勇者に追い出された重戦士と荷物持ち
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「お前ら、もう要らねえからこのパーティーから出て行け」
俺たちが滞在する王国、グレンスト王国にある最難関ダンジョン『死国』で魔王の四天王の1人、死霊王を倒した翌日。
昨日の戦いの傷が癒えていないというのに、俺が所属するパーティー『天道』のリーダーでグレンスト王国で認められた正式な勇者、アルフォンスに呼び出された俺たちは、突然そんな事を言われた。
集まった場所はアルフォンスが借りている宿の部屋で、中には既に他のパーティーメンバーが揃っていた。ただ、見覚えのない者たちもいたが。
「……突然何を言い出す? 昨日ようやく四天王の1人を倒して、次の四天王の場所がわかったというのに」
「だからだよ。このままじゃあ魔王どころか四天王にも勝てねえ。それでこのパーティーで足手まといを抜いて新しいメンバーを入れる事にしたんだよ」
そう言って左右にいる女たちを抱き寄せる。その後ろにはその左右の女に嫉妬する女たち。
パーティー結成当初から一緒にいる赤髪の女性で、俺の幼馴染でこの旅を終えたら結婚を約束している炎魔姫と呼ばれるメリーと、グレンスト王国の第1王女で聖女と呼ばれているメルフィーヤ・グレンスト。
このメンバーに勇者であるアルフォンス、重戦士として皆の盾役をしていた俺、そして、俺たちの身の回りのサポートをこなしてくれていたレックを合わせたメンバーでやって来ていたはずだが……。
「ルーカス、今時てめえのように足の遅い盾役なんて要らねえんだよ。お前が傷付く度に無駄にポーションを使って。昨日だって、俺よりそこの荷物持ちを優先して守りやがって、何度危険な目に遭ったと思ってやがる」
「アルフォンスなら大丈夫だと判断して行動したまでだ。それに、レックを守るのは当たり前だろう。こいつのおかげで俺たちは他のパーティーより長くダンジョンに入る事が出来るのだから。確かに他のメンバーより優先して守ってはいるが」
俺の言葉に申し訳なさそうに顔を俯かせるレックだが、こいつは戦闘以外はかなり優秀だ。俺たちの必要な荷物を持てる収納のスキルを持っており、マッピングもしてくれる。野営の準備だって早いし、料理は美味い。危機感知スキルがある為、夜もぐっすりと眠れる。
「もう、察しが悪いわね、ルーカス。このメンバーを見てわからない? あなたたちが邪魔だって事が」
そう言ってアルフォンスの後ろから腕を回して抱きつくメリー。……最近話しかけても素っ気なかったのはそういう事か。俺よりアルフォンスを選んだって事か。自然と拳を握る手に力が入る。
アルフォンスは俺たちを追い出して『天道』を自分のハーレムにしたいのだろう。ニヤニヤと笑みを浮かべて俺たちを見てくるアルフォンスたち。これは何を言っても変わるまい。
それに、俺たちがいくら反発しようとも、アルフォンスたちに囲まれては無事では済まない。アルフォンスだけならどうにかなるのだがな。俺は諦めるように首を横に振りアルフォンスたちを見る。
「……俺たちが何を言っても変わらないのだろう。わかった。俺は出て行く。その代わり、レックを置いてはもらえないか? こいつはお前たちの旅に必ず役に立つ。感謝してもしたりないほどに。お前たちの仲はわかるが、それでもパーティーに入れている方がいい」
「駄目ですわ。私たちがアルフォンス様がいない時に襲われたりでもしたらと考えると、怖くて夜も眠れませんわ、アルフォンス様」
「そうだな。俺もお前たちから離れるつもりはねえが、万が一がある。それに、お前らの代わりはこいつらがしてくれるからな。お前らはもう要らねえんだよ。だから、とっとと出て行ってくれ。
ああ、お前らが陛下から賜っている装備とかは置いていけよ。こいつらが使うからな」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらそんな事を言ってくるアルフォンス。俺はもう溜息しか出なかった。俺は一度自分の部屋にと戻り、陛下から賜った装備を持って来て、アルフォンスの前に放る。
ドスンッ! と、音を立てて床に散らばる俺の装備だったもの。メシメシと床が音を立てているが俺はそれを無視して部屋から出る。レックも賜っていた装備を同じように床に置いて俺の後について来た。
アルフォンスの部屋から「なっ!? お、重てえ! ゆ、床に穴が……」なんて聞こえてくるが無視だ。奴が置いていけと言ったのだから、言われた通りにしたまで。
「済まないな、レック。お前を残してやれなくて」
宿を出て街を歩く中、俺は隣を歩くレックに頭を下げる。190近くある俺が150に満たない少年に頭を下げるのは、周りからすれば少しおかしな光景かもしれないが。
「いえ、謝らないでください、ルーカスさん。ルーカスさんは何も悪くないのですから。それよりも、皆の為に体を張って守ってくれていたルーカスさんを追い出すなんて許せませんでした! もう少しで怒りに任せて暴れそうでしたよ!」
レックはシュッシュッと口で言いながらシャドウをする。年齢は16と俺たちのパーティーで最年少、見た目は男というよりかは、女っぽく、小動物っぽい見た目をしているため、年上の女性から大人気のレック。ある部分は俺と同じぐらいだが……。
おっと、話が逸れた。しかし、レックも俺のために怒ってくれていたとは。
「今まで、俺たちを助けてくれたレックには感謝しかない。この後のことだが、お前を故郷に送るぐらいは手伝えるぞ?」
「いえ、僕は旅を続けようと思います」
このまま故郷で商人でもすれば、レックは危険なく過ごしていけるだろうと思っていたが、どうやら、レックの考えは違うらしい。
「僕は、あんな勇者たちより、ルーカスさんの方が凄いって証明したいんです! ルーカスさん、僕と一緒に旅を続けましょうよ!」
