第二十八審
慎也の第五審の一週間後に第六審、その一週間後に第七審が開かれ、真知子達は復帰した閻魔大王から慎也が人間界へ行くことを決めたという事を聞かされた。
久しぶりに見た閻魔大王は頬が痩けて全体的に細身になっていた。一週間も寝込んだのだから相当な嘔吐下痢に悩まされたことであろう。
「いやー多分生身だったら死んでた。もう死んでるから死ねないけど、上から下からすごいのなんの」
「あははー……」
冗談なのかどうか分からず取りあえず曖昧に笑って流す真知子。
「征将も体調を崩していた時に大変な案件を任せてしまって申し訳なかったね」
「男はいざという時頼りにならないから困ります」
無駄も容赦も無い藤乃はお茶とお菓子を出しながら一言で男二人をばっさりと切り捨てる。藤乃の言葉に男二人はびくりと肩を竦めた。
「閻魔大王と滝君はこれからより一層ご自身の体調管理に励んでください」
藤乃が溜め息をついて閻魔大王の隣に座ると消え入る様な声で閻魔大王と征将が「はい」と返事をした。
「今回君の決断は地獄の中でもかなり話題になっているよ」
閻魔大王が神妙な表情で口を開く。
真知子を慮って柔和な言葉を使ってくれているのだろうが、恐らく良い意味だけでは無いのだろう。
分かってはいてもやはりいざそう聞かされると苦しく、無意識に掌を強く握りしめた。
「……間違ったことをしたとは思っていませんが、正しいことをしたかと聞かれれば頷くことはできません」
あの決断に後悔は無い。
今でも真知子にできる最善の判断だったと言える。
だが、数ある選択肢の中で真知子が「最善」だと考えただけであって、決して「正しい」訳ではないのだ。
「あの答えが正しいのかどうか私には分かりません。ですがもしこの答えが間違いなら、私の死後裁判で十王が私の罪を裁いてくれるでしょう?」
苦笑しながら真知子が告げると閻魔大王と藤乃が息を呑んだ。征将は真知子と同じ様な苦笑を浮かべている。
「君は本当にお人好しだね」
困った様に笑う閻魔大王。藤乃はその隣で満足そうに微笑んでいる。
「真知子ちゃんを守るこっちの身にもなって欲しいものですよ」
閻魔大王の言葉にさらりと征将が付け足し、真知子は思わず明後日の方向を見つめる。
どこのコンビも秘書官や事務官などの補佐役の立場が強くて困る。
「しかし今回の真知子ちゃんの采配には血の縁を感じさせられたよ」
昔を懐かしむ様な表情で真知子を見つめる閻魔大王。
否、真知子を通して違う誰かを見つめている
言葉の意味を計りかねた真知子が小さく首を傾げると閻魔大王が笑みを深くした。
「昔篁君が補佐官をしてくれていた時、篁君は男女の愛憎の物語を書いて罪に問われた一人の女性を地獄堕ちの運命から救ったことがある。当時は個人が犯した罪以前に女性は皆月のものがある為血の穢れを持つとされ、生まれた時から地獄に行く事を定められていた。それにも関わらず彼は十王に執り成し、女性を救った」
へぇー、と間抜けな声を上げ感心する真知子。どこかで聞いた事のある様な気がするのは気のせいだろうかと首を捻る。
「そして篁君が助けた女性というのがこちらの藤乃さんこと紫式部さんだ。彼女が書いた『源氏物語』は日本文学史上最高傑作と称されている」
「へぇー……え!?」
相槌を適当に打ちかけていた真知子が思わず目を剥いた。
「え!?でもっ、名前、藤乃さんって……!」
「藤乃は生前使っていた呼び名よ。助けて頂いたご恩に報いるために閻魔庁で働いてるの」
日本史上最も有名な才女といっても過言では無い紫式部が目の前にいる。
「篁公の縁者である真知子さんのお手伝いができて本当に良かったわ。ありがとう」
「あ、いえ、こちらこそっ、ありがとうございましたっ」
妙に緊張した真知子が慌てて頭を下げる。
そんな真知子の様子を見た藤乃は深い笑みを浮かべた。
「……如月慎也がどう思うのか私には分からないけれど、篁公に救って頂いて私は嬉しかった。自分のやってきたことを肯定してもらえるって単純だけれどとても嬉しいもの」
藤乃のこの言葉は真知子に対する肯定の言葉なのだろう。
今こうやって迷いながら自分の出した答えを認めて貰って真知子自身救われた気がした。




