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5 筆頭騎士クレア

 その人物は――クレアさんだった。

 この場にいた何百という全ての双眸が彼女に集まり彼女の一挙手一投足を注視する。

 クレアさんはそれらを振り切って無言のまま進み出た。

 凛として胸を張り覚悟を決めた表情で。



「な、何事ですかな!? 今は王を決める神聖な儀式の最中ですぞ。これは国に定められた法、仮に王であっても意義や反論は許されない! 一介の騎士ごときが中断していいものではない! 控えろ!」



 他の誰もが呆気に取られ、儀礼長だけがその責任と立場からか諫めるようなことを言うがそれでもクレアさんの歩みは止まらない。

 ただ唇を固く結び檀上のサミュ王子だけを見ていた。

 


「へ、兵士! この狼藉者(ろうぜきもの)を止めろ!」



 眉を立てついに実力行使に出た。命令され私たちを同じく平静さを失っていた兵士たちが動き始める。

 クレアさんは今丸腰だ。というか当たり前だけどこの部屋にいる兵士以外は全員が武器となりそうなものを預けさせられていた。だからすぐに捕まってしまうだろう。

 一体彼女が何をしようとしているのかは不明だ。だけどここで私たちが助けないといる意味がない!



「美歌ちゃん、行くよ!」


「オッケーや! うちもこんなん納得できないもん! やったるで!」


「あ、お前ら!」

  


 グズグズとしているアレンたち男共を置き去りにしてすぐさま私たちも駆け出した。

 邪魔な貴族たちを無理やり押し退けそのせいで騒然とし出すが知ったこっちゃない。

 すぐに人混みから脱出するとクレアさんの間近にもう兵士たちが迫っていた。



「この! やらせるか!」



 クレアさんを狙う槍の穂先を蹴り上げその場で回し蹴りを兵士の横っ面に叩き込む。

 一撃で昏倒した兵士は倒れ伏して動かなくなる。

 横では美歌ちゃんも違う兵士を蹴り飛ばしていた。



「行って下さい! ここは抑えます!」


「なんか分からんけどこんな大人の汚いの見せられて黙ってられへん! あんなやつらよりサミュの方がよっぽどマシや! そんなんも分からんここのやつらはアホばっかりや!」


「助かる!」



 一声だけしてクレアさんはサミュ王子の元へと急ぐ。

 もう数日前までの精神がなよなよとした彼女はいない。

 私と美歌ちゃんはそのサポートとして兵士たちを足止めをする。

 


「き、貴様ら! 余の晴れ舞台を邪魔する気か!」



 最も怒り心頭なのはリグレット王子だ。まさに癇癪を起した子供。

 声を荒げるがそんなもの私たちには届かない。あんなのの命令に従うなんてお金もらっても嫌だ。

 あっかんべーしておちょくってやった。



「儀礼長という立場からもこのような暴挙に断固抗議させて頂く。こんなこと許されませんぞ! 結果が自分たちの意にそぐわないものだからと暴力に訴えるなぞ言語道断!」



 半分脅しが入った儀礼長からの強い通告を聞きながらクレアさんはついにサミュ王子の横にまで近付いた。

 サミュ王子は怪訝な様子で自分の最も信頼する騎士が起こしたこの強硬手段にどう反応していいのか分からず見守るのみ。

 そんな彼にクレアさんは一度だけ視線を交わし片膝を突いて忠誠のポーズを取る。



「儀礼長、生憎と私はこの結果に不服を訴えに来たのではない」



 主への忠誠を示し終わったクレアさんは興奮する儀礼長とは反対にあくまで冷静にすっと綺麗な所作で立ち上がりそう述べる。

 あまりに堂々としていて目が離せず彼女がしようとしていることに兵士たちと戦いながらも目が離せず期待してしまう。

 何だ? 何が始まる?



「では何だと言うのです!? いくら弁明したところで儀式を割り込んで中座させるなど帝国の恥さらし者として広く知れ渡るだけでしょう。そして女騎士、そなたの家も取り潰しだ!」



 クレアさんはその言葉に反応したかのように激高している儀礼長を正眼で見据える。



「儀礼長、今、家の取り潰しと言ったな? 私がどこの家の者か知っているのか?」


「は? 知らないがそんなものは取り押さえた後に調べれば済むことだ!」



 そういえば私も深くは知らない。ただ貧乏貴族とだけは聞いていたけど。



「ならば教えてやろう。私の本当の名は――『クレア・チャード』! 今よりこの場に参列が叶わなかったチャード家の末席にいる! 当主に代わり今より私が代行を務めよう!!」


「なっ!?」



 ここに出席していた一同が声が出ないほど仰天する。

 それはサミュ王子も一緒だった。

  

 それは本当なのか? どうやって隠し通したのか? 今までなぜ黙っていたのか? 