力強く俺の手を握るレック。俺のためにそこまで……。俺は元々旅を続けるつもりだった。このまま、田舎に戻るのもアレだったのでな。
「なら、2人で旅をしようか。俺もお前があいつらに舐められたままでは癪なのでな。それに、魔王の脅威を知った今、田舎に戻る事など出来ない」
「なら、僕たちの目標は魔王討伐ですね! 僕、ルーカスさんのためなら、何でもしますから!」
男の俺が見ても見惚れるほどの笑顔を見せるレック。この笑顔に周りを歩いていた貴婦人たちは鼻を抑える者と、よそ見をして通行人にぶつかる者と分かれていた。
そんな貴婦人たちを横目に、俺たちはまずこの街を出る準備のために、様々な店を回った。アルフォンスには国王陛下から賜った装備は置いていくように言われたため装備は置いてきたが、金までは取られなかったため、まずは装備を整える事にしたのだ。
俺の装備は今までは国王陛下から賜った防御力を上げる鎧に、自動で攻撃に反応する盾。切れ味は無いが、敵のヘイトを集めるという大剣。
能力は重戦士なら喉から手が出るほど欲しい装備一式だが、ずば抜けた能力にはデメリットが存在した。それは、それぞれの武器が途轍もない重量を持っていた事だ。
俺も初めは余りの重さに装備する事が出来なかった程だ。身体強化を極めて、トレーニングしてようやく持てる程。しかも、それでも、アルフォンスに毎日言われるように普通の人が軽くジョギングしている程度が俺の最高速度だった。
仲間を守るためなら、と何年も我慢してそんなクソ重たい装備を持って重戦士をやってきたが、今更重戦士をやる必要もないため、そんな装備を探すつもりはない。
レックを守るのならそんな装備でなくても十分だしな。俺はこの街で1番と言われている武具屋にあった、オーガキングが使っていたと言われる金棒を買った。
これなら、重戦士と言いながらも、切れ味の無い鈍器のような剣を使っていた感触に似ているし、魔力を流せば重量が増すという能力もあって俺に合っていると思ったからだ。
硬さも中々のもので、防御も出来、重さも普通の人では両手でも持てないほどだが、慣れている俺なら片手で持つ事が出来る。俺にピッタリの武器だった。
レックは素早さの上がる靴に、魔銃と呼ばれる武器を買った。弾は必要ないが、魔力の量によって威力の変わる武器になる。
普通の魔力量だと数発程度しか撃てないが、レックは俺たちの中で1番魔力を持っている。その魔力量のお陰で、俺たちの全員分の荷物を彼が持ち運んでくれていたからな。
装備や食料を整えた俺たちは、直ぐにこの街を……いや、この国を出る事にした。第1王女であるメルフィーヤがあのような感じなら、国王陛下に俺たちがパーティーを追い出された事は伝わっているだろう。
この国に残っていては何が起こるかわからないし、もうこの国に未練は無い。俺の両親もいないしな。その事を話すと、レックにもその事を話すと、俺の意見に賛成してくれた。
話を聞けばレックは生まれは隣国のガルノイド帝国の生まれらしい。レックもこの国未練は無いようなので、1日だけ街で休んで俺たちは旅を始めた。
魔王を倒すなんて言っているが、実際は俺たちを追い出したアルフォンスたちを見返すための旅だ。奴らより速く行動しないといけない。
そのため、俺たちは真っ直ぐと次の四天王がいると聞いていたダンジョンへと向かう事にした。場所は隣国のガルノイド帝国だ。そこにあるダンジョン『蟲国』を目指した。
結果、怪我や毒を負いながらも『蟲国』の四天王を倒す事が出来た。これも、全て準備をして持ち運んでくれたレックのお陰だった。
彼が、解毒剤やポーションなどを準備して無ければ、途中で引き返すか、死んでいただろう。俺がレックに感謝すると
「そんな!? ルーカスさんは魔物を全部1人で受け持ってくれたじゃ無いですか! ルーカスさんがいなければ、僕なんてこのダンジョンに入る事も出来ませんでしたよ!」
と、目をキラキラとさせて言われてしまった。確かに俺が魔物を一手に引き受けていたが、自身の身を守りながらも、マッピングや魔物の位置を探知してくれたレックがいたからこそ、先手を打つ事が出来たのだ。
『蟲国』にいた四天王は様々な蟲を合わせたような姿をしており、多種多様な毒を持って攻めてきた、中々やりづらい相手だった。
接近戦ならやりようがあるのだが、遠くからちまちまとやられるのは俺には向いてなかったが、無理矢理接近する事でなんとか倒す事が出来た。奴は遠距離型だったから、多分一撃で倒す事が出来たのだろう。レックや四天王はあり得ないと驚いていたが。
何とか次の四天王の場所を聞き出す事が出来てダンジョンを出た俺たちに待っていたのは、帝国軍に囲まれるという事だった。
気が付けば、豪華な屋敷に案内される俺たち。まあ、案内される理由も帝国軍に囲まれる理由もわからないままなのだが。少し恐れているレックが俺の服を握っているが、何かあればお前だけでも逃がしてやるさ。
しばらく屋敷の中を歩くと案内されたのは大きめな扉のある部屋だった。中に案内されるとそこには、2人の金髪の美女が座っていた。
1人は鎖骨辺りまでの長さの金髪で、俺たちを睨みつけるかのように見てくる青眼の女性で、もう1人は腰まで伸びた長い金髪で、隣の女性とは比べ物にならないほど、圧倒的な母性を感じさせる胸を持つ女性が座っていたのだ。
「……むっ、何か嫌な感じがしたが……まあいい。貴殿らが『蟲国』を踏破した冒険者か?」
そう言って俺たちを睨んでくる美女。周りの兵士たちも少し怯えているが、この程度可愛らしいものだ。ダンジョンの魔物に睨まれるより、断然美女に睨まれた方が良い。
俺は美女の質問に頷くと、美女は考え込む仕草をする。一体何故呼ばれたのかわからずに、俺とレックは立ち尽くしていると
