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17、ヤンキー娘、気合いを入れる

 夕食を一緒にした翌日の朝、凛と志稀は三〇一三号室の前に立っていた。志稀が部屋を開くと、部屋の中の薄暗さは変わりなく、ここだけが時間と切り離されているようだった。


 朝も昼も来ない部屋には、気持ち悪い温さがあり、廊下を行き来する客の気配も感じない。耳が痛くなるような静寂だけが存在を許され、侵入者を拒んでいるようだった。

 志稀は部屋の中を確認するように見回すと、落ち着いた様子で呼びかける。


「雪丸」


──キャンッ


 呼びかけに応じるように、窓も空いていない室内に甲高い鳴き声が返る。どこからともなく、子犬が姿を現す。志稀の式神であり守護獣でもある雪丸だ。子犬は主に呼ばれたことを喜ぶように尻尾を左右に振って、新たな命令を今か今かと待っている様子だった。


「昨夜は誰も現れなかったようだな。御苦労だった。戻って休んでいいぞ」


 雪丸の前に片膝をつき、茶色く丸い頭を撫でて褒めた志稀はそう指示した。子犬は返事をするようにキャンッとまたひと鳴きして、その身体を白い光に変化させると、志稀のピアスに戻っていく。見るのは二度目だが、やっぱりSFだ。鮮やか過ぎて魔法にしか見えない。


 凛は気持ちを切り替えるように室内に視線を戻して、鼻の頭に皺を寄せる。


「二日前に来た時よりかなり嫌な感じがする。志稀さん、これアタシの勘違いじゃないよな?」


「オレ達を見張ってるんだろう。警戒されているようだ」


「武が?」


「わからない。二日前に軽くとはいえ祓った瘴気が、短時間で思いの外強くなっているようだ。オレは武の執着が原因だと思っていたが……ひとまず、この場を清めよう」


 志稀が二度柏手を打つ。すると空気が軽くなった。呼吸のしやすさが違う。凛は急に入って来た空気に驚いて、胸元を抑える。

 続いて志稀は上着のポケットから小石を取り出すと、それを親指と人差し指で挟んで部屋の四隅に弾き飛ばす。


「ホウ ホウ チリヂリト トザセトザセヤ オニノミチ」


 呪文のような言葉を唱えると、飛ばされた小石が一瞬、燃えるように赤く光って消えた。


「うわっ、光った。志稀さん、今のは?」


「結界を張って鬼門を閉ざした。簡単に言うと、霊をこの部屋から出れないようにしたということだ」


「武がこの部屋に居ないってことはないの?」


「ないだろう。事故や自殺で死んだ霊はその場所に執着を持つことが多い。または死んだ自覚がなく離れられないこともある」


「あー、だから同じ場所で何度も同じ霊を見たりすんのか」


 凛はこれまで見てきた不可思議な現象を思い出す。外に出てると時々あるのだ。雨の日は必ず道端に立つ、カバンを背負った小学生とか。夏の夕方だけ毎回横断歩道を渡るじいさんとか。


「石に宿る力を利用して、祓い言葉を介すことで守りを強めた」


「はーん、なるほど。あたし、お祓いとかする時は特別な道具を使うもんだと思ってたんだけど、その辺のものでも出来るもんなのね。じゃあたとえばさ、クレヨンでもお札とか書けちゃうの?」


「正直、やろうと思えばクレヨンだろうがシャーペンだろうが出来ないことはない。だが、不純物が混じると術の効果は薄くなる。一番いいのは筆と墨を使うものだな」


「なんで筆と墨がいいわけ?」


「筆が墨を吸うように術者の霊力を吸うからだ。──さて、これで準備は出来たわけだ。後は夜を待つ」


「じゃああたしは一旦、旅館の仕事に戻るよ。今夜、何時にここに来ればいい?」


「先にこれだけは言っておくぞ。今夜はオレの指示に従ってもらう。勝手に動かれるとお前が危険になる」


「OK。あたしも命は惜しいからね、志稀さんの言う通りにするよ」


「では、今夜十一時にこの部屋の前に集合だ。そこに依頼人が立ち会う可能性もあることを覚えておいてくれ」


「了解。その時間にまた」


 燐は志稀にひらりと手を振り、その場を先に離れた。視線は廊下の先に向けながら、密かに拳を作る。──今夜、十年前の事故の真相が全て明らかになるはずだ。 





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