9 『人を狂わせしモノ』セラ・ハート
動物やモンスターの武器とは牙や爪、それに人間を遥かに超える体重や膂力。さらにはそれだけでなく刃を通さない甲殻や毛皮も脅威になる。
しかし群体でない生物には必ず死への恐怖がある。たとえモンスターであってもだ。人間ならなおさら。
だからこそそこに駆け引きが生まれ技が活き、戦法が功を奏す。そうして動物を狩り、モンスターを倒し研鑽というのは磨かれる。だけど、私が置かれているこの状況はその前提を覆されていた。
「いい加減しつこいのよ! あっち行って!」
地面に左足を踏み込み思いっきりバネを使って伸びあがり右足で騎士の胸元を蹴り上げる。
へしゃげる鉄鎧はその威力を十分に殺しきれず着ていた男は数メートルを軽く飛ぶが、今倒れたのが嘘のようにすぐさま立ち上がってきた。
「ゾンビものの映画にでも入り込んだ気分だわ! でもたいていゾンビものって主人公が逃げるだけで解決しないのよ、ねっ!」
そうしている間に後ろから羽交い絞めにしようとしてきた別の騎士を後ろ回し蹴りで迎撃する。
そいつは変な態勢で地面に激突したせいか腕がおかしい方向に曲がった。だというのにやはりダメージなんて無かったのように再び元気に復帰してくる。
いや元気って言っていいのか分からんないんだけどさ。
私は絶賛、大勢のゾンビ騎士、もとい狂化状態にある騎士たちと交戦中だった。
恐怖を知らない姿はまさに理想の軍隊というやつだろう。そのせいでただただ機械的に対処することを迫られる。
そして最も厄介なのが『殺せないこと』だった。
普通は気絶させるか大怪我をさせた時点で戦闘不能となる。でも痛みを感じず意識すら無い彼らは生命の危機に陥っても脳と四肢は惨たらしく動き続けた。
ダメージも蓄積されていっているのは間違いない。でも止まらない。
一人だけじゃない。もう何人も寝てなきゃ命に関わるほどの負傷をしている。おかげで対処が非常に大変だった。
「ふっ、やはりあの方がおっしゃられた通り、お前にも弱点があったようだな。まさかこんな簡単なことだとは思わなかったが」
「何? どういうこと!?」
戦いながら風に消えていくようなグレーの呟きを拾う。
ぎょっとして驚いたようだったけど黙り込むつもりはないようだ。こうして優勢な時って勝ち誇ってみんなしゃべりたくなるもんね。
「お前たちのことをつぶさに観察した女神の使徒の方からの助言だ。異世界人は恐ろしく強い。まともにやっても百人どころか千人用意したって倒せるかどうか。……が、『人を殺せない』。どれほど甘い世界で生きているのか、それとも憐れんでいるのかは知らないがそれが戦いにおいてどれほどの弱点か考えなくても分かるだろう?」
「くっ!」
思わず歯噛みしてしまう。
それは当たっていた。確かに私たちは人を殺せない。
現代社会に生きていて倫理観や道徳を徹底的に教え込まれ、さらにここはよそ様の世界だ。そこの住人を殺してしまうというのはかなりの抵抗感があった。
それでも今まではこの強力な肉体のおかげで手加減してやってこれた。でも今はあっちとの実力差はかなり縮まっていてあしらえるギリギリのレベルにまで到達されている。こんな状況ではいつ間違いが起こってしまってもおかしくなかった。
それを分かった上で私にけしかけているのか。
「正気!? このままじゃ仲間が死ぬかもしれないのよ!? 今治療すれば助かるってのに!」
「構わない。教会騎士団に入った以上、私も含めてすべての団員は死ぬ覚悟はできている。ここはそういう世界だ」
「っ! そんな覚悟は間違ってる! どれだけ足掻いたって生きて戻るのが本当の覚悟ってやつじゃないの!?」
「お前らと一緒にするな! 私たちは日々魔物や盗賊たちと戦い命の危険に晒されている。どれだけ鍛えたところでその危険性には変わりがない。一人が怯えれば誰かが傷付く。自分が竦めば戦友が死ぬ。お前たちのような超人とは違うんだ! そうまでしないと敵わないのであればそうするのみ!」
悲壮な決意だ。そこまでの覚悟は私にはない。こいつらが私たちの足止めに命を懸けているのは痛いほど分かった。
話をしている間にも騎士たちは詰めてくる。
剣を持ち上げ振り下ろすだけの強引な太刀筋。それをただ刀で捌きステップで避けるのみで留める。
段々と私の逃げ場や対処の仕様が無くなっていく。
「調子に乗って!」
「心弱き異世界人たちよ、その脆弱な覚悟で生死を懸けた戦いになぜ介入する? 調子に乗っているのはそちらの方だ!」
「私だって知り合った人たちのため、困っている人たちのため、ずっと不幸だった男の子の願いを叶えてあげるためにやってんのよ!」
にっちもさっちもいかなくなって助けを求めようと見回すがジロウさんは遠くでブリッツとガチバトルをしているし、アレンたちも美歌ちゃんも余裕はなさそうだ。
自分一人でなんとかしないといけない。
「なら!」
騎士たちは肉壁となって厚く私を取り囲む。
剣やそれこそ自分たちの体を使って私を捕らえようと休まずにどんどんとやって来る。
隙間は僅か。それをこじ開けて突破してやる!
