7 天の魔焔
「ちょっと待って! 嘘でしょ! 八大災厄以外のボスもいるの!? っていうか、ボスが仲間なの!? 反則じゃん!」
鈴鹿御前――近江の山で旅人を襲う盗賊としての姿を持ち、はたまた見目麗しい神秘的な天女、さらには仏道修行僧の天敵である第六天魔王の娘とも言われる謎多き女性だ。
これだけ聞くと悪者のイメージしかないのだが、彼女はある男性と出会い恋に落ちてから一変する。
それは小学校の歴史の教科書にも載っている語呂が良くてとっても記憶に残りやすい『坂上田村麻呂』さんだ。
京の都を荒らし回った鈴鹿御前の討伐を依頼された田村さんと戦いになり、その途中で彼女の方が惚れて婚姻を申し込み夫婦となるという逸話。
その邂逅を機会に彼女はむしろ盗賊や災難から旅人を守る神として祀られることになる。
つまり大和伝の敵役として出て来る彼女は田村さんと出会う前の悪性の鈴鹿御前ということだ。
そしてプレイヤーや大和の民を苦しめる悪鬼の持ち物として特徴的なのが『三刀の神剣』。
『大通連』、『小通連』、『顕明連』と呼ばれる三つの太刀だ。
大通連と小通連はアレンの飛剣と同じように空を舞い自動で攻撃と防御を担当し遠距離もこなす厄介な彼女の第三、第四の腕のようなもの。
顕明連は三千世界全てを見通すとされ、こちらのハイド系のスキルを無効化する。例えば私のヘイトを下げるパッシブスキルや猟師であるジロウさんの『天狗の隠れ蓑』などが意味を為さなくなるだけでなく、ヘイトを上げるスキルすらも無効化し盾役を無視するので後列も油断はできない。
『まったく、こんなところに駆り出されてたのにしょうもなさそうな男ばっかりでガッカリしとった上に子供の相手とか冗談にもならんわ。どっか凛々しくてわえより強くて出世しそうなええ男おらんの?』
「お、男?」
『カッカッカ、そうや。わえは絶賛婚活中や』
対峙する美歌ちゃんの大きく開いた口が塞がらない。
鈴鹿御前の印象がだいぶゲームとは違うせいだ。というか私の美人のクール系っていうイメージも壊れた。
返して私の綺麗な鈴鹿御前!
「す、鈴鹿御前って確か近江の山にいたやつやんな? なんでここにおるん?」
『子供のくせによう知っとんな。さぁ? 気付いたらここらにおったから分からん。やることないからとりあえず旅人から身ぐるみ剥いでたら彼方の阿呆が来よって無理やり従わされてるんや。まぁあっちでなかなかええ男おらんかったからこっちで探すのもええかなと思ってるから今は黙って従ってやってるけどな』
私たちが知らないところで彼方さんが色々動いてたみたいだ。てかこっちでも盗賊まがいのことしてたのか。やってること変わらなさ過ぎて引くわ。
たぶん戦って仲間に引き入れたんだろうか。八大災厄は交渉の余地などなかったけれど鈴鹿御前はそれが可能だった? マジでずるいって。
「あれ? 確か鈴鹿御前って最初から鬼と結婚してへんかった? 攻略サイトにそういううんちく書かれてた気がするけど」
美歌ちゃんの言う通り、鈴鹿御前は酒呑童子や九尾の狐と比べると知名度がやや劣るものの強さはそれクラスと言われている『大嶽丸』という鬼と結婚していた。
その後、田村さんに惚れて一緒に大嶽丸を倒すというのが物語として残っている。
『やめやめ、あんな不細工の話なんてなんも面白くない。わえは元々違う国から来たからな、力が定着するのにその国の男と籍を入れるのが手っ取り早かったからそうしただけや。そうやなかったら誰があんなやつと夫婦になんてなるかいな』
言い分が色々ひどい。だって大嶽丸からしたら仲間で妻だと思ってた女から裏切られるわけだもの。
「それやったらうちらと戦う必要はないやん。結婚相手を探したいなら街に行ったらいいだけやろ?」
