11 霊廟到着
「お、見えた。あれが霊廟ってやつか?」
馬車の御者台に座るアレンの声で荷台の中から前方を見るとそこそこ大きな建物があった。
小さめの小学校ぐらいあるだろうか。白塗りの壁が整然と立っている。
「ようやく着いたのね」
胸を抑えるとちょっとだけ心臓が早鐘を打って緊張しているのが自分でも分かった。
なにせここで彼方さんたちと争ってサミュ王子に勝たせないといけないのだから。
おそらくというか、必ず彼らはまた姿を現す。
正直、準備は万端とは言い難い。それでもやるしかない。
「思えばけっこう長かったな。だがここで決着だ。色々あったがここであいつらの企みは潰すぞ?」
ジロウさんに言われ振り返る。
他のメンバーを見渡すとみんな決意じみた顔を浮かべていて気後れしている人はいなかった。
うん、さすがだね。
奇襲があるかとも思ったけど、真っ白な壁のすぐ傍まで来られた。
門番らしき兵士が数名私たちを出迎えてくれる。
「ようこそサミュ様。お話は聞いております。ここから初代様の墓標までご案内させて頂きます」
サミュ王子を見つけると慇懃に兵士たちが挨拶をしてくれた。
「それは頼みたいが、それよりリグレットたちはまだ来ていないのか?」
サミュ王子が私たちも気になっていることを訊いてくれる。
だって私たちを足止めしている間にあっちは距離を稼げたはずだ。だとすれば少なくても数時間前には着いている計算にはなる。もしあの大烏に乗っていたら一日で到着しているだろう。
なのにここからでは姿かたちもなくていつ会敵するかと気を張って仕方がない。
「はい。サミュ王子が一番乗りでございます」
兵士はにっこりスマイルでそう返答してくれる。
が、どこまで信用していいものやら。儀礼長すら買収されてたっぽいし、ここの一般兵士もリグレット派ということは十分に考えられる。
あえては言わないがサミュ王子もそれは承知している感じで「油断はするなよ」とこっちに目配せしてきた。
「そうか。まぁいい。では案内を頼む」
「畏まりました。あ、ただそちらの動物たちはご遠慮願っても宜しいでしょうか? 大変申し訳ありませんが神聖な場所ですので」
ちょっと迷いつつも兵士の言う通り豆太郎たちを還す。
必要になったら無視すりゃいいだけだしね。ここで揉める方が面倒だし。
それから案内の兵士に私たち全員で後ろを着いて行く。
廊下も綺麗に掃除されていて私たちの歩く足音ぐらいしか聞こえずすごく静かだ。
建物は大きいけどそんなに入り組んでる訳でもなく、目的地まで数分も掛からなさそうね。
歩いているとふと思ったことをサミュ王子に訊いてみた。
「そういえばすごい今更だけどここってお墓なんだよね? サミュ王子も死んだらここに入るってこと?」
「お前はもう少し聞き方というものを知らんのか? 死んだ後の話なんて余以外だったら不敬罪を適応されるぞ?」
「悪意のない質問にまで敏感に反応する方が悪くない? 被害妄想よ」
「……まぁいい。質問の答えだがここには入らん。城の脇にちゃんと専用の墓がある。ここは初代のみが眠っているはずだ」
ため息混じりに説明してくれる。
ってことは単にその初代さんを称えるためだけにこんな施設作ったのか。税金の無駄じゃない?