「まあまあ、姉さん、一旦のこの方達にも座ってもらいましょうよ。さあ、こちらへどうぞ」
その隣に座る巨乳美女が座るのを促してくる。その言葉に俺たちは甘えて座ると、何処からともなく現れた侍女が俺たちの前に飲み物を置いてくれた。良い香りがする飲み物を飲んでいると
「突然お呼びして申し訳ございませんね。私の名前はアナスタシア・ガルノイドと申します。このガルノイド帝国の第2皇女になります。そして」
「私はフレデリカ・ガルノイドだ。このガルノイド帝国の第1皇女になる。突然呼んですまない。どうしても、あのダンジョンを攻略した貴殿らから話が聞きたかったのだ」
「そうですか。私の名前はルーカス。こっちに座るのがレックです。それで、何をお聞きしたいのでしょうか?」
俺が緊張する事なく普通に挨拶をすると、フレデリカ殿下が首を傾げながら俺を見て来た。
「ぬ? なんだか慣れているな。貴族の出身か何かか?」
「いや、私たちは平民です。ただ、こう場面には幾分か慣れておりまして。皇女殿下達には話しても良さそうです」
隠していても、この皇女たち、帝国が本気を出して調べようとすれば、俺たちが勇者一行の元仲間だったという事はいずれバレる。それなら、今話しても同じだろう。
「……なるほど。貴殿らは元勇者一行だったから、四天王がいる場所を知っていたのか。しかし、貴殿らはかなりの実力者のようだ。勇者でも厳しかったという高難易度のダンジョンをたった2人で攻略し、その上で四天王を倒すとは。しかし、これは助かったな、アナ」
「ええ。勇者の噂はここまで来ていてあまり良いものではありませんでしたものね」
俺たちの話を聞いた2人は突然そんな話を始める。どういう事なのかわからずに話を聞いていると、説明してくれた。
どうやら、俺たちは1ヶ月近くもダンジョンに潜っていたようだ。レックがかなりの量食料を持って行けるため、少し頑張りすぎたようだ。隣国から移動するのに1月はかかる事を考えば、俺たちが追い出されたから2月近くは経っている事になっている。
その中で、色々と勇者についての噂が流れていたようだ。その中でも、女癖が悪いのと、ギルドの依頼の失敗続きというのが有名らしい。
「グレンスト王国の最難関ダンジョン『死国』を攻略し、魔王軍の四天王の1人を倒した勇者アルフォンスは、グレンスト国王から爵位を貰い、屋敷も貰ったのだが、かなり自堕落的な生活を行なっているようだ。
グレンスト王国は我が国とそこまで国力に差は無いが、現在唯一勝っているのが勇者の存在だ。その存在があの国をこの国や他の国より優位に立たせていた。
ただ、爵位を与えてからはその生活のせいで、あの国は甘く見られていたな。それに危機感を抱いたグレンスト国王が依頼、若しくは魔王討伐を進めるように勅命を出したのだ。それを賜った勇者はギルドの依頼を受けたのだが……連続して失敗してな。最近では勇者の評判が下がっているのだ」
なるほど。それはとても良い話だ。よくよく考えれば、依頼や準備などは全てレックがやってくれていて、偶に俺も手伝ったりとしていた。それに、依頼を受ける際には情報収集も怠らなかった。その差が結果に現れたのだろう。
「それを覆そうと勇者たちは再び魔王を倒す旅を始めたのだ。そして、この前このような手紙が私たち王家に届いたのだ」
そう言ってフレデリカ殿下が手渡して来たのは、1枚の手紙だった。かなり上質な手紙でグレンスト王国の国印が押されていた。これはグレンスト王国からの手紙か。
内容は、勇者一行が行くから殿下たちに案内を頼むというものだった。これは……
「勇者の噂とこの手紙を見れば分かると思うが、奴はアナを狙っているのだ。全く不愉快な事だ」
確かに、アルフォンスは女癖はかなり悪かったな。パーティーにいた頃も何度か問題を起こしてはいたが……この皇女は何を言っているのだろうか。隣に座るアナスタシア殿下も苦笑いをしているぞ。
「フレデリカ殿下、1つよろしいでしょうか?」
「ん? なんだ?」
「その手紙の内容なのですが、アナスタシア殿下だけでなく、フレデリカ殿下も含まれていると思うのですが」
俺の質問に首を傾げるフレデリカ殿下。そして、何が面白いのか突然笑い出してしまった。いまいち理解していないようだ。
「貴殿は面白い事を言うな。私のような骨張った女より、アナのような女性の方が好かれるだろうに」
本当に不思議そうな表情を浮かべるフレデリカ殿下。この人、自分の魅力に気が付いていないな。
「そんな事ありませんよ。少なくとも私はフレデリカ殿下の方が綺麗だと思います」
「……は……はぁぁ??」
ガタガタ! と、椅子を揺らすフレデリカ殿下。いや、そんなに驚かなくても。
「ききき、貴殿の目は節穴だな! わ、私が綺麗だと? ま、全く、見る目が無いぞ、貴殿は!」
慌てて立ち上がったフレデリカ殿下は、顔を赤くしながら俺に対して指をさしてくる。そんな否定しなくとも良いのに。俺も立ち上がり真っ直ぐとフレデリカ殿下を見つめる。
「そんな事はない。確かにアナスタシア殿下のように女性らしく主張している人を良いと言う者もいる。だが、俺はそんなもので女性の良し悪しを判別はしない。むしろフレデリカ殿下ぐらいのが好きだ。それに、フレデリカ殿下は誰が見ても綺麗な女性だ。逆に今まで出会った男たちの方が見る目が無いな」
俺の言葉に口をパクパクとさせたまま黙ってしまったフレデリカ殿下。そして、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「あらあら、こまった姉さんですね。申し訳ございません、ルーカスさん、レックくん。姉さんはあの目つきのせいで男性から怖がられてしまって、あまり褒められ慣れていないんですよ。だから気にしないでくださいね」
俺とレックはアナスタシア殿下の言葉に頷く。その日はアナスタシア殿下のお言葉に甘えて、その屋敷で休ませてもらう事になった。