「よーい、ドン!」
目を皿のようにして通れる空間を見つけこの窮地を脱するために急発進した。
駆ける駆ける駆ける!
足袋型ブーツで地面を蹴って疾走する私の速度は即座にトップスピードになり騎士たちの目から消えた。
それでも目指すコースは塞がれていて難関だ。
私を見失って固まる騎士二人の間を身を低くしてすり抜け、頭の上に手を突いて跳び箱みたいに跳んでいなし、空いた股の下をスライディング。まさにパルクールでもやってるような感覚。
ただその動作のせいで減ったスピードに騎士たちはギリギリ対応してきた。自由にさせまいと豪快にスィングされる剣を頭を下げて躱す。が、髪が数本切れてしまった。
「~~~~!!」
うっとおしい。でも我慢我慢……やっぱり無理。
髪を切ってくれちゃったやつの顔面をむんずと掴み最後に私を阻もうとする肉壁たちに投げ付けてやった。
だけど苦労したおかげで目的地に着けた。
「お、お前!?」
「騎士たちに手を出せないんだったらその操ってるベルを壊せばいいってことよね!」
「させん!」
私が狙いを付けたのはグレーが持つベルだ。
おそらくそれが彼らを操っていて壊せば止まるはず。
思った以上の速度を出す私に驚愕して目が点になっているグレーに肉薄してベルに忍刀で斬り付けた。
何とか意識を取り戻しグレーが剣を抜こうとするが遅い。
キン、と綺麗な金属音がしてそれは真っ二つに割れ地面に転がった。
「ふふん、私の勝ちね」
「……」
「ん? なんか言ったらどうなの?」
「……」
なんだ? 急にグレーが難しい顔をして黙りこくる。
訝しんでいると後ろから足音が聞こえた。
嫌な予感!
「げ! 嘘!?」
振り返ると騎士たちは止まるどころかピンピンしてこちらに向かって来る。
あれぇ? ベル壊してもだめなの?
「これでお前が死ぬまで彼らの制御ができなくなった。残念だ……」
「マジ!?」
「嘘は吐かん」
やっちゃったー! 普通、操ってるアイテムを壊せば止まるって思うじゃん! 駄目だったパターンは考えてないっての! ど、どどどうしよ……。
集団ゾンビたちは相も変わらず私に殺到してくる。
がむしゃらにされる追撃を体捌きや忍刀を使い凌ぐ。けどやっぱり数が多過ぎる。
とりあえず考える時間が欲しくて大きくその場から跳んで大きく後退した。
鬼ごっこで時間を稼ぐだけなら可能だけどそれはそれであっちの怪我がもっとひどいことになりそうだ。おそらくすでに術を解いた瞬間に阿鼻叫喚の地獄になるほどダメージを与えまくっている。
っていうか何で私が敵の心配しないといけないのよ! あ、だったら美歌ちゃんにまずあいつらの傷を回復してもらったらいいかも?