『それは彼方に言って欲しいわ。命まで奪ってへんかったけど追剥ぎの罪を償うためや言うて無理やり顎で使われとる。逃げたらどこまでも追ってくるって脅されてな。あいつ鬼やで』
鬼に鬼って言われる彼方さんって一体……。
でも今のは良い情報だった。つまりこの鈴鹿御前は最低でも彼方さん一人で御せるぐらいの力しかないってことだ。
元々彼女の討伐推奨レベルは百。何度も倒した経験がある私であれば油断しなければ問題なく倒せる。
ただし気になったのは決闘級ボスはソロでの討伐が可能だけどチームで挑むとその分強くなる仕様なこと。ゲームでは敵が強化されるよりもこちらの人数が増える方が有利なのでそこまで厄介になるわけじゃなかったが、仮にもし八大災厄みたいに私たちの経験したことのない隠し玉があるのであれば前提条件が覆る可能性もあった。
でも今のを聞くとおそらく最低でも私と美歌ちゃんの二人がいれば何とかなりそうな感じだし、八大災厄と比べて会話がきちんと成立している。
「それが悩みなんやったらうちらがいる! うちらの仲間になるんやったら彼方さんも手出せないんちゃうかな?」
『うーん……』
「悪させずに婚活するだけなんやったらうちも応援するで!」
美歌ちゃんの提案に鈴鹿御前は少し考え込む。
良い交渉だと思う。もし彼女がこちらに来るなら戦況は大きく一変するはずだ。
鈴鹿御前は短い思考をやめて傾げた首を真正面に直し、そしておもむろに腰の刀を抜く。
『せやったらまずは力を見せてもらおうか。あの阿呆も力だけはある。それを寄せ付けないって言葉じゃなく力で証明してもらわんとな』
結局そうなるか。交渉は決裂だ。いやまだ望みは繋いでいるのか?
とりあえず私もすぐにここを片付けて加勢しなければいけなさそうだ。
不意に殺気を感じた。
咄嗟に屈むと私の頭の上を凶刃が通過していく。
「うざったい!」
会話している間に背後にまで接近していた騎士に肘を突き入れぶっ飛ばした。
これ以上、向こうの話を盗み聞きするのも許してくれないらしい。
「やはりこのままでは届かないか」
「お生憎様、あんたたちじゃ百人集まっても負ける気がしないわ」
「ならば――」
気落ちするグレーは懐から何かを取り出す。
それはベルだった。特に何の変哲もないし、大和伝のアイテムというわけでもない。
彼はそれを一振りチリンと鳴らす。
「「「あ、があああああぁぁぁぁぁぁ!!」」」
反応は劇的だった。
その音が響いた直後、私を取り囲む騎士たちの全員が苦しそうに呻き悶える。
兜のせいで表情まで窺い知ることは難しいが何かしらのダメージを受けているのは分かった。
でもなんで? 今のベルで味方を攻撃した? 訳が分かんない!
「ちょっと!? あんた何やってんのよ!」
「あれから我らも鍛えたのだ。あそこの女の使役する小鬼共と来る日来る日も命懸けで戦ってな。しかしそれでもやはり届かなかった」
「鈴鹿御前の……?」
そういえば鈴鹿御前は邪鬼という小さな鬼とかを召喚していた。
そうか、えらく強いと思ったらアレンのように大和伝産のモンスターを倒してレベルアップしていたんだ!
引っかかっていた疑問が胸にすとんと落ちる。
「そしてここからは女神の使徒・序列第五位『人を狂わせしモノ』セラ様のお力を借りてさらに力を上乗せする。彼の方の操る力は『狂化』。全ての教会騎士に洗礼されており、御身がこの場におられなくてもこの鈴の音一つで死をも恐れぬ聖騎士へとなるのだ」
「はぁ!?」
しゃべっている間に騎士たちの苦悶はすでに終わっていた。
やや猫背に前傾姿勢で肩で息をしているが、これが闘気や殺気というやつだろうか、無言の圧力がさっきまでとは比べ物にならない。
瞬きをした瞬間に一人が私に向かって突っ走ってきた。
げっ、速い!
