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4 出来レース

 それから二日後、帝都のメインストリートを一台の高級そうな馬車が城に向けて移動していた。

 中に乗っているのは『ヘクトール・チャード』とそのチャード家の現当主である『オックス・チャード』の二名。

 彼らは本日行われる『玉奪の儀』に参加するためにこうして登城している最中である。



「まさか父さんがこうして城に出向くことになるとは思ってもみませんでしたよ。あの子の一件以来、政治や利権などすべてに興味を失くしたものとばかり」


「もはや静かに余生を過ごすだけでも良かったのだがな、お前が不甲斐ないせいで口を出さないといけなくなってしまった」



 ヘクトールとオックスの仲は悪いわけではない。むしろこうして気軽に文句を言えるぐらいの信頼関係はある。

 しかし世間一般の評価と同じでどうしてもオックスはお人好し過ぎるきらいがあり大公という座には相応しくなく、ヘクトールが築き上げたチャード家の権勢も影を落とし掛けていた。

 それを良くは思わないでも、今までヘクトールはあえて好きにさせていた。

 だというのに今回に限っては表舞台に立つ父の心理が今一つオックスには分からなかったらしい。



「それは面目ないですが、父さんは別に誰が次の王になろうとも気にしないとばかり思っていたもので」


「まぁ確かにな。リグレットの大馬鹿がなろうとサミュの馬鹿がなろうとどうせ老い先短い命だ、興味も無かった」


「……やはり『アウレラ』のことですか」



 頬杖を突いて外の景色を眺めるヘクトールはピクリと反応する。


 アウレラとはサミュの母の名前で、ヘクトールの他家に嫁いだ妹の娘でもあった。オックスからすると従妹になりそれなりに親戚付き合いも多かった。

 夫でもあった先々代の王の不興を買いさらに北の地に幽閉されもうこの世にはいない。

 現役時代は「北の獅子」とも呼ばれたヘクトールはそれを期に一切のやる気を失くしたのは帝国にとってもかなり衝撃的な事件であった。



「俺はあのことが起きるまで一心不乱にこの国のために働いてきたつもりだった。お前は経験したことがないだろうが、王国との戦争も経験した。だがあれで同時に自分の無力さを知ってしまった。あの糞野郎には俺の言葉や家の権力なぞ耳に入らなかったらしい」



 当然、アウレラが追いやられた時には彼は猛抗議した。

 それこそ他の貴族たちがヘクトール家がクーデターを起こすのではないかと戦々恐々となって、密かに武器や私兵を買い集めたほどにだ。

 しかしそれでも暖簾に腕押しといった具合で何も要求が通らなかった。



「僕は父さんが内乱でも誘発するんじゃないかと気が気じゃなかったですけどね」


「妹に泣いて頼まれた。どうかそれだけはやめてくれ、とな。そして一度だけ面会が許されてアウレラにも会ったら全く同じことを言われたよ。だからこそ自分の力の無さに嫌気が差して表舞台から退いたんだ」

 


 獅子を止めたのは剣でも槍でもなく女たちの涙だった。

 もしそれが無ければこの国は未曽有の騒乱が勃発して今頃どうなっていたかは定かではない。



「それがミュリカ様を巻き込んでの現在の玉奪の儀に繋がるのですか? 後から聞いた時はびっくりして喉が詰まりましたよ。最悪、胎児を王候補として担ぎ上げないといけなくなっていたなんてね」



 最近はめっきり少なくなったが、ヘクトールの奔放な性格にオックスは今まで何度も肝を冷やす場面を経験している。

 今回もその一つで、言葉の後半に多少の毒っ気が混じっていても仕方なかった。

 家を挙げての大騒動に担ぎ上げる神輿がまだお腹の中から生まれてもいない子だったかもしれないと言われれば誰だってそう思うのは当然ではあるだろう。



「くくっ、あの女、本気ではなかったとか言っていたがあれは間違いなく本気だった。多少の怪我で済むのなら間違いなく剣でサミュ殿下を刺していただろうよ。あれはあれで強かな女だ。前王妃でなければ俺が欲しいぐらいだよ。先王は良い女を見つけた」