すぐに名案が思い付かず、一番近くにいる美歌ちゃんに視線を移した。
すると鈴鹿御前がしゃがんで躱せない美歌ちゃんに向かって刀を突き刺そうとする最悪の瞬間だった。
ギラリと太陽光を反射してこちらにも銀閃が煌めくのが見える。
それが美歌ちゃんの胸に向かってまるで決まっているかのように吸い込まれた。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!」
美歌ちゃんの絶叫。吹き出る真っ赤な血。
しかしそれは美歌ちゃんの血ではない。鈴鹿御前の凶悪な刃がめり込むのは美歌ちゃんの玉のごとき肌ではなく、白と茶色の毛並みがコントラストになってやや黄色みがかった毛皮だ。
それは幼い主の危機に駆け付けた――テンだった。
テンが持ち場を離れ相棒であり妹であり娘でもあるような美歌ちゃんの前に体を張って遮った。
それは確かに成功した。だけど代わりに彼の横腹には深々と刀傷が生まれ大量に血が吹き出し地面に血溜まりができる。
どう見たって重傷だ。美歌ちゃんの叫び声はテンへの哀哭だった。
「テン! テン! テンんんんんーーー!!!」
『か、かはっ……。み、美歌ちゃんに……手出さ……せ……かぃ……』
まだ意識はあるがその生命の灯は急速に失われていくのが分かる。
『なんやあんたの連れか? けなげなやつやなぁ。そんな小さい体で身を挺して助けるなんてようやるわ』
加害者と被害者の温度差はさながら昼夜のように隔たりがある。
褒めているつもりか知らないが鈴鹿御前の言葉には怒りしか感じない。
「絶対助ける!! ―【降神術】少彦名命 薬泉の――!?」
『敵の目の前で回復? お遊戯会は他所でやりや!』
目に大粒の涙を溜め他にも目もくれず美歌ちゃんが回復術を使おうとすると鈴鹿御前の刀の切っ先が彼女の着物を貫き肩に突き入った。
「あああぁぁぁぁ!! ――――――き、きき、霧ぃぃぃぃぃぃ!!!」
だけど美歌ちゃんは歯を食いしばり痛みを無理やり無視して術を完成させる。
即座に彼女の後ろに少年が現れとっくりから霧状の回復薬を掛けた。
見る間にテンと美歌ちゃんの負った傷が塞がっていく。
『あらま、邪魔できんかったか。まぁ何度起き上がってきてもあんたなら同じ結果になるだけやけどな』
「させないわ!」
すでに私は走り出していた。
騎士たちは無視して鈴鹿御前にくないを投げて特攻する。
『ふんっ! また子供か。いくらでも相手になったる』
鈴鹿御前は刀で易々と投擲されたくないを弾いていく。
一発で終わりじゃない。いくつも連投しながら疾駆する。その全てはダメージを与えられなかった。
でもそれでいい。今は近付く時間を稼げれば十分だ。
「やらせるか!」
『いてこましたり! 小通連!』
しかしあっちもただ無抵抗というわけじゃなかった。
傍に浮かぶ刀をまさかのオーバーヘッドキックでこっちに向かって射出した。
食らえば最低でも深手の致命傷が予想される刀のロケット発射。百メートルはある間合いなんて無いのと同じ速度だった。
「うああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
加速を中止して横に大きく飛べば安全に避けられる。それがベターな選択というやつだろう。けれど美歌ちゃんたちは予断を許さない状況だ。ここでの数秒は値千金。ならば私は危険を冒してでもベストを手繰り寄せるしかないでしょ!
恐怖を掻き消すために叫び忍刀を前に置いてスピードを緩めず直進する。
着弾は刹那。恐ろしく綺麗な波紋の刃だ。それが私の顔面数センチ手前に差し迫る。
即座に吹き飛ばされかねない衝撃が刀を通じて手に伝わりギィィィィィと胃が縮こまりそうな金切り音が顔のすぐ前で響いた。
無理やり力業で逸らし小通連はすぐに私を追い抜いていく。どっちも速いから邂逅は本当にゼロコンマの世界だった。
でも危険を冒したおかげで射程に入れた!
