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第五章 第三節

体制を脱却せよ、と

欲のないものが囁く日

意志の力は血と流れ

影から離れることはできない

今でさえ手に余る両手に

 プリエステ群地・月一派の貿易人、アウグイシュ=ストリェケンは、責務を遂行しつつカイケ群地のことを調べていた。その間に当地の女も連れて行こうと思ったようだが、結局広く流布したはずの待ち合わせ場所には誰も来なかったようだ。敗因は識字率である。

 カイケ群地はかねてより識字率が低く、そのことがダウ群地による支配を受け入れてしまう原因になり得た。識字率だけではなく、カイケ群地の民の、性格の問題もあったのだ。彼らはあらゆる人に暖かく迎えた。いつか災厄になりうる者どもにさえ。無論、彼らの頭脳が悪かったのではなく、彼らの温情を喰い、自分の利益にしていくダウ群地が全面的に悪とされた。

 アウグイシュは、誰も来ない知らせに泣きつつも、本来の役目を果たしたがために帰って行った。同時に、ある縁談を、隣群地でありながら強大な軍事を誇る、アル群地に頼み込んだ。

「ダウ群地にはレチアの香木が沢山あり、水や食料もある……民の女も素晴らしく美しく、掠奪し鹵獲すれば、奴隷としても家政婦としても高値がつく。というのに、貴方方がダウ群地に攻め込まないのは何か理由はあるのか?」


 更に、交換条件として、プリエステ群地の月一派による平面作品を描き下ろし、譲渡することになる。これだけの好条件、そして高報酬、承諾しないというのなら人として何か欠けている印だ。

 さてここでどう出るか。アウグイシュは不安がりながらも、アル群地にいる友人、エンターリャからの連絡を待っていた。聞くに多くが筋肉人間の世界の中で、まだ分かり合える筋肉人間がいた。彼ならばきっと、アル群地のお偉方にまで上手く話を通してくれるだろう……。



 私がカイケの地に触れてから3年が経ち、次の貿易の商談が出た。前回のスィダラス越え実績のある私を筆頭に、他の月一派の民達も、後ろへ続いて行った。

 ふと、隣地の友人、エンターリャの言葉を思い出した。

「ダウを攻める必要性は今の所ないが、出てきたら攻めると思うぞ! グッシュの所でも兵力を集めてくれよな。一緒に奪い尽くそう!」

 彼は少し地位のある弓兵。木簡が疑われずに提出できる程度の地位。筋肉人間の世界では下の方であるが、しかし彼は他を聞く耳を持っていた。

 久しぶりに行くカイケだ。勿論、エンターリャからの頼みである兵力は問題ない程度にある。いざとなれば私が前線に立ち、棒でも振って士気を上げればいい。そうでなくてもスィダラスを越えたこの脚力を舐めるなよ、ダウ群地の奴らめ。


 私たちは、親や同じ仲間たちからの声援を背に、プリエステを発った。カンプは閉じ始め、早い所身を守る為の掘っ建て小屋でも探そうと話していた。

 西の仄灯が沈んで、風と音と匂いの支配する空間に出た。その中で私たちが拠り所にしたのは、自身の感覚だけだった。時には木の棒をどこかで拾って道を確かめたり、貿易路に残されている香りを感じながら方角を確かめたり。特に山だと、木の棒を使うのが一番頼りになる。転びそうになった時助けてくれるのも木の棒だ。人間は木に生かされているんだなと思った。


 プリエステ側が既に用意した、貿易隊の為の掘っ建て小屋に辿り着いて、私たちは食事をして眠るのだが、食事を用意する最中、ある一人が不思議な話をした。

 ここ最近、風の向きが変わった気がする。と。

 確かに、いつもはダウの方から吹く風が、カイケへ向かうのを邪魔するように感じていたが、今はアル群地の方から追い風のように、私たちを押してくれていた。私たちが、空気に感謝をしようとした時、何か向かってくるものを感じた。一斉に伏せた。


 投石だ!この方角は、アルの地から……向かう先は私たちではなく、ダウの地へ……


 つまり、戦争が始まった。戦争というより、これは略奪に近かった。けれどもそんなことはどうでも良かった。私たちは、貿易先の心配をしていた。

 もし戦争でも始まれば、植民地のようになっているカイケから兵を撤収して戦うのではないだろうか。そうとなれば恐ろしい未来が待っている。お前らは長いものに巻かれるような人間じゃない。お前らがやりたいと思ったことをやるんだ、誰にも強制されずに!


