1、ヤンキー娘、オレ様な祓い屋に出会う 前編
【驚いて寿命が縮む】そんな比喩があるが、もしそれが言葉通りならば、葛切凛は自分の寿命が他人よりも遥かに短いだろうと思っていた。そして今、その貴重な寿命は夏の日差しによってガリガリと削られている。
凛は、空のビールケースを外に出しながら眩しい太陽を仰ぐ。
「あーっ、くっそ暑ぃ!」
半袖と膝元までの短パンなのに、少しも涼しくない。凛はバンダナのように巻いていたタオルを解くと、真っ赤に染めた髪を掻き上げて首筋を流れる汗を拭う。少し外に出るだけで熱した鉄板の上に乗っているようだ。コンクリートから立ち上る熱気と、上から降り注ぐ陽射しに挟まれて逃げ場がない。
夏の太陽はどうしてこうも凶悪なのか。温暖化が原因だとテレビが叫んでいたが、それにしても今年は気合を入れ過ぎだろう。もはや憎々しささえ覚えてくる。
シャツの胸元を摘んでパタパタと風を送り込んでいると、近くで猫の鳴き声がした。綺麗に刈り込まれた樹木の垣根を見やると、白猫がこちらの様子を伺うように顔を出していた。覗く猫の半顔が面白い。なんとなく目を惹かれて眺めていると、人慣れしているのか、白猫は凛の足元に寄ってきて目の前でお座りをした。
凛を見上げて甘えるようにナァと一鳴きする。
「遊んでほしいの? ごめん、バイト中なんだよ」
凛は猫の前にしゃがんで首を掻いてやる。白猫はゴロゴロと喉を鳴らして、夏の空を溶いたような水色の目が、気持ちよさそうに細まる。最後に頭を軽く撫でてやって、凛は立ち上がった。仕事場に戻らなければ。
「じゃあね」
ナァと答えるように鳴く猫に笑って、凛は裏方に戻った。
バイトをすることになったそもそもの発端は、学校が夏休みを迎えてすぐに叔母から自分の働く旅館でバイトをしないかと誘いの電話を母親が受けたことがきっかけだった。ちょうど短期のバイトを探していたこともあり、一週間の約束で引き受けたのだ。
しかし、時給千円と高額なだけあり力仕事に事欠かない仕事場だ。体力がある十七歳と言えども、きつい重労働である。
「徳御膳一つ、楓御膳二つ、ビール三本 夏の間のご注文です!」
「熱燗、枝豆、刺身の盛り合わせ二つ、茶碗蒸し一つ、春の間からです!」
調理場に戻れば、料理人達が忙しく動き回っている。刺し身の盛り合わせがカウンターに上れば、反対側では揚げ物のいい香が漂う。
「凛! 皿が溜まってるぞ、そっちやれ」
「うぃっす」
白い帽子を被った親方が、顎で洗い場を指す。凛は短く返事を返して、肩にかけたタオルを取ってふたたび頭を覆うと、食器が溢れる洗い場に向かう。
銀の棚が並ぶ料理場の隅に洗い場は設置されているのだが、うんざりするほど洗い物が増えていた。少しはずしただけなのに十五人分はゆうにある。仕方なくお湯を出しながら洗い物を片付けていく。凛の装備は、食器洗剤とスポンジだ。敵(汚れ)を洗い落として簡単に濯ぐと、ちょうど両腕を広げたくらいの正方形のケースに食器を立てかけていく。それが一杯になったら、食器清浄機に運び、レバーを下して正方形の鉄で蓋をして、洗浄のボタンを押した。この機械で高温消毒と清浄が出来るのだ。
凛の仕事は主にこの洗い場と、客が使用した食器類の回収だ。仲居さんの手が足りなければ、部屋の外まで料理を運ぶこともあるが、基本的に裏方がメインの仕事なので気楽なのがいい。
バイトも三日目に入り、流れ作業も手慣れたものだ。要領よく洗い物を片付けていると、返却口から叔母の貴子が顔を出した。どっしりした体系が仲居の青い着物を大きく見せている。
貴子は凛の母の一つ違いの姉だ。竹を割ったような性格をしているため、仲居はまさに天職だったのだろう。若い時から旅館に務め、凛と年の近い娘と息子を持っている。そのため最初は自分の子供をバイトに誘ったようだが、母親と同じ職場は嫌だと断られたらしい。それで、話が凛に回ってきたのだ。
「今日も頑張ってるわね」
「仕事だからね。なんか用なの、おばさん」
「団体様がお帰りになったから、凛もお膳を運ぶのを手伝ってちょうだい」
「わかった。どこの部屋に行けばいい?」
「冬の間だけど、あんたわかる?」
旅館名【色谷】は、一階にバイキングや温泉などの施設と一緒に四季の間と呼ばれる大部屋が存在する。その名の通り、日本の四季を部屋の内装に取り入れており、冬の間は宴会場として使われていた。