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閻魔庁現世監査官  作者:
夏 悪女の帰還
12/30

第十二審

 昼食を終えると寺社への挨拶巡りが始まる。

 これが予想以上に堪えた。

 「……あつい……」

 「おまえがいうな……」

 「田中さん私の影に入ってるじゃないですか……」

 大きい寺社は境内が広い。つまり車の乗り入れが禁止されている門から本殿までの道のりが果てしなく遠い。富子は暑いから外に出るのは嫌だと言ってクーラーの効いた車の中で真知子達の帰りを待っている。

 寺社へ供えるお菓子やお酒が多い為征将だけでは手が足りないので真知子も荷物を持っているのだが両手が塞がって日傘が差せず、長い道のりを直射日光にさらされている。それにお酒はともかくお菓子にしてはやけに重い。

 田中さんは真知子の影に入ってなんとか暑さを凌ごうとしているが地面と距離が近い為真知子達より暑そうだ。三郎はぱたぱたと手で顔を扇いでいるが、暑いのかそしてそれで涼しくなるのかと真知子は疑問に思った。

 漸く社務所に辿り着いて玄関先の影で一息つく。

 「まぁまぁ暑い中よくお越し下さいました」

 しばらくすると奥から老婦人がやってきて三和土に指を付く。

 「主人よりお預かりした品です。どうぞお納め下さい」

 そう言って持って来た品の数々を三和土に並べる。

 「いつもありがとうございます。お礼と言っては忍びないのですがお茶の用意ができておりますので……」

 「ありがとうございます。折角ですが主を待たせておりますので今日はこれでお暇させて頂きます」

 「そうですか。引き止めてしまって申し訳ありません」

 「とんでもありません」

 お茶、と聞いて沸き上がった希望が目の前で潰えた。征将は迷い無い美しい所作で頭を下げて真知子を促す。我に返った真知子も慌てて老婦人に頭を下げた。老婦人はもう一度深く頭を下げ、二人を見送った。

 「なんかあのお菓子妙に重かったんですけど、何のお菓子が入っていたんですか?」

 帰りは両手が空いているので鞄に入れていた日傘を差して来た道を戻る。道すがら気になっていたことを話の種にふと聞いてみた。

 大して大きくも無いのに辞書を持っているのかと思うくらいに重かった。

 真知子の問いに征将は苦笑を浮かべた。

 「真知子ちゃんは金の饅頭って知ってる?」

 「は」

 予想外の答えに思わず間抜けな声が出た。

 「……もしかして」

 「俺達が持っていたお菓子類は全部箱が二重構造になっていて二段目にはお菓子が、一段目にはお金が詰められている」

 今日は既に五社回っている。どれも二人で両手一杯のお供え物を納めている。 

 総額はいくらだったのかは怖くて聞けなかった。


 「田中さん、暑いです」

 「うるせぇ」

 車の助手席に乗り込んだ真知子の膝の上に乗って助手席のクーラーの前を占拠する田中さん。長い髭がクーラーの風でそよそよと揺れていて涼しげだが、真知子の膝の上は動物特有の体温と体毛で大層暑苦しい。

 後部座席では富子が扇子を扇いでおり、三郎と暑いですねぇなど涼しげな顔でのたまっている。

 富子は午後のお召しかえを終えて午前の真っ白のスーツからは一変して漆黒のスーツに身を包んでいる。

 窓の外は紺色と茜色が混ざり合い世に言う黄昏、大禍時を迎えようとしていた。相反する色が絶妙な加減で空で混ざる様子は美しくも禍々しい。

 征将の運転する車で夕食の予約をした永観堂近くの豆腐料理店に到着した。車を少し離れた駐車場に止めて来るので先に店に入っていてくれと言われ、真知子と富子は店の前で降ろしてもらう。田中さんが膝から退こうとしないので真知子は仕方無く抱えて車を降りた。