 しかしヘクトールはそんな揶揄を気にするどころか緊迫したあのサミュとミュリカの会談について思い出し笑いをし始める。

 教会に弱みを握られ右往左往できなくなっていたミュリカに近付いて焚きつけ色々と吹き込んだのはヘクトールだった。

 仮に賭けに負けてミュリカの子を王としなければならなかったとしても、死ぬ前に気に入らないリグレットや同じ大公二人の鼻を明かせられるのであれば悪くないと思っていたのだ。 


 

「ミュリカ様に関しては上手くまとまったようですが、ではあの子をサミュ殿下に添えるのは贖罪ですか?」



 『あの子』とはあの場で約束させたヘクトールの不肖の娘のことだ。



「……どうだろうな。俺はだらしない男ではあるが子供であるお前らにちゃんと認知して仕事に就くまでは世話して責任は取っているつもりだ」


「えぇまぁそうですね。と言っても僕の知らない兄弟とかいそうですけど」



 ヘクトールの女癖の悪さは公にも知られているほどのもので、チャード家に入れられない庶子も含めると手の指の数だけでは足りない。

 息子としてはこれにもつい皮肉が入ってしまう。しかし不思議と内輪もめをしたことは一度もなかった。 



「いや相続で揉められては困るから全部お前に話してある通りだ。そして全員成人しているから問題ないだろうよ。だがあいつだけはまだ過去に囚われたままだ」


「それを妃という形で解放してやると? かつて王家すら手中に収めようとした獅子が今更親子心ですか」


「数年間、ずっとのろけを聞かされてきたんだぞ? 今のままで幸せなんだろうが、親としてはお節介を焼いてやりたくなったんだよ」


「だからと言ってあれまでやる必要は無かったでしょう?」


「単なる餞別だ。いつでも身の証を立てられるようにな。ただあいつはチャード家の人間だというのは知られたくないだろうがよ。だからこそ背中を押してやった」



 ヘクトールは気恥ずかしいのかまた外へと顔を背ける。

 その子供っぽい仕草はどっちが親なのか分かったものではない。


 話題転換のつもりでオックスはゴホンと一つ咳払いしてからずっと気になっていたことを訊いてみたくなった。



「ところでずっと聞きたかったんですがその顔の傷、なんです? まさかその歳で喧嘩したんじゃないですよね?」



 頬杖をするヘクトールの手から僅かにはみ出して皮膚が薄く真っ赤に腫れていた。

 薬草などを沁み込ませたガーゼ治療などで二日経って多少収まったとは言え、まだ完治していない。

 初日に見た時こそはオックスはミュリカとの会談で一体何があったと心をザワつかせたのだが、どうにも父親の様子を数日観察するにあまり大事ではなくむしろ俗な理由だと察していた。



「ふふ、あの場にな、ミュリカ以上のいい女がいたんだ。ちょっと若いがあと三年もすればすごく良い女になってるだろうよ。良い尻だった」


「やめてくださいよ。僕はこの歳でもう弟か妹を増やしたくないですよ――おっと!」



 右手をニギニギとするいやらしい父親を見て苦虫を潰したような本当に嫌そうな顔をオックスがすると、突然馬車が急停止した。

 二人は慌てて壁に設置された踏ん張り棒を掴み椅子から投げ出されないように踏ん張る。

 外からは馬の嘶きが聞こえるのみで中からどうなっているのかが分からなかった。



「な、なんですかね?」


「さぁ? 事故かもしれんな」



 たまに子供や野良犬が道端に飛び出してきてこのように急停車することはある。

 そういう場合は基本的に突っ込んできた方が悪いし、こちらが貴族であれば過失には至らない。

 しかし儀式の始まる晴れの舞台の日に縁起が悪いことになりそうで二人ともが嫌な予感がしてしかめっ面をする。



「おい、どうした? 事故ならまず相手の怪我を見てやりなさい」



 オックスが立ち上がり、前面に付いている小さな引き戸のガラス窓から外の様子を確認しようとする。

 窓から覗けたのは馬車の前方に身なりが粗雑な町人らしき人物がいたことだ。特に怪我をした様子は無く、彼のせいでこの馬車が止まっているのはすぐに分かった。

 しかし無傷の割にはなぜかすごく汗を掻いていた。体だって震えている。貴族の馬車を止めたせいだと言われればそれまでだがオックスは違和感を感じた。

 そして視線を少し下にズラすとその男は火の点いた両手で持つ程度の大きさの丸い瓶を持っていて、それが何なのか初めて見るせいで訳が分からずオックスの眉がさらに曇ると――

