8 お仕置きは顔面キックで
「―【薙刀術】斬り斬り舞い―」
美歌が薙刀の剣舞を披露し、そこから二メートルほどの小さな竜巻が発生する。
これは薙刀専用のその中に入った者に四方八方から斬撃属性の連続斬りがお見舞いされる可愛い語感に反してなかなかにエグい技だ。
食らえばタダでは済まないこの攻撃に対して鈴鹿御前は、
『大通連、小通連! そんなヤワなもん蹴散らしたり!』
腰の二刀を無造作に空中に放り投げた。
物理法則など無視しして急にピタっと空で止まるとその刀たちは切っ先を向けて竜巻に突撃を掛ける。
簡単に言えばそれはアレンの飛剣に似ていた。ただしアレンと違うのはあっちは自分で動かす手動操作型で、こちらは半自動操縦型という点だろうか。
ある程度持ち主の意を汲み取り、さらに勝手に判断して攻撃や防御を展開する。
アレンの方は細かいタイミングなどを決められるが何気に操作が難しく気が散りやすい。しかしこっちはある程度任せておけるので残った一本の刀での白兵戦に十全の意識が割けた。
二本の刀は自身たちもグルグルと回転して竜巻に衝突し一瞬で美歌のスキルは霧散する。
「それやったら! ―【降神術】天手力男神 豪力の加護―からの―【弓術】光陰の矢―」
美歌の召喚に応じマッチョな神様が出て来て攻撃アップのバフを掛けた。
ぐっと力が湧くのを感じながら美歌は武器を弓に切り替え最速の矢を放つ。
まさに光が駆け抜けるがごとく閃光の速度。それが尾を引き鈴鹿御前に襲い掛かる。
が、彼女はやすやすとそれを横に移動して躱し、光の矢は地平線に消えて見えなくなった。
結果は鈴鹿御前の白いスカートを軽く揺らしただけ。まるで来る射線が分かっていたかのような動きだ。
『カッカッカ、顕明連は三千世界を見通す先読みの刀や。わえにそんなもん効かへんわ!』
「そういや射撃耐性あるんやっけ。霙大夫に続いて弓が役立たずなやつ多過ぎちゃう!」
鈴鹿御前に嘲笑され美歌が文句を吐き捨てる。
それは単に攻撃手段の一つを失うばかりではなく、どちらかというと彼女が苦手な近距離戦を強いられることに関係していたからだ。
白刃を煌めかせる戦闘への恐怖感は思ったより無いがそれでも苦手意識は少しあった。
奥歯を噛みながら美歌は髪を無造作に掻き上げメニューを手早く操作して弓から薙刀に武器を持ち換えた。
手にしたのは『巴形薙刀』と呼ばれる刀身の反りが大きく幅広なもので、かの巴御前が使用していたことから命名された武器である。
効果は防御や速度アップ、SPが徐々に回復などやや防御寄りの一級品だ。
ちなみに鈴鹿御前は確かに射撃耐性持ちである。
ただ霙大夫と特性は違い、霙大夫の氷盾は耐久力が設定されているので実は時間が掛かるが遠距離攻撃一辺倒で一時的に不使用にさせて押し切ることも可能だった。それと比べ鈴鹿御前の場合は単純に回避率が高い。同じ射撃耐性持ちでも意味合いは少し差異がある。
八大災厄だけでなくこのぐらいの高レベル帯になってくるとたいていそういう何かしらの縛りがあるのは普通だった。
『どうしたん? もう終わりか? 呆気ないなぁ』
「まだまだぁ!」
スカートから伸びる白い足に力を込め美歌が薙刀を構え突撃する。
間合いに入り真上から斬り下げ、それを鈴鹿御前は刀でいなす。
しかしそれだけで終わりではない。美歌は手首を捻って小さく輪を描くように今度は足元を突くように刃を襲わせた。
薙刀というのは刀や他の武器のような腕を大きく振りかぶって攻撃するものでははなく、リーチの差を活かし体の前で腕の振りと手で持ち替え切っ先をしならせ戦う武器である。
射程と重さを活かし、八方の斬撃と真っすぐな突き、さらに石突きによる打撃を変幻自在に操るのがその長所だ。
そして戦いというのは基本的にリーチが長い方が有利に働く……のだが、鈴鹿御前は膝を曲げ重心を下げてその襲撃に対応した。
