第三十審
そして奈緒と雅也の結婚式当日、征将に迎えに来てもらってさくらのサロンで準備を整えてもらった。
征将と選んだパーティドレスに着替え、楓に化粧とヘアセットを施してもらう。
ドレスに合わせた小物を選ぶのがさくらの担当なので決戦日当日は楓とやり取りしながら細かい調整をしている。
楓は驚くべき手際の良さで最初にメイクを施していく。劇的に変化してはいないが、肌の透明度がぐっと増し、アイシャドウはいつもより輝いていて唇はドレスの色に合わせた淡い薄紅色でほどよく艶を帯びていた。
細めのリボンを髪に巻き付けながら大きな編み込みをして低い位置でゆるくまとめ、左のこめかみの髪をさり気なく落とす。
肩肘張らず、かといってラフになり過ぎず、絶妙なバランスに思わず溜め息が零れる。
メイクとへアセットを終えると最後の仕上げにアクセサリー類を付けて行く。
さくらと一緒に選んだのはシャンパンゴールドを基調とした小物だった。
コットンパールを使用したリボンパールネックレス。リボンはもちろん落ち着いたゴールドだ。
完成した姿を見たのは初めてな訳だが、予想以上の出来に当人の真知子でさえ鏡に映った自分の姿に感心してしまう。
「かわいいー!!」
メイクとヘアセットの間真知子に掛けていた白いクロスを抱きしめて楓がぴょんぴょんと飛び跳ねている。
鏡の中に映る真知子は様々なプロフェッショナルの手を経て確かに可愛いと感じた。
しかし言われ慣れない言葉にどう反応すればいいのか分からず真知子は曖昧に笑うしかできなかった。
「じゃあ征将呼んで来るわね」
さくらが待ち合い室の方へ颯爽と歩いて行き、楓は真知子に手を差し伸べて椅子から立たせる。
さくらに案内されてやってきた征将は真知子の姿を見るとさくらによく似た笑みを浮かべた。
「最高だ」
例えお世辞で言った言葉だとしても充分に破壊力を持った言葉に真知子は再びどんな顔をして良いのか分からず俯いてしまう。
「さぁ、いちゃつくのは事が片付いてからにしなさい。もうそろそろお式の時間でしょう?」
見兼ねたさくらが助け舟を出してくれた。
さくらに言われて腕時計を確認した征将は本当だ、と呟いて何事も無い様に真知子の手を取る。
「うぇ!?」
「姉さん、楓さん本当にありがとう。このお礼は後日させて貰うよ」
「期待してるわ」
繋がれた手や慌てる真知子には全く言及せず、さくらと楓は笑顔で手を振って二人を見送った。
結婚式会場は三条河原町のホテルだ。
征将の運転する車で会場まで送ってもらう。
「何で滝さんは私にここまでしてくれるんですか?」
おずおずと運転席の征将に聞くと征将は一瞬目を丸くして真知子を見た。すぐに正面に向き直し、苦笑を浮かべる。
「真知子ちゃんがそれを言うかなぁ?『大層な理由なんてないよ』」
くすくすと苦笑しながら征将に指摘されて数ヶ月前自分が言った言葉を思い出した。
今思い返すとかなりクサいことを言っていたんだなぁと思って途端に恥ずかしくなって来る。
「根本的なことは俺にはどうにもしてあげられないから、せめて自信を持って真知子ちゃんにけじめつけに行って欲しいだけだよ」
一人でどうにかしようと思っていた時より自信もついて竦んでいた気持ちが自然と前を向いているのが分かる。
「あと真知子ちゃんには大人の喧嘩の仕方を体感してもらおうと思って」
「お、大人の喧嘩?」
物騒な言葉の響きに思わずどもって聞き直してしまう。
「うん、大人の喧嘩」
いつも通りの完璧な笑顔で言い切られ、真知子の方が身震いしてしまった。
ホテルの入り口付近に車を停めてもらって車を降りる。
真知子の他にも参列者らしいパーティドレス姿の女性やスーツ姿の男性が同じホテルに入って行く。
しかしパーティ用の華やかな服装をしている人達より普段着の征将の方が目を引いてしまい、先程から行き交う人達の視線をことごとく集めている。
「じゃあお式が終わる頃に迎えに来るから」
「何から何まですみません……」
「こういう時はとびっきりの笑顔でありがとうを言ってくれると嬉しいな」
こてんと首を傾けながら言うというあざとさ付きで言われて真知子は半笑いを浮かべながらありがとうございますと返した。
受付を済ませるとさわちゃんを始めサークルの面々が集まっていたのでそちらに足を向けると、いち早く真知子の存在に気付いたさわちゃんが顔を向けるが次の瞬間には目を丸くさせて驚いた表情を浮かべた。