 

 ――特大の爆発が起こった。

 

 それはその場にいた全員の意識の埒外で作動した。

 鼓膜が千切れんばかりの轟音に、数メートル以上離れて歩いていた人ですら飛ばされる衝撃波が発生する。

 当然、至近距離にいたヘクトールらが乗る馬車はその重量にも関わらず空中で一回転半をして無残にも横転した。

 叩きつけられた衝撃で馬車の骨格はへしゃげ、車輪部分は地面に叩きつけられた時の衝撃に耐えきれず外れて通りを縦横無尽に転がっていき、横倒しになったまま少し石畳の地面を滑り馬車は止まったが中からは何も反応がなかった。

 

 辺りは騒然となる。

 今、何が起こったのかも分からない。しかし被害はすでに数人を巻き込み、爆破した地点にはくっきりと石畳をえぐった爪痕が残っているのだ。それも爆発物を持っていた男の肉片や血痕で赤く染め上げて。

 悲鳴や怒号が飛び交い誰も馬車に駆け寄ろうとする者はいない。

 もしそこに注意深く観察する者がいたのならば赤黒い液体が中から漏れてきているのを発見しただろう。


 運の悪いことにしばらく助けは来ず、ただカラカラと壊れた玩具のように一つだけ外れなかった馬車の車輪が回るのみであった。


□ ■ □


「ん? 今、なんか聞こえた?」


「さぁ? 空耳ちゃうの?」


「かな? まぁいっか」



 何かは分からないけど変な音が聞こえた気がしたんだけど、美歌ちゃんには聞こえてないみたいだし気のせいか。

 私たちはこの間、大立ち回りをした玉座の間にいる。外れた扉はそのままであの時の戦闘の余波が少しだけ残っていた。

 他に兵士やら貴族やらでかなり広い空間なのにごった返しているんだけど、私たちがいる近くにはぽっかりと空間が出来上がっている。



「見世物にされてる気分だな。まぁ周りが全員敵って分かりやすさはあるけどな」



 余裕そうなことを言いながらもチラチラと周りを気にしてそわそわが止まらないアレン。

 ただこれは単なる緊張だけじゃなくて警戒も混じっている。

 まぁ珍しいもの見たさだけじゃなく、明らかにこっちに向けて敵意が混じっている視線もあるからね。



「こちらが生息地は王国のアレン君です。生後十七歳。好物は唐揚げです。脅かすとウンチ投げてくるかもしれないから、みんな手を振ってあげてね」


「あはは、動物園みたいやなぁ」


「お前ら緊張感なしかよ!」



 美歌ちゃんと一緒にそんなアレンをからかう。

  


「城の前の人だかりはすごかったな。入れなくても近くで歴史の節目となる瞬間に立ち会いたいんだろうが」



 ジロウさんが指すのは来る途中で見かけた大勢の群衆だった。

 玉奪の儀式とやらが始まることはすでに街の人に知られていて、けっこうな人数が集まっていた。

 自分たちの次の王様が誰になるかってことだし興味があるのは分かるけどね。

 ちなみにジーナさんとキーラ君はさすがにここまで来る必要はないので宿でお留守番。というか、そろそろ彼女たちとはお別れだ。オリビアさんとミーシャはこの儀式が終わったらすぐに出発するので馬車の準備をしてもらっている。

