4話:弱者の視点
怖い
怖い
怖い
小さな者は小さく震えながら息を殺す。
このままでは駄目だ。
このままでは死んでしまう。
自分も、自分を助けてくれたあの人も。
だから、動いた。
助けを求めに、行動した。
歩いて
歩いて
歩いて
外に出れないかともがいて。
隠れて
隠れて
隠れて
なんとかやり過ごして。
この洞窟は、広すぎる。
足が痛い。
恐怖に押しつぶされそうだ。
けど、自分が行かないと。
助けを呼ばないと。
そう、思っていたのだ、この小さな者は。
現実は、そんな弱者をあざ笑う。
まず、ボロボロの小屋を見つけた。
明らかに人工物だ。
見たこともない外壁は白く、所々ひび割れている。
綺麗な四角に整えられた形をしており、どこか豆腐を連想させる。
出入り口と思わしき扉の横には、『棋兵団秘密基地』と書かれているのだが、この小さな者にはわかるよしもない。
だが、彼にとっては希望だった。
この際、誰でも良かった。
あそこに行って、助けを求めよう。
そして、あの人を助けてもらおう。
そう思って、建物に近づいた。
その時だ。
「グルルルル……」
絶望が、のっそりと顔を出した。
血の気が一気に、足先まで落ち込む感覚。
あれは、『幼竜』。
この世の頂点の一角、『竜』の幼体だ。
この世界において竜は、幼い頃は全てこの幼竜として生まれてくる。
幼竜は、生きる環境や捕食した者の属性などを蓄積し、成長していく。
その結果、その土地に見合った進化を遂げ、『地竜』や、『風竜』などに成長していくのだ。
幼いとはいえ油断は禁物。生まれてすぐに、魔族のベテラン騎士を食い殺したという記述だってある程に、あれは強い。
あそこにいる幼竜は、進化寸前の個体らしい。
生まれた頃は可愛らしいのだが、今は地の属性を吸収し、全体的にゴツくなっている。
体も大きくなっており、もはや幼竜というよりも、小さな地竜に近い。
そんな竜が、建物に近づいているのだ。
小さな者は、慌てて岩場に身を隠す。
少しでも声を上げていたら、即座に見つかっただろう。一瞬だけ、生存本能が恐怖に打ち勝った瞬間だった。
ウィンっ
妙な駆動音を立てつつ、建物の扉が開く。
そこには、4人の誰かが立っていた。
3人は、全身黒くて性別などもわからない。多分、『影人』だろう。
もう独りは、目元を仮面で隠した人物だが……見た目は人間に見える。
だが、ここは魔族領。
加えて、魔物の犇めくウライン渓谷の地下ダンジョン。
影人とも一緒にいるし、人間のはずがない。
小さき者は、あれを魔族と断定した。
4人は、しばらく幼竜と見つめ合い、またすぐに扉を閉めてしまう。
幼竜は、その扉を興味深そうに見つめ、フゴフゴと鼻を鳴らしている。
どうしよう
どうしよう
どうしよう
どうしようもない。
竜は、それだけで災害だ。
あらゆる者の上に君臨し、あらゆる者を押しつぶす存在だ。
竜に対抗できる存在など、勇者か、魔王か、半神くらいのものだろう。
終わってしまう。
せっかく、ここまで来たのに。
死んでしまう。
自分も、皆も。
何もできなかった。
恩に報いれなかった。
「助けて……助けて……」
絶望が心を包む。
思わず、弱さが口を開かせる。
「助けて……助けて……」
いつだって逃げてきた。
今だって逃げていた。
だからこそ、出来ることをしてみたかった。
1度でいいから、恩人の助けになりたかった。
だが、
「グルゥ……」
あまりに非常な現実。
小さく、吐息の様に漏らした言葉さえも、それは耳ざとく聞きつけた。
建物から、小さな岩場へ、興味が移る。
砂利を踏みしめ、方向を変える音。
ゾワリと、体が震えた。
咄嗟に岩場の奥に隠れるも、もう遅い。
もうダメだ。殺される。
いやだ
いやだ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤだ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤダ嫌だ嫌だ嫌だ
「ゴフゥゥ……」
「ひっ!」
息を感じた。
いる。
目の前に、いる。
「あ、あ……かひゅ、ひ、ぅ……」
どうしようどうしようどうしようどうしよう
にげないといやだしぬしぬころされたべられあああにげるにげうにげどうやってにげあうはしるはしってあしあしうごかなうぁぁいきしなきゃいきってどうやってする?
「ゴァァァァアア!!」
「は、ひ?」
あ、だめだ
しぬ
◆ ◆ ◆
「もう大丈夫ですよ」
その声は、どこまでも柔らかく。
どこまでもまっすぐで。
「よく頑張りましたね」
思わず泣いてしまいそうな程、慈愛に満ちていた。
その瞬間、幼竜が真横に弾き飛ばされる。
「グギャアアアアアアア!?」
けたたましい声が洞窟内を反響する。
さっきまで幼竜がいた所には、3人の人影。
全身黒ずくめで、顔も性別もよくわからない。
その拳は硬く握られ、振り抜いたようなポーズだった。
まさか、殴ったのか、竜を?
まさか、吹き飛ばしたのか、竜を?
あっけに取られる小さき者。
その横で、あの柔らかい声がする。
「あれ?もしもし、聞こえてます? ……ん~、博士が作った翻訳機、ここでは通用しないんですかねぇ」
「え、あ……だ、だ、れ?」
「おお! 今、「誰?」と聞きました!?」
「えぁ? は、はいっ」
「通じた! 通じましたよ! これで会話はなんとかなりますねっ」
『当~然じゃとも! 装着した者の声を脳波に直接叩き込み、意味として変換し理解させる設計じゃからね! そのチョーカー型翻訳機は!』
そこに居たのは、先程建物から出てきていた人物だった。
マント姿に鳥を模した仮面なんて付けてる存在、1人しかいないだろう。
仮面の人物は、小さき者を見て、にこりと微笑む。
「貴方の声、届きましたよ。兎さん」
それは、『兎人』の少年の心に、深く深く染みていく言葉だった。
思わず、目尻に涙が浮かんだ。
自然と、嗚咽が混ざり始める。
「後は、我々に任せてください」
それだけ言って、仮面の人物――――首領は、マントを翻し、幼竜の方を向く。
彼の前方には、彼を守る様に『歩』が集まり、それぞれの構えを取る。
「我々の名は、『棋兵団』! 悪の組織でございます!!」
「ゴガァアアアアアアアアア!!」
幼竜が吠える。
洞窟が揺れる。
今ここに、悪の組織が、
異世界で、産声を上げた。