宙旅行によるストレスを軽減するために色々な施設が作られていた。

 ここはその中の一つで全長百二十メートルある『海辺エリア』である。

 もちろん太陽や波というのは機械による演出の一つで本物っぽく見せているだけ。注意深く観察すれば潮の香りがしないことに気付けただろう。

 


「うちいつの間に夏休みになったんやろ?」



 海と言えば夏休みにしか行ったことがない美歌にとっては海は夏休みを象徴するものらしい。

 そのままお尻を突いている地面の砂を握って感触を確かめ、小さなボケを一つ挟みつつもまずは最も信頼するテンを召喚する。



「―【降神術】お供召喚―」



 砂浜に魔法陣が描かれ小気味良い鈴の音が流れ美歌のお供であるハクビシンの『テン』が顕現した。



『お? おぉ? なんや美歌ちゃん戦いは終わってもう夏休みなんか?』



 昨日までとは全く違う場所に現れ驚きながら美歌と似たような感想を零すテン。

 ペットと飼い主は似てくると言うがそんな感じだろうか。



「そんなわけないやん。でもここどこやろ?」



 美歌の記憶にある海は大阪に住んでいた時によく両親と訪れた大阪南部に位置する海水浴場だ。

 ただそこは砂の色はもっと灰色っぽくて人がごった返しているイメージ。しかしここはもっと砂の色は白いし水の色もやや緑がかった澄んだエメラルドグリーン。まるでテレビで見たことがある沖縄の海のようだなと彼女は思っていた。

 


『いやそれワイに訊かれても困るわ。んーでもなんか違和感あるなぁ』


「違和感?」


『そうや。これは……』



 獣の勘は人間よりも鋭いのかテンは即座に本物との差異に気付いた。

 とことこと波打ち際まで歩いて波に手を付けペロッと舐めてみる。



「こら、体に悪いからあんま海の水飲んだらあかんねんで」


『……美歌ちゃん、これ海ちゃうで!』


「え?」


『全然しょっぱくないし、それにお日様の光もなんかおかしい。ついでに言うんやったら魚もおらんし潮の匂いも全くせん。作りもんや』


「マジ?」


『マジもんのマジマジ。ちょっと試してみるわ』



 言ってテンは水に濡れた砂を手で固めて大きな泥団子を作った。

 ぎゅっと圧力を込めできる限り水分を抜いたそれを一気に海に向かって放り投げると、泥団子は途中で崩れながらも飛ぶ。

 すると数十メートル離れた空中でそれがべチャっと一気に破裂した。正確には何かにぶつかってその衝撃で粉砕されたというところだ。

 さらにはその何もなかったはずの空間約三メートルほどがいきなり点滅し始めた。壁だ。何も無かったはずのところが景色と光る壁とを交互に繰り返していく。

 やがて十秒ほどするとその点滅は無くなり元の景色に戻った。

 


「なにあれ!?」


『さぁ? でもここはどっかの海じゃなくて建物の中ってことやろ。たぶん空も同じちゃうかな』



 そうなると困ったのは美歌の方だった。

 てっきり転送の際にどこかの海に飛ばされたのかと思っていたら自分の目が誤魔化されるほどの精巧なイミテーションの海に来ていたのだ。意味が分からなかった。



「そうや、とりあえず葵姉ちゃんに相談してみるわ――」



 メニューを操作しようとした美歌の指が止まる。

 その原因は音が聞こえたからだ。

 振り返ると浜辺の何も無い空間がぽっかりと開き、そこから女が現れる。

 その女は美歌たちと同じようにこの異様な光景を物珍しそうに見渡しながら砂の上を優雅に歩いてきた。



『へぇ、けったいなとこやなここ。しかもそんなところでまたお嬢ちゃんと会うか。縁があるなぁ』



 ――鈴鹿御前だ。



「な、なんでここに!?」



 美歌は薙刀を出してすぐさま警戒態勢になる。

 それも当然だ。忘れもしないたった一日前に自分やテンの肉体にざっくりと刃を斬り付けた張本人なのだから。



『なんでもこないも変なところに飛ばされたから散策してただけや。扉は取っ手が無いから押し戸かと思ったら近寄っただけで勝手に開くしな。ほんで開いた先にあんたらがおっただけや。それにしても海か、琵琶湖なら出会い求めてよう行ったがあそこと違ってめちゃくちゃ綺麗やんか。けっこう違うもんやな。久し振りに泳ぎたくなったわ』