普通、剣や刀同士では下からの斬りかかりはあっても足元を突くというものを経験するのは少ない。故に薙刀との対戦経験が浅いのであれば勝手が違う今の攻撃に四苦八苦し追い詰められていくものだ。
けれど鈴鹿御前は腰を提げ、刀の可動域を自分の足先にまで広げて捌くように防御する。そのせいで薙刀の刃先が地面にめり込み両者の距離が近付いた。
『甘い甘いなぁ。京の都から大勢の手練れがわえを討伐しにやって来た。その中に槍や薙刀使いだってぎょーさんおったわ。今更小娘のお遊戯にやられるかい』
こうなるとせっかくリーチの差があった美歌の方が一転ピンチとなる。
『子供やからって容赦せぇへんで!』
「うっ!」
鈴鹿御前の黒タイツの美脚とも言える左足が伸びて美歌の横腹に刺さりくの字に曲がる。さらに頭を垂れるかのように差し出される美歌の側頭部に刀の柄頭が殴打された。
ゴっと頭蓋が割れるかのようなひどい鈍痛を受けて美歌は地面を転がる。その傷の箇所には皮膚が割けて血が滲んでいた。
『あかんなぁ。よくそんなんで彼方の阿呆をどうにかするって言えたな? 期待外れもいいとこやわ。さしずめあんたは大うつけやな』
「うっさい! まだや!」
痛みを押し退け美歌はすぐに立ち上がると中段の構えをから鈴鹿御前の脛を狙って薙いだ。
力の限りというより速度を重視した攻めだ。鈴鹿御前は片足を上げて避け刀で外側に払う。
態勢を崩しそうになった美歌は二ステップ下がり、タイミングを探しつつ睨み合う。
三秒、長いような短いような停滞した時間が続き、再び美歌が前に出て今度は鈴鹿御前の握る刀に打ち合った。
目的は崩し。剣や刀というのは構えているのは防御のためでもある。それを弾いて隙を作るのだ。
『若いなぁ。やりたいことが見え見えや!』
「あっ!」
だが鈴鹿御前はその攻撃を読んでいたかのように薙刀の切っ先を巻き上げた。
攻守交替。崩されたのは美歌の方だった。
『大人しくなってもらおうか!』
「はやっ!?」
鈴鹿御前はすり足で素早く一歩前に出て刀を振り下ろす。
自然で美しい剣筋は瞬きしている間にもう美歌の手の届く距離に迫っていた。
美歌は無理やり持ち手の石突き部分を盾にする。
『小癪やな。でもそれで安心してもらったら困るわ!』
かち合ったのは一合のみ。
鍔ぜりにはならずに鈴鹿御前が手首を捻った。
刃が無駄のない小さな輪を作り美歌の胸前に軌跡を描く……が、なんとかそれは紙一重で過ぎていった。
ギリギリで避けたのではなくて、ギリギリ避けられたというのが正しいだろう。
美歌はすぐさま後退した。
「せやったらこれはどうや! ―【降神術】伊斯許理度売命 日像鏡・日矛鏡―」
美歌の背にカッシーラのゴーレム戦で破壊の限りを尽くした凶悪なレーザーを反射した鏡の女神が現れる。
彼女はその時とはまた違った意匠の鏡を手に持ち空に掲げた。
途端に光が溢れる。まるでその鏡が境界線で中から別世界のエネルギーが大量に漏れ出してきているかのようだった。そしてその溺れるほどの真っ白な光は鈴鹿御前の切れ長の目を灼く。
『くっ! なんも見えん!』
「今や! もらった!!!」」
それは鏡の女神が太陽の光を吸収し増幅して『暗闇』の状態異常にさせる術である。
ボスには数秒ぐらいしか効き目がないが、美歌にとってはその数秒で十分だった。
薙刀を構えて直進する。狙うは鈴鹿御前。
推奨レベルに達しているものの一対一があまり得意でない美歌はパターンではない攻撃をしてくる鈴鹿御前と短い切り結びの結果、正面衝突で勝つのが難しいことは分かっていた。
だからこの隙は彼女にとって千載一遇のチャンスであり、手加減など全く頭に入らず本気の猛襲を決行した。
『大通連、小通連! 仕事や! きばって働きや!』
乾坤一擲、ただ鈴鹿御前だけを見ていた美歌。
それを嘲るかのように目を瞑って前が見えない鈴鹿御前が空に向かって吠える。
そしてその意を汲み取り左右から二本の神刀が美歌を奇襲した。