鎧も着てそこそこ距離もあるというのに一足飛びでやってきたそいつの剣を忍刀で受け止める。
「ちょ、力強っ!」
止めた瞬間に蹴りを放とうと思ってたのに予想外の膂力にワンテンポ遅れてしまった。
ジリジリと切り結ぶ剣はそのまま私をかち割ろうと力を一切緩まらない。もちろん本気の力比べで負けるほどではないが油断していると危ないレベル。
「だからって! あ、しまったやり過ぎた!」
片足を上げて前蹴りを力強めにお腹に決めるとそいつは数メートルを後頭部から後ろ回りして転がっていく。
誤算の連続にあまり手加減ができなかった。その証拠に鉄の鎧が私の足の形にへっこむほどで下手をすると骨か臓器に傷が付いていてもおかしくない。
「嘘!? 今ので立てるの?」
だというのにまるで幽鬼のようにその騎士は立ち上がった。
相変わらず背を曲げしゃきっとはしていないが、今の攻撃によるダメージが全く入っていないように見える。
「一度狂化状態になればそこに個人の意思なぞ介在しない。いるのは敵を倒すまで痛みも感じず止まらない完全な騎士のみだ! さぁ、教会騎士の本気を見せてやろう異世界人!」
グレーの言葉通り、能力で強化された数十人の狂える騎士たちが私の前に立ちふさがった。
□ ■ □
「さぁてここら辺でいいかな。おじさんもう歳だからあんまり歩きたくないんだよね」
「そんなクソでかいガタイしてくせにとぼけやがって。おいタイマンでやらせろよ」
葵たちと離れたガルトはしばらく歩いた後に黙って付いてきたツォンとアレンに振り返った。
ガルトは二メートルほどの大男でまだ三十代にしか見えない。
数百メートル歩いた程度で疲れたなど冗談か舐められているかのどちらかでしかなくツォンは唾をぺっと地面に吐き捨てた。
「油断するなよ。どう見たってあれはやるぞ? それにこれは遊びじゃない。さっさと倒して加勢に行かないと」
「んなの知ったことかよ。強いやつと戦わないとわざわざお前らに付いてきた意味がねぇんだよ。俺がクソ爺ぃを超えるためにはな」
ツォンは葵との手合わせの時にアレンの手の内は見ていたので知っている。
やり合えば負けるとは思ってないがかなり歯応えがある相手で、だというのにそんな彼と二対一というのがいまいち気が乗っていなかった。
ツォンの目的はあくまで武者修行で自分が強くなることが本位でしかなく、性格的にも協調性はない。
「おじさんとしては誘った手前、どっちでもいいよ。まぁ本音を言えば一人ずつがいいねぇ。若者の相手は骨が折れそうだ」
「ほら向こうもそう言ってんじゃねぇか」
「だからって従う必要はないだろ。他がどうなってんのか分からないんだから早く駆け付けんぞ」
意外と生真面目なアレンはあまりツォンと気が合っていない。
というか彼と相性が良い人間など数少ないだろうが、アレンとしても実力は認めているところだった。
「あのクソ女たちがやられるとは思わねぇけどな。はぁ……まぁしゃーねぇか」
深くため息を吐くツォン。
カッシーラでも模擬戦でも葵にけっこうボコボコにやられている彼は強さだけは身に染みていて、彼女がやられるところは想像が付かなかった。
どうしてもやる気が起きていないそんなツォンにアレンは乗せるための言い方を思い付く。
「あっちのジロウとどっか行ったブリッツってやつもアオイと同じぐらい強いんだよ!」
「マジか! そりゃこっちのおっさんよりもやりがいがあるな! だったらとっとと片付けるか」
「おーおー、おじさん舐められたもんだねぇ。こりゃあたまにはマジになってちゃんと働くかねぇ」
三人は各々の獲物を抜く。
アレンは長剣二本を取り出し一本は自分の周りに飛ばす。
他の二人は同じぐらいの大きさの大剣だ。ただガルドの方はまだ腰に短剣などが提げられている。
「行くぜ!」
火蓋を切ったのはツォン。
豪快に斜め下から大剣を振り上げる。
その勢いは苛烈で人間一人ぐらいそのまま一刀両断にしかねない威力を秘めていた。