 ただこうも戦いが飛び散り始めると、私たちが生きて帰れるか、そもそも貿易できるのかなどの不安が残る。まだアルの兵が来てないうちに、ダウの地を通って、スィダラスの前まで辿り着こうと言う。

 ダウの民は何も考えていないようだった。圧政者に任せながら、あとはぼーっとしているだけ。そんな民族性の奴らに支配されていたなんて、カイケの民が可哀想だ。それもこう、戦争が始まるというのに、やる気のない門番が時間をかけながら荷物を確かめていく。早くしてくれ、と何度も頼んだが、頼むほどに遅くなっていく。終いには寝てしまった。こいつは駄目だ、荷物の検査なんてほっといて先に行こう。


 ようやく戦争らしい雰囲気を嗅がせてくれた。それも中腹に差し掛かったところだ。スィダラスではなく、ダウの地の中心あたりで。

 聞くに、兵士が女王に詰め寄って、「これはどういうことだ」「カイケから兵を集めろ」と怒鳴っている。そんなことしている暇があるなら戦いに行けばいいのに、と一瞬思ったが、それ程にダウ側に勝ち目がないということだろう。実際、今は夜だし。



 ところで、レッテンスパインの人間が、目が機能しないにも関わらず、夜には眠るのは何故だと思うか?それは非常に単純な答えで、夜にひどく動いていると、その動きに反応して襲ってくる動物がいるからだ。ならばアル群地は何故損失を考えてまで夜に戦争を仕掛けるのか?それも非常に単純だ。

彼らは、夜の獣を仕留める力を持っているからだ。



 そう。夜の獣……スティエナクと呼ばれる凶暴な生物がこの世界にいる。これまで私たちが通ってきたところの、ダウの奴らの怠惰さをもう一度思い出して納得する。いいや、自分たちのことばかりで納得しようとも思っていなかっただけだ。そして、今ここにいる私たちでさえ、夜の獣の恐怖からは逃れることができなかった。


 とんだ失策だった。自分たちが人間でないと錯覚した故災者の成り下がりのような気分だ!私たちはいつだって人間だ、そして自然界に逆らえるほどの力は持っていない。

 私たちは夜の獣を撒いて、一刻も早くスィダラスの麓にある小屋に入りたかった。誰一人として死なせないという、強い自負を置けたならどんなに良かったことか。隊の一人が転んで、その対処にてんやわんやになっていると、スティエナクが声や匂いや動きを嗅ぎつけ、音もなく私たちに飛びかかってくる!


 打ちひしがれて死を待つ時だった。けれど、今ではなかった。

 ふと気づくと、鉄の匂いがした。痛みは誰一人としてなかった。すぐに納得した。

 スティエナクには矢が刺さっていた。私たちは仕留められていない。これの意味するところというのは。私たちが生きている、ということ。

 そして、その矢は、間違えようのない、友人の、友人であるところの……


「グッシュ!! 元気かー!!」


 アル群地の弓兵、ヴィラ・エンターリャ=スヴァルクだった。来てくれていたんだ。少し涙が出そうになったが、私は隊長である上に、男なので、こんな所で泣くわけにもいかなかった。それでも、嬉しい気持ちはあった。


「あれは何? 隊長の知り合い?」

 エンターリャとの出会いは、ここに書くには些かどうでもよさすぎるので特に記されなかった。けれども彼のような友人を持てたのが、この一生という山脈における一番の山頂であった。続けて彼が言うには、「お前が喜ぶものを聞いて来たぞ」とのことだった。

 ただ、何を聞いたのか、とエンターリャに問いただしても、「一緒に来れば分かる」の一点張りで、行かないとわからないやつだろうなと思った。その時に懸念したのが他の隊員のことだった。


「プリエステ群地、月一派第2貿易部隊長、アウグイシュ=ストリェケンが命じる。隊長が戻ってくるまで、この小屋で待っていろ」


 と隊員に伝えた瞬間、エンターリャに腕を強く引っ張られた。腕がもげる、と言っても聞く耳を持っていなかった。どこへ行くのか、と聞いたら、カイケの地へ向かう、と。

 スィダラスを越えて戦争しない約束じゃなかったのか、と訊いたのだが、それこそ行ってみたら分かるの一点張り。そろそろ真実を教えて欲しい、と思いながら腕を引っ張られ、その勢いでスィダラスを越えることができてしまった。


「私たちは反対します。ダウの民なんて、私たちの友ではありません。私たちは、独立します。神話の影に追いやられた魂ならば取り戻しに躍起するところですが、あなた方ダウのためだけに死ぬのはもう、嫌なのです!」

「ぺぺリーを憎んだりはしない、今こうして繁栄したことを憎んだりもしない。けれどもやっていいこととやっちゃいけないことがあるじゃねえか。正当な俺らの神話を汚しておいて、それでいて助けてだぁ? 虫のいい奴らが。お前らなんて底よりも下に堕ちてしまえ!」

 私はその声を聞けて安心した。なんと、カイケの地では反乱が起きていた。これまで起きなかったことが不思議だった。しかし、ここに至る原因が積み重なったから、今に至っているのだと私は確信できた。


 遠いプリエステの地から来た商人が嗅ぎ回っていた「カイケの正しい神話」のこと。これまでも正しい神話を求め、広げようとした者がいたが、それらも制圧され、ないことにされてしまっていた。その前にもダウに復讐に行ったり、カイケから逃げようとした人間もいる。結局成されなかったそれらが、今になって束になって襲いかかるのは、正しく「呪い」と表現するしかないだろう!