 そんな中、クレアさんは物静かにじっと主賓たちの登場を待っていた。


 主賓とはサミュ王子とリグレット王子(本当はどっちも王子じゃなくて殿下なんだけど)、そして大公の三人だ。

 今日は彼らが主役。ここにいるたくさんの人の前に現れてから儀式開幕という寸法らしい。

 正直、サミュ王子を一人にするのはどうかって思ったんだけど、この場でもし命に関わるようなことになればリグレット王子も失格となるルールだそうだ。

 生々しいお家騒動のため、正々堂々以外の方法については細かく縛られているんだとか。

 それでも念のため、服の中に何とかバレずに隠せる大きさの豆太郎を護衛に就けておいた。サミュ王子自身も天恵が使えるようになったしプレイヤーでも来ない限りは万全だ。



「それにしても日程がだいぶ早いとは思ってたけどそれも仕組まれたものとは思ってなかったわ」


「すまない、私が知っていればあの場で正式に抗議できたのだろうが、こうも広まってしまってはさすがにひっくり返すことが不可能になってしまった」



 ここで乱闘して数日後にはもう儀式ってかなり突貫スケジュールだとは思っていたんだけど、実はこの短い日程も向こうの有利になるようにされたものだった。

 特に決まってはいないらしいけど、前回は半月は準備期間があったんだとか。なのにたった二日で決行となるのはこっちに仲間を増やさせないためだろう。となると、本当にお城はあいつらの勢力ばっかりってことになる。

 まぁツォンっていう一応、そこそこ強いチンピラが一人加わったけどね。あいつはこういう式典には興味ないってことで勝手に街をブラついている。


 話していると楽器隊が奏でる音楽が始まり喧騒が止み、それと共に玉座の横にある入り口から人が出て来る。

 ローブ姿のおっさんと、壇上に正装姿のサミュ王子とリグレット王子、そして大公のあのおじさんとおばさんが上がってきた。

 そしてみんなに見える位置で止まりこちらに向き直る。



「ん? あれ?」


 

 おかしい。何か足りない。

 会場もそれに気付いたようでざわざわとし始める。



「なぁ、大公って三人いるんじゃなかったっけ? 一人いないぞ?」


「げげっ!」



 アレンの指摘のおかげで違和感の正体が分かった。

 あのセクハラ爺がいないんだ! まさか私が引っ張叩いたせいでヘソ曲げちゃったとかないよね?



「やっぱ、葵姉ちゃんに振られたんが相当ショックやったんとちゃう?」


「ちょっとやめてよ美歌ちゃん! それ本当だったら……土下座で済まないよね?」


「無理やろなぁ。お尻一つで今までやってきたことが全部終わっちゃうってすごいわ。まさかの衝撃の展開ってやつやな。葵姉ちゃんのお尻は国を傾かせる魅力があるってことや。すごっ!」


「本気にしちゃうからやめて!」



 さすがにそんなことないよね? ね?

 殴った後も笑って許してくれて、その後にクレアさんと別室で話を詰めてたはずだけど。



「し、失礼します!」



 収集が付かなくなってきた場にのっぴきならない感じで兵士が飛び込んできた。

 みんなの視線を受けその兵士は人々を掻き分け壇上に上がる。

 そして儀式の進行役っぽい儀礼長って人に耳打ちをし、伝えられたその人は口を大きく開けた後にすぐに後ろにいるグラミスに振り返る。

 彼らは短くアイコンタクトを取り、儀礼長は目が泳いでいた。


 何か困ったことが起きたというのは何となく分かる。

 ただ気になったのはその後ろにいる大公二人がさっきからニヤニヤとしていることだ。ほとんどの人は動揺しているというのに、まるでその報せの内容を知っているかのようだった。



「皆の者、今報告があった。大公家が一角『チャード』はこちらに馬車で登城中、何者かに襲われたようだ。辛うじて生きてはいるものの意識不明とのこと」



 進行役のその台詞に、会場の混乱具合はピークに達する。

 さっきまででもうるさいと思ってたのに、それを超えるぐらいのノイズだ。


 やられた! サミュ王子には手を出せないからってそっちを狙ったのか!