 この船は美歌たちの住む世界のテクノロジーよりも一段も二段も進んだ技術で作られていてかなりリアルで見分けるのが難しい。

 現代知識すらない鈴鹿御前が間違うのも無理はなかった。 



『はん! そんだけべっぴんさんやのに男が出来んのは性格悪いのが見抜かれとるからやろ! 可哀そうなやっちゃな、三つ子の魂百まで。こりゃ直らんわ』


『は? わえは安い女ちゃうからこっちが厳選してるだけや。むしろつまらん男ばっかりなのが悪いんやろ! あんま舐めたこと言うんやったら狸鍋(たぬきなべ)にして食うたろか?』


『ワイは狸ちゃうわ! ハクビシンや!』


『あんま変わらんわ! 皮剥いで煮込んだらみんな一緒じゃ!』



 テンの挑発に鈴鹿御前も乗り、子供の口喧嘩みたいなのが始まる。

 そのやり取りに一番戦々恐々としているのは美歌だった。自分が傷付くのはいい。けれどテンが鈴鹿御前によってまた斬られるところなんて見たくもない。



「テン、そこまで。あんたは還す」



 だからテンを引き下げようとした。



『あかん! やめてくれ! ワイも一緒に戦わせてや美歌ちゃん!』



 しかしそんな美歌の思いとは逆にテンは体を動かし上目遣いに彼女に抗議をする。


 

「だってまたテンが斬られてもしいなくなったらどうすんの!」


『そんなんワイも同じや! 美歌ちゃんがやられたらって考えたらワイもいてもたってもおられへん! 絶対やられへんからいさしてくれ!』



 どちらもパートナーが傷付けられるのが我慢ならなくその気持ちがすれ違う。

 そんな一人と一匹を鈴鹿御前は目を細めて眺めていた。 



『ふぅん、仲良しこよしは結構なことや。わえはどっちでもええ。でもこんなとこで珠のような肌が服着たまま焼けるのは困るさかいとっとと決めてや』



 のんびりとこのまま雑談で終わりそうな雰囲気もあったやはり敵同士に違いなく、ここで争わないという選択肢は無いらしい。

 鈴鹿御前は強者の余裕を見せつけているだけに過ぎず、夏を連想させる暑い日差しを手で防ぎながら彼女は急かしてくる。



「駄目や、うちやって厳しいのにテンがいて何になんの?」


『それでも美歌ちゃん一人よりマシや! 差なんて根性でなんぼでも埋めたる!』


「あぁもう! 分からず屋!」


『お互い様や! だってワイは美歌ちゃんのお供なんやからな!』


「テン……なんで分かってくれへんの……」



 二人の気持ちは似ているのに平行線だった。

 どちらも相手を想い合っているのにそれが通じない。

 しかしタイムリミットはきてしまう。

 

 お互いに説き伏せる前に鈴鹿御前が持ち前の刀を取り出した。



『そろそろ飽きたわ。海はあんたら倒した後にでも満喫するとして、もう始めさせてもらうで!』



 鈴鹿御前の足が砂浜を蹴り先に仕掛ける。

 砂に足を取られるおかげで若干、速度が遅くなっているがそんなもの関係なしに常人では反応できない加速力だ。

 美歌は急いで戦闘モードに意識を切り替える。



「せっかちはモテへんよ!」


『子供に何が分かる!』



 そう言われればこれまでリアルでは男の子と付き合ったこともないし告白されたこともないなと美歌は思いつつ迫る刃を薙刀で打ち返した。

  