前は焦って帝国へ来たが、殿下たちの話を聞いて思ったよりも余裕が出来たからな。少し休んでから次のダンジョンに向かっても構わないだろう。次のダンジョンも帝国内だしな。
そう思った俺たちは、その日から少しの間、屋敷を借りて前のダンジョンの傷を癒す事にしたのだ。それに合わせて、武器を変えた事による動きのズレを修正していった。
王国から帝国に向かう途中などに出た魔物を相手する分には、一撃で倒せていたため気にはしなかったが、ダンジョンの中での戦闘となると、どうしても動きが悪くなっているのがわかる。まだ、自分の速さに慣れていないからだ。
そして、その俺の姿をじーっと見てくる人影が1つ。これも、毎日の日課になってしまい、この屋敷で仕事をしてくれている侍女たちの話題の的となっている。
何度か体の動きを確認し終えて休憩していると、ようやく建物の影から彼女が出て来るのだ。
「こ、これは偶然だな、ルーカス殿。き、今日も訓練か?」
偶々来ましたよ、と風に見せようと頑張るフレデリカ殿下。その姿が見た目の鋭さから想像も出来ないほど愛らしかったので、思わず笑ってしまった。
「な、なぜ笑うのだ、ルーカス殿!?」
「いや、余りにも可愛らしすぎて。そんな影から見てなくて出て来たら良いではないですか」
「なな、何を言うんだ!? べ、別にルーカス殿の訓練の姿を見たくてき、来たりしていないのだからな! た、偶々通ったらルーカス殿が訓練をしていて……」
「わかりました。そう言う事にしておきましょう」
俺がそう言って微笑むと、フレデリカ殿下はうー、と唸る。全く愛らしい人だ。そんな風にゆったりとした時間を過ごしていると
「姉さん!」
と、慌てた様子でアナスタシア殿下が走って来た。両腕でレックを抱きかかえて。大きな胸に頭を挟まれているレックは幸せそうだ。何をしているんだ、レックは。
「アナ……お前はどうしてレック殿を抱きかかえているのだ、最近仲がいいのは知っていたが」
「それよりも、姉さん、前触れが来ました! もうすぐで勇者が来ます」
「……チッ、侍女たちに迎えさせるんだ。私も後で行く」
アナスタシア殿下はフレデリカ殿下の言葉を聞いて屋敷の中へと向かって行く。流石にレックは置いて行ってくれたが。
「すまない、ルーカス殿。このままここに居ては……」
「ええ、わかっていますよ、フレデリカ殿下。レック、すぐに出られるか?」
「はい、荷物は全部僕が持っていますから」
辛そうに顔を俯かせるフレデリカ殿下を横目に、俺たちはすぐに出る準備をする。アルフォンスたちと鉢合わせるのは面倒になる。ましてや、向こうは王国の貴族だ。余計面倒になる。
「この数日間、屋敷に止めてくださりありがとうございました。私たちは3人目の四天王のところへと向かいます」
「……ああ、無理はしないように。そして、また私たちのところへ帰って来てほしい」
俺とレックは、フレデリカ殿下の言葉に頷き屋敷の裏から出る。さて、あの馬鹿野郎に会う前に街を出るか。
◇◇◇
「はぁ……」
私は屋敷を出て行く彼らを見送った後、溜息を吐きながら屋敷の中を歩く。本音を言えば彼らについて行きたかったが、私がついて行ったところで足手まといだ。迷惑をかけてしまう。それよりも、彼らが帰って来られるように、私の出来る事をせねば。
私は嫌々ながらも屋敷の外へと向かう。屋敷の前では少しルーカス殿と話をしたせいか、既に勇者たちが待っていた。少しイライラした様子の勇者を相手していたアナは、私を見つけるなり詰め寄って来た。な、なんだ。
「姉さん。ずるいですよ。私だってルーカスさんやレックくんに挨拶をしたかったのに」
「済まない、アナ。だが、アナが時間を稼いでくれたお陰で彼らは屋敷から出る事が出来たよ」
「それは良かったです。それではここからは任せても良いですか?」
アナの言葉に私は頷き勇者の元へと向かう。勇者たちのパーティーは、勇者アルフォンスに、他は女たちのパーティーだった。中には知り合いでもあるグレンスト王国の第1王女、メルフィーヤもいた。ただ、どこか疲れた様子が伺える。噂の信憑性が増したな。
「お初にお目にかかる勇者よ。私がこのガルノイド帝国第1皇女であるフレデリカ・ガルノイドだ」
「へぇ〜、良い女じゃねえか。俺の名前は知っていると思うがアルフォンスだ。よろしく」
……下から上までジロジロと不躾に見て来る勇者アルフォンス。彼と同じように褒められたのに、全く嬉しくない。それどころか鳥肌が立っている。私はアルフォンスの気持ちの悪い視線を無視して、話を続ける。早く終わらせたいから。
「それで、ここには何用で来られたのだ?」
「はあ? 何言ってんだよ。グレンスト国王より手紙は送られて来ているだろ?」
「ああ。だが、『蟲国』は既に踏破されて四天王の1人は倒された。既に貴殿らの役目は終わっているのだ」
私の言葉に声も出す事が出来ないまま驚くべき勇者たち。まさか、自分たち以外で四天王を倒せる者がいたとは思えなかったのだろう。
「……一体どこのどいつだ? 俺に教えろ!」
ただ、それが癇に障ったのかキレるアルフォンス。この程度でキレるとは底が知れるぞ? それに、誰に対してこの態度だ。たかが隣国の1貴族、勇者と言えども、皇女である私にこのような態度をとって。
「あ、アルフォンス、落ち着いてください。周りをよく見てください」
ただ、それに気が付いたメルフィーヤが怒るアルフォンスを止める。周りには我が精強な帝国兵士がいる。それを見た勇者一行は黙り込んでしまう。
「悪いが、誰が倒したかは教えられない。ただ、既に3人目の四天王を倒しに行っている事だけは教えておこう。そして、それが成功すれば、帝国の勇者として任命するつもりだ」
これに関してはまだ父上には話していないが、四天王を2人倒したルーカス殿を放っておくまい。そして、あわよくば……くくっ!
