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第五章 第二節

怨念の響く狭い場所

集う魂の語る話

真実ならば大地でさえも

嘘から離れることはできない

争いだけが残る手に

 ティセルマ=マギートレン=セキュラ。それまで名前を知らなかった。先祖は皆「男性」とだけ、彼を表していたから。

 立札を無視して通ると、地面には大きく『私欲に天罰をぞ見よ』とあった。この場所だけが大きな流れから隔離されて、永遠の代わりに無知を強いられているようだった。辺りに漂う風の音、潮の香りでさえ、時代から置き去りにされていた。

 荒れ放題の草原の中心に小屋がある。そこが封鎖された場所、先祖に伝わる恩人の家だと言うのだ。しかし家は丈夫で、三百年余りも手入れ無しに存続できていた。造りはしっかりとしていたが、非常に古い形式だった。これから先も取り壊されずに済む保証はないかもしれない。そう思うと、折角の願いが叶うところなのだから、この機会を逃してはなるまいと、一念発起して、私は扉を開けた。


 当たり前だが、暗かった。淀んだ音がする。

 この世界の全ての怨恨が、一斉にここに集まったかのように思った。プリエステの是救一派の作っている施設と同じぐらい酷い眩暈を感じた。もしかすると太陽一派もそのくらいかもしれない。

 かつて人が過ごしていたような痕跡が残っていた。痕跡だけだった。普通、民家には、人の過ごした時間、人の話していた声、人の影が移るものだ。なのにこの家には、人自身が過ごしていたよりもはるかに多くの、呪いそのものが座っていた。この群地の、当時の暮らしもままならないほどの狭さ。それも呪いを増幅させる原因になったのか。いいや暮らせてはいたはずだ、この茸の齧られた後が様々に分解されている様子も、あるのに、大きな影が私のことを聴いている、その事実だけが宙に浮かんでいる。


 中にあった木の板に彫られていたのは言葉であった。非常に古い形式だった。ささくれが酷く、感情的に思えた。彼は何を思ってこれを彫ったのか。

 愛する人を、それも妊婦を伝統のために殺された。今から復讐に行くのだと。怒りを追体験するように私も沿っていった。その中に、霊界からの言葉が存在していた。彼らは茸によって得たという。先程の、虫も食べず、土だけが食べて行くような可哀想な茸を食べる勇気は私には無かった。


 「私はダウ群地に殺された」と彼女は語っていた。彼女はどこへも動けず、木のようになっていた。声は遠く聴こえて、山の向こうの世界が憎く思えた。彼等は何を以ってして、私たちの土地を揺らし続けるのだ……?


 彼の嘆きようが板伝いに伝わってきた。そして彼の考えと、先祖の動きが一致してきた。

 今の現状を辿るに、ティセルマの復讐は、失敗したか、成功したとしても代わりの圧政者が出たのかの二択にしかならない。けれども、彼が動かなかったら、私は生まれることもなかっただろう。事実は私の心臓にあった。


 そして……悲しいことに、失敗しても成功しても、彼は既に死んでいる。根拠は年月だ。三百年以上も生きている人間なんて、戸籍の処理ができていない限り有り得ない。そしてその頃にはとうに、人間としての体は終わりを迎えている筈だ。結局、私の先祖の願いは半分叶って、半分無碍にされたに過ぎなかった。けれどこれは仕方がなくて、先祖が再度、充分な用意もなしにスィダラスを超えようとしなかったから、今こうして私が立っているわけだった。

 もしも先祖の願いが、彼の、ティセルマの願いに通じるものがあるのなら、私の行うべきことは何であろうか。彼は自分で、自分の手で復讐したいと思っていたかもしれないし、自分だけでは足りないと思っていたかもしれない。それだけは本人に確認しないとわからないし、生憎私には、あの茸を食べる程の勇気はなかったし、霊的な才能でさえ無かった。


「あら、旅のお方? そのお家、誰のか知ってる?」


 思想管理官か!?

 嗅ぐに違う。ただの女だ。カイケの女。少し甘酸っぱい、フェウバの匂いに似ているからすぐにわかる。彼女は自分を、セキュラ氏の商売敵、サティシュエ氏の末裔と言った。しかし、サティシュエの一族は滅んだはずではないのか。


「子供が死んだからって、滅んだのか、は少し失礼じゃない? 親は生きていた。あとはわかるでしょう?」


 すぐに察した。

 実の子供が死んでからまた子供を作ったと言えば、酷く責めたくなる気持ちもあるが、鼻の前の女性の芳しさを知ったら、どうしても責めることはできなかった。今立っていて、心臓を動かして、息をしている。それでいいじゃないか。言い方を変えよう。きっと、次は失敗しないようになんだ。

 いつだって無理解は戦争の始まりだ。だからこうしてすり合わせる方が平和的で、むやみに血を流さずに済む、ということを知っている。


……にしても何故、このような伝承を疑わなかったのか?最初の時点で何かおかしいと気づいて、戦うことができていれば、いくら耳障りの良い利益を得ようと思っていても、わざわざ人を埋めようとは思わないのに。未来の利益が想定できたなら、いくら確実に人口を増やせる手立てがあったとしても……いいや、鼻先の利益が大事でなかったから、誰も伝承を疑わず受け入れたのか……そもそもこの伝承はカイケに代々伝わっているのか……戸籍の管理が楽になるから容認するのはおかしい……カイケがいつまで経ってもダウの下にあるばかりというのは、本当にカイケの民が望んでいることなのか……。


 過去に是救一派が人身御供を取りやめた。これはどこに影響されたわけでもなく、ただ伝統として行っているだけだった。その理由も、「死にたいと思っていない人を殺すのはよくない」としていて、あんなおぞましい施設を作っている身でようやくまともなことを言ったか、と思った。現在、自殺志願者に教えを与えて、それでも意志が変わらないときに人身御供してもらうのだと言う。

 私は、あの施設の装飾がよくないと思う。

 カイケがそのような発想に至らないまま、大きな暴動も起きずにここまで人身御供の習慣が芽生えているのは、何か大きな背景が後ろに控えていて、夢から覚めないことを強制しているのではないかとさえ思えてきた。


 どうして私は、他の群地に入れ込んでいる?先祖の願いは叶ったはずではないのか?

 このようなことを、女性に話していたら、どうも理解してくれたようだ。それどころか、彼女は自分の家に誘ってくれた。状況が状況なので、嫁ができたか、と喜ぶようなことはなかった。


 女性は語る。かつて私の先祖が、伝承を元通りにした。しかし誰もが求めているわけではなかったので、公布することはなかったと。そのいとこが、先祖の紡いだ正しい伝承を広めようとして失敗した。ダウの人間たちがこの家に来て、隅々まで調べていって、この板しかないと知った瞬間、少し安堵した息で帰っていったのだと。

 秘密は、暗号で記していたことだった。無論それは非常に簡素なもので、解読用の板があれば普通に読めてしまうものだった。けれどダウの人間はそれに気付かなかったのだと。


「これを知って、あなたはどうするの?」


 私がどうしたいのか。先祖たちによるならば一つの言葉しか出てこなかった。しかし、私自身がどうしたいのか、奥底まで聞いてくるような声に、自身への洞察を避けることは許さないように聞こえた。そして、この現状を変えるというのなら、


 地盤ごと、破壊するしかない。

夢も見せない茸が腐り

兵器の飛び交う平原に

人間の鉄が流れて行くか

土から離れることはできない

支配から脱獄せよ

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