「この前みたいには行かんからな!」



 美歌はとにかく大振りなり過ぎないようコンパクトに振って鈴鹿御前を間合いに入れさせないことを努めた。そして常に穂先は敵の正中線を狙う構えを崩さない。

 これは葵からのアドバイスでもある。とにかく薙刀の長所であるリーチを活かすことを教えられた。決定打どころか有効打すらも難しいが、それでも焦ってはいけない。

 相手が強いのであれば守って守ってボロを出させてそこを突く。それこそが定石だと言われそれを実践していた。



『へぇ、この間よりはちょっとだけはマシやんか。子供は成長するのが早いなぁ』


「子供って馬鹿にすんのもたいがいにしてもらうで!」


 

 そこから手に汗握る攻防が始まる。

 美歌は常に迎撃のスタイルを取り、鈴鹿御前は美歌の牙である邪魔な薙刀をどうにか弾こうと爽やかな波打ち際で相応しくない激しい剣戟の応酬だ。

 横から上から容赦の無い剣筋が熱気のある空気を切り裂き美歌を襲うが(ことごと)くを阻んだ。


 やがて鈴鹿御前は攻め方をシフトチェンジする。

 行き着く暇もない間断の無い空気すら切り裂きそうな突きの連射。

 リーチはそれでも美歌の方に分があるが、線から点になったせいで捌きづらいし、しかもその狙いは薙刀を握る美歌の手だった。

 『将を射んとする者はまず馬を射よ』という格言の如く厄介な薙刀を持つ手から潰そうとしたのだ。

 しかしそれを美歌は後退しながら逆に自分も鈴鹿御前の持ち手を払う動きで対処した。

 こうなるとリーチ差で負けている分、余計に無駄な動きをしないといけなかった彼女の方が苦心することになる。



『あぁもう面倒くさいなぁ!』



 性格も相まって先に焦れたのは鈴鹿御前の方だった。

 


『潰れろ! ―【刀術】三爪斬(さんそうぎ)り―』



 それは以前に彼方も使ったことのある技だ。

 一本の剣の他に左右に一つずつ刀の軌跡が生まれ、一度の斬撃で三つのダメージが与えられる。

 つまり、実態のある刀を防いだとしても術で生み出された斬属性のエネルギーに当たってしまう回避が難しい刀術だった。



「当たるか! ―【薙刀術】如意突(にょいづ)き―」



 それを美歌は薙刀の穂先を地面の砂に向けて突き、そして一時的に刃が伸びる術を使いその反動で後ろに避けることに成功する。

 心配されていたがここまでは及第点以上の立ち回りができていた。

  


『美歌ちゃんやるやん!』


「そりゃあうちだってやる時はやるで! 葵姉ちゃんと相談して対策はある程度してきた」



 コントローラーで行う古いアクションゲームと違いVRのアクションゲームはその発想がスキルの効果や能力を高め延長するのがウリの一つでもある。

 仕様通りの動きや発動に頼るのはアクションが苦手な初級者や三流まで。熟練のゲーマーたちは今のように攻撃術を緊急回避に変化させたりと自由に使う。

 今まで対人戦や人と組んでのパーティー戦をしたことなかった美歌はそういう思い付きがあまりなかった。けれどクロリアの町に戻って葵と二人になった時から戦闘方法を少しずつ彼女から学んでいた。

 今その撒いた種が芽吹き実際に良い結果が出たことにニンマリと口角を上げた。



『たった一回躱しただけで、そんなにはしゃぐことか? お子様はこれやから面倒みきれんわ』


『何言うてんねん、すごいやろ! 美歌ちゃんは成長しとんねん。こっからブイブイいわすで!』


『はいはいすごいすごい。まぁわえが舐めてたのは認めたるわ。大人げない思って使わんかったけど、それなら本気出してもええっちゅーことやな?』



 テンを鼻で笑い鈴鹿御前は腰の二刀を空に放り投げる。

 ピタっとそれらは止まって美歌に刃を向け、同時に彼女らの表情が硬くなる。

 そう、結局のところをここまでのはしょせん小競り合い。鈴鹿御前にとっては手を抜いていたようなものだった。



『さぁこっから本番や。この間みたいにピーピー泣くなや? 大通連(だいとうれん)小通連(しょうとうれん)遊んだり!』



 半自動制御の神刀が踊るように射出される。

 解き放たれた切っ先が真上からの照明を反射し、光の尾を引き銃弾の速度で美歌に迫った。

 