 私は感嘆を胸にした。エンターリャも同じ気持ちだった。ダウの兵士は悲しそうな声をしていた。お前にはそれがお似合いだ。

 カイケの反乱の声があまりに大きすぎて、兵士たちは落胆して帰って行った。東空が仄灯に満たされて、カンプが開いてゆく。黄昏の黄金がただ、川のようになって、新たな歴史を描いていた。


 私たちはダウの地に戻ることにした。戻ってまず、隊員には「事態が沈静化するまで貿易の話はしないこと」と命令しておいた。これであらぬ混乱が巻き起こされる心配はない。

 次にどこへ行くのか、とエンターリャに聞くと、「まず仲間のところに行かせて欲しい」とのことだった。その次に、


「グッシュも来るか? 敵陣の書庫に色々あるんだとよ。お前のご先祖様の恩人も見つかるだろうなー」


 というのだ。彼と一緒なら、確かに探すことができるだろう。私たちは辺りをかき消すような戦火の中を通り抜けて、ようやくダウの地の女王を聞いた。


「私には何の責任もないの! 私は、ただ周りがやらなかったからやってるだけで! 本当は女王になんかなりたくもなかった! 一生を望まれている、一人の小市民でよかったのに! なぜ誰も女王になりたがらなかった! どうしてこの私がこんな目に合わなければいけないの!?」

 けたましく叫ぶ女が女王だという。威厳も感じないような、ただ叫んでいるだけの女にしか聞こえなかった。周りであらゆる群地の兵が抗議をしている。ダウからは、指示を仰ごうとする声。アルからは、交渉をしようとする声。カイケからは……厳密には兵ではない民衆が、もう私たちを利用するな、と抗議する声。ダウ以外の民が、この群地には一度滅んでほしい……と思っているようだった。アルの兵達は、全く取り分のない交渉、強いて言うなら戦争が終わるぐらいしか利点のない交渉を強いようとしていた。

 徹底的に奪っていくつもりだ。何もかも。けれど当然の報いとも思えた。むしろ、まだ文明も発展していない社会に対して、嘘の神話を流し込んで、自分たちの利益にしようとした。その功罪を考えれば、少なくとも百代以上に蓄積した呪いが、ダウの地に降りかかるだろう。ティセルマならそう言うだろう。


「私は何も知らないの! この土地のことだって、ただ、土地だな、って思っていただけで! 愛着も執着も何もない! ただ当たり前のように生きてきただけなのに!」

 女王はさらにけたたましく声を広げていた。ふと横のエンターリャの様子が、厳しくなっていた。あいつは煩い女が嫌いだったな。

 私はそうして分析しているところを、エンターリャは弓をつがえて狙いを定めている。まだ交渉は終わっていないのに、こいつは無理矢理にでも終わらせようとするつもりだ。まだだめだ、と彼を止めようとした。私はまだ、書庫への道を知らないから。エンターリャ達、アルの兵はそれでもいいのだろうけど。


「なに、女王ぐらい殺しとけば、周りの兵も怖気づいて情報ぐらい教えるだろうさ」

 彼は軽く言う。続けて、殺されても情報を出さないなら、それだけの女王だし、女王であった価値もない、と。もし殺されるのが嫌なら、今からでも命乞いとして教えるんじゃなかろうか、と提案してみるも、


「ああいう奴は二回死んでも気づかないさ」

 と言い、構わずに弓をたゆませる。エンターリャの理屈は粗暴だが、しかし腕力が証明した。私はその自然のような理屈の前にひれ伏すしかなかった。



 当時のダウ群地を治めていた女王、マルセディアは、実は本来の王の家系ではない。本来の王は、この時から三百年余り前に、スティグラエという女王がいて、そこで途切れている。彼女は跡継ぎを強く望んでいた。しかし、自分が生んだはずの跡継ぎに殺された。それもまだ生まれて間もない赤子に。

 連綿と続いていたはずの高貴な血が途切れて、ダウの民は非常に困窮していた。その中から一人、候補者を決めて、王の代わりをさせていた。けれども皆一様に、たった一代で、子孫もなく死んでいったとされている。カイケを支配するはずだったのが、内部では穴ぼこの綿のような状態だったのだ。

 女子供を奪い去って、男だけになれば自然に社会は崩壊する。跡継ぎを産めないからだ。しかし、もしこの後に、ダウ群地にもう一度人間が移り住んでも、今のように呪われる原因を作り出さなければいいな、と思った。

叛逆の旗が掲げられ

知らないものが歩く日

粛清の炎が消え

詩から離れることはできない

ただこれから、生きるだけ

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