 


「おい、これってまさか……」



 アレンの言葉の意味にはっとして思わずクレアさんに振り返る。 

 彼女は俯いて唇を噛んでいた。

 次にサミュ王子に視線を移すとこちらは呆気に取られてあんぐりと口を開けている。

 だがすぐに持ち直して彼は進行役に語り掛けた。



「この場合どうなるのだ!? 延期か?」


「いえ、重体となれば高位の治癒術師でも怪我が治るまで半月以上は時間が掛かるでしょう。それにこれは国としての儀式なのです。非常に残念ですがチャード家は不参加とみなし粛々と進行を進めないといけません」


「そんな馬鹿な……ならば代役を立てるとかやりようはあるだろう!」


「チャード家のご当主様と前当主様が揃って倒れられ、さりとて他のご兄弟がどこにおられるのかも分かりません。それに仮にすぐ近くにおられたとしてもチャード家がどちらに支援されるのかどうか正式な印章が入った書面などがない限りは認められません。よってこのままいないものとして行います」


「無茶苦茶だ……!!」



 サミュ王子の縋る希望が打ち砕かれた。

 色々と勝手に決め付けチャード家に連絡すら取らないその論理が訳が分からない。

 というか悩む素振りも見せないなんて……女の勘だけどこの儀礼長とかいう人も怪しくない? たぶんチャード家の人を襲うまでは聞かされなかったにしても、リグレット派が有利に事が進むように息が掛かってるっぽい気がする。

 こういう中立の立場になる人ならと期待していた部分があったけど、ふざけんじゃないわよ、何が儀礼長よ。ただの面の皮の厚いおっさんじゃない!

 四面楚歌というのがここにきて本当に実感してきた。


 横にいるリグレット王子や大公二人はもはや勝ちを確信した表情を崩さない。

 そしてサミュ王子はそんな彼らに気付く。

 


「貴様ら……。まさか!? そこまでするのか!!」


「何をおっしゃられているのか分かりませんな。ただチャード家が暴漢に襲われたことは誠に遺憾に思います。これを期にリグレット様が王になられた暁には街の治安にはより一層の手を加え尽力することを誓いましょう」



 あまりに白々しい。

 どう見たってこいつらが指示してやらせたとしか見えない。

 てっきり妨害してくるにしても儀式が始まってからだとばかり思ってた。私が甘かったよ。こんなやつらに舵取りをされるこの国の人たちが可哀そうだ。



「儀礼長! これを聞いても考えは変えないというのか!」


「然り。宮廷内というのは清廉潔白なだけではなくそういうものに満ち満ちております。これは国の行く末を決める儀式なのですから、仮に誰かの陰謀によって邪魔されたとしてもそれを防げなかった方の深謀と力が無かったという落ち度がありましょう」


「……!!」



 サミュ王子はこれでもかというほど彼らを睨む。

 けれどそれは全く効き目がなかった。

 駄目だ。やはり正攻法での手段は失われている。



「うちが今すぐそのお爺さんら治しに行ったらええだけちゃう?」


「いや駄目だろう。場所が分からん。どうしたって時間が掛かるし、あいつらはそんなの認める気がないだろう。見てれば分かる。どうせ難癖付けて儀式を進めるつもりだ」


「そんなアホな!」



 美歌ちゃんの提案にジロウさんが冷静に止める。

 でもたぶんそうだろうね。ここでそんな提案したところで無視して進められそうだ。



「おい嬢ちゃんたち、早まった真似だけはするなよ。いよいよとなったらあの坊主たちを連れて逃げるのは構わないが今はまだ動くな。余計に立場が悪くなるだけだぞ」


「分かってます。……けど、あいつらが許せない!」


「うちも同じ気持ちや! こんなん認められん!」



 ジロウさんに釘を刺され、隣にいる美歌ちゃんも行き場の無い怒りに唸る。


 もちろんここでいきなり暴れるようなことはしない。だけどなんとかならないのだろうか? あんな卑怯な奴らのせいでこんなにあっさりと道が閉ざされていいはずがない。

 単純な腕力ならここの全員を殴り倒せる力はあっても、立場がただの一般人である私に道理を覆せる力は無い。それが悔しかった。



「それでは儀礼長、儀式を進めてもらいたい。まぁ結果は見えているがね」


「そうだ、これで余が正統な王になるんだ! 兄上はもう用無しだよ!」


「はっ、畏まりました」


「グラミス、リグレット! 貴様らっ!」



 勝手に進めようとする彼らに対してサミュ王子が声を荒げ怒気を隠そうともしない。相当に歯がゆい思いをしているのが伝搬してくるほど固く彼らを睨みつける。

 儀礼長と呼ばれた男はそんな彼らとは別行動をし、壇上の一番前に立って私たち一堂の顔をさっと確認してから言の葉を紡ぐ。

 