「きゃっ!」



 それを薙刀の横薙ぎで落とそうと美歌が試みたのだが、タイミングが合わず途中で中断し無理やり上半身を捻って避ける。

 しかし中途半端なその回避行動のせいで彼女の腕や腰に傷が付いた。

 ある意味紙一重だ。もう数センチ深かっただけでかなりのダメージを負った。ギリギリでの最低限に抑えられたことは僥倖と呼んでいいのかもしれない。



『それで終わらんで。大通連、小通連!』



 通過した刀たちはそこから綺麗な円を描き空に向かって回転しさらに美歌の頭上から落下してきた。

 


「――!!」



 態勢が崩れたところに畳みかけられ美歌は跳んで逃げるが砂に尻を突いてしまう。

 そこにまた二つの切っ先が追撃してきた。

 


『ほらほらほらほら! もっとキリキリ動かんと刺さってしまうで!』


『美歌ちゃん!』



 まるで引き寄せられるかのように次々と刃が美歌に目掛けて飛来する。

 それを彼女は砂の上をゴロゴロと転がって何とか回避していくが柔らかい地面に刺さった程度では止まらない。

 砂が盛大に舞い体中汚れて必死。いっぱいいっぱいなのは誰の目にも見えて明らかだった。 

 


『くそ! ワイは……ワイは!! ここで美歌ちゃん守らんかったらいる意味なんてあるか! おらあぁぁぁぁ!!』



 最愛のパートナーのその危機を見てテンが堪らず飛び出す。

 四肢に気合を漲らせ吠えて一直線に美歌の元へと駆ける。

 


「テン!? 来たらあかん!」



 グルグルと回る視界の中、美歌はそれに気付いて叫んだ。

 網膜には最悪の記憶が思い出される。

 相手はレベル百の彼女ですら手こずる難敵。なのに五十のテンの特攻なぞ無謀としか言えない。それこそ一回体で防ぐのが関の山でしかなかった。

 