が、やはりそれだけでは終わらない。
がちぃん、と鉄のかち合う快音が響きガルドは真っ向から打ち合いそれを止めた。
「なかなかやるねぇ」
「マジかよ! けっこう本気だぞ!?」
ガルトはかなり余裕そうですらあるのに対して、ツォンは驚きを隠せない。
無論、体格差ではこの結果は当たり前なのだが彼はただの人間ではなく、吸血鬼にも似た人間とは一線を画す『ペランカラン』という種族だった。
今でこそ血が薄くなって大半は他の人間とあまり変わらないもののツォンは先祖返りみたいなものでその本領を発揮でき、単純な身体能力と素質だけであればレベル五十のレベル制限をした葵を苦しめたバータルをも凌駕した。
地元であるカッシーラでは力自慢として幅を利かせていた彼の自信は揺らぐ。
そこに、
「どけぇ!」
アレンと飛剣が猛然と飛び込んでくる。
ガルトは咄嗟に巧妙な体重移動と体捌きで飛剣の弾道予測地点にツォンを置いて盾とした。
おかげで飛剣はツォンの顔スレスレを過ぎていき、アレンも足を止められる。
「ちっ、邪魔だよ!」
「あ、危ねぇ! ふざけんなよクソ冒険者!! お前から先に黙らせてやろうか!!」
二人の相性はやはり良くない。
出会って数日の我が強い者同士で合うはずもなく、連携などは期待するだけ無駄というものだろうか。
「ははっ、若いねぇ!」
「ぐおっ!」
その言い争いの隙をガルドが突いて押し返し、後ろに無理やり後退させられたたらを踏んだツォンのどてっ腹に蹴りをぶち込んだ。
おかげでツォンは無様に転がった。
「次は俺だよおっさん!」
交代とばかりにアレンが躍り掛かる。
さっきまでの二人のやり取りを見ていたのでアレンは力では敵わないのは悟っており動きと角度を付けて連撃を重視する戦法だ。
素早い銀閃が幾重にも走り攻勢に回る。
「やり辛さはこっちだけど軽いねぇ!」
「そうかよ!」
もちろんこれはガルドの意識を自分に向ける布石だ。
本命は彼の頭上にやって来た飛剣――それが意識の埒外から襲い掛かる!
一直線に空気を切り裂き迫る切っ先。
速度は矢の放たれるスピードだ。
そんなもの反応のしようがない。
「ふっ!」
「なっ!?」
しかしガルトは後ろにステップしてそれを完璧なタイミングで避けた。
代わりに誰もいない地点を飛剣が刺さり半ばまで埋まり、まさかの必殺の一撃を初見で躱されたことにアレンが動揺する。
「気付いてないだろうけど、意識がチラチラと上にいってるのをおじさんは見逃さないんだよねぇ!」
横薙ぎのガルトの反撃。
力いっぱいのそれをアレンは何とか剣でガードするが受けきれず地面を転がされた。
そこに追撃を入れようとガルトが迫る。
状況はかなり悪い。
倒れた人間が起き上がるためにはいくつか方法があるが、どれも手を突いて前屈みになる必要がある。時間にして一秒か二秒程度であってもそれは敵にとって明らかなチャンスだ。その間はどうやっても繰り出される攻撃を防ぐ手立てはない。
仮に助かる見込みがあるとすればツォンが介入してきて横やりを入れるぐらい。しかし彼はまだ剣が届く間合いには入っていなかった。
つまりは絶体絶命のピンチである。
ガルトは無防備に地面に背を当てるアレンに自分の大剣を突き立てた。
「っ! ガルトムント!!」
「!?」
ぐん、とアレンが地面の上で滑ってその刃を辛うじて避けることができた。
寸でのところで自分が握っている方の剣に天恵を発動し、無理やりスライドする形で躱したのだ。
ただそれ以外にも一瞬、ガルトの動きが止まったのが無傷で切り抜けられた要因であろうか。
「あっぶねぇ! ギリギリ助かったぜ!」
危機一髪を乗り越えたアレン。
反対になぜかガルトは首を捻っていた。
「ちょっと聞きたいんだが、その剣――いやその天恵の名前はなぜそんな名前なんだい?」
「あぁ、俺の好きな昔の英雄が持っていた剣の名前だよ」
「へぇ」
特にそれ以上は追及して来ず、今度はアレンが訝しげに眉をひそめることになる。
