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12、ヤンキー娘、交錯する憎悪を悼む 後編

「協力に感謝する」


 志稀の言葉に久木が上品に微笑んで出ていく。残された彰彦は無言でこっちを睨んでいる。志稀がそんな若旦那に冷静に促す。


「座ってくれ。あんたに武のことを聞きたくて、大女将には席を外してもらった。ここにはオレ達しか居ない。あんたの腹の内を聞きたい」


「……具体的に何を知りたい?」


 彰彦はうんざりした顔でソファに座ると、足を組む。横柄な態度だが、初対面ほど嫌な雰囲気ではない。それは大女将がこの場に居ないことが関係しているのだろうか。


「あんたは、武のことをどう思っていた?」


「嫌いだったさ。オレは父の連れ子だから、この家ではよそ者扱いも同然に育った。武が生まれてから疎外感は増す一方で、オレはいつまで経ってもあの人の孫とは認められなかった」


「では、武はあんたに対してどうだったんだ? 子供に大人の事情は関係がないはずだ。それとも周囲の大人に感化されて、あんたを毛嫌いしていたのか?」


「……いいや。兄とは名ばかりのオレを、うっとおしいほど追いかけていた。『お兄ちゃん』アレにそう呼ばれるたびに、オレは堪らない気分になったものだ」


 彰彦は片頬に冷笑を浮かべて、蔑むように吐き捨てる。弟は一途に血の繋がらない兄を好いていたのかもしれない。


「『返してほしい』その言葉に心当たりはないか?」


「ない。そもそも、オレとアレに深い関係はなかった。それにしても皮肉なものだな。あれだけ愛されていた子供は死に、嫌われていたオレだけが生き残っている。全てあの老害が原因かもな」


「なぜそう思う?」


「ばあさんの周りでことごとく人が死んでいるからさ。アレに始まり、義理の母親、義理の祖父が死んだ。これで残されたのは、老害のばあさんと、嫌われ者のオレだけだ。この先、最後に立っているのはどちらだろうな?」


 彰彦は喉を鳴らしておかしそうに嗤う。その瞬間を心待ちにするように。

 この旅館は蟻地獄のようだ。祖母と孫は互いに相手を蹴落として憎悪という魔物に喰わせようとしている。憎む相手が消えた時、生き残った人は何を思うのだろうか。

 薄ら寒い想像に怖気が走る。凛は思わず彰彦に尋ねた。


「お父さんも亡くなってるんすか?」


「ん? あぁ。一年ほど前に警察から連絡がきた。ホームレスまで落ちたようだが、免許証だけはもっていたそうだ。オレにはもう関係のない男だからな。好きに処分してくれとだけ伝えた」


 実親の死を他人事のように語っているが、その裏で舐めた辛酸は凛には想像も及ばないものだ。相手が死してなお、その恨みは深い。この人は、死ぬまでそれを忘れないつもりなのだ。


「では、オレから最後に二つ聞きたいことがある。事故当時、あんたはどこに居た?」


「同級生と遊んでいたさ。調べたいのならそいつの名前も教えてやるよ。同級生の名前は河村久則かわむらひさのり。街で【呵々楽(かからく)】という居酒屋をやってるから聞いてみればいい」


「そうしよう。最後の質問だ。武が特別大事にしていたものがあるはずだ。それを見たことは?」


「知らんな。言っただろう? オレはアレとは関わりたくなかったんだ。今度はオレが聞いてやる。それさえ見つかれば、今回の幽霊だなんだという騒動に片がつくと?」


「おそらくは。武本人が返してほしいと訴えているんだ。それが鍵になる」


「幽霊と話したって? 冗談だろ。ここにはオレしかいないんだ。霊能者の振りは止めるんだな」


 彰彦は志稀を馬鹿にするように鼻で笑う。彰彦は幽霊という存在自体を信じていないのだろう。だからこうして否定する。


「事実は変わらない。武は事件当日誰かと遊ぶ約束をしていた。返してほしいという言葉とその誰かが繋がれば、十年前の真実を見つけ出せるだろう」


「……ふん、くだらんな。霊なんてのは馬鹿げた妄想だ。質問が終わりならオレは仕事に戻らせてもらう。詐欺師と違ってこちらはまともに働いているんだからな」


 侮蔑の視線を向けて、彰彦は部屋を出ていった。凛はようやく軽くなった部屋の空気に息をついて、茶菓子に手を伸ばす。


「志稀さん、わざと煽った? 武の遊び相手が本当に居たかどうかはまだ断定出来てないでしょ」


 それをさもそうであるような口調で言い切ったのには、なにか理由があるのか。志稀は目を閉じて腕を組むと、疲れたようにソファに深く背中を預けた。


「仕事を終わらせるためなら嘘もつく。もし、真実がオレの予想通りなら、矛盾が生まれるな。武が残した『カクシ』の意味……それがわかれば、事故の全容が明らかになるかもしれないな」


 うっすらと開かれた志稀の目は、若旦那が出ていった扉をじっと見つめていた。



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