「精霊様に願いを!!」
~~~ジーン~~~
暗がりの中ジーンは身を起こし……そのまましばらくじっとしていた。
なかなか寝つけなかった。
タスクの過去を聞いて気持ちが昂ぶってしまったためだ。
一方タスクは連日の疲れ──昼間は空気浮揚艇で走り詰め、夜はジーンの特訓につき合い、朝は早起きしてエーテル運法の自主トレまでしている──に加えて赤裸々な胸の内を明かした解放感までもが一度に襲ってきたためか、それはもうぐっすりとよく眠っていた。
テントの窓からわずかに差し込む星明かりが、安らかな寝顔を暗がりに浮かび上がらせている。
「ふふ……なんか可愛いかも……っと、いけないいけない──」
頬っぺたを突つこうとして、ぎりぎりのところで思いとどまった。
「今夜はゆっくり休ませてあげるからね」
優しく囁くと、タスクを起こさないように外に出た。
満天の星空の下を、少し歩いた。
散歩して、ほどよく疲れたらタスクの隣で寝ようと思った。
……さっきよりもう少し体を寄せて。
「ふふっ……」
そんなことを想像したら、にわかに楽しくなった。
楽しくなったけど、またすぐに切なくなった。
「今夜はゆっくり……か」
先ほど自分で言った言葉が、喉元に引っかかっている。
今夜は平和だったとして、じゃあ明日はどうなるのだろう。明後日は、明明後日は、それから先は?
タスクに平穏が訪れるのは、両親を見つけた時しかあり得ない。
それまでの数年を、ひょっとしたら数十年を、不安なまま過ごす。自責の念に苛まれながら、仇の強大さを思いながら……。
「……っ」
きゅううっと、ジーンの胸は痛んだ。
「これでいいのかな……?」
強くなれと、タスクは言っていた。
自分がいなくなってもなんとか出来るように。
自力で街を見つけて、ガドックに連絡をとれるように。
それが一番、安心できることだって。
「このまま冒険者の特訓を続けて……それだけでいいのかな?」
タスクの強さは、冒険者としての素養プラス個人としての強さだ。
長年の修行で培った武術家としての強さ、今まさにエーテル使いとして目覚めつつある強さ。
たいていの危機は自分で切り抜けられることだろう。
根本的にジーンとは違う。
もし今タスクがいなくなったら──
再びオウカンサソリの群れに襲われたら──
サンドイーターの穴に落ちたら──
ジーンはきっと耐えきれない。
立ち向かうどころか、逃げ切ることすら出来ない。
「……っ」
ゾクリと背筋が震えた。
やはりそうだ。
冒険者としての成長だけでは足りない。
世界は決して、夢と神秘だけでは出来ていない。厳然とした危機と脅威に満ちていて──ジーンはもっとずっと、強くならなくてはならない。
だけどどうしたらいいかわからなかった。
強くなろうと思ったことのない彼女にとって、それは想像の埒外にあった。
考える。
考える。
考える……。
どうしてもわからなくて行き詰まって──ジーンは星に祈った。
両手で雨を感じるように、掌を上に向けた。
「……精霊様、お助けください。か弱き我が身に、困難に耐えうる知恵と勇気と、あらゆる障害をはね除ける力をお授けください」
小さい頃に母から教わった呪いを口ずさんだ。
「『テムエムリン・メルトルリン・精霊よ、ご加護を──』」
瞬間──ゴウッと、強い風が吹いた。
「わぷっ……? けほっ……けほっ……」
風に運ばれた砂を吸い込み、ジーンは咳き込んだ。
そして、その声が聞こえた。
──力ガ欲シイカ?
誰かがジーンに呼びかけた。
「……え、誰?」
びっくりして首を竦め、辺りを見回すジーン。
──力ガ欲シイカ?