「ちっ! その3人目の場所はどこだ? そいつなら聞いているんだろ?」
「聞いているが、貴殿にわざわざ話す必要はないだろ? 我が国の勇者候補が向かっているのだから。それより、旅で疲れただろう。屋敷で休むといい」
私の言葉に怒りながら屋敷へと入るアルフォンス。その後に続く女たちの中に、私を睨んで来る赤髪の女。何故か、その女から目が離せなかった。彼女だけは許せないと。
「姉さん、怖い……怖いですよ。ほら、兵士の皆様も驚いていますから」
ただ、睨むと同時に殺気を出してしまったのか、兵士たちが怯えていた。……これのせいで私は今まで怯えられて……いや、今はもう大丈夫。だって彼がいるのだから。
私は昔を思い出して落ち込む気分を首を振って払いのけ、屋敷へと入る。その日から散々な日が続いた。
アルフォンスは、3人目の四天王を倒しに行った奴を……ルーカス殿を待つと言って屋敷に篭り、好き放題に喚き散らすのだ。
食事が不味い、部屋が小さい、女を寄越せ、と。終いには、わたしとアナも夜に部屋に来いと言って来る始末。
キレて切りかかりそうになるのが何度あった事か。アナが止めてくれなかったら、確実に切りかかっていた。
ただ、そんな日々は続かなかった。理由はルーカス殿たちが戻って来たからではない。そっちの方がどれだけ良かったか。
ルーカス殿たちが3人目の四天王を倒しに出発して半月後に、四天王の最後の1人が直接領地に攻めて来たからだ。
我が領地の少し離れたところに見たことも無い凶悪な門が突然出現したと思えば、様々な魔物が領地を取り囲んだ。
こちらが、戦闘準備をする間も無く、外壁を魔物たちに囲まれてしまった。今、私とアナがいる外壁の上から見えるのは、見渡す限りの魔物の群れだった。1千はくだらないほど。
そして、その中で一際目立つのが、赤いドレスを纏った紫色の角を生やしたドレスと同じ赤色の髪を持つ女性だった。その後ろに並ぶ魔族たち。
「我が名はレストリア。最果てのダンジョン『魔国』にて、魔王様の右腕を務める者なり! ……しかし、やはり地上は魔素が少ないな。魔甲門もそれほど長く開けてはおられない。さっさと目的を果たすか」
突然現れた魔王の右腕と名乗る魔族。見ているだけで心臓が握られているかのような殺気に私とアナはどうしても体が震えてしまった。……これが四天王? こんな化け物をルーカス殿はレック殿と2人で?