「鈴鹿御前ぇぇぇぇんん!!!」
『カカカ! そこのお嬢ちゃんとは一味違うみたいやな。試したるわ!』
出会った瞬間、刀同士が交わり錯綜する。
縦に横に斜めに真っすぐに縦横無尽に。
一呼吸の間に火花が散り七度打ち合った。
強い。これはソロ時の強さじゃない。
おそらく五人パーティーで挑んだ時の最も強い鈴鹿御前だ。となればソロで倒すなら推奨レベルは百を超えててもおかしくない。美歌ちゃんが手こずるのが分かる。
「でもあの化け物たちに比べたら!!」
メニューを操作しブリッツとのタイマンでも使った『風魔小太郎の忍殺刀』と『半蔵の隠刀』の二刀流に武器を変更した。
そこからいなし捌き相手の一本の刀を寄せ付けない。集中し相手の止まらない連続撃と斬り合い小刻みに動くだけで風が発生した。
いける。押せる。いくら強くてもこいつはまだゲームの時の経験を超えてきていない。
手数を重視し凄まじい斬撃の嵐をついに突破した。
「そこだ!」
『くっ!』
私の右手の風魔小太郎の忍殺刀が鈴鹿御前の腕に浅くない裂傷を付ける。
『大通連、小通連仕事せい!』
鈴鹿御前が嫌がって後退し、代わりに持ち主の意思に呼応して二本の刀が真上から降下してきた。
堪らず私も跳んで逃げると、断頭台の刃のごとく鋭い刃が私の残像を割断する。
だがそれで終わりではなかった。二対の刀はそこからまっしぐらに私に飛んできた。
「―【土遁】土畳返し―」
地面に手を突くと土壁が急速にせり上がる。
どっど、と刀が壁に突き刺さった音が聞こえてにんまりとニヤけた。
今がチャンスだ! 面倒くさい飛び道具はこれで少しの間、封じられるはず!
すかさず土壁の上を跳び越し鈴鹿御前に空中から奇襲を掛ける。
上から一望すると私が付けた傷はすでに回復の兆しを見せていた。
それを見るとやはりいかに人間の形をしていたとしてもあれが異形のナニカであることが自覚させられる。
「やあああああああぁぁぁぁぁぁ!! ―【双刀術】川蝉落とし―」
『小娘が調子乗るなや! ―【刀術】兜割り―』
私は空から二刀を前に出し魚を狙う川蝉の足のごとく落下し、鈴鹿御前は大上段からそれを迎え撃とうとした。
どっちが勝つかは分からない。女の意地のぶつかり合いだ。
しかし衝突する寸前――私たちの間にさらに真上から衝撃波が飛んできた。
「ぶっ!?」
『くあぁぁ!』
さすがに全く警戒しておらず風圧に吹っ飛ばされ、無理やり体を捻って着地する。
ダメージは無い。けどかなりびっくらこいた。
鈴鹿御前はもうもうと吹き出す砂煙を刀で切り払うが多過ぎて大して意味がないようだ。
『誰や、邪魔しくさった阿保は!』
私たちの激突を邪魔したのは人だったらしい。
知らない人影が衝撃波の着弾地点の土煙に浮かんでゆっくりと立ち上がる。しかし鈴鹿御前の質問には答えようとしない。
そんな奔放な者に向かって彼女はピリつく怒気を向けた。
どうやら鈴鹿御前も下手人の正体は分からないらしい。
『馬鹿にすんな! 大通連、小通連そいつを退場させぇ!』
二振りの神刀が砂の中のシルエットに強襲する。
視界不良の中では私でもあれの対処は難しそうだ。
持ち主の勘気に応じてかさっきよりも速度が上がっているように見えるのは決して気のせいではないだろう。
が、砂煙の中に入った途端、光が煌めきあの厄介な二刀がいとも簡単に弾かれた。
クルクルと糸が切れたように吹き飛ぶそれらは辛うじて地面にぶつかる前に軌道を取り戻し鈴鹿御前の近くへと戻る。
「げ、まさかここで来るの!?」
その攻防のおかげで砂煙が薄くなり、私たちを邪魔した中にいたやつの顔が分かった。
――彼方さんだ。
「仲間を攻撃するなんて困りましたねぇ鈴鹿御前さん。あなたのその短気さどうにかならないのですか?」
癖なのだろうか、メガネをくいっと上げて愛刀の二メートル超えそうな物干し竿を握っていた。
面倒な鈴鹿御前のスキルを無傷で打ち返したのに涼しい顔をしている。
まずい。この状況で彼方さんが出てくるのか。私と美歌ちゃんだけでこの二人を抑え込まないといけない。せめてジロウさんがいればまだって思うけどブリッツで手一杯だろうし……。
『ぬ、ぬぬ。お前が悪いんやろ! いるならいるってさっさと返事せぇ!』
「着地から立ち上がるぐらいの間ぐらい待ってもらえませんかね?」
『や、やめぇ。刀をチラつかすな! わ、分かったから! わえが悪ぅございました!』
二人の関係は一見するだけで分かる。単純に彼方さんがその力で従えている構図だ。
そして彼らが茶番を演じている間にこの状況を打破させるため思考をフル回転させる。
美歌ちゃんに視線を移すとテンを大事そうに抱えて私の少し後ろにいた。けれどその意識はほどんどテンに向いていて全く集中できていない。
駄目だ、今の美歌ちゃんは戦力になりそうにないな。けど私一人ではさすがに……。
「あまりこちらの恥ずかしいところを見せるのもどうかと思うので鈴鹿御前さんは後でお話ということで。さて本題に入りますが今日は私たちはこれで引き上げます」
「は? え?」
こちらに向き直り彼方さんはそんな素っ頓狂なことを言い出した。
だってあっちからしたら絶好のチャンスだよ。ここで私たちを倒さない意味が分からない。いつでも倒せるとかそんなに舐められているのか?
