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2話:勇者と王子(中)

 

「貴殿方の態度に関しては、後ほど言及します。今はラビルトの保護を最優先にしなさい。良いですね?」


 アークシエルは、平服する豚人レッサーオークを睨みつけながら言う。

 豚人達からしてみれば、不満はあれどこの状況で言い返すことなどできない。

 魔族の王子は、見た目こそ軟弱な人間に近い姿をしているが、その実力は本物だ。逆らえばどんな目に合うかわからない。


『『……かしこまりました』』


 弱者を庇う偽善者を疎ましく思いながらも、豚人達は言うことを聞くしかないのである。

 力ある者こそが正義。それこそが、現魔王の唄う絶対の掟なのだから。


「……もう大丈夫ですよ、皆さん」


 アークシエルが、ラビルトの入った荷馬車に近づいて語りかける。

 安心させる為の、小さな微笑み。

 それだけで、整った顔立ちの彼を飾るには充分なアクセントとなる。

 特に、それが作り笑いでないのならばなおさらだ。

 ラビルトはそういった感情の揺れにも敏感な種族である。彼が、自分たちの身を案じてくれる人物だということに気づいたようで、少しずつ脱力していった。

 彼らの瞳には、アークシエルが神に見えていることだろう。


「あ、あーく、アークシエル…? そ、れって…!?」


 不意に、アークシエルの足元で声がした。

 そこには、ずっと跪いていたらしい奴隷商の男がいた。

 アークシエルと視線が合うと、彼は呼吸が止まったかのように短い声を漏らす。


「貴方が何をもってボクを認識しているのかは存じませんが……ボクは、『魔王ノグルス』の一人息子、アークシエルです。愚かな人間さん」


「ひっ、ヒィ!?」


「貴方をこれから、ボク達の滞在する村に連行させて頂きます。事情はそちらで聞かせてください」


 本来ならば、この場で首を落としてもおかしくない状況である。

 人間が、愚かにも魔王の支配する領地に潜り込み、その領民に手を出した。

 仮にこの場にアークシエルがいなければ、豚人は容赦なくこの男を殺していただろう。


 しかし、アークシエルはこの騒動に違和感を感じていた。


 まず、国境として扱われている『ウライン渓谷』に配備した監視を、なぜこの男が掻い潜れたのか。

 そして、知覚に優れた兎人を、なぜ人間が捕獲出来たのか。


 なにより……なぜ、自分がこの辺境に視察に来た時にこの事件が起こったのか。


 無視の出来ない違和感を感じていた。

 この男から、事情を聞き出さないといけない……そう、思っていた時だ。

 


