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3、ヤンキー娘、旅館の秘密を知る

 凛が連れて来られたのは、面接で一度入ったことのある支配人室であった。そこは、フロントの裏にあるため、従業員の詰め所としても使用されているようだった。


 ソファとデスクが置かれた部屋には、従業員達の私物も置かれており、賑やかな内装になっていた。上壁の冊子に白黒の古い写真が飾られているかと思えば、棚の上にはアニメのぬいぐるみが数体おかれており、それが雑然とした居心地の良さを出しているようだった。凛の肩から無意識に入っていた力が抜けた。


東間あずま様、お待ちしておりました。私、旅館の大女将をしています、藤崎鈴子ふじさきすずこと申します」


「健条寺を通して簡単に話は聞いている。東間志稀あずましきだ」


 深く腰を折って出迎えたのは、旅館の大女将だ。年は七十代と聞いた覚えがある。凛もバイトの当日に一度顔を合わせているが、あまりいい印象がない。きつい顔立ちをしており、顔合わせの時に「給料分はしっかり働いてちょうだい」と言われて、かなり腹が立った。叔母の頼みでなければ、いくら時給が良くともその場で断って帰っていただろう。

 大女将は東間と呼ばれた男の後ろから入室した凛に気付くと、怪訝そうに顔を顰める。


「あら、なぜあなたがここに?」


「オレが連れてきた。仕事の間、こいつを貸してほしい。ここには生憎と助手がいないんでね。あんたも早く片付けたいだろ?」


「え、えぇ。ですけど、この子はただのバイトですよ。お仕事の手助けになりましょうか?」


「繊細な仕事は女の方が向いてる。依頼主であるあんたの了承が得られるのなら、今日から終わりまでオレの仕事を手伝ってもらうつもりだ。いいなら、このまま詳しい話を聞きたいんだが?」


「……わかりました。そろそろお茶が来ますから、ソファにお掛けください」


 大女将は躊躇うように間を置いて、了承した。なにしろ初対面で給料分の仕事を求めるくらいに守銭奴な婆さんだ。凛が本来の仕事から外れた分まで給金を払わなければいけない状況を悔しく思ったのかもしれない。

 凛は志稀の隣に遠慮なく腰を下ろすと、大女将が言ったようにノックの音はすぐにした。お茶をお盆に載せて案内をしていた仲居が室内に入ってくると、床に膝をついてローテーブルにお茶を配った。


「この者は仲居まとめ役の久木くきと言います。久木はすべてを知っておりますので、もしご要望がございましたらこの者にお申しつけくださいませ」


「よろしくお願いいたします」


「久木も一緒に話を聞いてもらいます。さぁ、お座りなさい」


 久木は頬を染めて深く頭を下げて、大女将の隣に腰を落ち着ける。

 大女将の視線が凛に移った。顔に困惑を乗せて溜息を殺すように息を吐き、強い眼差しが向けられた。


「先に言っておきますが、これから話すことは他言無用ですよ? 従業員はもちろんあなたのご両親にもけして話してはいけません。いいわね?」


 凛に釘を刺すのは、それほど志稀の仕事を周囲に知られたくないのだろう。背筋がざわめく予感に、密かに息を飲んだ。

 大女将が重い口を開く。


「事の起こりから話しましょう。私には孫が居たのですが、十三年ほど前に工事中の旅館内で事故死しているのです。その出来事があまりにショックだったのでしょう、それ以後伏せっていた娘も翌年には後を追うように亡くなりました。それ以後、事故が起こった部屋は閉じることにしたのですが……」


 しかし、話はそれで終わらなかったのだと、大女将は言った。


「部屋を閉じてからしばらくたつと、時折おかしな苦情をお客様から頂くようになったのです。隣室で子供の足音や笑い声が聞こえて寝れないと」


 客はさぞ生きた心地がしなかったことだろう。凛は見知らぬ来客に同情した。癒しを求めに旅館に来て恐怖を抱いて帰るとは悪夢もいいところだ。

 男が冷静に現実的なことを尋ねる。


「先程の話では部屋を閉じていたと言ったな? 鍵の所持者は?」


「私が所持しておりました。他の者にはけして触れさせておりません。ですから、当然誰も入れるはずがないのです。私と夫は、もしかしたら亡くなった孫が遊んでいるのかもしれないと思い、隣室も空き部屋にすることにしました。けれど最近は、その現象が廊下にまで広がっているのです。夫も亡くなりましたし、私も老い先短い身。孫や娘がこの世に未練を残し彷徨っているのならば成仏させてやりたいと思い、今回、東間様にご依頼させて頂きました」


「確認するが、依頼内容としては、不可思議な現象の正体を掴み、それが霊であった場合は除霊をする。これでいいか?」


 再度確認を求めた男に返事が返る前に、応接間を繋ぐドアが荒々しく開かれる。スーツをきっちり着込んだ男が肩を怒らせて入ってきた。


「お婆様!」


「なんです騒々しい。お客様の前ですよ、昭彦あきひこさん」


 昭彦と呼ばれたのは、この旅館の若旦那だ。三十代後半の男で、神経質そうな雰囲気がある。昭彦は険しい顔で志稀を睨むと、ソファ前のローテーブルを叩く。


「お引き取り願おうか。そんなチャラついた格好をして、お祓いなんて出来るものか。どうせインチキなんだろう? この旅館から今すぐ出ていけ!」


「インチキ、ねぇ。別にオレは構わないが? 出て行けというのなら出て行ってもいい。だが、それは依頼人が決めることだ。オレを出て行かせたいのなら、あんたがまず依頼人であるその人を説得するんだな」


「く……っ。お婆様、こんな男を信用するんですか? 私にはとても霊を払えるとは思えません。きっと金を巻き上げるつもりなんですよ。お婆様は騙されているんです!」


「そんなことはありえません。健条寺から正式にご紹介預かったお相手ですよ。今回の件は私が決めたことです。貴方は口を出さなくてよろしい」


 大女将は孫の言葉をぴしゃりと跳ねのける。主導権はこの大女将が握っているのだろう。昭彦は怒りで顔を赤くして、屈辱を受けたとばかりに歯噛みした。


「ですが!」


「お黙りなさい! こちらがお願いしたのですよ。失礼な態度を改めなさい。東間様、本当に申し訳ございません。私の意志は変わりありませんので、ぜひお力添えをお願いいたします」


「了解した。正式に依頼を引き受ける。先に支度をしたいから、オレが泊まる部屋にまずは行く。それから、問題の部屋までの案内を頼む」


「わかりました。久木、東間様の案内をお願い。従業員には出来るだけ気付かれないようにお願いいたしますね」


「努力しよう。三日後に途中経過の報告をするつもりだが、依頼主であるあんたが求めるならいつでも応じる。それから、身内でよくよく話し合うことをお勧めする。邪魔をされると危険な目に遭う可能生もあることを知っておいてくれ」


 凛には、志稀の言葉が二人に対する忠告に聞こえた。





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