 刹那、

 「っ!!?」

 車を出て店の入り口に入ろうとした瞬間、太陽が沈んだ。

 それと同時に真知子を激しい悪寒が襲う。

 「……千年も経ってまだ骨のある奴らがおったか」

 一変した空気に顔色を変えた真知子とは違い、富子は愉しそうに口元を吊り上げて嗤った。

 「真知子!後ろだ!!」

 「えっ、ぎゃあああ!!?」

 田中さんの声に反応して後ろに振り向くと血の涙を流しながら振りかぶった男の手を紙一重で避けるが腕を引っ掻かれた。

 「私ゾンビになっちゃうんですか!?」

 「なるわけねーだろ!後で征将にでも舐めてもらえ!!」

 「うぇ!?」

 「とにかく俺を降ろせ!!」

 「はいいい!!」

 腰を屈めて田中さんを素早く降ろすと、瞬き一つで田中さんは本来の姿に戻り臨戦態勢に入る。

 暗闇の海から血塗れの怨霊達が真知子達目がけて歩いて来る。

 征将と三郎を呼びに行こうにも四方を囲まれて呼びに行けない。

 『わたせ……そのおんなを、わたせ……!!』

 聞いた事もない地を這う様な低い声に思わず身体が竦む。

 しかし富子は毅然と群衆を見据えている。冷静、というより冷酷すぎる眼差しで。腐乱したゾンビの様な亡者達より富子の眼差しの方が恐ろしいとさえ感じる。

 「ぼけっとすんな真知子!」

 「ひぃっ!?」

 田中さんの怒声で我に返り、田中さんの強烈な前足や振り回される長い尾を上手くかいくぐって襲いかかって来ようとしている亡者に驚いて思わずビンタを食らわせるとアニメみたいに大げさに亡者が吹っ飛んだ。

 「げふっ!!」

 「うわあああああ!?」

 確かに渾身の力で殴りはしたが、まさかあんなに飛んで行くなんて思っていなかったので思わず驚く真知子。

 「金剛石の退魔の力のお陰じゃ。あまり過信するでない。油断すれば食われる」

 富子が反動で転びそうになった真知子を支えてくれた。自分を狙って亡者の大群が押し寄せているというのにくぐり抜けて来た修羅場の数が違うのか富子は平然としている。

 しかし圧倒的過ぎる数に田中さん一人では到底対応しきれない。一人、また一人と田中さんの爪をかいくぐって真知子達に襲いかかってくる。

 「ひっ……!」

 真正面から見てしまうと姿の恐ろしさに体が竦んでしまう。

 もう駄目だ、と目を瞑ったその瞬間、

 「臨兵闘者皆陣裂在前!!」

 ぶわりと背後から清冽な風が押し寄せ、一気に亡者達を吹き飛ばした。

 「大丈夫ですか!?」

 珍しく血相を変えた征将が駆け寄って来る。

 「真知子が少し怪我をしたが大事無い。不届き者共を凪ぎ払え」

 「御意」

 ぞっとするほど低い富子の声に征将が短く答えた。

 「三郎!」

 普段の優しげな声音からは想像できない程張りつめた声で征将が三郎を呼ぶと、三人と田中さんの背後から空を覆うくらい巨大な白骨の手が亡者達を鷲掴みにする。

 田中さんの数倍大きいがしゃどくろが背後から現れる。

 味方といえど建造物並みの大きさで月光を浴びて暗闇にくっきりと白い骨が浮かび上がる異様な光景は真知子の背筋を凍らせた。

 田中さんに加え征将と三郎の絶大な戦力の投入により、十分足らずで亡者の大群は一掃され跡形も残っていない。

 田中さんと三郎はいつもの大きさに戻ってぜいぜいと上がった息を整えている。征将は小さく一息つくと踵を返して足早に真知子達の所へやってきた。

 「真知子ちゃん、怪我見せて」

 「え!?あ、ああ……。大した事無いので大丈夫ですよ?」

 「いいから」

 引っ掻かれたのが亡者だったので最初は驚いたが結局はただの引っ掻き傷だ。それにその後の光景が衝撃的すぎて今の今まで痛いことも忘れていた。だが征将は真知子の腕を取って傷を検分する。

 「深くはなさそうだけど早く消毒しよう。富子様、申し訳ありませんが夕食はホテルに変更させて頂いても構いませんか」

 「ああ」

 有無を言わせぬ二人の行動に真知子はただ黙って従うしかなかった。

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