「真知子どうしたの!?超かわいい!!」
「うわぁ!よく似合ってるね!」
「すげー……見違えたなぁ」
普段こんなに手放しで褒められることなんて無いので驚くだけで言葉を返すことができない。
何度かこのメンツで結婚式に参列したことはあるのだが、その時は紺色やライムグリーンなどの大人っぽい色目のものを選んでいて、今思ったら背伸びし過ぎたなぁと自分でも思う。
「ちょ、ちょ、ちょ、まっちゃん!」
後からやってきた女の子が興奮した様に真知子に飛びつく。
「さっきホテルの前で喋ってた人彼氏!?超イケメンだったんだけど!!」
「いや、ちが」
「それ滝さんじゃない!?あんたやっぱり付き合ってたんじゃない!」
「滝さんって誰なのさわちゃん!」
やんややんやと真知子を囲んで盛り上がる女性陣。主な情報源は今日征将を目撃した子とさわちゃんだ。
「この間この子と買い物してた時に偶然会ったんだけど、もーすっごい良い男なのよ!しかも何だかいい感じだし?一緒にいた私が何でかどきどきしちゃった」
「分かる分かる!今日なんか真知子ちゃんいつもと雰囲気違うしまるでドラマのワンシーンみたいだったよ!」
完全に征将が彼氏でないと否定する機会を見失ってしまった。
結婚式が始まるとやはり複雑な気持ちになったが、さわちゃんがずっと側についていてくれたのと真知子を見た奈緒と雅也が驚愕の表情を浮かべたので胸が少しだけ軽くなった。
「そのパーティドレス、滝さんが選んでくれたんでしょ?」
結婚式に来て主役があまり関与していない話で盛り上がるのも気が引けるが、どうしても征将の話しを聞きたい友人達は余興などの合間に小声で探りを入れて来る。
他の人達への回答は曖昧に流すがさわちゃんにはちゃんとした答えを返した。
「うん。滝さんが今回の経緯を知って、自信を持って結婚式に行って欲しいからって」
「いやー聞けば聞く程良い男だわ。あんた良い男捕まえたわねー。雅也君なんて足下にも及ばないじゃない」
「ちょ、さわちゃん声大きい!ていうか彼氏じゃないから!」
「あんたも声でかいっての」
「はっ!」
意趣返しはしたいが結婚式をぶち壊すつもりは毛頭も無い。
そんなことをして恨まれるなんて真っ平ごめんである。今日であの二人とは金輪際個人的な縁を切る予定だ。
よってこの後の二次会も参加しない。
「でも本当に良かった。今度はちゃんと幸せになりなさいよ」
「さわちゃん……!!でも滝さんは彼氏じゃないんですよマジで」
あんなハイスペックな彼氏が出来てしまえば地球上の女性達に八つ裂きにされかねないと真知子は割と本気で思っている。
結婚式も表面上はつつがなく終了し、二次会へ会場を移す。
今は結婚式場の出入り口でゲストのお見送りがされている。
「結婚本当におめでとう。二人とも仲良くね」
「ありがとう」
「今日は来てくれてありがとうな」
真知子の手を握りながら奈緒は涙で目を潤ませながら言うのだから大した女優である。
大切だった二人にとって自分は大切な存在で無かったとつくづく思い知らされて少し胸が痛んだ。
真知子の側ではさわちゃんが真知子を気遣って背中を支えてくれている。
「大丈夫?」
「うん」
やっと終わった長い長い戦いにほっと息を付いた。
後は帰るだけだと出口に向かおうとすると、入り口から見た事のある人影がこちらに向かって来ている。
颯爽とこちらに向かって来る姿に周囲の客の視線が集まる。
「真知子ちゃん」
何故か普段着でなくスーツ姿で現れた征将。
もう見慣れたと思ったのに、場所の雰囲気の所為か妙にどきどきしてしまう。
「よく頑張ったね」
ぽん、と頭を撫でられてぽろりと涙が零れた。
「ま、真知子!?」
真知子の涙に慌てたさわちゃんの声でより一層周囲の視線を集めた。
どうにか涙を止めようと試みるが次から次へと涙が溢れて止まらない。
あまりの涙にハンカチを取り出そうとしたのだが、急に腕を引かれて引き寄せられた。
隣でさわちゃんが息を呑む気配と遠くの女性客の悲鳴が耳に届いた。
「よく、頑張ったね」
征将が優しく抱きしめながら真知子の頭を撫でるので真知子の涙腺は完全に崩壊してしまった。
あの後数分で正気を取り戻した真知子は恥ずかしさのあまり全く身動きができず、征将がさわちゃんに「ちょっと調子が悪そうなので連れて帰ります」と言ってホテルから連れ出してくれた。
