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第五章  病めるラザスの想い

 老医師とフェゼルを伴いやって来たのは、調理場だった。


「お医者様、あたしたちはここから先は入れないみたい」


 ちらっと視線が行くのは、もちろんアルフィナの部屋の前に立っていた兵士二人。交代時間なのか、前に見た二人とは人が違っていた。

 部屋を出てからぴたりとついて来た彼らは、アルフィナたちの目的を知ると、だだっと走ってきて細長い槍を突き出し、中への侵入を防いだ。


「紫狼の騎士、手を出しては駄目よ」


 アルフィナを押しのけて前に出た彼らが気にくわなかったようで、気色ばむフェゼルをなだめつつ、老医師に目で伝えると、彼は小さく頷いた。


「まさか、わしまで通れんのかね?」

「い、いえ、クロイツ様、どうぞお入りください」


 兵士の一人が畏まってそう言うと、槍を正し、老医師が通りやすいよう道をあけた。

 アルフィナたちに対する態度とずいぶん違う。

 老医師は、すまなそうにアルフィナに目線で謝ると、渋い顔で中へ入っていった。

 しばらくして戻ってきた老医師は、手に乾燥した蕾のようなものを持っていた。


「……怪しむべきはこれじゃろうて。こんな植物見たことない。料理長の話しによると粉末にして使っていたらしい」

「貸して」


 老医師から干からびた蕾を受け取ったアルフィナは、涙のような形をしたそれをいろいろな方向に動かして観察した。中の花弁を守るかのように堅く閉ざされた線形(せんけい)(がく)に覆われていた。何十という萼が重なり合い、蕾を大きく見せていた。

 ほんの少し力を入れただけでぱらぱらと砕ける乾燥蕾の萼を一口含んだ。

 まず舌先に苦みが走る。野草汁よりももっと苦い味のあとに、山椒(さんしょう)のようなぴりっとした辛みと痺れがくる。

 そのまま飲み込むにはあまりに酷い味だったが、アルフィナはほんの少し顔をしかめただけで嚥下した。普通の人が今アルフィナと同じ量を口にしたら、吐き気などの中毒症状を起こすだろう。


「──月下草で間違いないわ。問題はどうやって手に入れ……」


 アルフィナの言葉が不自然に途切れた。

 これと同じものをつい最近見かけてないか?

 アルフィナは必死に記憶を探った。

 道中?

 いや、もっとあとか?


(思い出せない……もやがかかっているみたい)


 苛つく。

 もどかしくて、

 こそばゆい。


「どうした? 気分でも悪い? もしかして毒が……」


 フェゼルの心配そうな声に、アルフィナが慌てて首を振った。


「それは問題なしよ。…駄目よ、紫狼の騎士。あんたは食べちゃ駄目」


 伸ばしてきた手から逃れるように乾燥蕾を後ろ手に隠した。


「アルフィナは大丈夫なのに?」

「あたしは慣れてるから……あぁ、そうよ。思い出した。あそこで見たのよ」


 ふっと脳裏に浮かぶのは、心地よい空間だった。

 そういえばあの子息らしき少年は元気だろうか。

 孤高の黒騎士に抱えられて屋敷の中に姿を消したが、病で苦しんでないだろうか。


「迷路のような庭園…立ち入り禁止区域だったかしら。そこにこの蕾がなっていたわ。なんですぐ気づかなかったのかしら」


 多分それは先入観だったのだろう。

 フィラデルにしか咲いていないという。

 だれがフィラデルから苗床を持ち出したのだろう。

 この屋敷の主人だろうか。


「……きっとここの主人は知らないのね。月下草の蕾が毒になるってこと。綺麗な花にはトゲがあるってよくいったもんよ。お医者様、だれがその乾燥した蕾の粉末を入れるように言ったの? 蕾を持ってきたのはだれ?」

「それが…何年も前に出入りしていた野菜売りの男から月下草の蕾の効能について聞いたらしい。なんでも滋養によいと言われ……まんまと言いくるめられたんだろうな。ちょうどみなが体調を崩していた時期だったらしく、それを信じ込んだ料理長が、庭園に忍び込んで蕾をもぎ、野菜売りの男の言葉に従って乾燥させたものを少量混ぜていたらしい。しばらくの間はそれでみなが元気になったから、効き目は抜群だと思い今日まで使用していたらしい」

「頭が痛いこと! これだけ厳重な警備をしいといてあまりに浅はかじゃない? 膿は外じゃなくて内に巣くっていたなんてね! けど料理長さんがひとかけらほどしか混ぜなかったのは正解ね。ずいぶんと濃さも薄まっていたみたいだし。だからこそ飲んでいた者たちは死なずにすんだのよ。それで、今日まで料理に混ぜていたっていったけど、それはこの屋敷の者たち全員?」

「ぁ…ち、違います!」


 突然、奥から野太い声がした。

 がっしりとした体格の男は、額に冷や汗をかきながら顔を覗かせた。

 不審そうな視線に気づいてか、男は恐縮したように体を丸め、


「も、申し訳ない、です。気になって、オレ、話を聞いていて……。オレ…いや、わたしが料理長のコッザです」

「コッザさん、ね。聞いていたならわかってるわよね? 己のしでかしたことの重大さを」

「は、はぃ……っ」


 コッザの顔が歪む。

 後悔と絶望にうちひしがれた姿がそこにあった。

 体はかわいそうなほど震え、顔色は真っ青であった。

 知らないとはいえ主人たちを毒死させようとしていたのだ。

 クビではすまされない失態だろう。


「わ、わたしはどうしたら……」

「そんなにうろたえないで。あんたは正しいと思ってしただけなんだし。とりあえず、毒消しをしましょう。確か今日は満月だったわよね? なら大丈夫。きっとうまくいく。だれも死んだりしない」


 そうはっきりと明言した。

 揺るぎない物言いに、料理長は涙目になりながらもほっと安堵のため息を吐いた。


「わしはなにをすればいい?」


 老医師が尋ねた。


「許可を……。そう、庭園に入る許可が欲しいわ。あたしなんかに許可してくれるかわからないけど」

「人命がかかっとるんじゃ。ラザス様も非道なことはおっしゃるまい」



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