 色んな疑問が頭から湧いて出て来る。



「ば、馬鹿なことを……。しょ、証拠! 証拠はあるのですか?」



 時間稼ぎのためのただのハッタリである可能性を考えたのだろう。

 否定し切れないまでも気後れしながらそのことに気付いた儀礼長が唾を飛ばす。

  


「これは先日、数年振りに直接会った時に渡されたものだ」


 

 言ってクレアさんが取り出したのは判子だった。

 ただ日本の判子ではなく、大きくなった金属のチェスの駒みたいな形をしている。

 私たちにはそれがなんなのか分からなかったのでピンと来なかったが、その場にいた貴族や兵士たちはぎょっとした。



「か、確認させて頂いて宜しいですか?」


「あぁ、構わない。それはチャード家の印章だ。正確には現当主であるオックス・チャードと、その父であるヘクトール・チャードの二名のみが持つもので、それの所有者はチャードの行く末を預かるという意味がある。そしてヘクトール・チャードは遺憾ながら私の父だ」


 

 会場のざわめきはさらにさらに増す。

 これを冷静に受け止めている人はおらず、この場にその事実を知っていた者は誰もいなかったようだ。

 てか、私たちどころかサミュ王子すら固まっている。



「ク、クレア本当なのか?」


「申し訳ありませんサミュ様。この件については終わってから。どのようなお叱りも受けます」



 隠していたのが後ろめたいようでクレアさんはサミュ王子と目を合わせようとしない。

 あれ? ならこの間のヘクトールお爺さんとのやり取りは他人同士な感じだったけどあれも演技だったってこと? 複雑で根深いものがありそうな気がする。 

 


「お、おい、儀礼長! ど、どうなのだ!? それは本物なのか? 偽物だろう?」



 勝ちを確信していたリグレット王子がさっきまでとは打って変わって堪らず声を掛けた。

 


「わ、私は式典を任されている立場ですから貴族の印章は全て熟知しております。そ、その中でも三大公の印は特に記憶深いものでしてその細工の精巧たるや熟練の職人が……」


「だからそれが偽物かどうかを訊いているのだ!」



 分かりやすく明確に答えをはぐらかそうと朗々と無駄話をしそうになる儀礼長にイラついたリグレット王子が足を踏み鳴らし子供じみた行為で一喝する。

 醜態をさらすとはこのことだろうか。

 まぁそんなヨタ話を長々と聞いてらんないのはこっちも同意見だわ。



「……おそらく……本物です」


 

 儀礼長の悪あがきをする意地が折れ、ようやく私たちが聞きたかった言葉がついに出た。

 その瞬間、会場のどよめきはヒートアップして留まることを知らない。もはや狂騒だ。



「おい嘘だろ!? これどうなるんだ!?」


「ついにチャード家が復活か! 勢力図はどうなる!?」


「まさか暴漢に襲われたというのも演出のための誤情報の罠じゃないだろうな!?」



 そこらかしこで貴族たちがこの荒れた事態に自分たちの最良な立ち位置を模索して頭を悩ませ始める。

 貴族ってのは面倒くさい。得するかどうかでしか動かないのなら商人にでもなればいいんだ。



「鎮まれ! 鎮まりなさい! ここは玉座の間で、今は儀式の途中ですぞ!?」



 儀礼長が必死に大声を上げて会場を抑えようとするがそんなものでは止まらない。



「あっはははははははは!! あの爺さん、牙が抜けたと思ってたらまだ爪を隠してたとはね! 老いても獅子は獅子ってことさね! 長男はその器ではなかったが、なかなかどうして娘はその血をちゃあんと受け継いでいるじゃあないか!」



 その異常な会場を切り裂いたのは大公の一人であるおばさん――パラミアのよく通る高笑い。 

 隣のグラミスは描いていた絵がぶっ壊されたせいで苦々しく睨むばかりで声も出ないようだ。それでも彼女の哄笑は止まらない。

 自分がやられたってくせによくもそこまで無神経に笑えるよ。



「儀礼長、さぁ儀式を手順通り進めてもらおうか。言うまでもないがこの印章を持っているということはチャード家の全権委任を頂いていることと同じ。そして私は、いやチャード家はサミュ様をご支援致す! よもやこれすら否定すまいな?」


