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閻魔庁現世監査官  作者:
秋 鬼になった女
17/30

第十七審

 待合室で待ちぼうけてソファの隅に座っていた田中さんと三郎と合流して病院を後にする。そのままの足で今田の自宅へ向かった。

 今田の家は北白川にあり、アイボリーの壁に赤い屋根といった童話に出て来る様な可愛らしい一軒家だった。

 だが、

 「うわー……」

 ファンシーな家をどす黒い霧が覆っており、真知子は思わず顔を顰めた。

 明らかに近付いたら危ない雰囲気を漂わせている。

 「高淤加美神直伝の呪詛だから相当手強そうだね」

 さすがの征将も口元を引きつらせている。

 散歩中の犬や空を飛んでいる鳥は負の気配に敏感の様であからさまに今田家の周囲を避けて行く。

 「じゃ、田中さん頼んだよ」

 「へいへい」

 田中さんはふすーと鼻から大きく生きを吐き出しながら心底面倒くさそうに返事を返す。

 何をお願いするのだろうかと思っていると征将は何の迷いも無く軽やかにインターフォンを押した。

 「ええ!!?」

 予想外の征将の行動に思わず大声を上げてしまった真知子。征将は口元に人差し指を当ててしぃっ、とあざとさ満点の仕草をやってのける。

 『はい、今田です』

 インターフォンに出たのは年配の女性だった。

 「すみません。帽子が風に飛ばされてしまって、こちらのお家の敷地内に入ってしまった様なんですが……」

 よくこの短時間で自然な言い訳を思いつくものだ。つくづく頭の回転が速い人だと思い知らされる。

 暫くするとインターフォンに出た声の主と思しき人物が玄関から出て来た。

 年の頃は五十か六十といったくらいの老婦人だ。とても清廉で美しい人だが少しやつれているような印象を受けた。

 「どのあたりに飛ばされたか分かりますか?」

 老婦人が扉を開けた瞬間、二人の足下に控えていた田中さんがするりと老婦人の足下をすり抜けて家の中に入って行く。

 「三階のベランダの辺りに飛ばされた様なんですが……」

 「見て来ますので少々お待ち下さいね。」

 静かに扉を閉めて扉の向こうで足音が遠ざかって行く。

 耳を済ましていると頭上でからからと扉を引く音がしてもう一度扉を引く音がする。

 田中さんは征将に託された任務をこの短時間で成し遂げて無事に戻って来れるのか、長引け長引けと心で念じていると家の中から赤ん坊の泣く声が聞こえて来た。

 恐らくぐずる赤ん坊をあやしている為、行きよりも時間が掛かっているようだ。真知子の念が通じて時間を稼ぐことが出来たが赤ん坊には申し訳ない。

 行きより少し長い時間を掛けて再び扉が開いた。

 「すみません、探してみたんですがベランダには見当たらなくて……」

 泣いている赤ん坊を抱えながら老婦人が扉を開け、それと同時に老婦人の足下から田中さんが何かをくわえて出て来る。

 「いえ、こちらの見間違いだったかもしれません。お手数をお掛けして申し訳ありませんでした」

 征将が頭を下げ、慌てて真知子も頭を下げる。

 閉まる扉の向こうに消えて行く老婦人と赤ん坊の姿が妙に頭に焼き付いて離れなかった。

 「征将、これで大丈夫か?」

 「はい。ありがとうございます」

 車に戻って征将は田中さんから何かを受け取る。

 征将の手に収まっているのは真珠のネックレスとネクタイだ。

 「え!?田中さんそれ盗って来ちゃったんですか!?」

 ぎょっとした真知子に田中さんが顔を顰める。

 「失敬な。後で返すんだから拝借だ。日本語は正しく使え」

 答えを求めて征将に視線を向けると丁寧な手つきで自分のハンカチでネックレスを包みながら種明かしをする。

 「この二つに呪詛の身代わりになってもらおうと思って。身代わりは対象者のより身近にある物の方が良いんだ。心配しなくても後でちゃんと持ち主に返すよ」

 あ、そうなんですか……と勘違いして先走った真知子は小さく体を縮めた。

 「……寝室に寝ていた女がいたが、あのままだと長く保ちそうにねぇ」

 低い声を更に低くして田中さんが告げる。余程ひどい状態だったのだろう。

 「真知子ちゃん、呪詛返しの術式は今夜にしようと思うんだけど大丈夫かな」

 こうなると徹夜決定だが人命には代えられない。

 「はい。今田さんの奥さんの体力がいつまで保つか分かりませんし、処置は速いに越した事はないかと思います」

 現在午後四時。

 西の空の端は藍色に染まり始め、夕焼けの朱色と禍々しく混じり合う。

 人の世と人ならざる者の境界が混ざり合う逢魔ヶ時の足音はすぐそこまで迫っていた。

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