3話~北の街、強盗~
目的の街に到着したのは、牧場を出てから丸一日たってからだった。ウーパールーパーの操縦が思いの外難しかったためだ。
道中の栄養補給はルクスの生命系魔法で補っていた。最初は本当に役に立たない魔法だと内心思っていたのだが、何も栄養補給しなくていいというのは想像以上に楽で良かった。
街は三メートルほどの壁で囲まれていた。中世ヨーロッパの要塞都市のようなイメージだ。
隊商に混じって街に入り、その光景に俺は圧倒された。
至る所に建築物が立てられており、狭い裏道みたいなものが毛細血管のように続いていた。それまで草原と荒野しか見てきていなかった俺には、その文明化された光景がとても新鮮に感じられた。
一方、草原と荒野で育ったはずのルクスはそこまで感動している様子もなく、ぼうっと地面を見つめていた。
「とりあえず宿探しだな。宿ってあるんだよな?」
「……もう少し中心部へ行けばあるはずです」
ルクスは俯いたまま言った。眠いのだろうか?
中心部を目指して歩いて行くが、道が入り組んでいるため真っ直ぐ進んでいるのかどうかわからず、ついに迷子になってしまった。
「行き止まりだ」
俺たちは小さな広場に出ていた。昼間だというのに薄暗く、陰気な空気が漂っている。
引き返そうと思ったが、広場からは三つ細い道が暗がりに続いていて、どこから来たのかがわからなくなっていた。
そして嫌なことに、その細い道全てから人の気配がしていた。
押し殺すような足音、呼吸は落ち着いているが鋭い。
そして微かな殺気だ。
俺は素早く周囲を確認したが、武器に出来そうなものは見当たらなかった。荒野で木の棒でも拾ってくるんだった。
どうしようか考えあぐねていると、真ん中の道の暗がりからぬっと、人影が現れた。続くようにして右端からも同様に人影。
合計で五人だった。若者たちだ。頬はこけていて、目が落ちくぼんでいる。そのボロボロの服装に、俺は発展途上国のスラム街を思い浮かべた。
幸い武器を持っているようには思えない。しかし、魔法石を隠し持っている可能性は十分にある。
「魔法って誰でも使えるのか?」
ルクスに耳打ちするが、反応がない。
「大丈夫か?」
肩を軽く揺すってみるとルクスの身体がぐらりと揺れた。慌てて両肩を持ち、身体を支える。
「おい」
「……大丈……夫ですよ」
意識が朦朧としている。身体が熱い。額に手を当ててみると、高熱だった。
しゃれにならない。早く医者に見せないと。
俺は若者たちに向かって言った。
「おい。俺たちは旅人だ。金も持ってない。だからそこを通してくれないか? 病人がいるんだ」
「それがどうした。病人なんてこっちにもいる」
リーダー格らしき、黒い目をした若者が笑って言った。
「それにお前は嘘をついている。金を持っているだろう。わかるぞ」
若者はポケットから黒く輝く小さな石を取りだして言った。
「有り金全部置いていけ。そうしたら命だけは助けてやる」
俺一人だったら、その言葉に従っただろう。もともと奪った金だし、命の方が大切だ。
しかし今は金がいる。この世界がどうか知らないが、医者に診せるにはおそらく金が必要だ。
俺はルクスをそっと壁にもたれかかるように座らせ、若者たちに向き直って言った。
「それは無理だ。全部は渡せない」
若者たちが殺気だった。最年少であろう少年が地面につばを吐いた。
「なら奪うまでだ」
リーダーの言葉を合図に、若者たちが四人飛びかかってきた。
徒手空拳は苦手なんだが仕方が無い。
ポケットに入っていた金貨を正面の男に投げつける。男は辛うじて躱したが、体勢が崩れた。そこを狙って首に手刀を叩き込む。俺の背後に女が迫っている。
首を押さえた男の背後に回り込み、腕をとって前に突き出すと、女の動きが一瞬止まった。その隙を見て、男の背中を蹴り飛ばす。女は急に飛んできた男に押しつぶされるような形で、地面に転がった。
横から殴りかかろうとしてきた少年の拳が俺の脇腹に当たる。軽い拳だったし、覚悟していたので持ちこたえられた。少年の腕を掴み、足払いをかけ地面に組み伏せる。
リーダーは戦いに加わることなく、端で様子を覗っていた。
少年を抑え込んでいる俺に向かって最後の男が飛びかかってきた。俺が何かを投げつける動作をすると、男は一瞬怯んだ。もちろん手には何も持っていない。ポケットに入っていた金貨は一枚だけだ。
少年の背中を足で踏みつけ、男と向かい合う。
少年は暴れたが、足の力を強くすると大人しくなった。
男はポケットからグローブのようなものを取り出し装着した。甲に小さな石がついている。
「パングナス」
男が呟くと、石が鈍く光った。魔法だろう。どんな魔法かわからないが、あの拳には当たってはいけない。
深呼吸をして、俺は構えた。手には何も持っていないが、刀を持っている構えだ。刀があろうとなかろうと、この状態が最も落ち着く。
男が雄叫びを上げて殴りかかってきた。ぎりぎりまで引きつけ、寸前で拳を躱す。衝撃が頬をかすめていった。
がら空きになった男の横顔に拳を叩き込むと男は声もなく沈んだ。
俺は倒れた男の手からグローブを回収した。残念ながら俺の手にはサイズが小さかったが、金にはなるかもしれない。
「残るはお前だけだな」
リーダーは落ち着いていた。仲間がやられて取り乱して逃げていってくれるか、激高して飛びかかってきてくれれば都合良かったが、そうもいかないらしい。