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プロローグ~初代の伝説、末代のしがらみ~


「……九十八、九十九、百!」

 木刀が朝の空気を切る音だけが聞こえてくる。

 毎夜百回の素振り。これが俺の日課だ。

 木刀を仕舞い、掃除をすませて道場を出る。

 道場の入り口には『月影式剣術道場』と巧拙判断しがたい字で書かれた看板がかかっている。

 俺は看板に黙礼をした。道場に礼をして、看板に礼をする、これは二度手間に他ならないのだが、物心つく前からずっとやらされてきたことなので今では習慣となってしまっている。

 そう、習慣なのだ。毎夜素振りをし、鍛錬に励むのも全て習慣でやっているだけに過ぎない。つまりそこに目的などは一切ない。

 この平和日本において、剣術を身につける意味などない。剣道ならまだ精神の鍛錬とか、色々な意味があったかもしれない。しかしこれは剣道ではなく、剣術なのだ。つまり、殺人術である。

 殺人術というと物騒な響きに聞こえるが、つまるところ武術というもののルーツは全て殺人術である。動乱の世を生き延びるために生み出された術、いまでいうライフハックというやつなのだ。

 数多くの武術は平和の時流を反映し、道を極める、己の鍛錬を追及とした武道へと形を変えた。そこに見いだされるのは精神と肉体を鍛えることによる自己の追及である。剣道、柔道、空手道。時代の流れに上手く乗ることの出きた優等生たちである。

 しかしどんなところにも落ち零れというものはいるもので、月影式剣術はその最たるものだ。ただ人を殺めるだけの術を追及し続け、過激すぎるが故に門下生を減らし、滅亡の憂き目にあっている。

 曾祖父の時代はまだ戦争という需要があったのでそこそこに繁盛していたみたいだが、パイプをくわえた軍人が我が国に降り立った時から月影式剣術は急速にその勢いを衰えさせていった。そして今ではこの有様である。師範である父はアフリカへ単身赴任。兄は早々に剣を捨てサッカーへと走った。唯一の門下生だった俺は先日形だけの師範代となった。つまり現在門下生はゼロである。

 さっさと畳んでしまえばいいのに、と友人には言われる。それには俺も同意だ。

 しかし、今や固定資産税の凶悪さの権化のような存在となった道場を売り払わないのには理由があるのだ。

 それは呪いを怖れているからだ。

 呪いというとまた非科学的、非現代的なものだと思われるかもしれないが、そう思うのは部外者だからであって、実際に呪いをかけられるかもしれない当事者になってみると中々気になるものである。

 呪いの言葉は道場裏の小さな祠の中、初代月影詠草が使用していたという伝説のある一振りの刀の柄に掘られている。

 『月影式は救世の力なり。これを滅せし時、世も滅ぶ』

 月影式剣術は世界を救うものであって、もしこれが無くなったら世界は滅びる。

 道場を畳んだら世界を滅ぼすぞ、とも受け取れる。これが呪いでなくて何だというのだ。

 端から見ればくだらないと一蹴してしまうような内容だろう。しかし初代の数え切れない伝説を幼い頃から聞かされてきた月影一族にとっては到底そんな態度はとれないのだ。

 月影詠草の伝説は、鉄を斬ったとか、妖怪を退治したとかそういったレベルの話に収まらない。

 詠草は雲を斬り、月影、つまり月の明かりを世界に取り戻した。そして青目の月の巫女と結ばれた。

 これが我が一族が物心つく前から記憶に刻まれる代表的なエピソードだ。竹取物語もびっくりのファンタジーである。

 もちろんこんな話を全て信じているわけではない。しかし、月影一族の一部には不思議な遺伝というものがあって、満月の日には目が青くなるのだ。

 現状だと故人となった曾祖父、そして俺だけがこの不思議な特性を受け継いでいる。言い伝えによるとこれは月の巫女の血を受け継いでいる者だけに発現する特徴らしい。

 果たしてそれが本当なのかどうかはさておき、何かがある、というのが一族の総意なのだ。そういうわけで道場も取り壊せずにいる。

 

 そして今夜、気が進まないが俺は祠を開けなければいけない。

 師範代になった者に課される掟で、初代の刀を満月の光に照らさなければいけないのだ。

 師範代になって初めての満月である。

 祠の前に立ち、ついにこの日が来てしまったかとため息をついた。

 別に特になにかあるわけではない。ただ祠を開けて、刀に月の光を浴びせ、黙祷し、閉じるだけである。父も、祖父も同じことを経験しているが何も起きなかったといっている。しかし、そう言われていても何か嫌な予感というものを幼い頃からこの祠に対して感じていたのは事実なのだ。

 祠を開けると月明かりに刀が鈍く光った。ちなみに、初代の刀は普段ガラスケースに入っている。

 満月に光を反射する刀を前に俺は黙祷をした。

 何もおこりませんように――。そう願う俺の顔面を、月明かりの反射とは思えないような眩い輝きが照らした。

 思わず目を開けると、刀が青白く光っていた。

 ひと、刀が『掴め』と語りかけてきたような気がした。

 俺は流されるようにして、ガラスケースを開け、光り輝く刀を掴んだ。

 刀が震えた気がした。

 その瞬間、俺は強烈な渦に巻き込まれるような感覚に襲われた。

 突然視界が真っ暗になり、上下左右の感覚がつかめなくなった。ぐるぐると身体が回っている気がする。右手に刀の冷たい感触を感じた。これは離してはいけないと思ったが、突然横揺れのようなものが身体を襲って、次の瞬間刀の感触は消えてしまっていた。

 俺の意識はそこで途絶えた。


 目が覚めた俺が見たのは、全く知らない天井だった。

 丸い窓からの景色が目に飛び込んできて、俺は驚愕した。

 青い月と赤い月が二つ、夜空に浮かんでいた 

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