「それでは『玉奪の儀』をこれから執り行う。リグレット様、サミュ様、前へ」



 リグレット王子は満面の笑みで、サミュ王子は感情を無理やり押し殺そうとしているが不満を露わにして、両者は対照的な面持ちで儀礼長の左右斜め前に立ちこの会場にいる全員の注目を浴びる。

 もはや結果は決定的だ。見ている全員がそういう雰囲気をして疑わない。私だってどうにかしてあげたいけれど、手段が全く浮かばなかった。



「ではこれより宣誓して頂く。この儀式は帝国の興りから基盤を支えてきた大公の信任をもって次代の王を選ぶものなり。大公に選ばれなかった者はその資格を与えられない。この際にもし選ばなかった大公や味方とならなかった者たちに対して遺恨を残さず分け隔てなく主従として信を置くことを誓うか?」


「「誓う」」


「この儀式において選ばれたものを次代の王とする。それを認めお互いに競い争ったことを恨まず、国を支えることを誓うか?」


「誓う!」


「……誓う」



 一拍だけサミュ王子の返答が遅れる。

 気持ちは痛いほど分かる。もう勝利への目は無く、こんな儀式に価値などないのだから。そして悪辣なことをするやつらに抗議したい気持ちを無理やり押さえつけて認めたくないことをみすみす認めなければならない。どれだけの苦渋だろうか。喚き散らさずあそこにいるだけで偉い。

 こんな粗悪な出来レース、今すぐぶっ壊してやりたい。



「では二人の継承権を持つ者たちの宣誓は成った。ここにいる者たち全てが証人となりましょうや」



 手を大きく挙げ、儀礼長は貴族や私たち全員に向かって確認をするように間を取る。

 そして儀式は止まることなく続けられる。



「さぁ続いて大公『オウンドゥール家』当主グラミス・オウンドゥール、『ミュズール家』当主パラミア・ミュズール。両者、その力と信を預けるに足る次代の王候補を選定せよ」



 おじさんとおばさんは一度頷いた後、ゆっくりと歩み出て当然の如くリグレット王子の後ろに立ち、予想通りであったとしても歴史の転換点にどよめきが広がる。

 こうして分かりやすく結果として現れるとやっぱり失望感は半端ない。

 

 リグレット王子は嬉しそうに今にもはしゃぎ出しそうなほどウズウズしていた。

 本当にあれはただの子供だ。どう考えたって操り人形でしかなく、それはこの場にいるみんな理解していることだろう。でもそれに異論を唱える人間はいない。もしそんなことをしてあいつらの不興を買えば命も家族も家も財産も全てを失うことを意味するからだ。

 それにそんな気骨のある人はもうほとんどいなくなったとミュリカさんは言っていた。だからどんでん返しどころか溜飲を下げられる期待すらない。


 サミュ王子は拳を握って怒りと悔しさに震えながらただ目を瞑っていた。

 彼の部族連合からここまで一か月以上は掛かっただろう旅も悲惨な形で終わる。複雑な思いを消化できずにわだかまっているに違いない。その悔恨の心境は私には計り知れなかった。


 儀礼長はこの光景を見届けて恭しく礼をして、演技ばって会場に向き直る。

 


「リグレット様に二大公がお付きになられました。サミュ様にはおられません。この結果、サミュ様には資格が得られずまた資格者はリグレット様のみとなり、ここにノーリンガム帝国の新しい王が誕生したことを――」


「――待て!!」



 瞬間、儀礼長の言葉を割断するかの如く大きく遮ぎる声が一つ挙がった。

 それは――

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