『させるかぁ!!』



 無我夢中でテンは小通連の柄部分にダイブして体で抑え込もうとする。

 ガクンと確かに小通連の動きが鈍った。

 が、さながら意思があるかのごとくテンを振り払おうと小通連が暴れる。

 引き離すため砂の上に彼を押し付け駆け巡り海の中にも入って窒息させようともする。

 しかしテンはぎゅっと手と足を柄に挟んで離さない。

 一秒でも拘束すればその分、美歌が楽になる。そう信じて全身を強張らせ張り付いた。



『ぐぐぐぐ……絶対離さん! 離さんでぇ!』



 代わりに刀が一本だけになって余裕が少し生まれた美歌は立ち上がり大通連を弾いて危機を脱せられた。

 けれどずっと動きっ放しで彼女も息が上がっていた。

 髪も頬も足もみっともなく砂が付いているのがかなりピンチだったかの証左だろう。



「テンもうええ! 退いて!」


『あかんあかん、お嬢ちゃんら獣の分際でわえの宝物に汚い手で触れて何にも代償無しに逃げられる思ってんの? 小通連、帰って来ぃ!』



 鈴鹿御前の命令を受けて小通連は振り解くのを止め、彼女の元へ戻ろうとする。

 そこに刀を構えた鈴鹿御前が待ち受けていた。

 美歌もテンも特大の凶兆を感じる。



『真っ赤で綺麗な華を咲かせてくれるか? ―【刀術】居合一閃―』



 鞘に納めた構えの状態に力を蓄え貯まると同時に抜刀。それは最速最短での腰だめからのからの振り抜き。

 鈴鹿御前が握る顕明連が光を放ち小通連の上に乗るテンの胴体を真っ二つにしようと繰り出された。

 瞠目し見惚れるような美しい剣筋。しかし当たればまな板の肉のごとく両断される凶悪さも秘めている。



『ほ、ほおぉぉあああ!!』



 吸い込まれる斬撃は寸でのところで飛び降りたテンの残像を切り裂いた。

 砂浜の上に背中から落下したテンはそこから転がり、美歌が必死に走って拾いに行く。

 躱せたが毛がバッサリと斬られ本当に文字通り紙一重の回避だった



「あ、アホ! なんでそんな危ないことすんの!」



 美歌の目には涙が滲んで声が掠れていた。

 今まさにタイミングが一秒でも違えばテンは息の根を止められていたのだ。そのことを心配して感情と涙が止まらない。失われる悲しみに恐怖する。



『ご、ごめんなぁ。でも、ワイはやっぱり美歌ちゃんがやられるとこを黙って見てることなんて出来へん。だって美歌ちゃんが好きやから! この世で一番大切なんや!』


「そんなんうちやってそうや! もしテンが死んでもう召喚出来なくなったらどんだけ悲しいか!」


『ごめんやで。でもこれだけは言わせてくれ。死ぬんやったら一緒に死なせて欲しい』


「テン……」



 美歌はテンを強く抱き締めた。

 葵と豆太郎ならよく見る光景だが、彼女たちのそうしたところは非常に珍しい。

 しかしそれは嫌っていたのではない。思春期的な気恥ずかしさがあるだけで美歌にとってテンは最高のパートナーだと思っている。

 すれ違っていた想いが少しだけ交錯した。



『なーんかこれじゃあわえが悪者みたいやんか。やめてーや。立場が違うだけやろ。別にわえが一方的に襲ってるわけでもない。自分から鉄火場に入ってきた敵に情け掛ける方がどうかしとるだけやろ』



 鈴鹿御前は若干冷めた目線で美歌たちのやり取りを見ていた。

 彼女の人生もまた修羅道である。滋賀と三重を結ぶ後に鈴鹿峠と呼ばれる山道で旅人から金品を巻き上げ、そのお宝を狙う盗賊団との縄張り争い。さらには退治しにやって来た終わることのなかった京の兵たちとの激闘。いずれもシビアな命のやり取りだ。

 その激動の中を潜り抜けている彼女の死生観は単純明解。武器を持って立ち向かうか否か。それがたとえ子供であろうが老人であろうが武器を手にした時点で一人前の敵と認証する。



「……うち一人で倒せたらと思ったんやけどやっぱり無理やった。皆には悪いけどもうなりふり構わん」


『美歌ちゃんまだなんか手があるんか?』


「うん、葵姉ちゃんとジロウさんからの承諾は昨日のうちにもらってる。出来れば使いたくなかったけど出し惜しみなんてしてられんやろ」



 さすがに小声でもなく、遮蔽物も無いのでその話は鈴鹿御前の耳に入る。

 この優位性が覆る手などあるものかと彼女は懐疑的であったが万に一つもそんなことを許すつもりはない。



『何をするつもりか知らんけど、そう簡単にさせてもらえるとは思わんといてや! 大通連、小通連、仲良くあの世に送ったり!』



 鈴鹿御前の意に従い二刀が美歌とテンに無情にも向かう。

 


「くっ! 取り出す暇があらへん!」


『任せてや!』



 テンが突如、その場で砂を空に向かって掻き出した。

 次々と大量に噴出する乾いた砂はもうもうとして薄い幕を作る。だがまだ足りない。シルエットは丸見えだった。

 ただおかげでテンの思惑は美歌にも知れた。彼女もすぐに反応する。

 