が、すぐに切り替え起き上がってきたツォンに話し掛けた。
「おいツォン、ここは協力しないと駄目そうだぞ」
「ちっ、面倒だがそのようだ。足を引っ張んなよクソ冒険者」
「アレンだ! 名前ぐらい覚えとけ! 悪徳商会のクソ執事!」
「だったら覚えさせてみろよ! 今のとこ全然役に立ってねぇぞ!」
「はぁ! なんでいっつもそんなに喧嘩腰なんだこの自分探しの恥ずかしい旅してるくせに!」
「だから自分探しじゃなくて武者修行だって言ってんだろうが! クソ聖女もろともボコにすっぞ!?」
「やれやれ、ここにきてもまだ喧嘩してるのか。おじさん悲しいねぇ。若いってのは――」
二人の醜いやり取りを見て目線を逸らしながら小さくため息を吐くガルト。
しかしその彼に向かって揉めていた二人が急に同時に飛び出したのでガルトは短く息を詰める。
特に打ち合わせをしていたわけではない。ただ二人の戦士としての嗅覚がここが攻め時なのを嗅ぎ取ったのだ。そしてそれは奇しくも意表を突いた素晴らしい連携となる。
まずは飛剣が弾丸のごとくガルトに向かって剛速球で飛来した。
いくら彼とてそれを食らえばまともに防ぐ手段はない。ただ幸いなことにスピードはあっても一直線。
歴戦の猛者であるガルトは身を捻って回避する。
「うらぁ!」
やり過ごしたのもつかの間、間髪入れずツォンが肉薄していた。
斜め上の上段から斧のような威力の大剣が振り下ろされガルトはそれに反応し自身の剣を打ち合わせる……のをやめて角度を付けて逸らす。横からアレンがきていたからだ。
分かりやすい囮のツォンと違ってアレンは無言で近付き暗殺者のようにガルトの喉を必要最小限の力で突く動きを見せる。
「ふっ!」
惜しくも切っ先はガルトの喉の皮膚を浅く切るだけで終わった。
彼は一旦立て直そうと小さくジャンプして後退するが、ツォンはその隙を埋めるべくすでに走っている。
「おりゃああああああ!! ぶった斬れろおおおお!!」
「くっ! だがまだ甘いな!」
「うおっ!」
ガルトはその場で一回転して裏拳のように遠心力を付けて大きく剣を振り回しツォンを軽々と弾き宙を舞う。
ツォンを凌駕するその威力はもはや人間の限界を超えており、おそらくツォンではなく自動車であっても同じ結果になっただろう。
「ガルトムント!!」
しかし大振りの一撃はその硬直も大きい。
自分では届かない距離と体勢でもアレンの飛剣のスピードはそれを可能にさせる。
後方上部からの目も留まらぬ射出。タイミングは完璧だった。そして後ろに目が付いているわけでもない。つまりは躱せるはずがない。
「なっ!? 嘘だろ!」
アレンが絶句する。
必殺の一撃だったはず。だというのに彼が放った飛剣は何かに反発されたように空へとその軌道を変えたからだ。
「すまないねぇ、これがおじさんの天恵【引斥力】ってやつなんだよ。これを使わされたのは久々。おたくら若いのにやるねぇ」
「マジかよ!?」
すぐにコントロールは戻ってきたがアレンにとって自身の二つ名となる自慢の能力が無効化されることは初めてだった。
そもそも天恵使いというのは人数が少ない上にたいてい同業者が多い。ほぼ戦いになることがなく、これが能力者同士の初めてのバトルではあった。
故にあっけに取られてしまう。
「ここしばらくあそこの鬼姫さんの出す魔物で特訓していなかったらやばかったかもねぇ。レベルアップっていうんだっけ? どうも情報によると君もしているらしいけど、彼方君が言うには天恵無しでおじさんはレベル六十程度はあるんだそうだ。あそこの騎士たちは四十ぐらいかな。凶化中はさらに上がる。その数字がどれほど強いのか弱いのかはよく分かってないんだけど、なんかずるいよねぇ?」
「ずるい?」
「そうだよ。大した訓練もせずに数か月、魔物を倒すだけで明らかに以前よりも強くなる。しかもあっちでは死んでも生き返るんだってさ。あの異世界人たちはそうして今の化け物みたいな強さを手に入れたらしい。こっちが血の滲むような鍛錬をしても限界があるってのにさ。そういえば一体彼らは何をしにこの世界にやって来たんだろうねぇ?」