「ふぅん。ちなみに初代って何した人なの?」
「何、と言われると帝国を興した人物としか言いようがないな。当時は国というものがなく、その際に最も尽力した仲間が今の三大公家の先祖でもあるとされている。ほぼ同時期に王国も建国され、部族連合は少し遅れてという感じか。もう千年も前の話になる」
「千年? すごいね」
「ふふん、そうだろう」
自分のことのように鼻を高くするサミュ王子。
だって日本でも一番長そうな江戸幕府とかでも三百年ぐらいでしょ。その三倍って考えると一体何十人の王様がいて歴史があるんだろうか。
まぁこっちは魔法とかファンタジー素材もあるから金持ちの平均寿命は江戸よりは高そうだけど。
「緊張感ねぇなぁ」
「別に雑談ぐらいいいじゃない」
「ふ、まぁそれがお前らしいよな」
茶化して勝手に納得するアレン。
なんかキモい。
「それがアオイ殿の良いところではないか。警戒するのも大事だが自然体でいられるのはすごいことだと思うぞ」
とクレアさんがフォローしてくれる。
うんうん、アレンなんかよりもクレアさんの方がよく分かってくれてるね。
とか話している間にもう着いたらしい。
案内人の兵士は大広間に入り、そこには五メートルほどのおじさんの銅像が立っていた。
「これが初代だ。余もここに訪れたのは初めてだがな。歴代の王は就任するとここにやって来て墓前を弔い国に注力すると誓うらしい」
感慨深そうにサミュ王子はその銅像を見つめる。
それ自体は特に何の変哲も無く、マントを着て腰に剣を提げ手には本を持っている。それぐらい。
「剣は武力を、本は知力を兼ね揃えているという意味合いだな」
「ふーん」
クレアさんの解説に生返事で返しておく。
だってこんなおじさんとかこの国の歴史とかにそんなに興味ないし、それより今は他に気を割くことがある。
「さて、それじゃあもっと近付いてもらえる?」
「あぁ分かった」
私はサミュ王子に指示する。
なんで私が彼にそんなことを言ったのか。
実はこれは昨日届いた神様からのメールによるものだった。
『突然のご連絡申し訳ありません。簡単にあなた方に連絡できない事情があり今までもご返信できませんでした。現在、帝国の儀式に参加中の葵様、美歌様、ピリ辛味様にメッセージを送っています。お願いがあります。鍵の使用方法をお伝えする代わりに使用後はあなた方は傍観者となって頂けないでしょうか?』
それは要約するとこんな感じの内容だった。
鍵の使い方がメールに載っていて、それを使うとサミュ王子は魔法的なものでどこかへ転送されるということまで説明されていた。
しかも私たちはお呼びではなく彼一人で来るようにして欲しいとのこと。
けっこう悩んだんだけどみんなと相談して結局は従うことにした。
ここで神様の機嫌を損ねても意味ないし、他の王様たちもやってることと言われれば危険はないのだろうという判断だ。
「あれ? 鍵が光ってるで!?」
「なに!?」
美歌ちゃんに指摘され慌てて首に提げていたネックスレス部分を外すサミュ王子。
予めメニューに隠していた鍵をサミュ王子にここに到着前に渡していたが、銅像との距離が短くなるにつれてそれが淡く光り出した。
そしてさらに銅像に近付いた瞬間、声が聞こえる。
『ノーリンガムの遺伝子とマスターキーの存在を確認しました。これより転送を行います。持ち主の直径十メートル以内には誰も入らないで下さい』
ん? なんだこれ? すごい機械声? 合成音っていうの? そんな感じの声が私だけでなくみんなにも聞こえているようで周りをきょろきょろとし出す。
さらにびっくりしたのはサミュ王子の周りの地面が真円の光で満たされていくことだった。
おそらく転送の準備段階ってやつだろうか。にしてもけっこういきなりね。
「で、では行って来る。しばらく待っていてくれ」
サミュ王子もこの光景に頬が引きつって緊張しているようだが、腹を決めたおかげか騒ぎはしない。
きっとリグレット王子ならあたふたしてただろうね。
『転送まで残り三十秒……二十五……二十……』
カウントダウンが進んでいく。
このままいけばおそらくもう邪魔はされない。私たちの勝ちだ。
が、突然、どぉんという爆発音と共に大広間の壁が砕けた。
土煙が舞ってその中から出てきたのは――
「さて、そうは問屋が卸しませんよ」
彼方さんだった。
このタイミングか! 一番嫌な時を狙ってきた、
もちろんこの前のメンバーも一緒だ。それとリグレット王子もいた。だがセラさんと他の騎士たちの姿は見えない。
さすがにこの間の傷が深くて回復できなかったんだろう。
「みんな、王子を守ってくれ!」
クレアさんの悲鳴にも似た声に私たちは全員で反応する。
彼らとサミュ王子の間に立ちふさがるように、そしてジロウさんがブリッツに、美歌ちゃんが鈴鹿御前に、アレンとツォンはガルトに、私は彼方さんをマッチアップの相手として武器を抜き見据えて。
ミーシャとオリビアさんとクレアさんたちはサミュ王子の元へ走る。
「みんな、絶対に行かせないわよ!!」
私が声を掛けると「おう!」とみんなの声と意思が唱和した。
あとたった十秒ぐらい。それぐらいなら体を張って止めてみせる!
