4話~軍隊帳クリード~
リーダーは一歩前に踏み出たが、突然顔をしかめ、舌打ちをした。
「本当に鬱陶しいやつだ」
そう言うと、リーダーは踵を返し、元来た道へと帰って言った。
何かの罠だろうかと周囲を注意深く観察していると、一番左端の道から人影が現れた。
青年だ。強盗団と違い、立派な服をきっちりと着こなしている。縄のようなものを腕や足にいくつも巻き付けていることだけが気になったが、それはファッションか何かなのだろう。
青年は上質なマントもしており、肩には何か勲章のようなものが刺繍されているのが見えた。
身のこなしからただ者でないことはわかる。軍人だろうか。最初に感じた殺気の一つはこいつのものだったのだろう。
青年は俺を見ると、突然拍手をした。
「素晴らしい!」
「……は?」
「君の活躍を見させて貰っていた。その若さでその実力、うちの兵士にも見習わせたいくらいだ」
「――どうも」
褒められて悪い気はしない。しかし唐突すぎて反応に困る。
「そんなことより医者を紹介して貰えないですか。病人がいるんです」
ルクスを見て言った。苦しそうに胸が上下している。
「ふむ。それは大変だ」
青年はルクスを一瞥すると、左手を掲げた。その手首のブレスレットには緑色に輝く石がはめ込まれている。
「しかし、その前に後片付けをしないとね」
青年は手首の石に向かって囁いた。
「カンプレヘンド」
同時に、青年の手足に巻き付けられていた縄がまるで生き物のように飛び上がり、倒れている強盗たちを次々と縛り上げた。
そのうちの一本が何故か俺に向かって飛んできた。
間一髪のところで縄を避けると、縄は地面で跳ね返り、青年の元へ戻っていった。
「ほう。流石。今のを避けるか」
「いきなり何をするんですか」
「試してみたんだ」
俺が睨むと、青年は悪びれる様子もなく言った。
「これで捕まるくらいなら君もこいつらみたいに牢屋に入ってもらおうと思ったんだ。躱せて良かったな」
青年が何かを囁くと、一本の縄が広場からどこかへと飛んでいった。
「少ししたら兵士たちが君たちを回収しに来るから。大人しくしておきな」
青年は縛られ地面に転がっている強盗たちを見下ろして言った。
「いっとくけど縄を切って逃げるなんてことは考えない方がいい。労力の無駄だ。私の縄は硬質化の魔法が付与してある。鉄と同じ硬度、ドラゴンでも連れてこない限り決して切れない」
少なくともこの世界に鉄は存在しているということか。ドラゴンとかいう不穏な単語が聞こえてきたが、深くは考えないでおこう。
鉄があるということは、刀らしきものをつくることも可能なはずだ。残念ながら俺は刀の製法をほとんどしらないので鋼を作り出すことは出来ないが、それでも木の棒や体術に頼るよりはよっぽどましだろう。
「さあ、いこうか」
青年がブレスレットに何かを呟くと、マントが肩から外れ、ルクスを包み込み、浮かび上げた。
「これでよし。自己紹介が遅くなってしまったが、私はクリード。この街の軍隊長をしている。さて、君の名前を聞かせてくれ」
「詠句」
「エイクか。良い名前だ」
クリードはうんうんとうなずいて、
「独特な服装をしているな。それに目が青い。エイクはもしかして異国人なのか?」
「まあそんな感じです」
「やはりか。東か、北か?」
「東です」
日本は東の国とよく言うし、問題ないだろう。
「そうか。それはよかった」
クリードはふっと微笑んで言った。
「北に知人はいるのか?」
「いないです。天涯孤独なので」
「ほう。それでは彼女は?」
クリードはマントにくるまれて浮かんでいるルクスを指差して言った。
「ルクス――彼女はついこの前知り合ったばかりの人で、俺を助けてくれたんです。色々あってこの街に行くことに」
「なるほど。旅の友ということか」
クリードは入り組んだ道を迷うこと無く進んでいく。軍隊長というくらいだからこの街には精通しているのだろう。
あっという間に中心地らしき大広場へと出た。活気付いていて、沢山の人が行き交っている。
「軍の医療所に連れて行こう」
広場の一角にそびえ立つ大きな建物に向かいながらクリードは言った。建物のてっぺんには丸い模様が三つ重なったものが描かれた旗が掲げられていた。