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13、ヤンキー娘、男の内面に興味を持つ

 若旦那から必要な話を聞き出した凛と志稀が次にしたのは、高木を探すことだった。この時間帯なら館内の掃除を行っている頃だろう。まだ働き始めて数日だが、仕事のサイクルは同じなので、そのくらいの検討はついていた。

 予想通り、秋山は館内の清掃を仲居達と行っていた。窓を磨く彼女に凛は近づく。


「高木さん」


「え? あぁ、あなたは、凛ちゃん、だったかしら? 後ろの人は、お客様?」


「そうっす。この人、当時の武君の事件のこと調べてるそうで、昨日の話をしたら高木さんに直接話を聞きたいって言われて連れて来たすよ」


 高木の顔色が悪くなる。女はなにかを誤魔化すように曖昧な微笑みを浮かべて見せた。


「……あの、なんでしょうか? 私が知ってることなんて何もないと思いますけど」


「隠し事がある人間は、早口になる傾向がある。あんた、オレに聞かれたくないことがあるだろう? たとえば、十年前に週刊誌に情報を売ったのはあんただった、とかな」


 やはり。凛の胸に浮かんだのはその言葉だった。久木と話していた時に気付いたのだ。気付かない内に話を逸らされていたのかもしれない、と。何故なのかを考えれば、自ずと答えは出る。高木には、あの場でどうしても聞かれたくないことがあったからだ。それこそが、志稀の言葉だろう。高木の顔に焦りが滲む。反対に問い質す志稀は冷静に女の逃げ道を塞いでいく。


「な、なんのことですか? 言いがかりですよ!」


「怒るのは誤魔化したいことがあるからだ。いいのか? ここで騒ぎ立てれば誰かに聞かれるかもしれないぞ」


 志稀の指摘通りに、掃除をしていた仲居が怪訝そうにこちらを見ている。高木の声が聞こえて反応したのだろう。その様子を見て、女はますます焦りと怒りを募らせて顔を赤くする。


「高木さん、大丈夫っすよ。この人は高木さんのことを責めるつもりも、誰かに告げ口するつもりもないからさ。ただ、十年前に高木さんが見聞きしたことを教えてほしいだけなんだって」


 凛が何でもない口調を装って笑いながら囁くと、幾分、高木の身体から力が抜けた。表情からは怒りが消えて代わりに戸惑いが浮かんでいる。


「十年前のことを?」


「そうっす。この人はそれが知りたいだけみたいなんで、それさえ話してしまえば、すぐお役御免になりますよ」


「……あの日は私がフロアの担当だったの。そこに武君が通りかかったのよ。あの子すごく嬉しそうな顔をしてたから、私思わず『なにかいいことでもあったの?』って声をかけたの。そうしたらあの子、『遊ぶ約束をしたんだ』って嬉しそうに答えたわ。だから私は『誰と遊ぶの?』って、また聞き返したのよ。武君は『内緒の人』そう答えて、廊下を走って行っちゃたわ。だからその後のことは本当に知らないのよ」


「誰と遊ぶかを言わなかったんだな?」


「え、えぇ。そうよ」


 志稀が確かめると、高木は再び脅えた様子でぎこちなく頷いた。聞きたいことを得られたからだろう。志稀がこっちにちらりと目配せを寄越す。──了解。凛は彼女を宥めるようににっかり笑って明るい声を意識して出した。


「高木さん、この人も満足したみたいなんで、仕事に戻ってください」


「あの、このことは……」


「安心してください。今のことは誰にも言いません。あたしは一週間だけのバイトだし、そんな昔のこと関係ありませんから」


 しらばっくれてそう言えば、今度こそ安心したのだろう。高木は仲居仲間の元に戻って行った。

 何かを考えるように志稀が歩き出す。伏せられた目の奥では様々な推測が飛び交っているのか。凛はその後ろに続きながら仲居の姿がない場所まで離れるのを待ち、隣に話しを向けた。


「ねぇ、志稀さん。あたし、今の話であの人(・・・・)が頭に浮かんだんだけど」


「オレも同じだ。だが、今夜はこちらの動きを警戒して向こうも動けないだろう。念のために雪丸にあの部屋を見張らせる。オレ達は夕方になったら居酒屋をやっているという若旦那の同級生に会いに行くぞ。何か新しい話を聞けるかもしれない」


「了解。じゃあさ、どうせならそこで夕飯一緒に食べない? 話を聞きに行くなら注文取った方が聞きやすいっしょ?」


「だが居酒屋だぞ? お前はそこでもいいのか?」


「別にこだわらないよ。美味ければどこだろうと文句なし」


「ふっ、美味ければか。わかった。六時に旅館の外で待ち合わせをしよう。独自に調べてくれたようだからな、報酬代わりに奢ってやる」


「わおっ、志稀さんってば太っ腹! じゃ、また六時に」


「あぁ。無理に聞きこむ必要はないが、耳はすませておいてくれ。どこで重要な話を拾えるかわらかないからな」


 志稀の言葉に凛は上機嫌に頷いた。夕食を一緒に食べれば、この不思議な男の内面に指先くらいは触れるかもしれない。そんな思いがあった。




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