「不服ですか? そちらにとってもかなりメリットがあると思いますが?」
「え、いや。そうしてくれるならありがたいけど本当にいいの?」
「もちろん。まぁ今日はレベルアップした私以外の戦力がどの程度そちらに通用するかどうかの実験みたいなものですし。それに借りがあるんですよ」
「借り?」
なんだっけ? そんなものあった?
「チャード家の方々の件、あれに使われた焙烙玉は私のなんですよ」
「は!? ちょっとなにしてくれてんの!?」
「大公であるパラミアさんに気に入られたので鉱山の削岩用としてプレゼントしたのですがまさか暗殺に使われてしまうとは。度し難いものです」
「人のせいにしたって原因はあなたでしょ!」
「焙烙玉が無ければ無いで他の物を用意しただけで結果は変わりませんでしたよ。ただまぁそれでも責任は感じているんです。だから今日は見逃します。嫌ですか? なら僕も加わりますし、あの操り人形たちも止まりませんよ」
言われて振り返ると引き離した意識の無い騎士たちはすでにこちらを捕捉していてやって来るまでそう時間が掛からなさそうだった。
つまり彼方さんと鈴鹿御前に加えさらに敵が増えるってことだ。そうなるとどれだけ奇跡が起きようとも抗うのは不可能だろう。
口惜しい。悔しいがここは意地を通す場面じゃないか。
「分かった。どっか行くならどうぞ。ただあれどうにか出来るんでしょうね?」
今もこちらに殺気を向けてくる騎士たちに顎を振った。
「当然です。そのために彼女を連れて来ました」
「彼女?」
バサバサっと大きな羽音がし、強烈な風巻が砂をまき散らし私の髪を掬う。
私たちの黒髪と同じ真っ黒な毛並みの大烏が空から降りてきたからだ。
そうか、彼方さんはまたお供の『絶影』に乗って上からやって来たのか。
そしてその背には見慣れない女性が跨っていた。
「セラ・ハートさんと言います。『女神の使徒リィムズアポストル・序列第五位『人を狂わせしモノ』。まぁ僕の同僚で、騎士たちに天恵で狂化を施した人です」
私が聞きたそうにしているのを見てか先んじて彼方さんが紹介をしてくれる。
その女性――セラという彼女はオリビアさんを彷彿とするような修道服を着ていて、着陸した絶影の背中から地面に降り立つ。
こいつらの仲間にしてはあまり戦闘をしそうな感じには見えない。
「ありがとう、絶影。私のために嫌いな地面に降りてくれて。速いし乗り心地は悪くはないですがいつまで経っても空の上というのは慣れないものですね」
少々顔色が悪いセラさんは気分を落ち着かせながら絶影の横腹を撫でる。
「さっそくですが、あれ、なんとかしてもらって構いませんか? どうやら制御用のベルが壊れているようです」
「そのようですね。分かりました」
彼方さんに促されセラさんは私が壊したベルと似たようなものを取り出し鳴らす。
チリーンと空気を震わし、その小さな音はなぜか辺り一帯に響き渡りすぐに効果を表した。
手が曲がった怪我ですら止まらず意識無き傀儡の騎士たちがピタっとその場で固まったのだ。
「さすが。いつ見てもぎょっとしちゃいますね」
「まだ正気には戻していません。戻すと大変なことになりそうですから。……怪我の手当てをしてからですね」
言いながらセラさんは騎士たちにひどい傷を付けた私を睨んで来る。
「何よ?」
こっちだってやらなきゃやられていた。怯むことはなく睨み返す。
「まぁまぁせっかく今回は休戦ってことにしたんですから蒸し返さないで下さい。もししたいならきっとすぐにその機会は訪れますよ」
