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18、ヤンキー娘、怪異の中に見つける 前編 

 予定通りにバイトを終え一度帰宅した凛は十分な休息をしてから、深夜の旅館に舞い戻った。二時間ほど寝てきたのでメンタルも体調も万全である。


 心を落ち着かせて、三〇一三号室を目指して三階の廊下を足早に進んでいく。しかし、人気のない深夜というだけでいやに自分の足音が耳に付くものだ。天井の照明で照らされていても廊下の先は薄暗く、変に長く伸びているように感じる。その時、ふと首筋を冷たい空気がかすめた気がして、凛は振り返った。


「なに……?」


 廊下には当然誰も居ない。ただぽつぽつと照明が奥に続いている、はずだった。


 ピシリッというラップ音と共に、照明が全て消える。慌てて踵を返すと、廊下の先の非常灯の下に、女が立っていることに気付く。


 水色のブラウスと丈の長いスカートを着た女は、長い髪をなびかせて俯いていた。その状態のまま、滑るように迫ってくる。その脚は一切動いていないのにも、関わらずだ。


「ちょっとっ、嘘だろ!?」


 凛は前から迫る女に躊躇するものの、思い切って駆け出した。志稀さん! 志稀さんに助けを求めるしかない! 三〇一三号室に全力で駆ける。

 それなのに女があっという間に迫ってくる。足もないのに早すぎる! 三メートルまで迫る距離の近さに、全身に冷や汗を滲ませて、凛は3015号室のドアノブに飛びついた。それなのに、開かない。


「くそっ、志稀さん! 志稀さん! ヤバイ、開けて!」


 女が二メートルまで近づいている。凛はドアを叩きまくる。もうなりふり構っていられなかった。寝ている客を気にする余裕もない。


 ワタシノコハ、ドコォォ……?

 

 耳のすぐ傍で恨めしそうな女の声が吹き込まれた瞬間、ドアが開いた。志稀に腕を引かれて室内に転がり込む。


「縛り縛りて 封じて呪う 恨み辛みは 三途が流せ!」


 ギャアアアアアアァァァァ──!!


 語気を強めて、志稀が叫ぶ。憎悪の形相をした女はおぞましい悲鳴を上げて、両手で顔を覆い激しく身を捩るとそのまま消えていく。


「はぁはぁ……志稀さん、ありがとう。殺されるかと思った」


「間一髪だな。悪かった。こっちもドアが開かなくて手こずっていたんだ」


 差し出された手を遠慮なく掴んで立ち上がる。内側のドアを見れば、扉がへこんでいた。蹴りの一つも入れたのかもしれない。志稀も意外とバイオレンスな男のようだ。


 室内には真っ青になった大女将が立っていた。今の光景が見えていたのだろう。握りしめた両手が震えている。


「あぁ、そんな、そんなことって……あれは娘です! 娘の真貴子に間違いありません!」


「どうやら娘もこの旅館に囚われた地縛霊となっていたようだ。その影響を受けていたから、武の穢れは不自然なほど強くなったのだろう。武はこの部屋に執着している。だから、この部屋から移動はしない。しかし、娘の方は三階の廊下からこの部屋までの移動を繰り返しているんだ。だから、今まで居場所がわからなかった」


「さっきので祓えたの?」


「いや、縛って弱めはしたが祓えてはいない。先に武を浄化させないことには、お互いを上手く認識出来ないままだ。更にはこのままでは悪影響を与えあう存在になり果てる。特に娘の方は穢れが酷い。あのままでは、悪霊になる日もそう遠くないだろう」


「悪霊だなんて! お願いします。娘と孫を助けてください!」


 淡々と現状を説明する志稀に、大女将が涙を流して頭を下げる。そこには経営者としての顔よりも、母親として祖母として素直な感情が現れていた。


「最悪、成仏ではなく消滅させることになる。それでもかまわないか?」


「あんな姿でいるのはあまりに不憫です。もし、それしか方法がないのなら……それでも構いません」


「了解した。あんたは出来るだけ右側の壁近くに居てくれ。さて──そろそろ出てきたらどうだ?」


 志稀が左側のドアに向かってそう言った。そこはトイレと風呂が繋がっていたはずだ。すると内側からドアが開かれた。


 よれた恰好をした彰彦が茫然と突っ立っていた。几帳面なほどしっかり結ばれていたネクタイは緩み、撫でつけられていた髪も乱れている。額には汗が浮かび、顔色も悪い。

 大女将は驚いた顔で、血の繋がらない孫を見つめる。


「彰彦さん、どうしてあなたがここに……?」


「オレ達が十年前の事実を見つけ出すのを防ぎたかった。そうだろう?」


 やはり彰彦は武の死に関して関係があるのだ。志稀は男の逃げ道を塞ぐために、決定的な宣告をする。


「十年前に武と約束していた相手は──あんただ」


「違う! 違う、オレじゃない!」


「『宝隠し』この言葉に聞き覚えがあるはずだ。あんたの友人が教えてくれた。この遊びなら武と遊びながら友人と遊ぶことも出来るはずだ」


「何よりの証拠は、この場にあんたがいるとじゃないんすか?」


「うあぁぁぁぁっ!!」


 凛と志稀の決定的な言葉に、彰彦は頭を両手で抱えて崩れ落ちた。大女将は大きく目を見開き、男を凝視する。


「彰彦さん、まさかあなた……っ」


「違う! オレが殺したんじゃない! あれは本当に事故だったんだ!!」


 彰彦は血走った眼で顔を上げると、大女将を睨みつけた。そして、あの日起きたことを話し出した。


「あの日、オレは遊んでほしいと纏わりつく武が鬱陶しくて、そんなに遊んでほしいなら、宝隠しをしてやると言ったんだ。武の宝物だったこれをオレが隠すから、探し出せたらたくさん遊んでやると約束して」


 彰彦はトイレ内に戻ると古びたけん玉を差し出した。この部屋の押し入れの天井裏に隠していたという。凛と志稀の話を聞いて、それを思い出した彰彦はこの部屋に探しに来たのだ。


 ──十年前の真実は事故だった。血の繋がらない兄弟はこの部屋で宝隠しをした。しかし、彰彦はその途中で自分の友達と遊びに行ってしまったのだ。その後に、武が事故に合うとは夢にも思わず。

 大女将は怒りに全身を震わせて、彰彦ににじり寄る。


「私の孫が死んだのはやっぱりあなたのせいだったのね! あなたが私の娘と孫を殺したのよ!」


「……オレは確かにあいつを疎んでいた。だが、この手で殺したいほど憎んでいたわけじゃない。オレが憎んでいたのはあんただ! そうして、オレと武をいつも比べてはオレを否定し続けたあんただよ!」


「このっ、恩知らず! あなたなんて警察に突き出してやる!!」


 ヒステリーな大女将の声に反応するようにパンッと部屋の中でラップ音が鳴った。


「うわぁっ!?」


「ひぃぃっ」


 口論していた二人を止めるほど激しいラップ音が部屋中で鳴り響く。黒い霧が窓側からあふれ出し、室内を照らしていた照明がパァンッと爆ぜた。





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