「我々の目的は四天王を殺した勇者を殺す事だ。ただ、お前たちに構っている時間はない。勇者をここは差し出すのならお前たちの命は助けてやろう。だが、匿うというのなら、勇者ごとこの街を吹き飛ばす!」
レストリアの言葉に城壁の上にいた兵士たちがざわめき出す。それと、魔法の力を使ったか、街中にレストリアの声が響き渡る。
「……姉さん」
「……直ぐに兵士たちに戦闘準備をさせるのだ。それと、勇者たちを呼んでくるのだ」
私はアナに頼んでから兵士たちへと指示を出す。このままでは街が危ない。突然街が魔物に囲まれた事により、慌だたしく走り回る兵士たち。
その中に怠そうに歩いてくるアルフォンスたち。今直ぐにでも怒鳴りたいところだが、今はグッと我慢する。
「はぁ、あれだけ俺の誘いにのらなかったのに、自分たちが危なくなれば俺を呼び出すのかよ? ったく、最低な女だな」
ニヤニヤと私を見てくるアルフォンス。この顔を殴りたいが今はこの街のため我慢をする。アルフォンスは悔しがる私を見て楽しいのかジロジロと見た後、外壁から外を見ようとする。その瞬間
「貴様が勇者か?」
アルフォンスの目の前に突然現れるレストリア。余りにも突然現れたため、呆気にとられるアルフォンス。私たちは反応出来ないままアルフォンスは吹き飛ばされてしまった。
「む? 聞いていた容姿の者を蹴ったのだが……間違えたか?」
首を傾げながらも外壁へと降り立つレストリア。吹き飛ばされ街へと落ちたアルフォンスの元へ行こうとする。それを止めようとメルフィーヤが杖を構えたりするが、その瞬間、辺りに重苦しい空気がのし掛かる。
私たちは立つ事すら辛く、その場に膝をついてしまう。メルフィーヤたちも同じようだ。
「せっかく勇者だけの命で救ってやるのだから、何もしない方が良いぞ? まあ、私は、だがな」
レストリアの言葉の意味がわからないまま何とか顔を上げると、レストリアが街へと降りた。レストリアの視線の先には、瓦礫の中から出て来るアルフォンスが。
所々血を流してボロボロだが、アルフォンスを包み込むように光を纏っていた。
「……クソ魔族が! ぶっ殺してやる!」
アルフォンスは剣を抜きレストリアへと向かう。それを助けようとメルフィーヤたちも向かうが……その光景は子供と戯れる大人のように、差があった。
全員が本気を出しているのに、涼しい表情であしらうレストリア。それどころか、アルフォンスたちの方が押されていた。
「……この程度の勇者に奴らは敗れたのか? いや、この程度では負けるわけがない。なら……お前ら、私を騙したのか?」
レストリアがそう言うと同時に吹き飛ばされたアルフォンスたち。レストリアはアルフォンスの両手両足をへし折り、頭を掴んで私の前まで飛んで来た。レストリアから放たれる殺気に私は立つ事が出来ずに尻餅をついてしまう。隣では同じように怯えたアナが、震えながらも私の側にいてくれた。
「……お前たち、まさか偽者を連れて来たのではあるまいな? この程度の男に我ら四天王が3人もやられるわけがない。正直に話せ。さもなくばこの街もろとも消し去るぞ?」
私はなんて言おうか迷ってしまった。間違いなくレストリアが掴んでボロボロにしたアルフォンスが勇者だ。だけど、それを言ったって今のレストリアは信じて貰えない。それほど、不思議がっている。
そんな事を考えていた私が黙っているのが、勇者を庇っていると思ったのか、レストリアは
「そこまで庇い立てするのならよかろう。この街を消しておびき出してやる。やれ」
レストリアは手に持つアルフォンスを放り投げる。外壁の外ではなく、街の中に投げられたアルフォンスだが、かなりの高さのある外壁から、両手両足を折られた状態で落ちたのだ。ただでは済まないだろう。
そして、レストリアの言葉に反応して一斉に動き出す魔物たち。兵士たちが対応するが、多勢に無勢。直ぐに押し切られてしまうだろう。
だが、大切な街の人たちが魔物に蹂躙されるなど、私は見たくはなかった。腰に挿してある剣を抜き、敵わないとわかっているレストリアへと切りかかる。
レストリアは私の方を向く事なく剣を掴み、簡単に握って折ってしまった。そして、蹴り飛ばされた私。全く反応も出来ずに、塀にぶつかる私。全身の痛みを感じながら何とか顔を上げると、そこには足を振り上げるレストリアが。
「死ね」
そして、私の顔を踏みつぶそうと下ろしてきた。離れたところで私の名前を叫ぶアナの声が鮮明に聞こえる。あぁ、私もここで終わりか。最後にルーカス殿と話をしたかったなぁ。
……そう思い目を瞑ろうとした瞬間、レストリアは何かに気が付いた。そして、腕を交差させて何かを防いだ。しかし、耐え切れなかったのか、外壁の外へと吹き飛ばされるレストリア。一体何が? そう思ってレストリアの吹き飛ばされた方を見ていると
「何とか間に合ったな。無事ですか、フレデリカ殿下?」
と、優しい声が背後からかけられるのだった。
◇◇◇
「何とか間に合ったな。無事ですか、フレデリカ殿下?」
俺は金棒を左手で持ち、呆然と俺を見て来るフレデリカ殿下に手を伸ばす。しかし、本当にギリギリだった。3人目の四天王にこの話を聞いてなければ、ゆっくりして間に合っていなかったところだ。
フレデリカ殿下は、俺を見たまま固まってしまっていたが、次第に目に涙を溜めて俺に抱きついてきた。突然な事に驚いていると
「……ぐっ、ご、ごわがった! ごわがったぞ!」
そう言って力強く抱きついてくるフレデリカ殿下。俺は間に合ったとはいえ、ギリギリになってしまった事に申し訳なく感じながらも、俺を頼ってくれる殿下に嬉しく思ってしまった。不謹慎ではあるが。
「申し訳ございません、フレデリカ殿下。怖い思いをさせてしまいました。後は任せてください」
俺の言葉に何度も頷くフレデリカ殿下。隣では怖かったと、俺の背にいて降りたレックを抱きしめるアナスタシア殿下の姿が。大きな胸に挟まれてしんどそうだが。
そんな光景を見ていると、バッ、と外壁に飛んでくる人影が。俺はフレデリカ殿下を後ろに下げ、左手に持つ金棒を振り下ろす。
ゴゥン! と、防がれた金棒。目の前には右腕で殴りかかってきた魔族の姿があった。ドレス姿なのに格闘術が得意なのか、防がれたとわかった瞬間、右腕を戻し回し蹴りを放ってきた。
首を狩るように放たれた回し蹴りを、下から金棒で打ち上げる。その勢いを利用して宙を縦に回転する魔族。そのまま、俺から距離を取る。俺も油断なく構えていると
「貴様が勇者か?」
と、尋ねられた。俺が勇者? 勇者は忌々しいがアルフォンスだ。そういえば、奴はここにいるはずなのだが。何故いない? 既にどっかへ行ってしまったのか? そう思って辺りを見回していると
「そうだ! 彼こそが勇者で、ルーカス殿だ!」
と、叫ぶフレデリカ殿下……えっ? どういう事だ?
