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第五章 第四節

いつか聞いた光景も

当たり前のものになる

待ち望んだ真実は

土から離れることはできない

今でさえ竦む両足に

「いつまで立ち竦んでんだ? お前の知りたい真実がやっと知れるかもってのに」


 私はエンターリャの声で思考から覚めた。気が付くと、すべてが終わっていた。マルセディアは……現在のダウの支配者は死んだ。ダウの民は、老いた男だけを残して、若い男は兵力として、もしくは奴隷として、若い女は専ら欲の解消に使われ、子供はまとめてアルの地の教育機関に入れられた。また、様々な食料も奪われ、ダウの地は一晩で限界集落と化していた。

 今からアルの兵は撤収する。その前にやりたいことがあったらやってこいと上から指示があった。エンターリャはそれを聞いて、すぐさま私、アウグイシュの元へ駆けつけたというのだ。


 エンターリャに書庫への案内を頼んで、あとは運び出しだとかを依頼した。

 書庫のこれまで開かなかったような扉を開けて、驚いたのは、そこにある板が異様に多かったのだ。先ほどまで私がいた書庫は、空間が開いていたり、板にも空白が多かったのに、この場所にだけ隙間なく詰め込まれ、その板には名前が記されていた。こんなものを残しておいても、私のような人間しか参照しないだろうに、と思ったが、書記を担当する人物が、きっとまめだっただけだろう。それか、いつだったかカイケの長が、戸籍の管理がなんだとか言っていたな、そしたらその関係か?


 メレディサ。パームシャ。クイリット。

 いずれもカイケの女性名だ。つまり記述に間違いはなく、生贄は正しく「全員が女性」だったのだ。他に共通項を上げるなら、二番目の名が「シュラーク」であるところ。これは当地の信仰における、スルムフェルを信仰する一族ということになり、もしくはその一族の集団となる。三番目の名は違うこともあれば同じこともある。メレディサであればトレーケン。パームシャはピテティカ、クイリットはルティエフ。ほかにも、未通で、未婚の若い女性、ふっくらとした体形の女性、というぐらいだった。しかし、全員が女性ということはあるまい。

 ただ単に未通で未婚の男なら他にもいるし(実は私も……)、ふっくらとした体形なんて男女を問う必要もない。それでいてなぜ女性だけが埋められなければならなかったのか。神話に答えだってあるし、戸籍のこともあったから、けれども、不思議で仕方なかった。


 ティセルマ=マギートレン=セキュラ。

 彼だけが男で、テルサマギアを信仰する集団で、経験済みの、そこまで若いとも言えない年齢の、既婚……。

 この三百年……いいや、それよりももっと前から埋められてきた人数の合計は、213,589人。それだけの人数の名前がある中、たった一人の男性。


 私は今、アル群地にいる。その目的は、遥か約束の平面作品を仕上げるためだった。貿易ならすでに終わった。その結果、ある程度の結果を得ることができた。引き換えに、彼らの方から一つ提案をしてきたが、それはまた後。今は指の前の板が先。

 両手に疲れを感じて、一度休憩していると、エンターリャが行儀もなく入ってくる。けれど、それでもいいと思えた。エンターリャは少しの話をしながら、私の肩を叩いてくれた。そのうえ飲み物まで持ってきてくれたのだ。いくら粗暴な民族にも、少しはいい人間もいるものだ。


「お疲れ様、アウグイシュ…… いつもはふざけて呼んでるけど、今日ばかりはできない気がする。

そうだ、ダウの民だったものどもは結構まじめに働いてくれているし、特に反乱も起こしそうにない。いい奴隷をつかんだものだよ。けれどさ。

アウグイシュ、あんたがいなかったら、ダウが裁かれることも、カイケが救われることも無かったと思う。

だから、あんたの選択に間違いはなかったと、俺は思っているよ」


 本当にこれで良かったのだろうか。本当に外部の介入でしか、改革は成せなかったのか。


「どうしてあんたが気に病むんだ? あんたが手をかけなければ、この問題は何千年と続いてただろうよ。

それに未来になったら、もっと酷いことになりそうだろ? だから今のうちに滅ぼしといて正解だったじゃないか!」


 エンターリャの答えには、何の濁りもなかった。それだけが、彼の性根を証明する全てだった。

 一息ついたところで、また平面作品を仕上げることにする。エンターリャを追い返すと、抱っこを拒絶されたカデュラのように悲しそうにしていた。きっとそういう意図はないだろうが、構ってほしいのはわかった。そういうのはとにかく後。今は指の前の板が最優先。



 一つ仕上げるたびに、これまでの道筋を思い出して、彼らの運命に涙していた。

 彼らシュルストラヴィクの娘たち、そしてただ一人の息子が、報われることを祈る。

いつか埋めた魂も

当たり前になってしまうなら

せめて残させてほしい

命からは離れることはできない

さざなみに眠りを告げよう

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