 

 一連の逆転劇はもはや痛快ですらあった。

 狼狽え必死に目でグラミスの意向を仰ぎご機嫌を窺おうとする儀礼長。

 しかし当のグラミスもすぐに解決策を思い付けないようで結局はクレアさんのこの押しに負ける。



「そ、それでは三大公による推薦が割れたため、本日正午から玉奪の儀を開始する。目的地はここより北東に向かった場所にある王の霊廟。そこに辿り着き祝福を受けたものが勝者となる。この儀式で競い合うのは帝国の未来のためである。それをゆめゆめ忘れないように!」



 宣言したと同時に逃げるように袖にはけていく儀礼長。

 そうして大勢の人が見ている前でのイベントは大混乱したまま閉幕し――そしてスタートした。


□ ■ □

 

 終わってからすぐに手配してある馬車店へと向かった。

 おそらくこのイベントは早い者勝ちだ。だから儀式の間にオリビアさんたちが馬車の準備を進めてすぐに合流して出発する予定だった。馬車の代金はもちろんチャード家から出ている。

 ジーナさんとキーラ君とはお城に行く前にすでにお別れをしていた。彼女らはここまで着いてくる義理も無いし、それに足手まといになることさえある。奴隷業者を見つけるための報酬としてお金は渡してあるので当分の生活は問題ないだろう。お兄ちゃんとも集合したらきっと逞しく生きていくんじゃないかな。あの家族はバイタリティはありそうだし。


 クレアさんとサミュ王子はずっとしゃべっていない。

 どちらも難しそうな顔をして声を掛けるのを躊躇っているという感じだろうか。

 私からしたらクレアさんの告白のおかげでどうにかなったんだから出自について黙ってたことはノーカンじゃないかなって思うんだけどそう簡単じゃないのかな?


 街の中にある大きな馬車店に着くとオリビアさんとミーシャが待っていた。

 その少し離れたところにはツォンもいる。

 だけどそれだけだ。打ち合せしていたチャード家の私兵四十数名とやらは影も形もなかった。

 


「あ、ようやく来たわね。ちょっとどうなってんのよ? なんかチャード家の使用人が来て話し込んだらみんな大急いで帰って行っちゃったんだけど!」


 

 ミーシャは訳が分からないと言わんばかりに不満げに訊いてくる。

 荷物らしきものは残されていて、確かに少し前まではここに数十人がいた痕跡が残されていた。

 おそらくというか、きっと暴漢に襲われたという報せを聞いて取るもの手につかず当主さんたちの元へと駆け付けたんだろう。

 そうなるとそいつらには期待できないなこりゃ。まぁいてもいなくてもそんなに変わらないっちゃ変わらないか。てかもしこれも狙ってたんならあっちもけっこうやり手よね。



「あー、後で話すわ。今けっこう色んなことが立て続けに起きてて無茶苦茶なのよ」


「えー? もう分かったわよ。だったらまだ荷物を全部入れ終わってないからアレンとジロウ手伝って。あいつ全然手伝おうとしないのよ。感じ悪いったらありゃしない」


「あぁ分かった」


「しゃーねぇなぁ」



 ミーシャが後ろであくびをしているツォンに小さく指で差して皮肉を言う。

 少しだけ彼を睨んでアレンとジロウさんが承諾した。



「あ、そうだ。これだけ先にチャード家から預かってたの」


「なに?」



 ミーシャから手渡されたのは布袋。

 中にはぎっしりと何か固そうなものが大量に入っていた。



「魔石よ。どこから掴んだのかあんたたちが魔石を集めてるの知ってたみたいでプレゼントだって。タダでくれるみたいよ」


「へぇ、あのスケベ爺も良いとこあるのね」


「お金は持ってんだから玉の輿狙っちゃいなさいよ」


「えー、ヤダ。それミーシャが同じ立場だったら受けるの?」


「んー、無いかな。村娘やってた時なら貴族生活ってのも憧れたかもしれないけど、今はそんなのに興味ないわ」


「でしょう? あ、そだ。これ美歌ちゃんが持ってて」



 自分も嫌なら人に勧めるなっての。

 渡された魔石袋を美歌ちゃんにパスする。

 彼女はちょっとだけ驚いた様子だった。

  