「そうか、やはりさっきの奴では無かったのだな。あまりの弱さに、驚くほどだったからな!」
そう言い再び迫る魔族。さっきの奴と言うのはアルフォンスの事か? なんだあいつ、もう負けていたのか。
少しおかしく思っていると、手に闇属性の魔力を纏わせた一撃を魔族が放ってくる。俺は俺は金棒に魔力を流して重くして耐えようとしたが、吹き飛ばされてしまった。なんて力だ。
「勇者よ、悪いが死んでもらうぞ!」
そこからは魔族の猛攻が始まった。これが以前の鎧と盾と剣を持っていれば耐えられなかっただろう。しかし、今はあんなクソ重たいものは無く、持っているのは重さの変えられる金棒だけ。
そして、2度の迷宮攻略を経て、体の動かし方にも慣れてきた。今まで戦ってきた魔族の中では1番強いが……負ける気はしない!
「ふんっ!」
先ほどの蹴りの時と同じように下から金棒で右腕を打ち上げる。魔族は構わず左足で蹴ってくるが、打ち上げた金棒を振り下ろして防ぐ。そのまま突きを放つが魔族は両腕を交差させて防いだ。見た目は女なのになんて堅さだ。
魔族の女は両腕を大きく広げ金棒を弾き、両腕に闇属性の魔力を纏わせ迫ってきた。しかし、俺は金棒を叩きつけるように力任せに振り下ろす。剣だと太刀筋を気にしなければいけないが、鈍器である金棒は、そんな事を気にしなくてもいい。
思いっきり振り下ろされた金棒を、魔族の女は横に飛んで避けるが、俺は金棒を両手で掴み無理矢理魔族の女がいる横へと振り回す。
女は舌打ちをしながら腕で防御をしようとするが、当たる寸前で俺は魔力を流す。俺の持てるまでの重さに変えた金棒。普通の人間なら大人が10数人で持たないといけなくなる重さだ。それをモロに腕で防いだ魔族の女は
「ぐっ!?」
メキメキと鳴る音と共に吹き飛んでいく。あれは防ごうとした右腕が折れたな。俺は吹き飛ばした方を見ていると、砂煙が立つ中、魔族の女が立っていた。苛立たしげに俺を睨んで
「さすがは勇者だな。ここまでとは。だが、私も本気を出させてもらうぞ!」
そう言って膨れ上がる魔力。ここからが本番ってわけか。俺は油断なく構えて、魔族の女も何唱えようとした瞬間……女の魔力が霧散した。
俺は突然な事に訳がわからずに魔族の女を見ていたが、魔族の女は理由を知っているようだった。そして
「ちっ、時間切れか。やはり、魔素の少ない地上ではこの程度が限界か。勇者よ、今回の戦いは保留とさせてもらう。だが、わが魔王様が作られた最果てのダンジョンへ来た際は貴様を殺させてもらうぞ」
魔族の女はそれだけ言うとドレスを翻し、外壁の向こうへと行ってしまった。そして、街を囲っていた魔物の気配が全て消えてしまった。
訳がわからないまま戦いは終わってしまったな。外壁の上の兵士たちが初めに歓声を上げて、次に街の人々が歓声を上げた。
外壁の上から俺に向かって走ってくるフレデリカ殿下に、レックとアナスタシア殿下。フレデリカ殿下は止まる事なく俺に抱きついてきた。
「ルーカス殿! うぅ……ありがとう! ルーカス殿のお陰でこの街は……そして、私たちは助かった。本当にありがとう!」
そう言ってさらに抱きついてくるフレデリカ殿下。俺はどうすれば良いのかわからずに、頭を優しく撫でるしか出来なかった。その光景を微笑ましそうに見てくるアナスタシア殿下とレック。街の住人たちもだ。なんだか恥ずかしいなこれ。
「なんでてめえが居るんだよ、ルーカス!!」
魔族が退いて戦勝ムードのところにそんな怒鳴り声が聞こえてきた。皆が声の方を向くとそこには、俺を睨んでくるアルフォンスと、アルフォンスの女たちであるメルフィーヤたちがいた。当然メリーもだ。
ふむ、所々汚れてはいるが怪我はなさそうだ、というよりも治してもらったのか。きている服はボロボロだものな。
アルフォンスは俺を睨んだまま近づいてくる。それを止めようとメルフィーヤたちが声をかけるが、無視してやって来る。そして、俺の前に立つアルフォンス。
「……別に俺がどこにいようが構わないだろう。お前たちとは関係無いのだから」
「てめえ、俺の力を盗ったな!」
「………………は?」
余りにも意味の分からない言葉に俺は返事をするのが遅れてしまった。突然何を言い出すんだこいつは。レックもアナスタシア殿下も、俺の服をギュッと握るフレデリカ殿下もぽかぁんとしてるぞ。
「てめえがいなくなってから、俺たちは勝てなくなった! てめえが俺たちの力を盗んでいるに違いねえ! 返しやがれ!」
アルフォンスはそれだけ言うと、問答無用に切りかかってきた。こいつ、フレデリカ殿下がいるというのに。
俺はフレデリカ殿下を左腕で抱き寄せ、金棒を振り抜く。切りかかるアルフォンスの剣に向かって金棒をぶつける。アルフォンスはくそっ、と言いながら下がるが、みんなはアルフォンスの手元を見ていた。
「なんて馬鹿力だ。俺たちから力を盗みやがって! 絶対に許さねえ!」
そのまま再び切りかかって来るアルフォンスだが……こいつ、まさか気が付いていないのか? 周りも驚いて見ているが、気がつかないまま剣を振り下ろす動作をするアルフォンス。俺もフレデリカ殿下も避けるそぶりはせずにそのまま見ていると