「そっか! ―【薙刀術】斬り斬り舞い―」 



 咄嗟に薙刀術を発動し、竜巻が発生した。

 その竜巻は砂を十二分に巻き上げ一時的な葵の煙玉みたいに視界不良の効果を得る。

 大通連、小通連は共に感知能力には優れておらず、一瞬で美歌の居場所を見失って静止した。



『ふぅん、まぁちょっとだけ命が延びたな。でもそれが消えたら終わりや。それとも息切れするまで砂遊びするか?』



 砂のカーテンは純粋な妨害アイテムの煙玉と違い重力に従ってどんどんと薄くなり消えて行く。

 たった十秒程度の時間を稼げただけに過ぎず砂が晴れれば今度こそ絶体絶命となる。鈴鹿御前は勝利の確信を崩さない。

 彼女は竜巻が焼失したのを見てから口を開けた。



大通連(だいとうれん)小通連(しょうとうれん)、これで終いにした――り?』



 しかしながらそれだけの猶予の合い間にすでに美歌の操作は終わっていた。

 薄くなって影が見えてきた砂の中から獰猛な獣の目が光る。

 だがそれは普通の狸ぐらいしかないテンよりも明らかに大きく鈴鹿御前の必殺の掛け声が濁る。


 刹那、砂が全て吹っ飛んだ。

 中から現れたのは美歌と、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 そして特徴的なのは尻尾。今までの小さな尾と違い長く鋭利に固まりそれはまるで『鎌』を連想させる。



「て、テン!?」


『そうや美歌ちゃんの大好きなテンやで! これでワイも戦える! それがどんだけ嬉しいことか!』

 


 美歌が自分がしたことなのにパートナーの変貌したその姿を見て目を丸くする。

 一方、テンは自分の体に漲る今までの比ではない力を感じ歓喜に震えていた。

 今までは不甲斐なく見ているだけだった。たとえ命を懸けたとしても一撃を防ぐのが関の山で、邪魔にならないよう必死で拳を握って耐えそれがどんなに悔しくてせつなかったことか。美歌が傷を負うたびにどれだけ胸が張り裂けそうになったことか。ようやく愛しい娘の横に立てて守れる存在になれたのだ。

  


『な、なんやなんやそれは!? 狸が変身した!? わえは化かされてんのか!?』



 そのような経験をしたことがない鈴鹿御前も美歌と同じように呆けるしかない。

 しかしなぜ? どうやって? それが頭の中を駆け巡り全く答えが出ない。



「葵姉ちゃんからもらった()()()()()使()()()新しく出たスキル使ったらこうなったんやけど、ちょっと自分でも驚いてる」



 これは美歌が帝都を出発前に渡された魔石を使った結果だった。

 そのスキルの名称は『お供進化』。実は彼方の烏の絶影が八咫烏(やたがらす)になったスキルでもある。

 故にテンも同様の効果が表れたのだった。



『わいが新しくもらった力は『風』や! 今までの分、全部乗っけて返したるわ!』


「なんか分からんけどやってまえ!!」


『おう!』



 テンの進化したフォルムは日本ではとある妖怪の名前で呼ばれていた。

 手こそ鎌ではなくイタチの手のままだが『かまいたち』という風を操る比較的ポピュラーなイタチの妖怪だ。だからこそ得意技は『風』。

 さらにあまり知られていないことだが、かまいたちは中国神話に登場する四柱の悪神の一つである『窮奇』と同一視する考えもある。

 それが何を意味するのか――。


 テンはぐっと太くなった四肢で地面を掴み、思いっきり息を吸い込んで滾る力を束ねていく。

 その余波からか周囲の砂が逆巻き竜巻を形成する。



『さ、させるか! 大通連、小通連、その獣を串刺しにせい!!』



 阻止しようと飛んでくる二本の神刀。

 たとえテンが大きくなろうとも直撃すれば大ダメージを負うのは目に見えた。

 けれどそれは僅かに間に合わない。



『ァァァァァアアアアアアアアア――――!!! 全部ぶっ飛べや!!! ―【神妖術】鎌神風(れんじんぷう)―』



 テンの口に凝縮された膨大な風のエネルギーは大烈風となりそれらごと全てを吹っ飛ばした。 







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