Interlude:Someone's past.
~~~ショコラ~~~
当時、私は中学生だった。
士族の長の娘として恥ずかしくない学歴をとの親の判断から、ケルンピア首都星の歴史ある女学校の寄宿舎に入れられた。
素朴な田舎と比べ、背の高い建物ばかりのケルンピアの街は、冷たく無機質に見えた。
見上げた空はどこもいびつな矩形に切り取られ、息が詰まるような気持ちになった。
天気の悪さも災いした。
ケルンピアは年間通して晴れの日が少なく、いつも曇天か、あるいは雨が降っている。
鷲頭人の羽根は、湿気が多いとじめじめ重くなるのだ。
構造上、羽根の下に隠れている耳の聞こえも悪くなり、それが余計に気持ちを萎えさせた。
学校には様々な決まり事があった。
大きな声を出してはいけない。
常に淑女らしく振る舞い、服装や生活の乱れなんてもってのほか。
寄宿舎は輪をかけて厳しかった。
下校時はどこにも寄らずにまっすぐ戻らねばならず、私的な外出は、厳しい審査の上で半年に一度だけ。
テレビもラジオも禁止。本だって、漫画本なんて考えられない。
電話も親元以外へはダメ。田舎の友達に連絡することすら出来ず、私はまさしく籠に入れられた鳥のような気分になった。
そんな中、唯一の息抜きと言えるのが、月に二度ある奉仕活動の日だった。
街の孤児院の子供たちにお菓子を作ってあげたり、歌や踊りを見せてあげたりして一日過ごす。
その時だけは、先生たちの監視の目がわずかに緩んだ。
私たちはグループを組み、変わりばんこに抜け出した。
あるグループが街へ行っている間は他のグループが先生たちの注意を引きつける、といった具合にだ。
そのたび、私たちは大いに刺激を受けた。
自由都市ケルンピアの本質を、幼い目にまざまざと焼き付けた。
ある日のことだった。
グループで街を散策してる時に、私はその人に出会った。
小さな食堂の片隅に座っていた同種族の男性。
足にギプスをつけていた。
「……それが旦那さん?」
妙子さんの質問に、私はこくりとうなずいた。
「最初はただ、『ああ、同じ種族の人だなー』って思ったんです。私たちは少数民族なので、首都星でもなかなか同種族の人はいなかったので」
「お互い懐かしかったから、すぐに打ち解けたって感じ?」
私は首を横に振った。
「最初は全然。声をかけても無視。ずっと、死んだような目でテーブルを見てました」
一緒に星間交易商をしていた仲間を海賊の襲撃で失って間もない頃で、だから彼は、人生のどん底にいた。
「私なんか眼中にないんですよ。ずっとテーブルばかり見て、ぶつぶつつぶやいてて……」
「なにをつぶやいてたの?」
「……自責の念」
私はぽつりとつぶやいた。
自分がいればあんな危険な航路は使わなかった。
自分がいれば船はもっと万全な状態だった。
自分がいれば自分がいれば……。
「テーブルの中にお仲間さんが入ってるみたいに、彼はずっとテーブルばかり見てました。だけどそれじゃダメだと思って……」
私は彼の手を引いた。
ぐいと引っ張り、店の外に連れ出した。
肉親以外の男性とそうして触れ合うことは初めてだったけど、不思議と照れはなかった。
使命感みたいなものに衝き動かされていた。
「彼は驚いた顔をして、初めて私の顔を見ました。初めて見てくれました」
今だ、と思い、私は彼を連れ回した。
ニコニコ笑って語り掛けながら、街の中を散策した。
露店を冷やかし、雑貨屋や衣料品店を見て回り、オープンエアーのお店でお茶をして……。
「人生って楽しい。人生は素晴らしい。そんなことをうざったくなるぐらい話かけてました。自分自身に言い聞かせるみたいに。寄宿舎に閉じ込められたみたいに感じてた自分の人生も、いつかはきっと楽しく素晴らしいものになるんだって信じて」
「……ちゃんと奉仕活動の時間内に戻れた?」
「全然」
肩を竦めておどけると、妙子さんは目を細めて笑ってくれた。
「彼とのことはバレなかったけど、まあ大目玉ですよ。勝手に抜け出して街を散策してた不良娘めって。3時間にわたるお説教、反省文20枚。外出禁止、両親への連絡禁止。奉仕活動への参加不許可……」
「……旦那さんとはその後は?」
私は首を横に振った。
「卒業するまで一度も」
「ありゃまあ……」
「でもですね。彼、卒業式を見にきてくれたんです。女学校の制服着た鷲頭人の女の子なんて他にいないし、すぐに身元はわかったみたいで。探してくれてたんですって」
女学校の卒業式は、一般の方が学内に──校庭だけだけど──立ち入れる唯一の日だ。
「彼、警察官の制服着てました。『宮仕えだけど、オレ、やり直すことにしたわ。てめえのおかげみてえなところもあるからよ、一応』って。あの口調で、ぶっきらぼうに」
「ふぅん……」
「その照れるしぐさがですね、もう可愛いんですよっ。そっぽなんか向いちゃってね。その瞬間ね、私はもうもうもうっ、胸にキューンってきちゃってっ」
「あらあら……」
「ずっとこの人と一緒にいようって決めました。結婚までは考えてなかったんですけど、とにかくこの人には私がいなきゃダメだからって。一生面倒見てあげようって」
「ほうー……」
「だから私、今はとても幸せです。彼がいて、私がいて、ふたりで家族で……ってあれ? 私、何言ってるんだろ?」
「途中から明らかにテンション変わってたね……」
妙子さんは大儀そうに肩を揉んでいる。
「いやー……不意打ちでノロケ聞かされんのきついっすわー」
「あれ? ちょ、ごめんなさいっ?」
私は慌てて謝った。
「違うんですっ。ただ妙子さんに元気になって欲しくてっ。男の人なんて、なんやかやで無事にしてるもんだよって言いたくてっ。共感覚とかなくてもってっ」
「はいはいはーい。言い訳乙ー」
妙子さんはひらひらと、どうでもよさげに手を振った。
「ちょっとおー! 妙子さあーん!?」
私は妙子さんの肩を涙目で掴んだ。
シャワーを浴び終えた御子神さんやキーラさんがなんだなんだと覗きに来た。
シロさんを捕まえたセリさんも、不思議そうな顔をして様子を見に来た。
私はさらに恥ずかしくなって、大いに騒いだ。
寄宿舎では考えられないような大声で。
そんな風にして待っていた。
彼らが帰って来るのを。
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