「きゃあああぁぁぁ!!」
直撃ではない。
しかし美歌の左腕と背中を横一文字に赤い血筋が走る。
痛みの衝撃に美歌の足元がふらつきグラっと力を失くして片膝を突いてしまった。
それは大きな隙だ。せっかく与えた状態異常もその間に回復してしまう。
『ようやっと見えるようになった。気合だけは買ったる……けどなぁやっぱり足りんなぁ。子供を苛めるのはあんま好きやないけど、でもまぁけじめってやつや。堪忍してや』
美歌に向かって鈴鹿御前は距離を詰め、刀を突き付けた後にすっと引き、反動を付けて真っすぐに胸を狙って突く。
仮に美歌が逃げようとしたところで彼女の剣才であればこの間合いとタイミングは外しようがない。
美歌は自分がまな板の鯉状態なのを理解し身動きが取れずに胸部に吸い込まれるそれを眺めることしかできなかった。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そして青空の下に大量の鮮血が咲き、美歌の悲鳴が轟いた。
□ ■ □
「ブリッツ、確認するが操られてるということはないんだな?」
葵やアレンたちからかなり離れた場所で弓を手にしてジロウが尋ねる。
その表情は苦々しく険しい。
彼としては自分が一度ブリッツたちを裏切りとまでは言わないまでも、仲間になっておきながら二心を抱き葵たちと両天秤に掛けたという負い目があったし、それに未だにブリッツが教会にスパイのようなことをしているんじゃないかという気持ちもやはりどこかにあった。
心情としてはかなり複雑で、これだけ他のメンバーたちと距離が開けば本心を吐露してくれるんじゃないかと期待したのも無理からぬことだろう。
「無ぇよ。これは俺の意思だ。と言ってもお前らが何もしなければこっちから手出しはしない。真っすぐに街に帰るかここらで二、三日キャンプするだけなら何もしないぜ」
やはり返ってきたのは望まぬ答え。
ジロウは胸の奥がぎゅっと締め付けられるような気持ちになった。
「完全に予想外だ。こんなことならあの時、お前を彼方とかいう小僧と一緒に行かせるんじゃなかった。悲しいなまったく」
「悲しい? 爺さんがか?」
「いやそんなお前を見て暗い顔をする嬢ちゃんたちを見るのが悲しいんだ」
それを聞いてブリッツが鼻を鳴らす。
「子供には甘そうだもんな」
「まぁな。お前も孫ができたら分かる。子供を育てる責任とか教育とかそういうしがらみから解放されてただただ可愛がってやれるだけの存在だ」
「孫とか子供どころか結婚だってまだなのに無茶言いやがるぜ」
「ふん、だがな……お前だって儂からしたら子供みたいなもんなんだぞ?」
それは不意打ちのようなものだった。
裏切ったはずなのに「お前はまだ仲間なんだぞ」という意味が込められているようで僅かにブリッツの目が丸くなる。
何とも言えない気持ちになって額に手を当てた。
「よせよ、爺さん。、戦い辛くなっちまう。それともそういう手口か?」
「ふはは、バレたか。ま、こんなもんでお前の気が削がれるなら安いもんだろ」
笑って誤魔化すジロウだが、冗談とも言えない雰囲気はあった。
真意は彼のみぞ知る。
「まったく……そっちの中で一番戦いやすいと思ってたのにやり辛ぇったらありゃしないぜ」
「お前の倍は生きてるからな。多少、判断の物差しはマシだろう。だからお前の選択を責めはしない。ただし立場として抵抗はさせてもらう」
「そりゃ構わないさ。おっとそういえば話は変わるが爺さん鍵って持ってるか?」
「鍵?」
「そう、前の王様のお妃様が持ってるはずなんだがたぶん今はお前らが持ってるはずだよな?」
それはミュリカから託された鍵のことだ。
抜き身で持つというのは危ないため葵が魔法の収納空間があると説明し、彼女のメニューボックスの中に入れてあった。
「さぁ? 知らんな」
