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閻魔庁現世監査官  作者:
夏 悪女の帰還
8/30

第八審

 気を取り直して征将には台所侵入禁止令を出し、片手で頬を冷やしながら猫の手もとい田中さんに手伝ってもらって後片付けをして朝食を作る。時間的には朝ご飯か昼ご飯か分からないが。

 メニューはオムレツにトーストと簡単なサラダだ。

 田中さんにはシーチキンを出した。マヨネーズをかけろと五月蝿かったが真知子は無視した。どう考えても太る。これ以上大きくなってどうするんだ。

 「一人暮らしなのに今までどうしてたんですか」

 二日酔いでむかつく胃にサラダを詰め込みながら問う。純粋に疑問だったことだ。毎日こんなテロ紛いのことをして片付けをしているとなると相当な労力を無駄遣いしている。

 「いつもなら彼女が作ってくれてるよな。彼女がいない時は三郎だが」

 田中さんの返答に真知子が頬を引きつらせ、征将は曖昧に笑っている。

 健気な彼女達は征将の為に一生懸命料理の腕を磨いたことだろう。

 「そういえば三郎さんは?」

 「家賃の振込に行ってるぞ」

 「…………」

 彼は防犯カメラに映らない。怪奇現象としてテレビ番組に取り上げられないことを祈るばかりである。

 「そうだ、今日の夜に閻魔庁でお盆期間の護衛任務の役割分担を決める会議があるって連絡来てたけど一旦家帰る?」

 地獄自体はお盆期間は一年に一度の休業となるらしいが、現世監査官及び監査事務官はお盆返上らしい。

 「あー、そういえばそうでしたね。会議って初めてなんですけど、やっぱりスーツとか着て行った方が良いんですかね」

 スーツなどここ数年着ていない。

 真知子の職場のデザイン事務所は仕事さえきちんとしていれば後は基本自由な職場である。強者になるとジャージで出勤してくる者もいる。スーツで出勤して来ようものならば「……もしかして転職活動?」という疑いを掛けられそうだ。

 「女性はスーツとまでは言わないけど、ちょっときっちりめの格好の方が良いと思うよ」

 「了解です」

 頭も胃も落ち着きを取り戻し、夜の会議の為の服を考えられる程になった。

 「あ、そうそう。真知子ちゃんに渡すものがあったんだよ。丁度良かった」

 朝食を終え、食器類を片付けていた時征将が思い出した様に寝室に入っていって小箱を手にして戻って来た。

 机に座って待っていた真知子の目の前に小箱を開けて置く。箱の中には朝日を受けて目映く輝く指輪が収まっていた。

 男性から女性に贈るには意味深すぎる物だ。当然真知子は意味を測りかねている。

 「あの、これってダイヤモンドですよね……。しかもハーフエテニティじゃなくてフルエタニティだし」

 一応ジュエリーにも興味があるし、数は少ないが贈られたこともある。

 イミテーションの物とは明らかに異なる華やかな輝き。台座はシルバーではなく恐らくプラチナだ。

 エタニティリングはリングの周りをダイヤモンドが途切れる事無く配されている事から「永遠」を象徴する為、恋人や夫婦間での贈り物として人気が高い。

 またエタニティリングにはフルとハーフの二種類があり、フルはダイヤモンドが全周しているのだがハーフは半周しかダイヤモンドが配されていない。ハーフの方がサイズ直しが可能でフルに比べて低コストだということもあり人気だ。

 「真知子ちゃんの言う通り、うちの会社の商品の一つのフルエタニティリングです。色々迷ったんだけど閻魔様と相談してこれが一番護身用に良いと思って」

 「護身用?」

 指輪とはあまりにもイメージがかけ離れた言葉に首を傾げる。

 「真知子ちゃんは霊魂を視る力が無いからいざという時俺が近くにいないと困るでしょ?で、いつも身につけられる物を選んで俺が術を掛けたんだ。これをつけてると田中さんと三郎に霊力を調整してもらわなくても彼らを視ることができる。他の霊魂もばっちりクリア」