「ど、どこにいるの!?」
遥か地平線まで見渡せる広大な大地の中には、しかしジーンしかいない。
ちょっと離れたところに空気浮揚艇とテントがあるが、それだけだ。
──ココダ、ココ。
「ねえ……誰!? どこにいるの!?」
恐怖のあまり半狂乱になったジーンの前に、「なんてな」とおどけながら、その女は突然現れた。
「……んふ、『今のは力への渇望を植えつける存在』の真似だ」
「え、真似? 真似って、え、どうゆう……?」
年の頃なら二十歳ぐらいの、美しい女だ。
長くウェーブがかった金髪と、雪のように白い肌、目の端のほくろがチャームポイント。
あちこちに金刺繍の施された白色のローブが、高貴な聖職者を思わせる。
ふくよかな胸、パツンと張った腰、表情にもゆったり落ち着きがあり、全体的に包容力を感じさせる。
人間でないのは、ひと目でわかった。
なにせ輪郭がぼやけ、わずかに向こう側が透けて見える。
体の内側から、柔らかな黄金色の光を放っている。
「あれ……キミもしかして……アデルかい?」
実体化するほどに高密度の精霊体。
おとぎ話の中にしかいないような存在だが、不思議なことにジーンには、まったく驚きというものがなかった。
こうして目にしてみると、むしろ最初から隣にいたような安心感すら覚えた。
ずっと昔から、今よりもっと小さな頃から。
「……んふ」
女は──アデルは笑った。
「覚えがあるであろ? なにせ我は、ぬしが幼少の頃より思い描いてきた存在だ。精霊使いとして教えを受け育まれていく過程で脳内に築き上げた、ぬしにとっての『生命の精霊像』だ」
「うん……わかるよ。なんとなくわかる。外見はいろんな精霊書の挿絵から、性格は身近な女の人たちをまとめた感じだね? うん、全部ボクがイメージした通りだ。わかりづらい物真似して遊ぶのはメイドのカレンだろ? まったく、変なとこばかり……言っとくけど、ボクは本気でびっくりしたんだからね? 心臓が止まりそうになったんだから。カレンにもあとで言っとかなきゃ……っ」
ぷんすか怒るジーン。
とばっちりで恨まれるカレン(19才のメガネ女子)。
「でもさ、どうして急に出てきたりしたわけ? 今までボクの中にいたように、今はタスクの中にいるんじゃないの?」
「どうしたもこうしたもあるか」
アデルは腰に手を当て、呆れたような顔をした。
「今しがたの呪文は守護精霊の加護を得るためのものだ。ならば答えはひとつしかあるまいよ」
「守護精霊の加護……あ、ああー……?」
アホの子みたいに、ジーンはあんぐりと口を開けた。
「じゃあアデルがボクを強くしてくれるってこと? 知恵と勇気と力を授けてくれるってこと?」
半信半疑で、ジーンは訊ねた。
「……ちょいちょい強欲な奴だの」
アデルはふわふわと夜風に漂いながら、呆れたように腕組みした。
「勘違いするなよ? 教え授ける、だ。なんの努力もなくいきなり強くしたりは出来んぞ?」
「あ、そうなんだ……」
「……今、がっかりしたか?」
「そ、そんなことないよっ」
じろりとにらまれて、ジーンは慌てて首を横に振った。
「まあよい。いずれにせよ……」
アデルは大儀そうに息を吐いた。
「術者に覚悟が無ければ身につかぬ。逆に覚悟があるのなら、すぐに極むることもある」
「覚悟かあ……」
ごくりと生唾を飲み込むジーン。
「け、けっこう大変だったりする? あの……ボク、どちらかというと努力とか忍耐とか苦手な方なんで、緩やかなコースとかあるならそっちにしてもらえると……」
「ひとつしかない」
「え」
「ぬしの中にある指導者のイメージはそれしかなかった。故にコースもひとつしかない」
「あの、その、それってまさか……」
ダラダラと、ジーンの頬を冷や汗が伝う。
対照的に、アデルはニヤリとほくそ笑んだ。
「ぬしを古くから知る者、古くから指導してきた者、その教えは苛烈で過酷。何度も泣かされてきたぬしは、いつしかその者から逃げるようになった。ついにはこうして銀河外縁までやって来た」
つまりは──アデルはぴらぴらと指揮棒のように人差し指を振るった。
「ぬしの母御、ソニアの熱血指導コースだ」
ジーンの心理背景に、ピシャアアアンと雷鳴が轟いた。