と、咄嗟にジロウがとぼけてみるもその存在をブリッツが把握していることに驚き少しだけ目が泳いでしまう。
それをブリッツは見逃さない。
「ふぅん、そうかい。大方、プレイヤーの誰かがメニューに放り込んでるんだろうとは思ってたが爺さんではなさそうだな。だがそうなると厄介だ」
「だろうな。力ずくでどうこうなるものではない」
メニューにあるということは物理的に奪うことは不可能ということを意味する。
どうにかして脅すか交渉によって出させるか、付け加えるなら殺してしまっては永久に無くなってしまうことすら予想された。何にせよ正攻法ではかなり難しい。しかも葵と美歌とジロウの誰が持っているのかも定かではないのだ。
「ま、そこんとこは彼方が考えるだろうさ。俺は知ったこっちゃねぇ。俺がやれるのは愚直に前に出ることだけだ」
「お前のそういうとこ嫌いではなかったんだがな。悪いことをしたら尻叩き……いや顔面キックで目を覚まさせてやろうか」
「それもうただの暴力だっての! まぁいいさ、思いっきり来い!」
それが戦いのゴングとなった。
「さっそくいかせてもらおうか。―【猟術】虎挟み―」
ジロウが狩猟術を使用する。
その効果は罠を設置した場所に敵が足を踏み入れると透明な虎挟みが足に食い込みダメージと運動阻害をもたらすという罠だ。
任意で視界の内のどこかに瞬間的に使用でき、敵からは見えない。ただしこれを使っている間は他の猟術を使えないというデメリットもある。
「また面倒くせぇのを使いやがる」
「そう思ってくれるのなら嬉しい限りだ」
ブリッツが不満げに小さく息を漏らし片目が細くなった。
単なるダメージだけでなく、狩猟術は心理的に追い詰められるメリットもあり、近接戦闘向きの彼からすると動きを制限させられる要素になるからだ。
これの対処法は大まかに二通り、一つは遠距離の武器や術でありそうな地点を攻撃すること。耐久力は低いのですぐに壊せる。
ブリッツで言えば仏気術を使うか槍で地面を叩いて回るかだ。
もう一つは、
「しゃらくせぇ!」
ブリッツは間髪入れずに真っすぐに突っ込むことを決めた。
罠などあろうが無かろうが関係ないと言わんばかりの猛撃だ。
これが破り方の一つである。下手に縮こまって動きを制限され一方的に矢を食らうよりは当たることを前提に遮二無二前へ出て相手の目論見を潰す。
やや脳筋的な考えだが利には適っている。
どっどっど、と足音を鳴らし一メートル八十近いブリッツが小学生と変わらない見た目のジロウに攻め寄せた。
さながら猛獣が哀れな獲物に食らいつこうとしているようだろうか。
「まぁお前ならそうくると思ってたよ!」
ある程度は予想済みだったらしいジロウは慌てることなく弓を引く。
速射の三連射。速度は弾丸、威力は砲弾だ。
とてもじゃないが距離を詰めようとしているブリッツが回避できるものではない。
「当たってやるかよ! ―【仏気術】地天の堅牢地盾―」
だからブリッツは術を使う。
見る間に彼の目の前にバックラーほどの大きさの岩で形成された歪な盾が出来上がる。
それは彼を守る盾だった。現れたと同時に飛ばされた矢が届き、見事に弾き逸らした。
ブリッツに当たらず後方の地面に着弾した矢はどんっどんっどんっと音を立てて小さく三連爆発する。
代わりにブリッツの出した盾も粉々に崩れさった。
「ならば距離を取らせてもらう! ―【猟術】―空中闊歩」
ジロウが後方の空中に透明の足場を出して後ろに大きくジャンプした。
「近付かれたら空に逃げる、ってのは猟師連中のお決まりだよな! ―【仏気術】風天の風玉―」
遠距離型の【猟師】という職業のジロウからすると相手の攻撃が届かない間合いというのが得意距離となり、離れるのはごく自然な行為だ。間違っているものではないだろう。
ただし対モンスター戦において鉄板のセオリーであってもPvPでも安牌かと言われればそうではない。読まれやすいことも加味しなければならない。
