「箱庭の冒険者!!」
~~~新堂助~~~
オウカンサソリの巣を脱した俺たちは、空気浮揚艇に乗って旅を続けた。
ロキの記した外惑星探検記の記述の正確さと重要性に改めて気がついて、その通りに行動することにした。
水場は件のオウカンサソリがいるから避けること。
地面にぽつんとある窪みの下にはサンドイーターという名の巨大アリジゴクがいるから避けること。
黒い斑点のついたサボテンは食虫植物だから避けること。
思ったより惑星ジャンゴは危険がいっぱいで、それらを迂回するため旅の行程は大幅に伸びた。
片道3日で済むはずが、倍の6日になった。てことはケルンピアへ帰る日取りもそれだけ伸びる。
でも仕方ない。
俺はともかく、ジーンを危険な目に合わせるわけにはいかないからだ。
え、なにノロケてんだ殺すぞだって?
待て待て落ち着け。
そうじゃない。たしかに可愛い彼女を自慢したい気持ちはじゃっかんあるのだが、それだけでもないのだ。
それはジーンの、ふとした行動から始まった──
夕暮れ時、いつものように周囲の安全を確認してからキャンプ地を定めた俺は、テント張りをジーンに任せて空気浮揚艇に水と食料をとりに行っていた。
今日日のテントなんて、組み立て用のワンタッチでボンッしてペグ打ちする程度のやつばっかりだから、女子供でも余裕だろと思ったんだ。
ところが……。
ボンッ、ヨロッ、ポテン……ボンボボンッ。
背後で聞こえた物音に驚いて振り返ると、テントが逆さになっていて、ジーンが尻もちをついていた。
「あ痛たたたた……っ、ビックリしたー……」
「おい、大丈夫か? ジーン」
「あ、タスク。ビックリしたよもうーっ」
手を取って起こしてやると、ジーンは「えへへ……ありがとっ」と照れたように笑った。
「いったい何があったんだ?」
「それがさあ、ひどいんだ。聞いてよーっ」
身振り手振りを交えてのジーンの説明は、要するに思ったよりも勢いよくテントが開いたので、いい角度で顔面にもらってバランスを崩して転んでしまったとのことだった。
「ふぅん……?」
なんとなく釈然としないものを感じながらも、その場は納得することにした。
……のだが、同じようなことはその後もたて続いた。
ハンバーグをパンに挟んで食べようとしてすっぽ抜けて、ハンバーグだけべちゃりと落とす。
慌てて拾おうとしてお湯の入ったマグカップをひっくり返す。動揺して椅子から転げ落ちる。
ジーンの行動を改めて意識して見てみると、そういったドジは数限りなくあった。
そしてその都度ジーンは「えへへ……」と照れて頭をかき、救いを求めるように俺を見た。
ふにゃりと庇護欲をくすぐるような表情で微笑んだ。
──ピシャアアアンッ。
その時──電光のように、いままでのジーンの姿が脳裏をよぎった。
周囲から明らかに浮くような変装で俺を尾行していた。尾行自体も怪しいもので、頭隠して尻隠さずを地でいくようなものだった。
ジャンゴの座標入力をした直後、なんの準備も確認もなく飛ぼうとしていた。あのまま飛んだらそれこそ大事故に繋がっていた可能性がある。
大佐との戦いや精霊銃の逆気流でさんざんに傷ついていた俺を手当てしてくれた。けれど包帯の巻き方や軟膏の張り方はボロボロだった。腕に注射の跡がたくさんあったのは、たぶん何度も間違ったからだ。
なんというかそう、つまりこいつは……
「規格外の……ドジッ娘……?」
何日間も一緒に暮らしててようやく気づいた事実に、俺は愕然とした。
(……今ごろ気づいたのか? ぬしよ)と呆れたようにアデル。
「いやあだってさ、ここまで事件続きだったから。正直落ち着いて観察する暇なんてなかったし……」
(生命の精霊として数多の人を見てきた我をもってしても、ちょっと他に知らないほどのそこつ者だぞ?)