「すまないが、その男は我々が回収させていただく」



 女性の声が響く。

 凛とした、覇気のある声だ。

 それは、3mの崖の上から聞こえてきた。


『何者か…!』


 豚人が、声を荒げてそちらに槍を向ける。

 そこにいたのは、人間だった。


「まず、無断でそちらの領地に足を踏み入れた事を謝罪する」


 美しいと言っていいだろう。

 アークシエルと同じく、栗色の髪。

 その髪を腰元まで伸ばし、ストレートで纏めている。

 瞳は切れ長で、凛々しい顔立ち……なにより、その美しさを際立たせるのは、豊満な肢体と、それを包む美しい鎧だろう。

 性格が厳しそうにも見えるが、物腰や雰囲気はまだ柔らかく、魔族が相手でも謝罪から入る辺り、礼節は弁えているらしい。


 アークシエルは、その女性に見覚えがあった。


「驚いた…『勇者』がボク達の領地に侵攻してくるなんて、戦争でも仕掛けに来ましたか?」


「わかっていて皮肉を言うものではない、魔族の王子よ。私は、そこの痴れ者を捕縛しに来たんだ」


 勇者、『ノア』。

 人間達の切り札であり、魔王が人類を警戒する一番の要因。

 かつて起こった人魔対戦にて、魔王軍の主力をそのありえぬ力で押し返し、ウライン渓谷まで押し返したという逸話はあまりにも有名だ。


 そのような人物が、何故かこの森に現れたのだ。

 しかも、犯罪者一人を捉える為に。


 確かに、情報には聞いていた。この3日程、勇者がウライン渓谷を警護していたと。

 だからこそ、魔族達が勝手に渓谷に近づかないようにアークシエルが促していたのだ。


「それはおかしな話ではないですか? この男は我が王の守る民に手を出した罪人ですっ。ならば、我ら魔族がその身柄を拘束すべきでしょう!」


「その理屈は一理も二理もある認めよう。しかし、私がウライン渓谷の警護にあたっている時に王命がくだったのだ。身を弁えぬ罪人を連れ戻し、相応の罪を与えるべしと」


「王命だって?」


 つまり、この奴隷商の動きは、勇者のいた国が把握していた?

 それでいて、領地に入るまで放置していたのか?

 下手をすれば、戦争になりかねない行為だというのに?


 おかしい、やはりおかしい。


 アークシエルの感じる違和感は、いよいよ疑問に変わってきた。

 その疑問が確信に変わるのも、そう遠くないだろう。


「私はお前たちに危害を加えぬと誓う。故に、その男をこちらに引き渡して欲しい」


 ノアの視線は、まっすぐにアークシエルを見据えている。

 その目に、敵意はない……しかし、言い得ぬ不安が、彼を包んでいた。

 ふと、荷馬車の中で小さな悲鳴が上がる。ノアの登場で保護を見送られていた、哀れな兎人達だ。

 彼らは、ノアの到来でも騒いではいなかった。

 それは、彼女に敵意がない証拠だろう。


 そんな彼らが、何故、今……?


「……待ってください、ここには、本当に貴方一人で来たんですか?」


「? 無論だ。兵など連れていては交渉にならない」


 そういうノアは、どこかキョトンとした表情をしている。


「何度も言うが、私はお前達と争いに来たのではない。人類の汚物でこの豊かな森を汚してはならないという王命の元……」


「その王命が降ったのは、この男が森に入った後でしょう?」


「む、話の腰を折るな……まぁ、そうだな」


「おかしいとは思わなかったのですか?」


 なにが?という目で見られた。

 勇者って頭悪いのかもしれない。


「ですからっ、王国側がこの男の行動を把握していたからこそ、そのような命令を貴女に出せたんでしょう? だったらなぜ、森に入る前に捕縛しなかったんです!?」


「おお、なるほど。お前…頭いいな」


 確信した。

 勇者、頭悪いわ。


「とにかく、なんだか胸騒ぎがします! ラビルトもまた怯え始めた…これは、この森にまだ何者かが潜んでいるということです!」


「そうなのか? 危険な獣とかか?」


「これだけ怪しい状況でなぜそういう判断になるんです!?」


「う、うむ?」


 これ程に、頭の弱い勇者がいるなんて…!

 内心で悪態を付きながら、アークシエルは周囲を警戒した。


 が、その警戒は、少しだけ遅かった。



 彼の横にいた豚人が、地属性の魔法を使用したのだ。



 対象は、自分たちの足元……地面。



 ガバァ!!と、



 荷馬車と、アークシエルの足元が、陥没する。

 その下は、空洞になっていた。

 どうやら、天然の地下があったらしい。


「なっ……!?」


「むっ」


 アークシエルは寸前で腰の剣を抜き放ち、陥没しむき出しになった岩の間に突き立て、落下を防ぐ。

 しかし、荷馬車まで止める膂力は彼にはない。


「ラビルト達が!?」


 哀れ、重力のままに落下を始める馬車。

 絶望に満ちた悲鳴が、中から聞こえる。



「いきなりなんだ、危ないではないか」



 が、凄惨な悲劇は防がれた。

 崖から飛び降りた勇者が、岩と馬車の屋根に指を食い込ませ、繋ぎ止めたのだ。

 馬鹿げた話しではあるが、その馬車に繋がっている馬の重さすら気にした様子はない。


 ほう、と、アークシエルが息を吐く。

 その瞬間、



 パチパチパチ……



 拍手が、森に響いた。

 

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