11、ヤンキー娘、交錯する憎悪を悼む 前編
使用人室の中で、凛と志稀は大女将と向かい合ってソファに座っていた。久木の手により、お茶がそっと差し出される。旅館の文字が入った茶菓子が器に添えられてるが、空気が重すぎて手を伸ばす気にもなれない。
凛は志稀の隣に腰を下ろして、二人の雇い主の話し合いを観察することにした。
「昨日、霊と接触した。時間が経っているため本人の意識は薄かったが、あれは依頼主であるあんたの孫、武の霊で間違いない」
「そうですか。……やっぱりあの子だったんですね……」
大女将が初めて表情を崩した。涙を浮かべて志稀の説明に一心に聞き入る様子が窺えた。
「武は何かを返してほしいとしきりに訴えていた。心当たりはないか? 子供が当時大事にしていたもので、十年前になくなったものがあるはずだ。そして十年前に、武がなぜあの場所で事故にあったのか。あの場所で誰かと会う約束をしていたという話を、あんたは聞いたことがあるか?」
「えっ、それは本当なのですか!? そんな話は聞いた覚えがありません。私はずっとあの子は一人で事故にあったものだとばかり……」
「まだ確実にそうだとは言い切れないがな。事故当日に武と話したという従業員を見つけられていないからな」
「従業員……」
記憶を探っているのか、大女将がテーブルの上に視線を落とした。
「それと、一つ頼みがある。当時の武を知る者として、あんたとは別に若旦那からも詳しく話を聞きたい。この場で呼び出してくれ。ただし、オレが話を聞く間はあんたには席を外してほしい」
「何故です? 私の孫のことですよ!」
「オレと若旦那の会話を聞いて、あんたが冷静でいられるとは思えないからだ。感情的な話は当事者同士ですべきことであり、この場では不必要だろう。オレの仕事は霊を祓うことで、それ以外は範囲外だ」
「……わかり、ました。ですが、その代わり、わかったことは必ず私に報告してください。それが、どんなことであったとしても」
「了解した。では、呼び出してくれ」
大女将の一瞬の激高を冷静にあしらってみせる様子には驚いた。辛辣な言葉は志稀の美貌との相乗で、男を冷酷に見せる。だが、その言葉は厳しいが仕事の姿勢としては正しいのだろう。感情を割り切り、自らの役割に徹する姿は凛には潔く見えた。
だが、大事な孫が亡くなっているのだから、大女将が感情的になるのは凛にも理解は出来た。だからといって、若旦那を蔑ろにしていいわけではないだろうが。その意固地さが悪い方に悪い方に物事を進めている気がしてならなかった。
大女将は電話口ですぐに応接間に来るように伝えて切る。そして、確認するように志稀を振り返った。
「これでよろしいですね?」
「あぁ。すぐに来るだろう。悪いが、あんたはもう下がってくれ。今日の夕方か翌日の朝、もう一度報告する」
「そうですか……わかりました。久木を残しておきますので、なにかあればそちらにお申し付けを。失礼させて頂きます」
大女将は一礼して出ていった。動揺を殺しているのだろうが、横顔に浮かぶ困惑は隠せていなかった。
「若旦那が来るまで、久木さんに話を聞こうか」
「え? わたし、ですか?」
「あぁ。武と最後に話したという従業員に心辺りはないか?」
「そうですねぇ……高木さんと元従業員の水木さんにはよく懐いていた記憶がありますけど、当日となるとわかりかねます。お役にたてずに申し訳ありません」
「高木さんって人、この旅館に一人だけですか?」
「えぇ、そうだけど?」
聞き覚えのある名字だ。凛はあの時の高木さんの反応を思い出していた。あれだけおしゃべりながら叔母の話を掘り下げなかった。今思えば、それが不自然だったのかもしれない。
「どうした、凛?」
「昨日、話を聞いた中に高木さんが居たんだけど、懐かれていたなんて話は全然していなかったから、なんかこう、引っかかるっていうか」
「その人からも直接話を聞く必要があるな」
志稀が即決した時、ノック音した。返事を待たずにドアが開き、若旦那が無言で入ってくる。今日も糊の効いたスーツを着て、全身を武装するかのように威圧的な態度を見せていた。身体に力が入っているのは苛立っているからか。
「それでは、私も下がらせて頂きます。フロントにおりますので、御用の際は内線でお呼び下さい」




