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閻魔庁現世監査官  作者:
夏 悪女の帰還
6/30

第六審

 夏も盛りの八月。世間はお盆休みを一週間後に控えており、皆長期休暇を目前にして浮き足立っている。

 今日は職場で年齢の近い人達と飲み会で京都駅近くの居酒屋に来ていた。

 「本当一時元気なくって皆心配してたんだからね!」

 「あははー……」

 そんな飲み会の席で真知子は先輩に捕まって説教されていた。言わずもがな先輩の右手にはビールジョッキが握られている。

 真知子の右隣には田中さんがテーブルに前足をついて獲物を狙っている。毎日田中さんは日が落ちると真知子の職場まで迎えに来てくれていた。通勤はバスらしい。

 「笑い事じゃないわよ!小野ちゃん最近元気無いねーって皆で言ってたら次はいきなり職場で奇声上げ出すし……木之下部長なんか超ビビってたわよ」

 「あ、あははー……」

 よもやそんなに心配を掛けていたなんて露程にも思っていなかった。流石に職場で奇声を上げた件は周囲を大いに不安にさせただろうとは思っていたが。

 奇声事件の話しを皮切りに先輩方や同僚達も話しに加わってきて悩みを一人で抱えてないか、とか、最近疲れてない?とか妙に優しく聞かれた。

 そういえば雅也と奈緒のことで落ち込んでいた時期はあったが、デザインの仕事も閻魔庁の仕事もそこそこ忙しくて落ち込んでいる暇も無かったなぁとここ数ヶ月を振り返る。

 「すみません、ちょっとトイレ行って来ます」

 会話の折を見て席を抜け出る。テーブルの上の刺身を虎視眈々と狙っていた田中さんは真知子が席を立つと後ろについて来る。

 「トイレってどこでしたっけ?」

 「俺が知るかよ」

 トイレを探しながら薄暗い廊下を歩いていると突き当たりの角から歩いて来た人とぶつかってしまった。

 「うっ!?す、すみませ……滝さん!?」

 「あれ?真知子ちゃん?」

 ぶつかった相手は征将だった。

 爽やかな水色に白のストライプが入ったシャツに紺のネクタイ、グレーのスーツを着ており、彼も仕事帰りだと分かる。

 征将の後ろには三郎がついていて、肩越しにひらひらと手を振っており真知子は思わず出かけた悲鳴を飲み込む。

 「真知子ちゃんも飲み会?」

 「あ、はい。会社の飲み会なんです。滝さんも?」

 「いや、俺は大学の同級生と飲み会なんだ」

 征将と立ち話していると通り過ぎる女性客や女性店員がしきりにこちらを気にしているのが分かった。実に罪作りな男である。

 適当に話を切り上げないと女性陣に夜道に襲われそうだ。

 「じゃあ、また今度」

 「小野ちゃんー?」

 話を切り上げようとした矢先、真知子の後ろから先程説教していた先輩がやってきた。またややこしいことになったな……と真知子が後ろを振り返ると案の定、先輩は目を輝かせていた。

 「ちょ、何その人!知り合い!?超イケメン!!」

 てらいも無く先輩が征将を絶賛する。征将は最初こそ面食らっていたが、数秒後にはいつも通りの無敵営業スマイルを浮かべた。

 「はじめまして」

 ああ、こうやって女子はこいつにあっさりと陥落するのか……と真知子は思った。


 そして事態は想定していなかった方向へ転がってしまった。

 「えー!征将さんジュエリーの営業さんなんですかー!?ステキー!!」

 何故か征将のグループと合流して飲み会の場は一気に華やいだ。年頃の男女が一緒の空間にいたらそりゃあ気分も高揚するだろう。

 生憎真知子は男の人と楽しく話しをする気分でも無かったので隅に寄って飲食に徹する。皆食べるよりも喋る方が忙しい様で頼んだ食べ物の大半は真知子の所に回って来ている。

 「三郎ー唐揚げ取ってくれ」

 「あんまり食べ過ぎると太っちゃいますよ?」

 「うっせぇ」

 「………」

 真知子の向かいの席は普通の人間が見たら空席だが、真知子から見たら三郎と田中さんが仲良く並んで座って食べ物を拝借している。真知子は異形のものを視る力が無いので田中さんと三郎は真知子にだけ視える様にしてくれているらしい。

 他の皆はお酒も入っていてそれぞれの会話に勤しんでいる為お箸や唐揚げが宙に浮いていても気にならない様だ。

 「真知子様はあちらで殿方とお話されないのですか?」

 田中さんに唐揚げを食べさせながら三郎が問うて来た。

 「いやー……前の彼氏とこっぴどい別れ方をしちゃって、当分そういうのはいいかなーって」

 「おやまぁ」

 三郎は口元に手を当てて驚いた様な仕草をする。

 「でもお若いんですから早く新しい恋を見つけてさっさと忘れちゃうのも良い手だと思いますよ」

 取り皿にバランス良く食べ物をよそう三郎。真知子など誰も食べ物に頓着していないのを良い事に直箸だ。

 「多分また傷付くのが怖いんでしょうね」

 言葉にしてみて初めて分かった。

 あれほどの恋なんて無いと思っていた。結婚の覚悟もしていた。でも、それでも全てを失ってしまった。

 あんなことをされて流石に惜しいとは思えないけれど、喪失感はどうしても埋められない。

 またあんな惨めな思いをするくらいなら誰にも心を許さず一人で生きて行く方が楽なんじゃないかと思った。

 それなのに、理解している筈なのに、誰かに縋りたくて、必要とされたくて、矛盾した想いが真実を知ったあの日から毎日心の中でぐちゃぐちゃにまざっている。

 狡い自分の感情に押しつぶされそうだった。

 手に入らなかったものがひたすら輝いて見えて、自分の手に残っているものを必死で価値のあるものだと思い込もうとして。

 「大丈夫ですよ」

 思考の海に沈んでいた意識が三郎の言葉で引き上げられた。

 「いつか、あなたは唯一無二の誰かに必ず巡り会えます。それが恋人と称するのかは私には分かりませんが、必ず。今はその時で無いだけです。人とはそういうものです。その人に見合った人を神様が選んで引き合わせて下さいます」

 見た目は怖いが、彼の言葉選びはとても丁寧で穏やかだ。

 ささくれだった心に三郎の言葉がじわりじわりと染み込んで、それと比例する様に目が潤んで行く。

 「……いつか、報われると信じて、生きて来ました。でも最近ふと思ってしまうんです。そのいつかっていつなんだろうって。いつかというのは永遠に来ないんじゃないかって」

 スカートにぽたぽたと水が落ちて行き、周りに気付かれない様に洟をすする。

 「小さな幸せを必死にかき集めて、無理矢理にでも幸せの形にしないと、何も残っていないんです」

 飲み下した酒が喉を灼く。まるで傷口に滲みる様だった。

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