「ええの?」


「まぁけっこうあるけどたぶんこれだけじゃあ私が使っても足りないだろうし、今、私たちの中じゃ美歌ちゃんが一番レベル制限解放に近いはずだからね」


「分かった。とりあえずまだ使わんとメニューに入れとくわ」



 美歌ちゃんがメニューに魔石袋を仕舞うのを見届けてから彼女の肩を抱く。

 


「じゃあ美歌ちゃん、私たちも荷物の積み込みのお手伝いに行こっか」


「ん? 二人もいたら大丈夫ちゃう?」


「いいから! クレアさんたちは疲れたでしょうし休んでて下さいね」



 私は美歌ちゃんの肩を押して駆け足で今から乗り込む馬車の方に向かう。

 まぁこんなことをしたのはクレアさんたちに気を遣ったためだ。二人きりにならないと話せないこともあるだろうしね。

 と思いつつ、作業を装いながら聞き耳を立てる。いや私だけじゃないこれみんな意識が向こうにいってるわ。まぁ気になるよね。


 クレアさんはたどたどしく、おっかなびっくりという感じでサミュ王子に話し掛ける。



「サ、サミュ様……」


「な、なんだ?」



 すごく仲の良かった二人が今はなんだか余所余所しい。

 それは少し悲しいことだった。

 それにクレアさんの顔はずっと暗く事実を隠していたことを悔やんで自分を責めているのが窺える。



「その……今まで私がチャード家の人間だということを黙っていて申し訳ありませんでした」


「ショックかと言われれば間違いなく余はかなり衝撃を受けている。……一つ訊きたいのだが、秘匿していた理由はなんなのだ?」


「父の……ヘクトールの指図です。チャード家から直接護衛を選出すると波風が立つことになるので派閥の小さな男爵家の娘に偽装して送り込まれました」


「そうなのか」


「元々、私は庶子の子だったのですが女の振る舞いというのが全く身に付かず、ずっと剣を振り回していました。十年以上前になりますが、明確にやりたいことも見つからず漠然と冒険者にでもなろうかと考えていた時に初めてヘクトールが私に頼みごとをしてきたのです。サミュ様のお母上を護衛する騎士として働いて欲しいと。叔母にあたるアウレラ様とは面識がありませんでしたが私はあの男の願いを聞き入れました」



 二人は遠い目をしている。おそらくはどちらもその亡くなったサミュ王子の母親のことを思い出しているに違いない。

 意外とヤンチャなクレアさんの過去も明らかになった。



「私は今でもヘクトールが嫌いです。多くの女性と関係を持つあの男を。もちろん金銭的な支援は十分にありましたが、私の母の幸せはその数の分、薄くなるのです。数か月に一度しか顔を見せないあの男を待ちわびる母が可哀そうで、だからこそあの男が私に頭を下げて頼んできた時に見返してやろうと当てつけのような気持ちで了承しました」


「クレア……」



 クレアさんの瞳には少しだけ影が映る。

 その時の悔しい想いが湧き起こっているようで苦しそうだ。



「しかしお優しいアウレラ様と、そして年端も行かない無邪気なサミュ様と接する内にそのような考えは消え去りました。お二人の笑顔が凝り固まっていた歪んで冷え切った憎しみに熱を与え溶かしていったのです。以来、私の忠誠を捧げるのはアウレラ様とサミュ様だけになりました」


「そう言ってくれると嬉しいが、となるとまさか部族連合から出していた手紙などは?」


「はい、私が定期的にヘクトールへ出していた報告書です。サミュ様の日々の様子を事細かに送っておりました」


「お、おぉそうか……(事細か?)」



 なんだかそこは突っ込んじゃいけない部分な気がする。

 


「部族連合から帝国までの途中にも戦時中の頃から配してある連絡員のようなものがいて何度か書簡を渡しました。どうやらあの時点で、いやそもそもはサミュ様がお生まれになり私を送り込んだ時点でヘクトールは自身と血が繋がっているサミュ様を担ぎ上げる可能性を考慮して水面下で動いていたようです。あの時分のヘクトールは王家すらも乗っ取る勢いでしたから。ただアウレラ様が亡くなったのがあまりにもショックでそういう気はすっかり失せていたようですが」



 あぁなんかそういやそんなことあったなぁ。

 確か夜に森の中でクレアさんを探してたら狩人に道を訊いてたとか言ってたっけ? なんかもう色々懐かしいよ。



「余は何と言ったらいいのだろうな。よくぞ騙していたなと叱ったらいいのか、よくやってくれたと褒めるべきなのか……感情と判断が追い付かん」


「なんなりとお申し付け下さい。この身はすでにサミュ様のものです」



 クレアさんが片膝を突き地面を見つめる。

 これに困ったのはサミュ王子の方だ。怒るに怒れないしまだ二人の関係はぎこちなくどうしていいものか考えあぐねるしかないらしい。



「なぁあれって結局イチャイチャしてるだけやんな?」



 その空気をズバっと一刀両断したのは美歌ちゃんの何気ない一言だった。

 ここにいた全員が彼女の言葉に驚いて目を剥きそうになる。

 え? なにこの子、怖っ!? あれに触れるのは私でも無理だよ!