 「おお、それは便利ですね」

 自意識過剰かもしれないが男女間での贈り物ではなくて本当にほっとした。職場恋愛と言うだけで面倒だというのに、この男が絡むと地獄よりひどい事態に発展しそうで怖い。

 「宝石自身が霊的力を宿していて中でもダイヤモンドは魔を退ける力を持つと言われている。もし君に災いが降り掛かろうとした時、それを退けられるようにとの意味も込められている」

 すらすらと丁度良いテンポで澱みなく言葉を紡ぐ征将。

 「でも、フルエタニティだとお値段が……」

 これが仕事用となると自腹という可能性もある。恐る恐る征将にそれとなく伺いを入れてみると征将はにっこりとお得意の爽やかな笑顔を浮かべる。

 なんだかこの話しの展開に既視感を覚えるのは気のせいか。

 「代金は護衛費用として閻魔庁に経費から落としてもらう手筈になっているから気にしなくて大丈夫だよ」

 「うわぁ……」

 「まるで通信販売だな」

 シーチキンをぺろりと平らげた田中さんが突っ込みを入れ、思わず成る程、と納得してしまった。

 「それに、ハーフエテニティだと手を振った時ダイヤモンドが見えないでしょ?」

 その文句が通じるのはセレブだけだと真知子は思った。


 日が落ちて六道珍皇寺の井戸から閻魔庁に出勤するといつもなら一階の大広間は人っ子一人いないのに今日は多くの人で賑わっていた。

 真知子は早速左手の小指に征将から渡された指輪を嵌めて出勤した。

 「皆各支部の監査官と事務官だよ」

 広間にいる人達はほとんどがフォーマルに近い格好をしていた。男性はほとんどがスーツで、女性はすっきりとしたシルエットのワンピースや中には着物姿の人もいた。

 征将の助言通り綺麗めの格好をしてきて良かったと真知子は心をなで下ろした。今の真知子の姿は紺のブラウスに白いスカートを合わせたものだ。井戸を降りるときに苦労したのは言うまでもない。征将は休日だがスーツを着ている。

 「あ!滝さん!!」

 広間で談笑していた女性の一人が征将に気付いて声を上げ、それに反応した周囲の女性達が征将目がけて一気に駆けて来る。

 真知子と三郎はさっと田中さんを抱え上げて横に避けた。

 すると広間にいた半分以上の女性が征将の元へ群がる。

 「きゃー!今日もステキー!」

 「写真撮って下さい!!」

 「これうちの地元のお土産です!良かったらどうぞ!」

 「ちょっとアンタ!抜け駆け禁止なの知ってるでしょ!?どさくさに紛れてアピールしようなんてそうは問屋がおろさないわよ!」

 「滝さん!これ私が作ったクッキーなんです!」

 「てめぇら人の話聞けやこら!!」

 どうやら女子達の華やかな服装は征将の為らしい。会話から察するに女子達の間には暗黙の掟が存在しているらしい。

 田中さんを抱えて三郎と離れた所で事の展開を見物する。

 「君が滝の新しい上官さんか?」

 「へ!?あ、はい!」

 いつの間にか隣にいた壮年の男性に声を掛けられ、真知子はどもりながらも答えた。

 「ちっちゃいねー」

 「今回女の子なんだー……可哀想に」

 征将が女性陣に囲まれるなら真知子は女性陣に放ったらかされた男性陣に囲まれる。

 女性も男性も年齢層が幅広い。真知子と同じくらいの年代の人もいれば、還暦に近そうな人も居る。

 「女の子があんなイケメンの部下を持つとなると大変だねぇ」

 「あははー……」

 心の中では首が取れそうな程縦に振っているが曖昧に笑って誤魔化し、否定も肯定もしない。

 皆で世間話をしていると壇上の奥からスーツ姿の女性が姿を現し、皆に向かって深く頭を下げる。

 「現世監査官、監査事務官の皆様、お待たせしました。桐花の間へお越し下さい」

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