Interlude:From Childhood.
~~~小山妙子~~~
いつものように官舎を訪れたショコラさんを、応接室代わりの食堂に通した。
あたしの淹れた緑茶を口にすると、ショコラさんはほうと幸せそうな吐息を漏らした。
「地球産のお茶は香しいですねえ。体内が浄化されていくみたいで」
しみじみと誉めた。
「そりゃあよかった」
あたしはお盆をテーブルの上に置いて、改めてショコラさんの対面に座った。
「んでショコラさん、今日はそっちの……」
「あああ……っ、タスクぅ……タぁスクぅぅぅ……っ、タスクはおらぬかあああ……っ?」
「シロ様! シロ様! 落ち着いてください! お部屋にお菓子も漫画も用意してますから! とにかくそれで気を落ち着けて!」
「タぁぁぁスクぅぅぅぅぅぅ……っ」
「シロ様あぁぁぁぁあぁぁ!」
ふらふらと幽鬼のように食堂を横切るシロを、セリさんが慌てた様子で追いかけていく。
「ふん……シロのやつ、あれでは廃人同然ではないか」
手ぬぐいで額の汗を拭いながら、御子神が外から帰って来た。
「旦那様の帰りが信じられんのか。まったく情けない。嫁の風上にも置けん」
つまらないものでも見るように、ふたりの消えた廊下の奥を見やる。
「こらっ、勝ち逃げは卑怯だろうがっ! もう一本勝負しろ!」
御子神の後ろから姿を現したのはキーラだ。
御子神流のエーテルの使い方を学びたいということで、キーラはここ最近、毎日御子神と一緒に修行している。
剣と銃に共通する部分があるとはまったく思えないのだが、そこは御子神に言わせると「素人の浅はかさよ」ということになる。
「ええい、肘を掴むな引っ張るなっ。誰が逃げるか。いいか? まずはシャワーだ。昼飯を食って一休みしてから改めてしごいてやるから覚悟しておけ。言っておくが、午後は足腰立たなくなるまでやるからな?」
「おうっ、望むところだ! アタイが負けてばかりだと思うなよ!?」
もみ合うようにして共同浴場へ消えるふたり。
「お互いを高め合う、気持ちのいいご関係ですねえ」
ほっこりした顔でショコラさん。
「あたしにはわからんがね、体育会系同士で通じるもんでもあるんだろ」
あたしは適当に答え、こほんと咳払いした。
「ところでショコラさん。話を戻すけどさ、その後の動きはどう? カヤさんとコクリコは上手くやってる?」
改めて切り出した。
「ええ、おふたりとも熱心で、こちらとしても非常に助かってはいるんですけど……」
一連の事件に対するペトラ・ガリンスゥの反応はいまいち鈍い。タスクたちの失踪から3日たった今でも、代替機はおろか次元解析機すら届いていない。送るという動きがあったかどうかすら怪しい。
コクリコによると「ペトラ・ガリンスゥも一枚岩ではないからにゃ。新しい惣領の思惑通りにいくのを好まない連中も当然いるにゃ。邪魔ばっかりして意地悪なのにゃー」だとかで、あたしたちは別の手段を模索せざるを得なくなった。
カヤさんとコクリコがケルンピア警察本庁に出向し、術法的な面と技術的な面から協力を申し出ることにした。
ケルンピア製の宇宙船用の解析機を改造してどうにか出来ないかという試みだが、この言葉の濁し方からすると、どうやら難航しているようだ。
「似てはいてもまったく別の技術ですからね。なかなか上手くいかないようです」
次元の乱れ事象の乱れを捉え解析することは出来ても、それを直接行き先に結び付けることが出来ないらしい。
「私の共感覚でわかるのも、あの人が銀河外縁の端の端にいるということぐらいですし……お恥ずかしい話ですが……」
「別にいいよ。あんたのせいじゃないだろ」
「はあ……ですが……」
ショコラさんは肩をすぼめて恐縮した。
「銀河外縁の端の端……か」
つぶやいてみたが、実感はわかない。
タスクは今もケルンピアのどこかにいて、すぐにもドアを開けてただいまを言ってくれそうな気がする。
「ええ、超光速航法でまっしぐらに向かっても、十年近くかかる辺境域です」
「十年……」
ゾクリと背筋が震えた。
最悪の状況を想定した。
このままタスクの居場所がわからず、十年間連絡すらとれなかったら……。
「……妙子さん?」
あたしの異常に気付いたのか、ショコラさんが気づかわし気な声を出す。
「そんな……」
「妙子さん落ち着いて? 大丈夫ですか?」
「そんなことしたらあいつ……浮気し放題になるじゃんか」
「え」
ショコラさんの表情が固まった。
「だって考えてもみろよ。半年足らずの間に5人だぞ? あたしにシロに御子神にジーンとかいう女に……最近じゃコクリコとも怪しかったし。あいつは女と見たら放ってはおけない天然たらしなんだよ」
「え、ちょ、妙子さん?」
「しかもタチの悪いことに全部本気なんだよ。全身全霊で落としにかかるんだよ。そりゃぐらっとくるだろ。あ、この人は本気なんだって、ここまであたしのことを思ってくれるんだって思っちゃうだろ」
「あのその、えぇー……?」
「がっちり心を鷲掴みにされてから気付くんだよ。あいつの目が向いてるのは自分にだけじゃないって。気づいた時にはもう遅いんだよ。あいつの手から抜け出せないんだ。身も心も縫い付けられたようになってて、あとはもう、ただただあいつの目が自分に向いてくれることを願うだけで……っ」
あたしはドン、とテーブルを叩いた。
「一刻も早く見つけ出さないと……! これ以上被害者が出る前に……!」
「うわー……この人重症だー……」
ショコラさんはなぜか引いたような顔をした。
ひとしきり不安を訴えたあたしはなんとなく疲れ、テーブルに突っ伏した。
「あーあー……あたしにもショコラさんみたいな共感覚があったらなー……」
ハアとため息。
「そしたらこんな気分にならなくて済むのに……」
生きてるかとか、元気でやってるかとか、元気すぎてもどうかなとか。
「ショコラさんのほうはどうなの?」
「私……ですか?」
突然話を振られたことに驚いたのか、ショコラさんは小首をかしげた。
「今回のこともだけどさ、内偵官ってそもそも危ない仕事だろ? わかんないけど、たぶん犯罪組織に潜入したりするんだろ? 悪人に捕まった旦那がどんな目に遭わされるかとか考えたりしないの?」
「うーん……ないと言えば嘘になるんですが……」
ショコラさんは小さく笑った。
「この仕事に就いた時点で諦めてるんですよね。いつかふたりに永遠の別れがくる。それは今日かもしれないし、明日かもしれない。だから私たちは、一緒にいる時はすごく愛し合ってるんですよ。絶対後悔しないように」
「愛し合う……ベタベタするってこと?」
「そうですね、もんのすごいベタベタです。それこそ接着剤でくっ付けたみたいに」
ショコラさんは微笑みながら言うが、ガドックのおっさんのそんな姿、あたしには想像もつかない。
「ふふ、想像つかないでしょう? 彼のそういう姿。いつもいかにも『オレは男だー!』って感じの人なのに」
バレテーラ。
「……彼、ああ見えて繊細な人なんですよ。初めて会ったのは、私がまだ中学生だった頃で……」
ショコラさんはわずかに目を伏せ、静かな表情で昔語りを始めた。