「―【仏気術】風天の神風―」
開幕、ブリッツの術が発動した。
それは突風を巻き起こす術だ。ノックバックさせる緊急回避用。ただし初級術なのでレベル百の私たちには動きを止めるほどにしか効かない。
前方から目を開けていられないほどの強風が吹き荒れ髪が乱れる。
「んにゃろ! え? なに? うわ!」
踏ん張ろうとした途端、武器が不思議な力で後ろに引っ張られる。
いきなりのことに風も相まって私たちは後退を余儀なくされた。
しまった。これはアレンたちに聞いていたあの大男の騎士の天恵だ。
武器を出したことが災いし気付いた時にはサミュ王子の転送半径の中に入っていて、そして彼方さんたちも雪崩込むように飛び出してくる。
『転送五秒前……三……二……一……』
まずい、これどうなんの?
地面の光も声もこっちの事情とはお構いなしに続いていく。
彼方さんたちが無理やりその円い入ってくる。
『ゼロ』
その声が聞こえた瞬間、ふいに意識がブラックアウトした。
『転送完了。しかしながらエラーが発生しました。エラー原因は推奨対象数をオーバーしたことによるものと思われます。結果、転送位置に誤りが生じることになりました。ガイド役を起動致します】
その声だけが薄れゆく意識の中に響いた。
□ ■ □
どれだけ気を失っていたのかは分からない。
ベッドの上で覚醒した時のように目を開けるとそこは知らない場所だった。
「う……ここは……」
ちょっとだけ車酔いしたみたいな気持ち悪さを感じる。
たぶんあの転送とかいうのに巻き込まれたせいだ。
「ってそれどころじゃないわ。みんな?」
こめかみを抑えながら上半身だけ起き上がって辺りを見渡す。
そこは不思議なところだった。金属っぽいけど鉄とかではない床と天井と壁。そして軽く百メートル以上はあるだだっ広い空間だった。
天井があるってことはどこかの建物か施設の中ってことか。
でも十分に明るかった。よく目を凝らして天井から光って照らしている物体を注視する。
「あれって照明? 電気で稼働してるってこと?」
光を放つ光源があって光っているせいでよくは見えないがその光は日本でよく見えるLEDの輝きに似ていた。
よく他を見ると機械の台らしきものや機材が並べてある。
なにここ? ファンタジー世界からいきなりSFに突入しちゃった!
「こ、ここはどこだ?」
「サ、サミュ様ご無事ですか?」
「う、ううん……」
「オリビア大丈夫?」
私の周りにはサミュ王子、クレアさん、ミーシャ、オリビアさんの四人がいた。
けれどその他のみんなの姿は見えない。
転送にエラーが出たとかアナウンスでは言っていた。ひょっとして美歌ちゃんたちはどこか違うところに転送されちゃった?