対戦経験豊富な猟師であれば他の選択肢か、逃げる前にワンクッション置くなど用意しているものだ。いかんせんジロウはソロ優先でその経験が浅かった。ゆえに初心者がやりがちなミスをしてしまう。いや、ギルドリーダーとしてそれなりにPvPをやり込んでいるブリッツに誘導されたと言ってもいいかもしれない。メンバーの中でブリッツと同じ程度対人戦をしているのは葵ぐらいなものだった。
「くっ! こいつ!」
ジロウが空にある床に着地したと同時に風の玉が飛来する。
次の場所へ移動する時間など完全に無かった。
辛うじて弓を盾にするがそれでも多少の勢いを殺す程度にしかならない。
風玉は弓の弦に多少勢いが削がれながらもすり抜けジロウの顎にもろにヒットした。
投石が命中し一瞬意識が飛ぶかのような痛みを感じジロウが頭から空に投げ出される。
もちろん常人とは一線を画すプレイヤーであるジロウだからそれぐらいで済んでいるだけで、もし普通の人間が食らったならば確実に即死する破壊力があった。
そしてすでにブリッツは追撃を掛けていた。
「人生経験は負けるがこっちの経験は俺に分があるようだな!」
手甲を装備した本気のブリッツの威力は一発で車ぐらい楽に大破させる。
強く地面を踏みしめその凶悪なまでの右腕を振り上げて落ちて来るジロウを迎え撃った。
「――っつ! 朱雀といいお前といい、儂の行動が甘いのは分かった。相手の裏をかかないといけないんだな。だったらこいつはどうだ! ―【猟術】天狗の隠れ蓑―」
空中で透明の衣を纏いジロウの姿がかき消える。
霙大夫戦でも見せた透明になる術だ。少しの間、誰の目にも映らなくなるが攻撃をしようとすると強制的に透明状態がキャンセルされる。
「なに!? だが、空中で使っても意味が無いだろ!」
予定外の行動にブリッツが驚いて一拍動きが止まるが再び動き出した。
彼の言う通り、落ちている状態で使っても軌道がバレているし何となくのタイミングも分かる。なんだったら着地した瞬間の音を頼りにしてもいい。
もし闇雲に攻撃をしてくるのであれば姿が見えるようになるし、ジロウ側は踏み込む地面が無い空中なので特に怖くもなくそれでも構わない。
ブリッツは有利に戦いが運んでいることに口の端を上げる。
数舜の後、目論見通りジロウの着地予想地点から音が聞こえた。
「うらぁ!!」
渾身の正拳突き。岩を砕き鉄をも貫く一撃だ。
もちろん彼は空手家ではないのでかなり前屈みになっており綺麗なスタイルではないが腰を回しその威力を十二分に伝搬した。
ボっとそれだけで空気が穿たれる音がして衝撃波すら生まれる。ただの拳でソニックブームが起こったのだ。
固く握り締められた拳の基節骨にインパクトの衝撃が伝わってくる。
何かを殴ってそれが盛大に吹き飛ぶのがブリッツは感覚で分かった。
が、
「は!?」
――しかし感触がおかしかった。
もしジロウの身体を殴ったのであればそれなりの肉と骨の手触りがする。だというのに何か固い棒でも殴ったかのような手応えしかない。
「こっちだよ!」
その声はジロウのだ。
ただし聞こえた場所はブリッツの真後ろだった。
まるでホラー映画の登場人物になったかのごとく彼は後ろを振り向く。
そこにはすでにジャンプして片足を振り上げているジロウがいて目を丸くする。
ジロウが気付かれずに位置を入れ替えた仕組みを種明かしをすると簡単だ。
姿を消した状態でメニューから槍を出し、穂先が地面に刺さるとその石突部分に足を乗せ同時に曲芸じみた動きでブリッツの頭の上を跳んで後ろに回っただけ。攻撃ではないので透明状態は解かれなかった。
つまりブリッツが聞いた音は槍が地面に突き刺さった音で、吹き飛ばしたのはその槍である。
「ばっ!? があっ!」
もはや避けることはできない。
宣言通り、回転の力を得たジロウの子供のような小さな足が斜め上からブリッツに迫り無防備な頬に突き刺さった。