「だってさ、確かチャードのお爺さんがお嫁にやるって言ってたんってさ、あの判子持ってたしたぶんクレアさんのことやろ? で、よーく考えたら二人は従妹(いとこ)同士やねんな。別に結婚しても問題ないし、小さい頃からずっといてこんだけ仲が良かったら幼馴染以上のなにかややろこれ」



 ずばり指摘される。

 そういや二人って従妹になるのか。言われてみるとちょっと年の差はあるけど異世界だしあと三年ぐらいしたらサミュ王子も男の子っぽくなるし、クレアさんもまだ二十代半ばぐらい。カップルとしてあり得る話なのかな?



「そ、それは……」


「じ、実はあまり考えないようにしていたのに……」



 二人は真っ赤になって顔を背ける。

 あれあれあれぇ? これって意外と脈ありなのかな? てっきり近過ぎて姉弟みたいになってるからそういう感情ってあんまり無いのかなって思ってたけど。



「わ、私も恥ずかしいのだ。いきなりそんなことを言われても! わ、私がサミュ様の伴侶などと! あの馬鹿な男はそれで私が喜ぶのだと勝手に勘違いしている!」



 と口では否定するものの、クレアさんは意外とまんざらでもないように見える。

 しかし可愛い。いつもしゃきっとした感じの年上のお姉さんがこうも顔をリンゴのように真っ赤にして狼狽えるのは私までキュンキュンしてくるよ。



「余は……どうなんだろうな。今までずっと寄り添い、何でも相談できて最も信頼できる騎士がクレアだった。それが妃と言われると……あまり変わらないのか?」



 ある意味それってめちゃくちゃ仲の良い夫婦だよね。

 だからと言って私生活まで入り込んでとても相性が良かった部下と上司が結婚できるかと言われれば……やっぱりいけるのかな? 当事者にならないと分からないわこれ。

 


「あー、はいはい。そこら辺にして頂戴。こっちは全然事情が分かってないんだし。時間も惜しいでしょ? さっさと乗った乗った。まだ話したいことがあるなら馬車の中でどうぞ」



 手をパンパンと叩きミーシャが場を打ち切る。

 いつの間にか荷物の運び入れは終わっていたらしい。

 何にも知らないからこその強引さだけど今はグッジョブかな。このまま放ってたらずっと話が進まなかった気もするし。


 順番に私たちが馬車に乗り込む中、サミュ王子がクレアさんに語り掛ける。



「クレア、この話は終わってからだ。今は霊廟まで行って王の資格を得ることを最優先とする。それまではお前は余の最も頼れる筆頭騎士だ」


「はっ! 必ずや一命に代えましてもその願い叶えさせて頂きます」


「それは駄目だ!」


「は? な、なぜでしょうか? 私では頼りないでしょうか?」



 決意をいきなり否定されクレアさんが動揺する。



「そうではない! 捨て身の気持ちは持って欲しくないのだ。なんであれ母も父もいなくなり弟ともいがみ合う中、お前が余の唯一の家族となる。もう失う悲しみはたくさんだ。そうだろう?」


 

 クレアさんの決意を拒否するサミュ王子。

 ただしそれはもう誰も失いたくないという願いからくるものだった。

 僅か十歳ながらにして両親がすでに他界し唯一の血の繋がった肉親と争わなければならない少年。その心中は計り知れない。そして彼を本当の意味で支えることができるのはおそらくクレアさんだけなのだ。



「……サ、サミュ様……。……りょ……了解……しました……」



 じんわりと感激に瞼に涙を溜め唇が震えて上手くしゃべれないクレアさんが泣き笑いしながら敬礼する。

 その姿はとても綺麗で尊いものに見えた。

 二人のわだかまりも完全に解け、あとは一丸となって霊廟を目指すのみ。

 この不幸な少年がきっと幸せになれるよう全力を尽くそう。


 そうして私たちは決意を新たに帝都を旅立った。


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