「ここがお墓の中なの?」
まるでおのぼりさんみたいにミーシャが見慣れない辺りを呆気に取られながら見回し始めた。
「分からない。ひょっとしたら本来来るべきところとは違ったところに転送された可能性もあるわよ」
「最悪じゃん! もう何なのよあいつら!」
転送間近にいきなり攻めてきた彼方さんたちにミーシャが怒りをぶつけた。
というか冷静になって考えればむしろあのタイミングを狙ってたようにすら感じる。とすれば目的は転送先に強引に割り込もうとしたってことか。あっちには鍵が無いからそれは十分に考えられるわね。
「とにかく辺りを調べましょ。このままだとどこに行けばいいのかも分からないわ」
オリビアさんの言うことに黙って頷く。
一応、この空間の端に自動ドアらしきものも見えてるからそこから出入りするんだろうけど、どっちに行けばみんなと合流できるのかも分からないしね。
『お待ちください。ここからは私がご案内させて頂きます』
はっとした。いきなり私たちの目の前に気配も感じさせず小さな女の子がいたのだから。しかもそれは薄くやや半透明だった。まるでSFの世界のホログラムのようだ。
見ためは中学生ぐらい。服装はビシっとタイトスカートのスーツ系だ。
「な、なんだこれは!? せ、精霊というやつなのか?」
「サ、サミュ様お下がり下さい! 何があるか分かりません!」
クレアさんがその特異な姿に慌ててサミュ王子との間に入る。
まぁ全く知識が無ければ精霊と思うのも無理ないか。でもこれ私からしたらどう見たって機械のプログラミングの産物だ。
『ご安心下さい。私はこの船のガイドAIです。あなた方に危害を加える存在ではありません』
「が、ガイドえーあい??」
『私はここに来られたノーリンガムの血を引く方をご案内するのが仕事です。本来であれば指定の場所に空間転移するのですが今回はエラーが発生したために転送位置がズレてしまいました。少しだけ歩きますがお身体は大丈夫でしょうか?』
「あ、あぁ大丈夫だが……」
まだ状況が呑み込めていないサミュ王子は大きく目を開けたまま心ここにあらずといった風に答える。
ミーシャとオリビアさんも呆然としながら二人の会話を見ているだけだ。
AI……やっぱりか。色々と引っかかることが増えた。移動する前に色々と訊かないと。
「ちょっと待って。今、船って言ったわよね? どういうこと? ここって海の上なの?」
『いいえ、ここは海上ではありません。地面の下です』
「は? どういうこと?」
『現在いる場所はあなた方が転送された地点から約百五十メートルほど真下になります』
え、あの霊廟とかいうとこの地下? しかも百五十メートルって相当潜ってるよこれ……。
「それがなんで船になるの? 地下施設とか洞窟とかじゃないの? っていうかなんでここはSFみたいな機械なの?」
色々と質問が多いが仕方ない。訳が分からないんだもの。
ホログラムの女の子は当たり前なのか嫌な顔せずきちんと答えてくれる。
『そのご質問に答えるには経緯をお話しないといけません。今から約千三百年前、私たちの故郷の星では人口増加による食料問題や天然資源の枯渇、テクノロジーの発達による進化の停滞、国家間の水面下での戦争など様々な問題に直面しある移住プロジェクトが発足しました。それは数万人を運びコールドスリープ可能な巨大宇宙船の建造とその出航です』
「は? え? ええ?」
ちょ、ちょ、ちょ、今、私は何を語られてるの!?
