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6、ヤンキー娘、十字を切る 中編

「ふーん……あんた、マジで見えるんだ。あたしと同じように見える他人には初めて会ったよ」


「感受性が強い人間というのは、以外とどこにでも居るものだ。ほとんどの人間はそれを隠しているからわかりにくいだけでな。お前のそれは生まれつきか?」


「そうだよ。いつも見えるわけじゃないだけど、ピントが合うと見える。そう言う意味じゃ、ここの奴はあたしと波長が合ってんのかも。けっこう困りもんでね、時々生きてるものと間違えることがあるし。志稀さんはどっかで修行して払い屋になったの?」


「お前の考えてるのは坊主の滝行だろ。そう言う意味じゃ、修行らしいことはしてない。お節介な奴に教えてもらったのさ」


「それなのに普通に祓える志稀さんは有能だって?」


「当然だ」


「はっ、超自信満々だし」


 平然と頷く志稀に、凛は思わず噴き出す。芸能人ばりに良い顔も、口端が上がるだけで俄然親しみやすくなるのだから、顔が良いってのはどこまでも特だ。その上、それを理解している節まであるのだから、まったくいい性格をしてる。


「さて、ではさっそく仕事に取り掛かるとしよう。雪丸、出番だぞ」


──キャンッ。


 志稀が誰かに呼びかけると、甲高い犬の鳴き声がした。志稀の左耳を飾る青いピアスが光り、何もない空間から子犬が飛び出してきた。犬種は柴犬だろうか。まだ小さくて毛玉のように丸い体はふわふわしている。短い手足をいっぱいに使って志稀の周りを一回すると、目の前に行儀よくお座りをした。


 外見は本当にごく普通の犬にしか見えない。しゃがんでそっと撫でてやると、温かな体温がある。しかしそれとは別に感じるものもあった。ひんやりと涼やかな空気が肌を掠めた。


「普通の犬にしか見えないけど、やっぱ違うね」


「わかるのか?」


「なんとなく。不思議な感じ。一瞬、自分が森の中にいる気がした」


「鋭い勘だな。こいつはオレの守護犬および式神だ。ただの子犬に見えるだろうが、実際は霊気の塊だ。浮遊霊なら一鳴きで祓えるほどの力を持つ」


「式神とか実際にあるんだ? 陰陽師みたい」


「現代の祓い屋も平安の陰陽師も、悪しきものを祓うのは同じだからな。それにしても、めずらしい。雪丸が普通に触らせるとは。凛、お前は動物に好かれやすいのか?」


「そこそこ。それを抜きにしても大人しい子に見えるよ」


 雪丸の小さな額を掻いてやると、丸い目が気持ちよさそうに細まった。手を差し出せば、ぺろりと舐められる。しっかりと濡れた感触がした。

 挨拶はすませたとばかりに、雪丸は短い尻尾を一振りして志稀の顔を見上げた。


「雪丸、あれを引きずり出せ」


 キャンッ!

 

 返事をするように鳴いた雪丸は、フンフンと鼻を鳴らして周囲の匂いを嗅ぐ。畳の間の周辺をくまなく嗅いで、奥に備え付けられた二脚の椅子まで走って行くと、そこで激しく唸って鳴き立てた。


 ウウウウゥゥ、キャンッキャンッキャンッ


 一声吠える度に、空気が重くなる。ピシッピシッと部屋の中で音がした。それはまるで鞭で床を叩くような音だった。


「うっわっ、これ大丈夫なわけ? 部屋中で鳴ってるっ」


「ラップ音だろう。このくらいならまだ弱い」


 その言葉に反発するように、一際大きな破裂音すると、右側の椅子の足元から、黒い煙が湯気のように立ち上ってくる。


「凛、オレの後ろから出るなよ。……人の縁は千切れども 迷いし御霊 帰る先 帰し帰しと親が乞う」


 志稀は人差し指と中指を口元の前に立てると、御経を唱えるように独特の調子で、ゆっくりと言葉を繰り返す。黒い煙が人型に変わっていく。


……テ……


 小さな人型を取った煙から何か聞こえる。しかし、か細い音は言葉として届くには足りない。

 志稀は眉間にうっすらと皺を寄せる。


「おかしい。普通は十年足らずでこんなに穢れが強くはならない。事故で死んだんじゃないのか……?」


「え? でも婆さんの話じゃ、事故だって言ってたよ?」


「それが事実とは限らない。当時のことを調べた方が良さそうだ。直接聞こうにも、この状態では意思の疎通も難しいだろう。少し穢れを払うか」


 志稀が両手を合わせて、二度叩く。すると、黒い靄が僅かに薄くなる。




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