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新編 妖の園 Episode6  作者: 不死鳥ふっちょ
第一部
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第二章第四節<虚空神殿>

 四本の燭台の炎が、強い風にはためいていた。


 熊本城、天守閣において、珍妙な取り合わせの男たちが三名、その場にいた。


 一人は熊本鎮台総司令官、谷干城。そしてそのすぐ横には彼の補佐役の男が同行。


 二人の視線は、少し離れたところで両手を広げる、一人の異国の男に注がれていた。


 白い長衣を纏うその姿は、四つの炎に照らされて妖しく輝く。


 彼の手には、一振りの奇妙な形状の剱が握られていた。儀礼用のものなのだろうか、精妙な彫刻の施された、サーベルとも違う細い剱。


 彼は北の方角を向いて立つと、剱を頭上に突き立て、左下に振り下ろすことから開始される五芒星を宙空に描く。さらにその中央になにやら切っ先にて図形のようなものを記したが、それが何であるのかは、二人には分からぬ。


「Terra ad septentrionem versus (地は北方に)」


 ラテン語による詠句を口にすると、彼は身を屈めて床に置かれた小皿を取り上げた。皿には一盛りの塩が乗せられており、彼はそれを掌にとると、清めるように三度、塩を撒く。


「Et qui in ligno vincebat , in ligno quoque vinceretur (樹に打ち勝った者、樹によって敗北せん)」


「何をしているのですか」


 谷の横にいた男が、眉間に皺を寄せて小声で尋ねる。その言葉を、谷は唇に人差し指を当てて制した。


「政府から派遣された男だ。軍事顧問官、レオ・ヴァッシェッカー……西洋の儀式なのだろう」


 だが、それでは男が納得しない。


「私には、ヤツが何をしているのか、皆目見当がつきません」


「中国の風水を学んでいる、君でもか?」


 そう、谷が囁いたときであった。


「Porta septentrionem , patens esto (東の門よ、開かれてあれ)」


 レオの口から、四度目の開門の言葉が迸る。


 その途端に、レオは二人に視線を向け、にやりと笑って見せた。谷は思わず、レオから渡された肉厚の銀で出来た指輪をはめた右手を、左手で隠すようにして掻き抱く。


 儀式の前に、二人に身につけるようにと渡された指輪を嵌めている部分だけが、火で炙られているかのように熱い。これは錯覚なのか、それともあの男の儀式によるものなのか。


 レオは儀式を締めくくるべく、東に向き直り、剱の切っ先を足下に向け、声高に唱えた。


「Quattuor Portae , patens esto in nomine Dominus Luce et Tenebrae!(光と闇の主の御名において、四門よ、開かれてあれ!)」


 最後の一音と共に、床板に切っ先が打ち込まれる。


 同時に、二人の視界から色彩というものが消えうせた。



 いや、色彩だけではない。耳元では、まるで嵐の只中にいるような、びょうびょうという風鳴りの音がひっきりなしに聞こえている。


 ここは、どこだ。少なくとも、今まで自分たちのいた天守閣ではない。


 互いの顔すら、見ることが出来ない。


 それでいて、数歩先にははっきりとレオの姿が見えるのだ。


 谷が見回すと、どうやら自分たちは別の巨大な建物の中にいるようだ。周囲には柱のようなものが並んで立ってはいるが、それの細部までは見て取ることが出来ない。


 それでも目を凝らしていた谷は、レオの向こうに人影を認めた。


 何人いるのかは分からない。しかし、この強い風に髪を煽られている人物だけは見える。


 長い髪からして、女だろうか。


 話している言葉は聞き取れなかったが、二人が何かを話し合っている様子だけは、しっかりと理解できた。


 


「<哲学者の庭園フィロゾフィーア・ガルデニア>所属……唱術師プラクティカス、レオ・バッシェッカーでございます」


「後ろの男たちは、誰」


 女に問われ、レオは恭しく胸に手を当てて一礼した。


「熊本城にて反乱軍鎮圧部隊の、指揮官の者でございます」


「そう……で、わざわざ『虚空の神殿テンプルム・スペリオール』を開いたと言う事は、それなりのことがあったの?」


「はい、タカモリ=サイゴウ率いる反乱軍が北上を開始、今日明日中にも熊本城に攻撃を仕掛けるかと」


「既に政府から討伐隊が派遣されています。あなたたちはそれまで持ち堪えなさい……それから、そちらに術の心得のあるものがいますね?」


 その問いに対して、レオは即答をすることができなかった。


「その者に伝えなさい、熊本城は四神相応の地……それを活用しなさいと、ね」


「拝命仕りました、我が主」


 



 レオの話が終わるや否や、三人は元の世界へと帰還していた。


 二人とも、今しがた自分の体験したもののあまりの異様さに呆気に取られていた。


 今の光景は、一体なんだったのか。だがその答えよりも早く、儀式剱を鞘に収めたレオが谷へと問いかけを発した。


「司令官、シジンソウオウ、という言葉はご存知か」


「シジンソウオウ・・・?」


 聞きなれぬ言葉、しかも異国の男の話すイントネーションが理解できず、谷はそのまま鸚鵡返しに繰り返すしか出来なかった。しかしその言葉に反応を見せたのは、隣の補佐役であった。


「風水地相学の言葉です、谷司令官。左方には流水、右方は大道、前方にの汚地、後方は丘陵を有する地の呼称」


 男はくるりと踵を返し、夜闇に包まれた城下の風景を見やる。


「東には坪井川、西には新町大道、南は山崎町からの平野、そして北に京町台の丘陵地。私も今、気がつきました……ここは風水的見地から見て、最高の地相を持っています」


 その答えに満足したレオは、補佐役に伝言を伝える。


「分かりました。この地に奇門遁甲の結界布陣を敷きましょう……西郷に一泡吹かせてやることができますぞ!」


 そういい残し、男は谷を残して階段を駆け下りていった。

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