『何台もの船が新たなる移植先となる星を見つけるため旅立ちました。その内の一つであるのがこの船『ペルセウス』です。運悪くワープを繰り返す内にエラーが発生した本船は幸運にもこの星を見つけ不時着しました。本星への連絡手段が失われ、そして冷凍睡眠されていた一般市民や乗組員たちもこの星で暮らし始めたのです。やがて住民たちは別れて集団で生活するようになり共同体としての国を作り現在では三つに別れているようですが』
「いやなんだかスケールが大きい上に方向性が今までと全然違ってきて頭が追い付かないんだけど……。ひょっとしてノーリンガムって……」
『はい、ノーリンガムはその時の船長のセカンドネームです。お持ちの鍵はこの船のマスターキーです』
思わずおでこに手を当ててしまう。
沸騰して知恵熱が出そうだからだ。訊きたいことがあり過ぎて何から訊けばいいのかも分からないよ。
この世界の人たちが元々違う星の人で帝国の初代の王様がここの船の元船長だったっていうのは一応理解した。
「あれ? でもSFなのにこの世界の人たちって魔法使ってるんですけど、その人たちも魔法使えたの?」
『いえ彼らは魔法なる未知の超常現象は扱えませんでした』
「どういうこと? 急になんでSFからファンタジーに転換してんの? おかしいでしょ」
『その原因は『リィム』と呼ばれる超次元生命体によるものです』
「「「え?」」」
この場にいた全員がまぬけな声を漏らした。
ここでまさかの女神さまの名前が出てきたからだ。しかも神様とかじゃなく超次元生命体? またややこしい名称だ。
『彼女――リィムと自らを名乗る生命体は私たちが訪れる前からこの星にいたようです。見た目こそは人間と変わらないのに彼女は私たちのテクノロジーでも解析できない未知の方程式を持っていました。それが『魔法』です。彼女は冷凍睡眠から目覚めたばかりで種としての活力にも乏しくなっていた乗組員たちにまさしく魔法を使い遺伝子操作をしたのです。その結果、魔法の一部である魔術が使えるようになりました。リィムの使う魔法は万能の力がありましたが魔術は決められた効果しか発揮しないという違いがあり、中には反発してその恩恵を受けない者たちもいましたが、しかしほとんどの人間は便利な未知の力を求めました』
無茶苦茶だ。魔法が使えない人間を魔法が使えるようにするって……そりゃ女神って言われて信奉されるのも分かるわ。
魔法が使えるしこの子が機械だから超次元生命体とかいう分り辛い言い方をしているんだろうか。なんだか違和感もある。
「それはでもみんな知ってることよね?」
「え? そうなの?」
「出会った村で夜に話したわよ。あんた忘れたの? オリビアは覚えてるわよね?」
「え? えぇ……」
ミーシャに指摘されて思い出す。
そういえばリズの村でアレンと決闘した夜に魔法について説明してくれて、その時にリィム様が使うものが魔法で人間が使うのが魔術という別け方をしていて、リィム様のおかげで魔法が使えるようになったとか言ってたかも。
あれももう数か月以上前の話になるんだね。
衝撃で私以上に頭が回っていないのかミーシャに話を振られても上の空のオリビアさんが今度は質問をする。
「あの……リィム様は今はどちらにおられるのかご存じですか?」
『いえ約千年前から確認できません』
「そう……ですか……」
すっぱりと断たれてオリビアさんは下を向く。
元シスター的にはやはりそれは気になるのだろうか。私もポーションもらいたいから居場所が分かれば嬉しかったんだけど。
「あ、そだ。他のみんなの場所って分かる? ここに転送される前にいた人たちのことなんだけど」
『はい。他の方々は転送時のエラーによってこの船の各場所に飛ばされています。全員が本船の中におりますのでご安心下さい』
良かった。なら場所さえ決めれば落ち合えるか。
「みんな待ってくれ。この精霊様が千年以上生きていて歴史の生き証人なのは分かるがそろそろ本題に戻ろう。サミュ様を連れて目的の場所に行くのは構わないのだがそこで一体何をするのでしょうか?」
未だ精霊と勘違いしているクレアさんが質問責めムードをぶった切った。
まぁ仕方ないか。他にもめちゃくちゃ謎が残ってるんだけど終わってから訊ける時間もあるだろうし今はそっちが優先よね。
神様からのメールにもサミュ王子を転送させるところまでしか書いていなかったし。
『歴代のノーリンガムの方々が受ける洗礼と受け取って下さい』
「その場にサミュ様が出向けば次代の王と認定されるということでしょうか?」
『その通りです』
それを聞いてクレアさんは笑みを浮かべながらサミュ王子に向き直り、王子も無言で首を縦に振る。
となるとそこにサミュ王子を連れて行けば私たちの勝利ってことか。
「あ、一つ確認したいんだけどもしかしてリグレット王子の方には?」
『はい、そちらの方も洗礼を受ける資格があるのでご案内させて頂いております。ただこちらの姿に驚いて現在船の中を逃げられております』
何やってんだあいつ。
でもこれはまずいね。先に着いたもの勝ちの時間との勝負になりそうだ。
「よし、じゃあみんな行く――」
「――行かせませんよ」
私の言葉が途中で遮られる。
声は大きな機械の装置が置かれている後ろからだ。
そしてそこから悠然と歩いて出て来たのは――
「他のメンバーとは散り散りになったようですが僕は運が良いようですね」
まさかの彼方さんだ。
ここでラスボスの登場か。てか今までそこで隠れてたの?