「は? どういうことだ?」
「あれだけの力、そして術、そんな彼らがこの世界にいる意味って考えたことあるかい?」
思ってもみなかった質問にアレンは答えに窮する。
葵たちが異世界から来たというのは部族連合で知ったばかりだった。
驚いたものの、今までのあり得ない強さや道具を目にしてある意味でそれはすとんと腑に落ちることだった。
ただ葵たちがここにいる意味などは考えたこともない。
「んなこと知るかよ。今はお前をぶっ飛ばせればそれでいい!」
代わりに復帰してきたツォンが荒っぽく言い放ち、ガルトはふっと笑う。
「まぁそっちの君はそれでいいのかもしれないねぇ。これはオフレコだけどね、おじさんはねぇ、彼方君やあそこの鬼姫さんですら信用してないのさ」
「は? 仲間じゃねぇのか?」
「今はね。ただ彼らが急に何かとんでもないことをし出すかもしれない。たった数人で国に匹敵する個人なんてドラゴンが服を着て歩いているようなものさ。機嫌次第で明日どうなるかも分からない。そうなったらこの世界は終わりじゃないかい?」
「……んなの知ったことかよ」
「そうかい? 実際未然に防げたらしいけど戦争を起こそうって連中までいたみたいだよね。もし気が変わってそうしようとしたら君たちは責任を取れるのかい? 例えば彼女らは侵略の尖兵として送り込まれた可能性すらあると思ってるんだけどねぇ。だってそうだろ、あんまりにも戦闘に特化し過ぎている。だったらここはこの世界に生きる人間同士で争うよりも手を組んだ方がよくないかい?」
アレンは思わず葵のいる方向を振り返る。
遠目で見ていても目で追いきれない速さとパワーは敵う気がしない。もちろんいずれは、とは思っているがそれは何十年後になるのかすら分からないことだった。
「……あいつらはそんなことしない」
とアレンは言い返すがきっぱりとは言えていなかった。
まだ会って数か月、深く知っているわけではない。仮に葵が大丈夫でもブリッツはすでに裏切っているし、直接見てはいないが名無しという信用できない人物もいる。
もっと突き詰めればまだ会っていない異世界人もいるかもしれない。そいつが悪人でない保証などどこにもなかったからだ。
「なら仮に彼女らが何も知らされてなくったって、彼女たちをここに送った者はどうだい?」
「どういうことだ?」
「だってそうだろう、単に観光旅行するためにあの子らをこっちの世界に送り出したなんてありはしない。何かしらの目的があって当然じゃないか。時がくれば自動発動する何かが仕込まれているとか考えようはいくらだってあるさ」
「……」
「これも駄目か。だったら他のことを提示させてもらう。君たちは強くなりたいんじゃないかい? こっちに来ればレベルアップして強くなることも簡単だよ? ある程度安全に、そしてお手軽に人間の限界を超えられる」
アレンはそれを聞いて気持ちがグラつくのを感じた。
強くなるのは冒険者として、男として当然憧れるものだ。幼馴染のオリビアやミーシャをもっと守りやすくなる。
それに化け物を目にして震えて足すら動かない自分とは違い正面から戦う葵たちをどれだけ羨ましく思い、そしてどれほどプライドを傷つけられたことだろうか。
もしもっと強くなれれば後ろから見ているだけでなく、横に並んで戦える。それは彼にとって望むことだった。
「はっ! 命乞いならもっとマシな台詞を用意しろよおっさん! せっかく楽しくなりそうな喧嘩なのに萎えるだけだぜ!」
そんなアレンの気持ちを知ってか知らずかツォンは平常運転で一喝する。
「そうか。交渉は決裂? いやそっちの君はまだ考える時間が要るかな? じゃあとりあえずはデモンストレーションだ。得た力を試させてもらおうか。きっと君たちも欲しくなる」
三人の戦いが再開した。