C0.2 事の発端 ― 2 ― とある本
ある日、扉をノックする音が聞こえた。
いつもなら無視する所だった(と言うよりは気づかない)のだが、丁度研究も一段落ついたばかりの所だった。
それで気分が良かったのもあるのだろう、突然の来訪者の顔を見るくらいはしてやろうと思ったのだ。
「あの、ここは魔導師様の住む庵でしょうかね?」
真っ黄色な歯を剥き出して、にやりと笑う下卑た男、見るからに盗賊らしい男が扉の外に立っていた。
「だとしたら何の用があるのだ?」
「これを・・・この本を買っていただけないでしょうかね?」
男の差し出した本は見たこともないような文字のような記号のような物がびっしりと書き込まれていた。
・・・成程、何かの魔法に関わる代物のようだな。
魔法がいくらありふれているとは言え、門外漢に難しい書は紐解くことすら出来ない。
そのためこの盗賊はこの本が何かしら魔法に関する書だと踏んだのだろう。
「何故私なのだ?」
「理由は幾つか・・・大きな理由は、どこもかしこも買い取ってくれませんで・・・。
で、良く見知った魔術師に、買い取ってもらえそうな人を紹介してくれって泣きついてですね・・・。」
見かけによらず正直な奴。
ふむ・・・私ですら見たこともないような文字、又は記号の羅列なのだから、そこらの魔術師レベルではどうしようもなかろうな。
「・・・丁度研究も一段落付いて気分が良かったのでな。
良い暇つぶしになるやも知れん。
ただ、私も人との関わりは最低限に止めているのでな・・・。」
そういって本の代価を握らせてやった。
握らされた物を確認した盗賊は軽く悲鳴を上げる。
「だんなっ、これっ、が・・・御代ですかい??」
「いつぞや、どこぞの貴族が下らぬ依頼を持ちかけてきた時の報酬だ。
金など要らぬといったらそんなものを持たせてきおった。
足りるのかね?足らんのかね?」
「ブツブツ(足りるなんてもんじゃ)・・・はっ、丁度です!」
またしても黄色い歯をむき出しに笑う男・・・調子の良い奴。
まぁ私にとって宝石の類など、何の価値も無いのでくれてやるとも。
「ま、また何か見つけましたらもって来てもいいですかね!?」
「・・・これは面白そうだから良いが、詰まらない物はそこらの魔術師にくれてやれ。
得体の知れぬもの、そういう面白そうなものなら考えよう。」
「へい!今後ともごひいきに!」
・・・まぁ今後は無いだろう。
あの手の輩は一度おいしい思いをすると、次は相手を騙してでも2度3度、繰り返しおいしい思いをしようとするものだ。
恐らく、この書が一介の魔術師の手に負えなかったのはあるとしても、そもそもが信用されていなかったのだろう。
ではなぜ更に高位の魔導師か?
これは憶測だが、騙されたことのある魔術師の意趣返しのようなものだった ―魔導師を騙して無事で済むはずが無いと思思い至った― と、推測するに易い。
こうして突然の来訪者を見送り、庵の奥へと引っ込んでこの新しいおもちゃを吟味し始めるのだった。