「ママのやり方で!!」
~~~アデル~~~
伝説の冒険者にして凄腕の精霊使い、現役の『嫁』。
優秀な政治家であり、家庭では陽気な母。
世間一般がソニアに抱くイメージは、だいたいそんなものだろう。
だがジーンにとっては違った。
ある種の恐怖の象徴だった。
格闘術と銃器の操作、エーテル運法。
ジーンが小学校に上がった年、ソニアの個人授業は始まった。
大統領官邸の広い中庭で、彼女は鬼のように振る舞った。
乱暴な言葉を使い、時に暴力を振るった。
出来ないと泣き叫ぶジーンを引き摺り回し投げ飛ばした。
教えは身に着かなかった。
激しくすればするほどにジーンは萎縮した。
ただ怯え、時間の経過のみを願うようになった。
そのうち逃げるようになった。
授業の時間になると行方をくらました。家の中で顔を合わせることすら避けた。
外へ外へというジーンの志向は、そうして産まれたものだ。
同じく伝説級の冒険者でありながら、ソニアではなくロキに憧れるのも、そういった理由からだ。
そうして今、ジーンはここにいて……。
「ママと同じ……指導法だって……っ?」
ひくひくと唇を震わせている。
顔から血の気が引いている。
「殺される……っ!」
踵を返し、慌てて逃げ出した──ところを捕まえた。
「うわああああ!? 地面から手があああああ!?」
光を放つ無数の手が、地面すれすれからイソギンチャクみたいにごそっと生えた。
暴れるジーンに絡みつき、あっさりと押さえ込んだ。
「ナンデ!? 手ガナンデ!?」
「……んふ、何を驚く? 我は生命の精霊ぞ。このぐらいの芸当は朝飯前よ」
「そりゃ驚くよ! 現在進行形で心臓バクバクだよ! うああああああっ!? にょろにょろ動いてて気持ち悪いぃぃぃいっ!」
「……我の手が気持ち悪いと?」
「わあああああっ!? ウソウソ! ウソです! お願いだから足を掴んで空中に持ち上げるのやめて! なんか地面が頭の下にあるから! 落ちたらけっこう痛そうな高さがあるから!」
「……では聞こうか。我の手は?」
「綺麗です! すべすべなめらか気持ちわ……いいです!」
「……まだ教育が足りんようだな」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! もっと高度を上げるのをやめてください! お願い許してええええええ!」
アデルが解放すると、ジーンは自分を抱きしめ「うう……こんなところまで来て……っ」と、ぞっとしたような声を漏らした。
「そこまで怯えるほどのものでもなかろう。多少熱は入っているにしても」
アデルは首を傾げた。
「多少!? あれが多少!?」
ジーンは涙目でくってかかってきた。
「出来ないものを出来ないって言ったら張り倒されて、痛くて泣いてたら蹴り飛ばされて! それが普通!?」
「生きるための努力としては、驚くほどのものでもあるまい」
「それって『嫁』として生きるための努力だろ!? 言ってるじゃないか! ボクは最初から『嫁』なんかになるつもりないんだって……!」
「──どうでもよい」
アデルはせせら笑った。
「『嫁』になるかならぬか、今はそんなものどうでもよい。ただの事実として、ぬしが弱いのはぬしのせいだ。考えるべきは強くなるために何が出来るかであって、昔の恨みを母御にぶつけることではない。ましてや逃げ出すなどもっての他だ」
「う……ぐ……っ?」
ジーンは言葉に詰まった。
ジーンがもっと熱心にソニアの教えを受けていれば、少なくとも今よりは強かったはずだし、タスクにかける迷惑も小さかったはずだ。
「後悔は先に立たぬ。だがやり様によっては払拭することも出来よう。そのための壁はこうしてここに用意した。さあどうする? 今のぬしはどうしたい?」
「く……っ」
ジーンは痛みの記憶に耐えるような顔をしている。
足を震わせ、拳を震わせている。
顔面は蒼白だ。
「……」
アデルはただ黙ってジーンを見ていた。
その決断を待っていた。
何かとだだをこね、ぐずる子供。
すぐに諦め、逃げ出す子供。
見るたびやきもきした。
老婆心をかき立てられた。
変わって欲しいと思っていた。
ずっと昔から。
「ああもう……わかったよっ!」
ジーンは大きく叫んだ。
「乗り越えてやるよ! それで強くなれるなら、やってやるよ!」
音の出るほど拳を強く握った。
「そうさ、決めたんだ! ボクはもう逃げないって!」
まっすぐにアデルを見た。
「だからアデル! 教えてよ! ボクに! ママのやり方で!」
双眸に、強い光が宿っていた。
「……っ」
一瞬だけ、アデルは唇を震わせた。
「小僧には感謝せねばならぬな……」
聞かれぬよう、小さくつぶやいた。
「『──ジーン』」
ソニアそっくりの口調で、アデルは告げた。
「『あんたの問題の根底はな、その惰弱さだ。持って生まれた身体能力でも、頭脳才能でもない。ただ心の弱さと甘えだ』」
「ううううっ!? そっくりすぎて怖い!? っていうかなんでこのタイミングで!?」
ジーンはわずかに怯んだ。
「……んふ。ちとからかってみたくなったのだ。ぬしがあまりに緊張しておるようだからの」
アデルはコロコロと笑った。
「のう、ぬしよ。ひとつだけいいことを教えてやろう。今の台詞の後にな、あれはこう続けたのだ。ぬしには聞こえぬ声でな、『そこさえ克服出来ればひょっとしたら、あたいの足元ぐらいには近寄れるようになるかもな』と」
「ボクが……ママの……?」
「意味は自分で考えよ」
きょとんとするジーンに向けて、アデルはひらひらと手を振った。
ジーン、ソニア、祖母に曾祖母と、アデルはソーンクロフト一族の女性に連綿と受け継がれてきた守護精霊だ。
血脈と共にあらゆる事件や出来事に遭遇してきた。
だからジーンの知らないソニアを知っている。
なぜソニアが苛烈に振る舞わねばならないのかも。
いつかそのことにジーンが気づいてくれるのを願いながら──
「……んふ」
アデルはわずかに、照れて笑った。