「ぐずっ、あ、あいがとうございましゅ……」
「少しは落ち着いた?」
「あい」
折角の完璧なメイクも涙で流れてしまって物凄いことになっているだろう。
征将が連れて来たのは鴨川の河川敷だった。今は桜の季節で見事な桜が鴨川の両岸で花を咲かせている。
空いているベンチに座り、征将が買って来てくれた飲み物を飲んでやっと一息つけた。
「すーつ、ごべんなさい」
「ああ、気にしないで」
スーツの胸元がファンデーションと涙で汚れてしまっている。
「元々真知子ちゃんに胸を貸すつもりで着て来たスーツだから本望だよ」
これまたさわちゃん達女性陣が聞いたらきゃあきゃあと騒ぎそうなセリフである。
「大人の喧嘩の仕方、分かった?」
「……はい。ていうかあれは女の喧嘩の仕方ですよね」
一通り泣いて落ち着いたことで頭に多少の冷静さが戻り、真知子にもあの一連の出来事が奈緒と雅也に向けられたものだということが分かった。
「女に効くのは嫌味より他の女の幸せだからね。男に効くのは男としてのプライドを潰すことかな」
曇りの無い純度一〇〇%の笑顔でさらりと言い放つ征将を敵に回してはいけないと真知子は心の底から思った。
「でもあれだと滝さん完璧に勘違いされてますよ。本当にすみません……」
後日征将の体裁の為にも誤解を解いて回らねばと心に決めた。
人の噂も七十五日と言うが征将の印象が強いため七十五日で消えるのだろうかと遠い目をしていると、隣の征将からとんでもない言葉が飛んで来た。
「俺は本当にしたいんだけど」
二人の間に暖かい春の風が桜の花びらを巻き上げながら通り過ぎる。
ぱちぱち、と数回瞬いて真知子は征将を見つめるが、隣に座った征将は意味深な笑顔を浮かべて真知子を見つめるだけだ。
「……そうですね……?」
疑問符付きで真知子が返事をすると、征将は思いっきり吹き出した。
「え!?え!?」
かつて無い程大爆笑している征将に真知子は大いに狼狽えた。
「ほっ、本当に、詐欺に、は、気をつけなよっ……!」
「どういうことですかー!?」
「聞こえてないのに曖昧に返事しちゃだめだろっ……!あははは!!」
「!!」
真知子の顔に一気に血が上り熟れた林檎の様に真っ赤に染まる。
曖昧に返事をしていたことがバレてしまったこととに加え恐らく征将の言葉に対してとんちんかんな返しをしてしまったらしいことが恥ずかしくて仕方無い。
ツボに嵌るとなかなか抜けられないらしい征将は思い行くまで一通り笑ってなんとか一息ついた。
その間は真知子にとって生き地獄と言っても相違なかった。
「本当は何て言ったんですかっ!」
先程まで大泣きしていたのが嘘の様に騒いで征将に詰め寄るが、征将ははぐらかして真知子の反応を見て楽しんでいる。
「もう恥ずかしくて言えないよ。というか聞いたら次こそ真知子ちゃん埋まりたくなると思うけど」
「どんなこと言ったんですか!……いや、言わないで下さい!多分死ぬ!」
きゃーきゃー騒ぎながら結局耳を塞ぐ真知子とそんな真知子の様子を見た征将が笑う。
どんなに哀しいことや辛い事があっても、何だかんだ周りの人が助けてくれて笑える自分の人生も案外捨てたものでは無いと晴れた春の空の下で真知子は思うのだった。
終
ここまで読んで下さってありがとうございました。
この作品はとある賞に応募したもので、残念ながら落選してしまったのでこちらのサイトで供養の為に上げさせて頂きました。
拙い作品ですが、一人でも多くの方に読んで頂き、日の目を見る事ができてとても嬉しく思っております。
ラストは散々悩んだ挙げ句あのような仕様と相成りました(笑)
当初はちゃんと引っ付く予定だったのですが、なんだか違う様な気がしてしまって……最後までしまらない感じがあの二人に合っていると思ってあの形に落ち着きました。
恋愛タグをつけているにも関わらず恋愛未満になってしまっているというどうしようもない作品です。ごめんなさい……!
そんなどうしようもない作品にここまでお付き合い下さった方、本当に感謝の言葉しかありません。お目汚しをしてしまって申し訳在りません。
次こそはきちんとした恋愛モノを書ける様に頑張って来ます!
ここまで読んで下さって本当にありがとうございました!