「そんなにすか……」
「ん? タスク、アデルとお話してるの? ボクも混ぜて……ってわたたたたあっ!?」
そうこうしているうちにさっそくなにもないところですっ転んだジーンは、「えへへ、また転んじゃった」と照れながら手を伸ばしてきた。
「……ジーン」
助け起こす代わりに俺は、ジーンの肩をガシッと掴んだ。
「ひゃうっ……? ど、ど、どうしたのタスク!?」
「……ジーン、おまえに聞きたいことがある」
真面目なトーンで話しかけると、ジーンははっとしたような表情になった。
「な、なにをって……はっ!? こ、この状況、この体勢!? まさかまさかまさか、こんなところでそういうことになっちゃうの!? たしかに見渡すかぎり何もない荒野だけど、アデルがタスクのお腹にいるんだよねっ? 見てるんだよねっ? 精霊とはいえ、さすがにどうかと思うナアーッ!?」
「──声上擦らせてる場合じゃない。とにかく聞け。いいな?」
真顔で言うと、ジーンは「うう……っ? わ、わかったよ……」と動揺しながらも居ずまいを正した。
「おまえいままで……どうやって生きてきた……?」
「うん…………うん? どうやってって生きてきた……?」
言われたことが理解出来なかったのか、ジーンは不思議そうに繰り返した。
「だからさ、そんなドジキャラで、まともに出来ることが何もないみたいに不器用なおまえが、どうやってその歳まで生きてこれたんだ?」
「ど、ドジってひどいなあ……そりゃあ不器用なのは認めるし、なんだかんだ生傷も絶えないけどさ……」
ジーンはぶつぶつと不満そうに口を尖らせた。
「最終的にはみんなが助けてくれるもん」
「……ん?」
「痛いなあーって思って座り込んでると、みんなが助けてくれるんだよ。ママの部下の人たちが駆けつけて来てくれるんだ」
「ママの部下の人たち……?」
「みんな優しいんだよ。どこへ行くにも、ボクのあとについて来てくれてさ。しかも気を使って、こっそり目立たないようにしてくれるの。それでいて、ボクが困って泣いてると、なんだなんだって様子を見に来てくれるの。お腹すいてたらご飯くれるし、寒かったら服着せてくれるの。それでさ、最後には決まってこう言うの。『このことはお母さまには内緒ですよ?』って。うちのママはボクに厳しいからさ。バレたら怒られるんだって。『じゃあこれはお仕事じゃないの?』って聞くじゃない? そうするとみんなこう言うんだ。『ジーン様のお世話をすること、それはすなわち天命です』って、ちょっと頬を染めながら言うんだ。いまだにその意味はよくわからないんだけどさ、ね、とにかくいい人たちでしょ? だからボクはさ、こんなでもいままで一度も困ったことがないんだ」
──ピシャアアアンッ。
二度目の落雷が俺の脳に落ちた。
地上に降りた天使のように可愛いジーン。
そう思っているのは俺だけではなかったのだ。
むしろ信徒かファンクラブみたいなのが存在しているのだ。
彼ら/彼女らは、ジーンが小さい頃から傍にいた。
慈愛の瞳で見守り、何くれとなく世話を焼いてきた。
だからジーンは成長する必要がなかった。
好き放題に遊び周り、ケルンピアの街を無計画に冒険し、でも不自由はしなかった。
有形無形のフォローがそこにはあったから。
こいつが今までしてきた冒険は、言うなれば箱庭の中で行われてきたようなものだ。
「……ジーン」
俺は決意とともにジーンの目を覗き込んだ。
「俺がおまえを鍛えてやる。酷寒の雪山でも、酷暑の砂漠でも生きていけるように。冒険者として、どんなところでも生き延びられるように教え込む」
「タ、タスク……?」
「否やは言わせねえ。これはおまえのためだ。おまえが誰の助けも得られなくても生きていけるようにするためだ」
「……な、なんだか目が怖いようー?」
「うるさい、これからは俺のことを教官と呼びなさい」
「え、えぇー……?」




