1話:悪の華 (下)
「皆さん、来ていただけたのですか……!」
首領の足から、ガクリと力が抜ける。
全幅の信頼を置いている仲間達が、来てくれた安堵からだ。
盤上の駒は、『王』、『玉』、『歩』。
余りにも心許ない現状。
しかし、首領にとっては、彼らが生きてくれて、なおかつここに来てくれた事こそが、何よりも嬉しく、そして何よりも勇気づけられる。
その頬には、涙。
悪として、組織の長として、本来流すべきではない物を、彼は臆面もなく垂れ流す。
笑わば笑え。
指をさせ。
しかし、相応の覚悟をするがいい。
こうなった首領は、けして諦めない。
仲間を生かし、そして自身も生きるため、全力以上の力を発揮するのである。
「まったく、厄介な事だ」
その事を知っているからそこ、ドドムは戦闘員を一撃で壊滅させたのだ。
一人でも残っていると、それが首領のモチベーションになると、知っていたから。
「さて、音響戦士くん? 現状、我々には君に対抗しうる戦力は持ち合わせていないんじゃがね」
ドドムが行動を起こす前に、博士が話を切り出す。
緊張感のない、腑抜けた声。
ヘラヘラと笑いながら場にそぐわない口調で場を繋ぐ。
「例えば、例えばだ。我々が白旗上げて、降参ばんざ~いってした場合、君は我々を捕虜として生かす権限を持っているかい?」
それは、降伏後の待遇についての交渉だった。
首領の意気高揚を無視しての、空気をぶっ千切った発言である。
しかし、それは今、この場に存在する選択肢を定める為の、大きな疑問である。
それを、のうのうと敵に質問するあたり、この博士の壊れ具合がどれ程のものかわかる事だろう。
対して、正義の味方の見解は………
「ない。貴様達の処遇は、全て政府に一任されている」
真っ直ぐに、嘘偽りの無い真実を告げる。
それを聞いて、博士は満足気に頷いた。
「そうかいそうかい。ま、そうじゃろね? お国にとって我々が掲げている理念は、目の上のたんこぶだ。その理念を胸に、反国家組織として活動している我々を、お国が生かすはずがない」
ヘラヘラと笑いながら、博士は指を回しつつ言葉を紡ぐ。
その後ろでは、歩の三人が首領を支えて立ち上がっていた。
「そうだろうな。だからこそ、降伏は意味がないと思え。……引導は、俺が渡そう」
「そういう訳には、まいりません…! 私達もまた、切り札を持っているのですから!」
ドドムの言葉に対して、首領は真っ直ぐに拒否を、そして真実を告げた。
真実を語ってくれたからこそ、こちらも相手に伝える必要があると判断したのである。
「貴方が前線に出てきたということは……完成したのですね、博士!」
「おーうともさー。ワタシの最高傑作、『ココ来い恋の花1号』なら先程完成した所じゃよ?」
ニヤリと笑い、博士が取り出したるは、なんの変鉄もないスマートフォン。
しかし、驚くことなかれ。これこそが、博士が誇る最高傑作の一つなのである。
「ココ来い恋の花1号、だと!?」
「んはーっははは! 説明せねばなるまぁぁい!」
その瞬間、博士はくるりと回ってモーションチェンジ。
世の学生達を根こそぎ前屈みにしてしまうような美人女教師(そんかしグルグル眼鏡)に変身し、説明を始めた。
「『ココ来い恋の花1号』とは! 世界に溢れる困った人の出す感情、通称『困ってます粒子』を感知することの出来るレーダーなのであーる! しかもしかも、それだけではない! 『困ってます粒子』の場所を特定し、登録した人物、果ては建物さえもその人の元まで送り届けるステキなマシンなのじゃぁ!」
「なんと、常識はずれな……!!」
「誉~め言葉として受け取っておくぜぇ、ブラザー?」
説明を終えた博士は、あっという間にずんだれた(だらしないの意)元の服装に戻ってしまう。
サービスカットの終了に、後ろの戦闘員達はおおいにむせび泣いた。
「ふふふ……はーっはっはっは! 勢逆転ですね、音響戦士ドドム!」
「っ!」
注意、けして形勢は逆転していない。
「我々は残念ながら、貴方に敗北しました! まずはお見事と言っておきましょう! しかし、我々は止まることなどありません。必ずや再起を果たし、貴方の前に現れる事をここに誓いましょう!! 博士!」
「あ、ポチッとな」
博士が、『ココ来い恋の花1号』を起動させる。
転んで泣いてる子、食い逃げで捕まる中年、くしゃみと共に入れ歯を射出する老人。
ありとあらゆる困った現象をサーチし、より困ってる人を見つけていく。
「クッ……させん!」
ドドムは、己の最強武器をしまい、広範囲殲滅型の楽器、エレキギターを構える。
音響をチャージするも……時既に遅し。
『なぁ、こっち来いよ……夢の一時を過ごさせてやるぜ』
この声は、『ココ来い恋の花1号』が、一番困ってる人を特定した時の言葉である。
ちなみに、声を吹き込んだのは首領だ。
羞恥に頬を染めながら、その甘い声をわずかに震わせる彼の姿に、収録に携わったスタッフは悶絶したという。
「ははははは!おさらばです、音響戦士ドドム!」
未だに慣れていなかった首領。
頬を真っ赤に染めながら、誤魔化すように高笑いをあげる。
その体が、周囲の光景が、光に包まれていき………
一瞬、目を焼くような輝きが、世界を満たした。
◆ ◆ ◆
「っ………!!」
音響戦士、ドドム。
彼が今立っている場所は、小さな空き地。
そこにあった、悪の組織『棋兵団』の秘密基地は、綺麗さっぱり無くなっていた。
建物ごと転移し、逃げおおせるという前代未聞。
彼らは、それをあっさりとやってのけたのだ。
「………逃げられた、か」
ドドムは、小さく息を吐く。
嵐のような連中だった。
この世界に突如として現れ、壮大な、それでいて些細な目的を高らかと掲げ、自ら悪を名乗り世間を騒がせた彼ら。
彼らの持つ理念。それは……『この世から争いを無くす』事。
まっさらで、綺麗で、思わず応援してしまいたくなるような、子供の戯言。
だがこの世界は、彼らを認めるには、余りにも汚れているのだ。
彼らは目的に向かって何処までも真摯で、そしてそれが出来るだけの力があった。
政府は、子供の夢で動く彼らを危険視し、ドドムを送りつけたのである。
かくして、その作戦は2年の歳月をかけ、失敗に終わる。
「……そう、か。俺は失敗したのだな」
そう言う、彼の頬は……わずかに緩んでいた。
「あの男に、とどめを刺せなかった……そうか、俺は、あの男を殺さずにすんだのか」
おそらく、自分は責任を取らされるだろう。
しかし、ドドムの心には、安堵があった。
あの大馬鹿者を、殺さずに済んだという安堵だ。
そして同時に、決意を抱く。
再び会うことになるであろう、首領。
奴と、必ず決着をつけるという、確固たる意思を持って、拳を握り締めた。
音響戦士、ドドム。
彼の出番は、今後この作品には、一切無いことをここに明記しておく。