仲裁しようとする彼方さんだが「そもそもそっちから襲い掛かってきたんでしょーが!」って言いたくなる気持ちをぐっと抑える。
ここでまた変に口げんかになっても話が進まないし。
「もういいの? おじさん久々に本気になって暴れ足りないぐらいなんだけど」
「ええ、構いません」
いつの間にかガルトとかいう大男が傍にいた。
全くの無傷ってわけじゃないけどピンピンしている。
遠くに目を向けるとアレンとツォンが仰向けになって地面に倒れていた。
「アレン!?」
「あぁ大丈夫だよ、死んじゃあいない。いやぁ若いっていいねぇ。情熱に当てられちゃったよ。おかげで立ち上がれなくなるまでやるしかなかった」
アレンもあれでけっこうこの世界では強い方なはずだ。
土蜘蛛姫戦でレベルアップし、霙大夫戦でも兵士たちを守るために雑魚敵を倒したようでそこでも軽めにレベルアップの恩恵を受け、さらに最近は吹っ切れて天恵を使った剣技も冴えてきている。
ツォンだって私が本気になれば敵じゃなかったけどあれは普通の人間が敵う強さではなかった。
その二人を一人であしらったっていうのか。
「よっと。こっちも切り上げてきたぜ」
続いてブリッツも現れた。その後ろには離れてジロウさんもこちらに歩いてきている。
二人とも服装はだいぶ荒れていて激闘の後が窺えた。
「ふん、次は引き分けじゃなく儂が勝つ!」
「それはこっちの台詞だぜ爺さん」
途中で中断したのが気に入らないのか腕を組んでジロウさんが私の傍に来た。
見た目的には子供が強がっているようにしか見えないけど本気でそう言っていて意気は全く衰えていない。
『こんな中途半端でええんかいなぁ? まぁ好きにしたらいいわ。わえはお前らの都合なんてどうでもええし。それよりお嬢ちゃんお人形さん抱いて随分可愛らしくなったやんか』
「……絶対許さない」
『はぁ? 声が小さくて全然聞こえん。もう一回言ってみ?』
「テンにこんなことして絶対許さないって言ってるんや!」
鈴鹿御前がずっと自分に恨みがましい視線を送る美歌ちゃんに煽るみたいに声を掛け、彼女の怒りが爆発した。
美歌ちゃんが怒っているところを見るのは珍しい。でもその気持ちは十分に分かる。私だって豆太郎に同じことされたら頭が沸騰して復讐しか考えられなくなるだろうし。
『い、痛い痛い! もう治ってるから! 美歌ちゃんの愛は嬉しいけど今だけはちょっとだけ痛い』
当のテンは締め付けられる腕の中で嬉しそうな痛そうな複雑な顔をして暴れている。
まぁさっきのは危なかったけど結果的には美歌ちゃんを守れたからグッジョブではあるし今は放っておこう。
「もう言わなくても分かっていると思いますが、これ以上進むというのならこのメンバーでお相手します。同じ日本人、大和伝メンバーとしてこれが最後通牒です。それでも来るというのなら痛いだけで済まなくなることを覚悟して下さい」
彼方さんの通告。
その横にはガルト、鈴鹿御前、、ブリッツ、セラさん、そして大勢の騎士たちが集っていた。
強大な敵たちだ。八大災厄に匹敵するほどと言ってもいいだろう。決して自分一人では勝てないし打破する方法も今は思いつかない。
細かく震える腕を抑え胸に手を置くと熱く鼓動していた。
でもこれは決して怯えじゃない。
横に顔を振ると美歌ちゃんもジロウさんもいる。ここにはいないけど景保さんもステファニーさんもいる。頼もしい仲間が背中を支えてくれていると信じている。
それに倒れてるけどアレンとツォンだってきっと起き上がってくるはずだ。
だから あっちに負けずに堂々と宣言してやる!
「覚悟するのはそっちの方よ。その余裕面をぶん殴ってこっちが勝ってやるから!」