「盗み聞きなんて趣味悪くないですか?」
「いえそんなつもりはなかったんですが意識が戻ったらみなさんがお話されているのに気付いてですね、一段落するまで待ってあげただけですよ。これであなた方もこの星の真実の一端を知ったということですね」
ん? 彼方さんはこのことを知っていた? 私たちですら今知ったばっかりだってのに? どういうことだ?
しかし考えたくても悠長に思考している時間は無い。彼はどんどんとこちらとの距離を詰めてくる。
人数差は五対一。
ただしほぼ他は戦力にはならない。それどころか足手まといですらある。
それが分かっているのか彼は全く警戒せずに私たちの前へと立つ。
「どういうこと? 全部知ってたんですか?」
「申し訳ないですがこちらにも事情がありましてね、まだもう少しだけノーコメントとさせて頂きます。まぁこの儀式が終わったら全てをお話しましょう」
「あっそ、それはありがたくて涙が出そうですね」
「泣いて感謝してくれて構いませんよ。ただ戦いに手心は加えませんけどね?」
軽口を叩きつつも肌が粟立つ。
相手はレベル百のプレイヤー五人でもあしらわれた格上だ。レベル制限が取っ払われ私よりもステータスは完全に上。それを今はたった一人で相対し打倒しなければならないのだから。
それでもやるしかない。最初こそはブリッツを取り戻すため、舐めさせられた屈辱を返すためだったけど、ここにきてサミュ王子を勝たせたいという目的も増えた。そのためにやって来たんだもの。ここで引く訳にはいかないんだ。なら私がやることは一つだけ。
「みんな先に行って! ここは私一人で食い止める!」
「アオイ、やれるのか?」
「やってみせる!!」
自分を奮い立たせるために二本の忍刀を抜いて見得を切って息巻いた。
みんなはここにいても何の役にも立たない。それならばゴール目指して先に着いてくれたらたとえ私がここで負けても私たちの勝ちになるんだ。
「すまん、後から追い掛けて来い!」
「アオイ殿、感謝する! 絶対にまた会おう!」
「あんた負けたら許さないからね!」
「アオイちゃん、頑張って!」
私の意図に気付いてくれたみたいで全員の意思が一つになる。
みんなからの声援と信頼という名のバフをもらって胸が熱くなった。
そして四人はガイドに導かれ後方へと一斉に駆け出した。
「行かせるとでも?」
彼方さんもその特徴的な長い愛刀を抜いた。
もはや話し合いはここまで。
「もちろん! そしてあなたを倒して合流して街に帰ったら宴会よ」
「それは素敵な妄想ですね」
「叶えてみせる!」
最初から全力全開だ。様子見や後手に回っている暇などきっと無い。
気分は絶対的王者に挑むチャレンジャー。けれど向こうも同じ人間だ。付け入る隙はきっとあるはずなんだ。それに今まで絶望しそうになるほどの不可能を何度も覆してきた。ならきっと今回だって為せば成る!
身震いする体を諫めながら間合いとタイミングを計る僅かな沈黙が続き、やがて口火を切ったのは同時の踏み込み。
どちらも常人には追えない電光石火のスピードで激突し盛大に火花が散った。