「なっ? くそっ、当たらねえ! くそ、くそっ!」
と、何度も剣を振る動作をするアルフォンス。その姿は余りにも滑稽で周りは笑うのが我慢出来ずに笑い出してしまった。
アルフォンスも周りの雰囲気にようやく気が付いて周りに怒鳴る。その姿も可笑しくて俺も笑ってしまった。そして、羞恥で顔を赤くしているメルフィーヤに今のアルフォンスの姿を教えてもらってようやくどうなっているのかわかったアルフォンス。
アルフォンスの手の中に剣が無かったのだ。最初に俺が金棒をぶつけた時にすっぽ抜けて飛んで行ったのだ。顔の横ギリギリに剣が突き刺さった街の住人は可哀想だったがな。
「なっ!? お、俺の剣が! な、何をしやがった!?」
「別に何もしていないさ。お前がしっかりと剣を握っていなかっただけだ」
その事が認められずにずっと怒鳴るアルフォンス。はぁ、俺はずっとこんな奴のために戦っていたのか。呆れ過ぎて笑う事も出来なかった。俺は金棒を背に戻して、アルフォンスへと近づく。そして
「がぁっ!?」
1発顔を殴ってやった。それだけで吹き飛ぶアルフォンス。今までのダメージもあったのか、それで気を失ってしまった。
その様子を見ていたメルフィーヤたちは慌ててアルフォンスの元へとやって来る。そして、怯えながらも俺を見て来た。
「る、ルーカスさん、も、もしよろしければ王国へ戻って来ませんか? あの時は四天王に勝った事で少し浮かれていまして……だから、その」
「今更ふざけた事を言うな。最初に要らないと追い出したのはお前たちだ。それを詫びる事もなく戻らない、だと? 俺たちを舐めるのも大概にしろ。俺たちは王国に行く事はあっても、お前たちの元へ戻る事はない。さっさとそいつを連れて帰れ!」
俺が地面に金棒を叩きつけると、ビクッと震えるメルフィーヤたち。メリーも何か言いたそうに俺を見て来るが、俺が睨むと何も言えずに顔を逸らした。
メルフィーヤたちは逃げるようにアルフォンスを抱きかかえて街を出て行った。別に今日1日ぐらいはいても良かったのだが、まあ、周りの空気が許してくれないだろう。
それからは、あっという間だった。フレデリカ殿下が、父親である皇帝の元に行き、今回の話を話した。それに激怒した皇帝陛下は王国に怒りの手紙を送る。まあ、アルフォンスがフレデリカ殿下に剣を振り下ろした事は許せない事だからな。
それと同時に、俺を帝国の勇者に任命するとの勅令も出た。周辺諸国が認めないといけないのだが、四天王2人を倒し、魔王の右腕と言われた魔族を退けたという実績があるため、満場一致で決まったという。
あの魔族、確かにかなりの強かった。まだ本気を隠していたようだったし。彼女が言っていた時間切れが無ければ、危なかったかもしれない。
今までは王国のみに勇者がおり、周辺諸国に対して有利に立っていた王国だが、俺が帝国に所属している事と、王国の勇者より強いという事が広まり、周りに対して強く言えなくなっていた。
その事に激怒した国王が、アルフォンスたちに無茶な命令をしているとか。その結果、アルフォンスの仲間が1人死んだとか、メルフィーヤも顔に大きな傷を負ったや、誰かの腕が無くなったなど、噂は聞いている。
アルフォンスも貴族の地位を剥奪され、前のような冒険者として動いているようだ。メリーがどうなったかは聞かなかった。大して興味も無かったし。
それよりも今は
「我が娘を救ってくれた、勇者ルーカスよ。お主にはフレデリカが治めていたあの領地を与える。2人で協力して繁栄させるといい。そして、魔王討伐の際は何でも言うが良い。我々は協力を惜しまぬ」
「はっ! ありがたき幸せ!」
「そして、娘を頼んだぞ……ようやくフレデリカの貰い手が見つかって良かったわい」
「はっ!」
皇帝陛下に頭を下げていた。あの戦いの後直ぐに呼び出された俺たちは、正式に勇者に任命された事と、フレデリカ殿下との婚約の発表のパレードに参加する事になってしまった。
平民の俺なんかで良いのかと言ったが、俺だから良いと言われてしまったら断れなかった。それに、皇帝陛下も王妃様もかなり乗り気だったし。ちなみに、レックはアナスタシア殿下と婚約した。あの時皇帝陛下に迫るアナスタシア殿下は少し怖かったな。
そんな日から、数日後、俺たちは初めてフレデリカ殿下と出会った領地の門へと来ていた。それは
「必ず戻って来てくれるな?」
「当たり前で……当たり前だ、フレデリカ。だから俺たちの帰りを待っていて欲しい」
最後のダンジョンへ向かう事にしたのだ。3人目の四天王と戦った時に場所は聞いていたからな。それに今は俺とレックだけでない。新たな仲間も出来た。そんな俺たちを見て微笑むフレデリカ。
「そうだな。私とアナはここで旦那殿たちの帰りを待っているよ」
最後にフレデリカを抱きしめてから俺たちは門を出る。
「さあ、行こうか、みんな」
守りたい者の為に。
仕事の関係で他作品が中々投稿出来ませんでしたが、落ち着いて来たので、投稿して行きたいとおもいます!
他作品もよろしくお願いします!